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告白



「あの……取りあえず断って置きたいんだけど」

「うん」

「今から言う事は、以前の話で……今はやってないから」

「……うん」


神妙な表情でそう言われると、何を言われるのか気になってしまう。つまり今は控えている行い、と言う事はあまり大っぴらに言いふらしたくない事なのだろう。


「ミニシアターで偶然ミキさんと再会した時―――その、カップル割引きで入場したよね?」

「ああ、うん」


何が何だか分からない内に、ね。あの時は随分女慣れしているなぁ……英国人の男の人って皆こんなのが普通なのか?って動揺したっけ。


「以前も何度か……知らない女の人に声を掛けて、カップル割引きを利用していたんだ」

「え?」


何ですと?

じゃあ、随分手慣れていたと思ったのは―――間違いじゃ無かったのか。


「……」


私はあの日のアレックスを思い出す―――手を握ったり顔を寄せたり……色んな女の人に対して、いちいちそんな親し気な雰囲気を醸し出して、ナンパを繰り返していたと言うのか?


「……女たらし……」


ボソっと呟くと、アレックスは真っ青になった。


「ちがっ……入る時一緒に入っただけで」

「でも手を握ったり、隣に座って顔を寄せたり―――色仕掛けで迫ったんでしょ?ほー……面白いように女の人はオトせるよねえ、君カッコイイしね。ひょっとしてその後も楽しく過ごしたり……」


私が目を眇めて睨むと、アレックスは慌てて首を振った。


「ないない!あくまで映画見ただけ!それに隣に座る時は必ず席一つ分は空けていたし―――そもそも手なんか繋がないから!」


じゃあ、あれはなんだったんだ?私の手を握ってニコニコしていたのは。


「でもその……そんな思わせ振りな事は誓ってしていなかったんだけど、それでも勘違いしちゃう人がいて一時期付き纏われてしまって。それで暫くハルにミニシアターに一緒に通って貰って彼女の振りして貰ったんだ。だからハルはまた俺が性懲りも無く、カップル割引きを利用する為にミキさんに声を掛けたのだと勘違いして。それであんな風に突っかかってしまって……本当にゴメンなさい」


ショボンと叱られた犬みたいに肩を落とすアレックスは、そこで言葉を切って顔を上げた。


「だから、ハルは『彼女』とかそう言うんじゃないんだ」

「ふーん……」


嘘か本当か分からない。正直に言っているように見えるけど―――だから何なのだ。


「でも私もその引っ掛かった一人ってコトだよね?―――付き纏われなくて、ホッとした?」


そう言って私は立ち上がった。ちょっと冷たい声が出た。

アレックスは強かにショックを受けたような表情で固まってしまった。彼の手の力が弱まり、今度はスルリと拘束から抜け出す事が出来た。




「じゃあね。『お友達』のハルちゃんによろしく。バイバイ」

「あの俺―――好きなんです!!ミキさんのこと!」




立ち去ろうとした背中に、思いっきり大きな声で叫ばれた。


「う―――ぇえ?」


思わず半分振り返って、間抜けな呻き声を出してしまう。

立ち上がったアレックスが、キュッと両拳を握りしめ顔を真っ赤にしている。


「俺、ミキさんが好きで―――だから、つい手を握っちゃったり、近づき過ぎたりして―――その、俺が好きな映画をミキさんが見に来ているって言うのがもう感動して。その、あんなとこで再会出来たのが嬉しくて浮かれちゃって……!」

「なっ……そっ……」


何でそんなに大きな声……ッ!

疎らに散らばる観光客がチラチラとこちらを伺っている。意識した途端、カッと頭に血が昇った。


「あの時はついカッコつけちゃって。本当に俺―――普通の学生で、そのミキさんみたいに大人の女性に釣り合わないから。英国人っぽくしてれば結構モテるのに、完全日本人の俺って全然モテなくて……ガッカリされる事が多くて」

「ちょっ、あの」

「だからあんまり素直に近づかせてくれて、流されてくれたのが嬉しかったんだけど、悔しくて。日本人の俺じゃきっとこうは行かなかったし、ミキさんも相手してくれなかったんじゃないかって思って……だからヒドイ冗談言って怒らせちゃって……」


あ、あの時―――それで、あんな意地悪を?特殊な照れ隠し……みたいな物だろうか。『英国人の自分に嫉妬した』って事だよね。あんまり英国紳士風の彼に、私がチョロ……いや上手に流されちゃったから。




「でも諦めないで勇気出して誘ったら、ミキさん一緒に映画見てくれて……楽しくて。また一緒に映画見ようって言ってくれて嬉しかった。だから……」




確かに私も楽しかった。

だけどそんな風に思っているなんて分からなかったよ。返って『この子慣れてるなぁ』なんて思っていたくらいだし。見た目もこんなだしね。




「あの……もう、会わないなんて……言わないでください」

「うっ……」




ぎゃあ!と私は叫び出したくなった、アレックスの目に涙が溜まっていたからだ。ポロリと一粒それが溢れた後、彼は自分の腕で乱暴に目を拭った。


うっ……そんな情けない顔していても、イケメンはイケメンだ。

そんな綺麗な泣き顔に、自然と注目が集まる。


と言うか可愛い大きな男の子を、まるで私が苛めているみたいではないかぁあ!そして絶対、男女の修羅場って思われてる。しかも私が……男に別れ話を切り出して、捨てようとしている図にしか見えないだろう。


私は思わず、彼の元に大股で近寄って涙をぬぐう図体ばかり大きい男の子を見上げて、声を潜めて叫んだ。


「ううう……もう!男だろっ……泣くなぁ!」

「な、泣いてなんか……」


ボロボロ涙を流して、ぐしぐし袖で拭っている癖にあからさまさな嘘を言うアレックス。それ、無理あるよ!うー……もう仕方が無い!




「も、もう!ちょっとこっち来なさい……っ!」




耐えきれなくなった私は、グイッとアレックスの腕を取って大股で歩き出した。

とにかくこの衆人環視の状態を抜け出したい一心だったのだ……!



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