英国人or日本人
ここからアレックス視点になります。
英国人の俺はモテるそうだ。
だけど日本人の俺はモテないらしい。
イギリス出身の父親によく似た容貌の所為で、まず初対面で日本人だと思われる事が無かった。『Where are you from ?』ってこれまで何回聞かれたのか分からない。『って言うか、ずっと日本に住んでますけど』って、心の中でツッコミを入れるのにも飽きてしまった。
中学の途中までは「あの……日本人なんです」とクソ真面目に答えていて、しちメンドクサイ説明を繰り返していたのだけど―――ある時から嫌になってしまった。
それからはそんな場面に出くわすたび満面の笑顔でペラペラ早口英語を捲し立てる事にした。すると英語で聞いて来たくせに、大抵尻込みしてその相手は逃げて行ってくれる。どうせ昔からの友達や知合いは普通に付き合ってくれるし、知らない人にまで俺のプライベートを切り売りする必要は無いんだって気が付いてからは、この方法で憂鬱な時間を楽に切り抜けられるようになった。
見た目で俺を気に入った女の子は、俺の中味を知るとガッカリするそうだ。
『それ見た事か』と小学校からの腐れ縁であるハルには高校生の頃、かなり辛辣に指摘された事もある。
もしかすると彼女には俺に見抜けない女の子の心理が手に取るように分かっているかもしれない。最近俺を餌にサークルに女の子を勧誘するなんて、外道な手を平気で使うようになった。そんな切っ掛けで入ったって俺の中味を知ったら掌を返したように退部するんじゃないの?って反論したら、大学生にもなれば相手の理想が崩れたって受け入れる余力が出来るものだし、最初の切っ掛けはどうあれ一旦入ってしまえば、意外と居場所に馴染んだり活動自体に嵌ったりする人間も多い筈だから大丈夫だ。と、事も無げにスルーされてしまう。
軽くあしらわれた事は悔しいが、これまでハルに口で勝てた試しが無いのでそれ以上遣り返すのは諦めた。
高校生の初め、とてもモテた時期がある。それから色々あって―――大学に進学した俺に再びモテキが来てしまった。もう騙されないぞ、と用心ばかりしていたら―――ある時溜まったストレスが爆発してしまった。
外側ばかりみて俺の中味をみない女の子達にイライラしていた。それならこっちだってそれを利用しても良いんじゃない?と言う斜に構えたような考えが浮かんでしまった。見てくれしか見ない奴なんて、どうだって良い!……なんて今思うと遅い反抗期だったような気がする。改めて振り返ると、自分の自意識過剰さが恥ずかしくなって来る。きっとこれが世に言う『黒歴史』ってヤツなんだろう……。思えば大学生になったばかりの頃の俺は浮足立っていたし、落ち着きが無かった。家族と初めて離れて暮らす事になって、思った以上に不安定になっていたのかもしれない。
自棄になった―――と言っても、ヘタレな俺に出来る事はたかがしれている。ミニシアターのカップル割引きの為に女の子を利用する程度の、極めてぬるい『ヤサグレかた』だ。
独り暮らしの大学生には趣味に掛ける余裕は少ない。見たい映画がたくさんあり過ぎて困っていた時、思いついたのだ。月曜日に映画館に入る女の人を捕まえて、カップルで入って貰えば二人とも安く入れる。そう『カップル割引き』の条件は、二人連れであれば良いんだ。別に恋人とか夫婦である必要は無い。
と言っても男と一緒にカップル認定されるのは嫌だ。高校でハルに一部の女子が俺をボーイズラブ的な意味で鑑賞しているのだと説明されて以来、そう言う風に誤解されるのが鳥肌が立つほど嫌になった。別に同性同士のカップルに嫌悪感を抱いている訳じゃない。そう言う嗜好が無い俺をネタに邪な妄想をされるのは勘弁して貰いたい、と言うだけだ。
ハルはいつも馬鹿にしたように、俺の傷を抉るのが得意だ。時折ゾッとするような冷たい目で見ている事があって背筋が凍ってしまう。アイツは俺の事を利用しているが―――本当はかなり嫌われているんじゃないかって思う瞬間が、たまにある。
月曜日に映画館の入口で一人で入ろうとしている女の子を物色する。それから声を掛けて一緒に入場しようと持ち掛けるのだ。成功率を高める為に女の子が好きな英国人の俺で声を掛ける。英語でもゆっくり話し掛ければ、大抵の子は対応してくれる。ナンパされていると言うより、困っている外国人の話を聞いてあげる……と言う気分なのかもしれない。それにミニシアターにあまり有名ではない外国語映画を独りで観に来るような子には、外国語に物怖じしない人間が多いような気がする。
大半の女の子は俺の提案を笑って受け入れてくれる。当人にとっても財布の負担が減るし、外国人だから変な事を思いつくのだろう、と諦めてくれている人が多いのかもしれない。多分俺が日本人全開でそう持ち掛けたら、変な男にナンパされた!と思って引かれていたと思う。
そして『面白い体験をした』くらいに思ってくれているのか、映画を観た後は笑って手を振りサラリと別れてくれる。
だけど中には連絡先を尋ねて来たり、その後も一緒に行動したいと言うような素振りを見せて来る人もいた。―――そういう時は早口で英語を捲し立て、相手が戸惑っている内に笑顔で手を振って素早く撤収する。話が通じない相手に追い縋るような人はほとんどいなかった。
映画代を節約したいから声を掛けただけで、その人と付き合いたいとか親しくなりたいとか、そんな意図で声を掛けた訳じゃない。それにどうせ英国人の俺をカッコイイと思ったって、普通の日本人の俺を知ったらガッカリするんだから。
そんな風に心の中で分かったような事を考えていた。タカをくくっていた、とも言う。
浅はかこの上ない行動だって、今では思う。だってミキさんに『女たらし』って認定されそうになったんだ。それも仕方が無いかもしれない。俺が浮かれて彼女に対して前のめりな行動をとってしまったから―――少しでもミキさんに近付きたくて。
他の女の人の手も握っているのだろうと言われて、心底焦った。
『英国人の自分』に擦り寄って来る女の子達に対して、本当の自分はそんなんじゃないのに……とイライラしていたくせに。いざと言う時は俺自身がそんな自分に頼ってしまった。情けない事に―――俺は『日本人の自分』に男として全く自信が持てなかったのだ。




