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伝わらない!  作者: ねがえり太郎
再び、ミキ
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待ち伏せ



会社の入口に見覚えのある小柄な女の子が立っていた。


「この間は誤解してすいませんでした。」


ショートカットの、意志の強そうなシッカリした眉の女の子は潔く頭を下げた。顔を上げて静かな表情でヒタリと私を見つめる。

金曜日は『ノー残業デー』。思った以上にたくさんの職員がエントランスにひしめいている。奇異な視線がアチコチから向けられるのを感じて、背中に汗を掻いた。


木曜日は結局突発的に残業が入ってしまって、ノンビリ出来ずに終わってしまった。今度こそ本屋にでも寄って家で一人の時間を満喫しようと目論んでいた所。

けれども「アイツの事でお話があります。ちょっと付き合って貰えませんか」と神妙な様子でヒタリと見上げられると、頭を下げられた手前断ることが出来なかった。


「じゃあ……すぐ其処のカフェで良い?」

「はい、何処でも構いません」


職場の斜め向かいにあるカフェに、ハルちゃんを連れて行く。セルフサービスのレジでお互い珈琲を手に取って、向かい合わせで座れるテーブル席に腰を下ろした。


ハルちゃんはずっと押し黙ったままだった。『話がある』と言ったのは彼女なのに、珈琲に口をつけてずっと私から視線を逸らしたままガラスを通して道を歩く人の流れを見ている。居心地悪く思った私は少し焦れて口を開いた。


「あの……話って?アレックスの事だよね」

「太郎です」

「え?」

「日本名は太郎。アレックスはミドルネームです」

「あ、そうなの?」

「……本名知らないんですね」


その時初めて敵意のような物を感じた。だけど日々クレーム対応で学んでいる社会人の私はそんな事では動じなかった。あるかもしれない敵意は無かった事にした方が良い。私はささやかな悪意の気配に気付かない振りをして、尋ね返した。


「そうなんだ。彼は『太郎君』って言うんだね。日本っぽいけど今ならかえって珍しいよね」


古い英語の教科書に出て来そうな名前だ。それか古典野球漫画の主人公。




「太郎から聞きました。アイツから告白されたんですよね?でも付き合っている訳じゃなくて友達なんですよね」




自分の投げた球をサッと躱されたと言うのに、痛くも痒くもなさそうな態度でハルちゃんは続けた。この子大物かも?学生だからと言って侮れないと感じた。ある意味素直過ぎるアレックスと比べると尚更そう感じてしまう。


「あ……うん」


気まずげに私は頷いた。随分仲が良いんだな、告白した事もその後友達付き合いを維持する事までアレックスは彼女に打ち明けたんだ。正直ちょっと驚いた。そんなにお喋りだとは思わなかったから。と言うかそれくらいこの二人が親しいと言う事なのかもしれないけれど。




「―――離れて上げてくれませんか?」

「え……」

「太郎が無理に縋っているんですよね。お優しいから振り切れないのかもしれないですけれど―――やっぱり年上の貴女から、きっぱり改めて言って欲しいんです」




真っすぐ射るように見据えられて、動揺してしまう。と同時に心の別の所で「若さだな」と思ってしまった。


自分の正義を信じている。

そして気持ちを正直に伝える事に躊躇が無い。


今はもう失ってしまった、若さゆえの真っすぐさが何だか眩しく思えた。私も就職して社会に出るまでは気付けなかった。自分が正しいと信じて口にする事が、他の人にはどう見えるかと言う事に。それから自分にとっての正義が、他人にとってそうじゃない場合があると言う可能性にも。


だから自分の気持ちをそのまま口に出さずに保険を掛けるようになった。特に良く知らない相手に対しては……そうして、やっと職場と言う大人社会で楽に呼吸をすることが出来るようになったのだ。それに気が付くまではどうにも息苦しくて、ジタバタすればするほど蜘蛛の糸に絡めとられるみたいで辛かった。


「多分太郎は……何だかんだ言ってもかなり期待していると思います。だから生殺しの状態が長くなるほど、振られた時ショックが大きくなる……。太郎って見た目はあんなだから、外見だけのイメージで女の子がたくさん寄って来るんですけど―――アイツは本当に普通の学生なんです。退屈になって手を離すくらいなら、今の内に離れて上げてくれませんか?少しでも貴女が太郎を気に入ってくれているなら」

「退屈なんて思わないよ。アレックスとは趣味も話も合うし……」


『若さ』イコール『迂闊さ』でもある。


だから彼女の意見は穴だらけなんだ。それが分かっているのに私は強く反論できずにいた。アレックスの事を退屈だと思わないし、ちゃんと日本人の学生だって分かっている。カッコイイ英国紳士じゃないアレックスだって、好ましいと思っている。だけど……。


「でも彼氏には出来ないんですよね?」

「……」


図星を突かれて言葉に詰まった。

上手く言い返せないのは―――彼女が指摘したような事柄を、つい最近自分でも考えていたからだ。学生と社会人は違う、だから付き合えない。そう思っている私とアレックスが友達付き合いしていく事は確かに『生殺し』と言えるのかもしれない……そんな事を私も心の隅で感じていたからだ。その罪悪感を的確に掘りあてられたような気分だった。


「太郎の友人としてお願いします。離れて上げてください」


もう一度頭を下げられて、言葉を失う。

黙ったままの私の目の前で、冷めた珈琲をグッと飲み干したハルちゃんは立ち上がる。


「話はそれだけです。お時間有難うございました」


ともう一度頭を下げて、立ち去った。




「あ、はい……」




と間抜けな応え方をして。

私は座ったまま、ピンと背筋を伸ばして立ち去る小柄な彼女の背中を見送ったのだった。



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