女同士
急な招集にも拘わらず、サクちゃんも植野君も馳せ参じてくれた。会社の近くにあるベルギービールのお店でぱぁっと盛り上がる。平日だからと九時になった所でお会計とした。
飲み会の後、いつもと同じならコンちゃんと二人で帰る流れになる筈だ。
うーん気まずいなぁ……と、心の中でブツブツと呟いていると、店を出た所でグンっと後ろから腕を引かれた。振り向くと、サクちゃんが小悪魔のようにニンマリと笑っている。
「ミキちゃん!もう一軒付き合ってよ」
そう言ってシッカリと腕に絡み付いて来た。
「あれ?帰らないの?」
植野君がそう尋ねると、サクちゃんはフフフ……と笑って頷いた。
「女同士でちょっとね!コンちゃん、悪いけど今日はミキちゃん借りるわね」
なっ……『借りる』って何だ。
その言い方じゃまるで私がコンちゃんの物みたいじゃないの。
一瞬羞恥でカッと頬が熱くなる。
が、改めてその考えを否定する。いや違う、コンちゃんと私がいつも一緒に帰っているから、だから『借りる』って言ったんだ。そう言う意味だよ。もう……いちいち変な風に受け取っちゃう。コンちゃんの告白からこっち、本当に気持ちが落ち着かない。
そこでコンちゃんの視線がジッと私に固定されている事に気が付いた。私は慌ててエヘラっと笑って見せる。
「えーと、そう言う事なので……コンちゃん気を付けて帰ってね」
するとコンちゃんはフーッと溜息を吐いて困ったように笑った。
「うん、分かった。―――でも気を付けてね、サクちゃんのペースで飲んだら潰れちゃうよ?」
そう言い終わった時には既に、いつ通りの爽やかな笑顔に変わっていた。
「失礼ね~人をウワバミみたいに」
「実際ウワバミでしょ?」
口を尖らして抗議するサクちゃんに、コンちゃんは笑って突っ込んだ。その遣り取りに植野君と私も思わず笑って、その場に存在していた微妙な違和感が霧散した。明るい空気が戻って来て、私達は「じゃあまたね」と言って、二組に分かれたのだった。
「で、何があったの?コンちゃんと」
カンっとグラスを合わせた後、サクちゃんが前のめりで尋ねて来た。不意打ちに思わず「ごほっ」っとむせてしまう。
「な、何がって……何の事?」
「見て明らかでしょ?いっつもコンちゃんとお笑いコンビみたいに掛け合い漫才していたミキちゃんがさ、急に余所余所しい態度取ってればそりゃ気付くでしょ。何?とうとう告白でもされた?」
「え……」
図星を突かれキョロキョロと視線を彷徨わせてしまう。挙動不審な私をじーっと見つめて、サクちゃんは真顔で「吐け」とのたまった。
普段天使みたいに可愛らしいのに、真顔になられるとギャップで本当に怖いっす!
私はブルブル震えながら、コンちゃんに告白された事、その原因となったアレックスの遣り取りについて、これまであった事、それから自分自身どうして良いか分からず混乱している状態である事を伝えた。
「ほ~お……」
それまで静かに私の話に耳を傾けていたサクちゃんが、容赦のない視線を向け腕組みをしてこう断言した。
「コンちゃん、相当焦ってるね。ま、今まで余裕こいてたツケだね」
フンッと鼻を鳴らすサクちゃん。うん、似合わないからやめようね、その親父くさい態度。
「……知ってたの?」
「うん、バレバレじゃん?」
「え……そ、そうなの?」
「ミキちゃん鈍いんだもん」
サクちゃんに驚きの目を向けると、ふふん、と彼女は可愛らしく笑った。
「でもミキちゃんに男っ気が無いから、コンちゃん油断していたと思うんだよね。だから必死感は無かったし、積極的にアプローチしなかったんじゃないかな?だけどうーん……彼女と半年も前に別れているっつーのは、流石に予想していなかったなぁ」
「あ!……それ内緒にして。今まで隠していたくらいだし、コンちゃん皆に知られたく無かったんじゃないかな」
うっかりコンちゃんの事情まで打ち明けてしまった事を今更ながらに後悔する。サクちゃんの迫力にビビってしまい、何を話して何を隠すかとかそう言う配慮ができなかったのだ。するとサクちゃんは、少し考えてから断言するようにこう言った。
「もうコンちゃんにとっては隠す必要なんてないんじゃない?ミキちゃんにバレちゃったんだから。別に私や植野君に彼女と別れた事バレたって、コンちゃんは何とも思わないと思うよ?単にミキちゃんに幻滅されたくなかっただけでしょう?あの人は」
ズバズバ明け透けに指摘されて、思わず言葉に詰まる。そう言われるとそうなのかも……コンちゃんも似たような事を言っていたと思い出す。
「でもさぁ、ミキちゃんはアレックスを気に入っているんでしょ?」
うっ……ドスンと鳩尾めがけて直球を投げこまれ、更に言葉に詰まる。
「気に入っている……と言えば、気に入っているけど。付き合うとかそう言う事になると別だよ。だってアレックスはまだ学生だし……」
「学生とか関係なくない?」
サクちゃんのバッサリした発言を羨ましく思いつつ、それでもやはり胸の中に蟠る葛藤は無かった事に出来そうもない。
「でもさ、私も学生時代の彼氏と別れる事になったのって……その、距離と言うより仕事をして環境とか意識が変わった所為のような気がしているんだよね。単に忙しくて恋愛どころじゃ無くなったって言うのもあるんだけど。アレックスと付き合っても、彼が就職したらまた上手く行かなくなるような気がするんだ。それなら映画友達のままでいた方が良いような気がして」
「ふーむ」
と考え込む素振りでサクちゃんは頷いた。
「まぁ、確かに。そういうのはあるよね」
サクちゃんは私の杞憂を否定せずに流してくれた。バスバスきつい発言をする一方で、胸の内を打ち明けた時にはサッパリと受け入れる姿勢も示してくれる。包容力があるんだよな、彼女。見た目は華奢で可愛らしいのに、やっぱ魂が男前だよなぁ。
「でも尚更それなら、その年下君にはちゃんとハッキリ断った方が良いんじゃない?違う相手に目を向けてさ。幸いミキちゃんをジトッと見守って来たイケメンマッチョが傍に居るんだから。ちゃんとした社会人で将来性もマル!だし。同じ職場だから遠距離恋愛の心配も無いし。……ちょっと乙女っぽい口調ではあるけど、別に心が女性って訳でも同性好きでもない、普通の男性なんだからさ」
「う……」
尤もな事を指摘されて、またしても言葉に詰まる。確かに条件だけ言えば、コンちゃんは申し分ない相手なんだ。ずっと仲良くやって来た友達でもある。
そうなんだけどっ……尤もなんだけど……っ!
バッサリとサクちゃんが言うみたいに割り切れたら良いんだろうな。だけど損得で付き合う相手を決めているみたいで、そちらの方に切り替えるのも何だかなぁって思うんだよなぁ。
―――なんて優柔不断に悩んでいる私の元に、その日の週末アレックスの友人である、あのショートカットの『ハル』と言う女の子が唐突に姿を現したのだ。




