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伝わらない

 予習をしている間も自分の失策を思い出しては悶え、悶えては思い出していた私は―――一週間後、暗い気持ちで英会話教室の入口に立っていた。


 コンコン、ガチャリ。


 意を決して飛び込むと―――そこにはパステルカラーを纏って微笑む、ふくよかな笑顔があった。懐かしいその光景は……




「Alice!(アリス!)」

「Hi, Micky! How have you been?(ハイ、ミッキー! 元気だった?)」

「久し振り……あ、えっとIt's been a while. I’m looking forward seeing you! How’s your feeling?(久し振り。会いたかった! 体調はどう?)……ええと、うんとYou can work today?...in this school?(今日は働けるの?……ここで)」

「I'm fine. Of course, I can do. I’ve gotten better now, so my doctor gave permission for that.(大丈夫よ。もちろん、出来るわ。今は随分よくなったの、だからお医者さまも働いて良いって言ってくれたわ)」




 何と! 体調が良くなってお医者さんからここで働く許可を貰えたのだそう……! 前回のメールでアリスがこのまま産休に入るような感じで書いてあったから、あの英国紳士のレッスンをこのまま受け続けなきゃならないのかと考えて……今日まで戦々恐々としていたんだ。一度レッスンを受けたあの後、断る勇気は私にはなかった。だって相手に問題がある訳じゃないんだもん。アレックスには全く非が無い事でキャンセルするほど傲慢にはなれないし……。

 あ、もしかして今日のこともメールで連絡が来ていたのかな? あまりにソワソワし過ぎて今回は事前に私用メールをチェックする事さえしていなかった。

 じゃあこのままアリスとレッスンを続ける事になるのかな? ああ、産休があるから……でもまだ先の事? その時は代わりの先生は誰になるんだろう、やっぱりアレックスが復活するのかな?……それとも彼はあくまで臨時講師で、産休中は別の人になるのだろうか。うーんこの溢れる疑問をどう表現して良いか分からない。私は何とか質問を捻り出そうと「ええと、ええと……」とスマホの辞書を検索する。勿論その間優しいアリスはふっくらとした笑みで見守ってくれていた。


「Ah...How's Alex?」


 駄目だ……っ! アレックスはどう?なんてフワフワした質問しか出来ない。


「Alex? He is fine.」


 がくっ……うーん、伝わらない。いや、正確には英語は伝わっているのだ。私の英語力では聞きたいコトをちゃんと表現できないってだけで。『アレックスはどうなの?』って言う私の問いに対して『彼は元気よ』ってちゃんとアリスは正しい返答を返してくれた。

……よし、こういうのは諦めが肝心だ……もうこれ以上「ええとええと」と繰り返しながら辞書を(いじ)っているのはお金と時間が勿体無い。私は頭を切り替えて、DVDを再生した―――


『I can't wait...』

『You're a good girl, I’ll show you heaven soon.』


 あわわ……また最初のシーンから始まってしまって、少しだけ慌ててしまう。だけどアレックスと一緒に見た時物凄く長く感じたこのシーンも実際は大した事無くて、次のシーンの頭出しをする手間と比べたらこのまま見続けた方が効率が良いんだよな。私は先週の気まずい空間を思い出しつつ諦めてドラマの成り行きを見守る。―――そしてストップした所で顔を上げると、目を丸くするアリスとバチッと視線がかちあった。


「This season of “Detective Sid” looks so exciting!(今シーズンの『探偵シド』は、とってもエキサイティングね!)」


 お道化たように驚きを表す彼女の表情を見て、私は笑ってしまった。


「I think so, too! Especially, the beginning part is...ah...『stimulating』!(私もそう思う! 特に、はじめの部分……ええと、そう……『刺激的』ね!)」


 辞書をで適当な表現を探してみる。同じ言葉をオウム返しにするより色んな表現を使って覚えたいと思っているから。そこで『stimulating(刺激的な)』と言う単語を見つけたので、さっそく使ってみた。同意を示してそう返答すると、アリスが微笑んで注釈を返してくれた。


「Pay attention to use『stimulating』, so that the word has sexual meaning, too.(『stimulating』を使う時は気を付けてね、この単語、セクシャルな意味を持っているから)」

「……!……I understand that...I’ll be careful to use it.(……!……分かったわ。気を付ける)」


 うっ……やはり、アリスが戻って来てくれて助かった……! また間違ってセクハラ発言を仕掛けてしまう所だったよ……!

