幼馴染
中学校の部活ではバスケットボールをやっていた。近所に住んでいる幼馴染のなっちゃんがキャプテンをやっていて、彼に誘われるまま入部したのだ。いつもカラカラ陽気に笑うなっちゃんは誰にでも無遠慮で、そんな彼が大好きだった俺は真似をして中学生の間、丸刈りを貫いていた。
根が優しいなっちゃんは、ガタイが良くて見た目が怖い。誰にでも分け隔てなく付き合うから、ちょっと悪い友達ともゲラゲラ笑っている事もある。そんななっちゃんと一緒にいる俺は、後で気が付いたのだけど周りから怖がられていたと思う。特に真面目な女の子は全く近寄って来なかった。服装にもあまり興味が無くてなっちゃんの後を付いてお気に入りの店で一緒に揃えていたから、ガラが悪いって思われていたらしい。
なっちゃんは小学校からミニバスをやっていて、高校は私立の強豪校の監督に声を掛けられ、ほぼスカウト状態でそちらに進学した。俺はソコソコ何でも出来るけど特にバスケが好きと言う訳じゃ無かったから、徒歩圏内の公立進学校を受験した。偏差値は高かったけど、私服で校風が自由な所だから同じ中学出身の友達もソコを受ける奴が多かった。馴染んだ人間関係や知合いの多い近所を歩くほうが落ち着く。この辺りは閑静な住宅街で俺と同じように両親のどちらかが外国人ってヤツもいたし、夏休みだけ日本の学校に通うっていう外国に滞在している家族も多いから、そんなに俺の存在も特別視されず息をするのが楽だった。
なっちゃんの妹のハルも、俺と同じ高校に進学した。
ハルとは特に仲が良いと言うわけじゃ無かったけど、なっちゃんの後ばかりくっ付いていた俺は家にも頻繁に出入していた。
一部でボスザルと呼ばれ恐れられるなっちゃんと小柄な癖にズバズバキツイ物言いをするハルは、一見では兄妹とは思われない。だけど名前は『夏生』『春海』でセットみたいな可愛い名前で、お互いに『ナツ』『ハル』と呼び合っていた。だから俺も自然と彼女の事を『ハル』と呼ぶようになる。
けれども俺とハルはそれほど親しいと言う訳では無い。小学校からずっとクラスが一緒になった経験も無いし、文化系の部活に入っているハルとバスケ部の俺とはあまり接点はなかったのだ。
高校に入って何が変わったかと言うと―――まず髪型だろう。春休みに髪を伸ばしっぱなしにして以来丸刈りを卒業した。丸刈りって結構手間がかかるのだ、こまめに理髪店に行かないと維持できない。俺はなっちゃんの金魚のフンみたいに一緒に行動していたから、理髪店にも当然付いて行き同じタイミングで散髪していた。彼が卒業した後一年間はそれでも一人で通っていたけど、卒業後出掛けるのが面倒になったのだ。
すると高校生になってから、吃驚するほど女の子が話しかけて来るようになった。
のちのちハルに指摘されたのだが、原因はコワモテのなっちゃんとつるまなくなった事と、髪型らしい。
それから服装もなっちゃんと買い物に行かなくなって地味になったのも関係しているらしい。何でもハルによるとなっちゃんが好むようなスタイルは、女の子には近寄り難く感じるそうだ。
なっちゃんはよく大きな鯉や桜吹雪といった和柄のプリントのTシャツやサンダル、ヒップホップみたいなダボダボの服を好んで来ていた。般若のお面がバーンと背中に付いているジャケットを着ている時もあったな。俺は其処まで派手なのは着こなせる自信が無かったので、なっちゃんと似たようなそれより少し大人しめの服を着ていたっけ。
女の子から近寄って来るなんて事、中学校ではほとんどなかった。話すのはハルかバスケ部の女子くらい。それもごく偶にで、親しく話すと言うほどでも無かったのだ。
だけど高校の女の子は違った。上目遣いに近付いて来て、はにかみながらそっと肩に触れたりする。「髪触らせて~」なんて甘えた口調で頭に手を伸ばして来るからドキドキが止まらなかった。「わ~綺麗~サラサラ!」なんて言われて頭を撫でられていい気にならない十五歳がいるだろうか―――いや、いまい。
案の定一番俺に絡んで来ていたその娘からほどなく告白されて、浮かれた俺は即答した。
初めての彼女が出来て、俺は今度は彼女の金魚のフンになった。ゴツイ男とばかり付き合って来たから、女の子との付き合い方は全く分からなかった。だからデートも彼女が行きたい所に行って、食べたい物を食べた。俺が見ている限り、彼女は楽しそうに見えた。
彼女と付き合っている間も、幾つか告白された。勿論二股とかフラフラするのはダメだと思ったから直ぐに断った。だけど何故か彼女はそう言った噂話に敏くて、俺が何も言わないのに告白を断った後「あの子に告白されたでしょ?」と聞かれる事が多かった。最初はヤキモチを焼いてくれているのかと思ったけど―――暫くしてそう言うのとは違う気がして来た。彼女は俺が告白されるたびに、嬉しそうに微笑んだ。それは何故か?―――女の子の機微に疎い俺は、その時その理由に全く見当がつかなかった。
三カ月くらいしたある日、帰り道にハルと一緒になった。
暫く黙って並んで歩いていたが―――小柄なハルはチラリと俺を見上げこう言った。
「アンタの彼女さ。浮気してるよ」
「―――は?」
「二組の酒井と映画館に来てた、先週の土曜日」
「まさか」
……とは言い切れない。土曜日、彼女は友達と遊ぶ約束をしていると言っていた。それに何だか最近一緒にいても携帯を弄っていたり、上の空だったりする。メールの返信が遅くなった。一緒に帰ろうと思って玄関で待っていたのになかなか来ないから、教室に戻ったら酒井と楽し気に話していた。それも教室で二人きりで。
「三橋さん」
「あ!ゴメン。ちょっと話が盛り上がっちゃって」
笑顔でこちらを向く彼女に屈託は無い。酒井はちょっとバツの悪い表情をしていた。
「帰ろうか、じゃね!酒井君、楽しかった」
「ああ、またな」
「……」
なんて事があって以来、たびたび二人で楽しくおしゃべりしている場面に出くわしていた。
結局ほどなくして俺は彼女に振られた。
彼女は可愛らしく涙を流して「酒井君の事が好きになっちゃったの」と訴えた。それからこうも言われた。
「酒井君は私を引っ張ってくれて―――意思表示をちゃんとしてくれる。私が誘わなくてもあっちから誘ってくれて」
確かに俺から彼女を誘った事は無かったかもしれない。彼女に合わせているだけじゃ駄目だったと言う事だろうか。
「酒井君、私が悩んでいるの察してくれて気持ちが軽くなるように笑わせてくれて……好きだって言われて、それで」
なんて色々言い訳を重ねているけど、結局俺は飽きられたのだと思った。
俺と居てもつまらなそうにしていたし、酒井と居る時は楽しそうだった。
ちゃんと好きだったのかと言われると、自信はない。初めて女の子に可愛らしく迫られて、単に浮かれていただけなのかもしれない。それに俺はずっと大好きななっちゃんの金魚のフンで。特に自分と言うものがもともとないのだ。勉強も運動もそれなりに出来る。器用だから家事も料理も一通り出来る。だけどなっちゃんがバスケに打ち込むような情熱は持ち合わせていない。どちらかと言うと―――そう言う情熱を持っている主人公のような人を眺めているのが好きなのだ。女の子から見たら、俺は物凄くつまらない男なんだろう。
振られて一人やさぐれている俺に、帰り道ハルが後ろから近寄って来てボソリと呟いた。
「『見た目の割に、普通』」
「何?」
唐突な台詞に、後ろを振り返った。
「アンタの元彼女の弁。得意げに言いふらしてたよ。それと『見た目外国の王子様っぽいけど、普通の日本人のガキだった。言いなりでつまんない奴』だって」
「―――」
ドサッと俺は崩れ落ちた。そのまま動けずに道端で四つん這いになる―――まさに『_| ̄|○』のポーズで固まっていると、ハルがフンッと鼻を鳴らしてこう言った。
「女見る目ねーのな!」
そう言ってドスドスと大股で―――俺を置いて去って行ったのだった。
「ほっとけよ……」
呟いた声は、たぶんハルの背中には届かなかったと思う。