 ちょっとセクシーな意味があるんだね『stimulating』って。アリスはこの単語を使う時に気を付けるように注意してくれた。そんな解釈辞書に全く載っていないから分からないよ。それに同じ単語でも使い方で変わる場合が多いし、だけど使ってみない事には覚えないし。


 以前体験レッスンで出会った苦手な講師たちとは違って、アレックスは私にとって嫌な人では決してなかったし、普通に道端で会ったら見惚れてしまうようなカッコイイ男性だった。スーツの男性って良いよね……大人っぽくて頼れる感じがして三割増しに素敵に見える。だけど趣味全開のこの習い事の先生としては遠慮したい相手だ。ただ単に趣味にのめり込んでいる所を晒すのも恥ずかしいのに、うっかり地雷を踏んでしまいそうなトピックスが多すぎるよ、ミステリードラマを教材に使うのは……。


 ああ……普通の英会話テキストでレッスン受けるんだったら最高なのにな。

 あんなカッコ良くて優し気でスマートな紳士が講師だったら頑張って続けられるかも。いや、でも失敗するのが恥ずかしくて通えなくなるかな。……うん、私の場合きっとそっちだ。どんな教材でも地雷を踏んでしまう気がする。




 やっぱり女同士が良いよね、うん。




 なんて、ウンウン頷きながらレッスンを終えて―――その後一ヵ月ほどドラマのシーズン2のレッスンを続けた。最初に出演したボンテージ衣装の女王様はあの後かなり頻繁に出演する事になっていて、クライマックスでは何故か全裸で探偵シドの前に現れる―――なんてシーンを目にした時は『やっぱアリスが戻って来てくれて良かった……!』と心底安堵した。


 それから本当にアレックスが先生じゃなくなって良かったと思う事がもう一つあった。


 シーズン2の台詞を参考にさせて貰ったファンサイトの人はどうやらボーイズラブが大好物で、シドとアルが絡む瞬間がある度彼女の頭の中では色々とその光景が補正されてしまうらしい……だからシドがアルの肩を叩いた仕草を『pet(愛撫する、可愛がる)』なんて表現で書き表していたのだ。何故彼女がBL好きと気が付いたのかと言うと、読むに従いアチコチにそう言う補正が掛かっていたからだ。そのほかにも映像で見えない筈のシーンを想像して『ここで二人がこっそりキスを交わしているはず!』なんて妄想解説が散見されて……これ……本当にアレックスからセクハラで訴えられる所だったかも……?!


 自分に例えてみれば分かる。私がプライベートレッスンの講師だったとして、生徒になった初対面の男の人にレズ物の小説を渡されてこれを翻訳するから解説しろって言われたとしたら……ブルブル。ああ危なかった……!


 でもまあ、もう会う事も無いんだし?―――と私はホッと胸を撫でおろした。次、アリスが産休入るって聞いたら、もう代理の人は頼まずに私も教室を辞めるか休止する事に決めたのだ。もしかしてアレックスはこの教室で他のプライベートレッスンを受け持っているのかもしれないけど……今までもこの時間帯に通っていて会わなかったんだから、アリスのレッスンを続けるくらいなら顔を合わせずに済むだろうし。だって気まずいよね~!







……なんて危機は去ったとばかりにノホホンとしていた私は―――その顔を合わせると気まず過ぎる事この上ないアレックスに、ある場所でバッタリ再会する事となるなんて想像もしていなかったのだった。





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