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誤解



『今日はすいませんでした。』

『誤解があって、友達が大変失礼な事を言いました。』

『改めて会って謝りたいので、都合の良い日があったら教えてください。』




家に帰った後シャワーを浴び、ジャガリコの蓋を開けてぼりぼり齧りながらビールの350ml(サンゴー)缶を開けてがぶ飲みした。するとドッと疲れが押し寄せて来て、その後すぐにベッドに沈み込むようにして眠ってしまった。

朝起きてスマホを確認すると先ほどのメッセージが届いていた。アプリの通知機能をいじって既読をつけなくても読めるようにしているから、慌てたようなアレックス(タロウ?)のメッセージを眺めて―――返事をどう打とうか、やはり迷ってしまう。


『誤解』ねぇ……別に謝って貰わなくても、良いんだけど。


だって彼女の立場にしてみれば、例え恋愛感情が無くたって二人切りで楽しそうに話している相手がいたら、面白く無いだろう。勿論『ハル』と言う彼女が私に向けた台詞には、反論したい部分は多々ある。でもそれは多分、あの後アレックスがちゃんと説明したのだろうと思うのだ。アレックス自身がどういうつもりだったのかは分からないけれど―――例えば、私を陥落して利益を得る腹積もりだったとか、彼女はいるけど女友達は別と考えているから彼女の意見を気にしていなかったとか、もしくは付き合う彼女が複数でも良いと言う考えだったとしても―――現時点では事実として、私達は好きな映画を一緒に観ておしゃべりした……と言うだけの関係だ。


だから気まずい事なんてないのだ、私としては。


ただね、私とアレックスがどういうつもりかってコトは横に置いておいて。

ショートカットの彼女『ハル』ちゃんが、この関係自体を不愉快に思っているんだから―――アレックスは恋人の気持ちを慮るべきだと思う。


だからむしろ、もう二人で会わない方が良いと思うんだよね。……彼女の気持ちを逆撫でする気がするから。







と、言う訳で既読をつけるのも返信するのも……現在検討中。


仕事でもそう、方針が固まらない内は可能な限りペンディングした方が良い。腹が決まらない内に下手に動くと状況が悪くなるばかりだからね。


「―――で、どうだったの?あの彼とは」

「うっ……」


サクちゃんが私の肩に腕を回して流し目を送って来る。目の前には緊張した面持ちで私達の遣り取りを見守るコンちゃん。そしてもう一人、今回予定の合った同期、植野君がサクちゃんの言葉の意味を計りかねて、私達三人に問いかけるような眼差しを送っている。


「何の話?」


キョトンと尋ねる植野君に向かって、サクちゃんがフフフと魅力的に微笑んだ。おろ、彼の頬が面白いようにピンクに染まったよ。毒舌家と分かっていてもなお、ついクラッとさせられるサクちゃんの可愛らしさ……罪だわ~。


「イケメンハーフの年下くんと、デート!遠恋の彼から別れを切り出されて以来独り身を貫いて来たミキちゃんに、とうとう春が来たのよ」

「まじか!」

「大マジよ」

「……」


驚きを表す植野君に向かってサクちゃんは大きく頷いた。一方でコンちゃんは、サクちゃんの大風呂敷に疑わし気に眉を寄せている。

そうだよね、私とアレックスが話をする所を目撃しているコンちゃんには、そんな色っぽい関係だなんて印象を受けていないはず。まあ一応心配してくれて―――で、その年下イケメンハーフであるところのアレックスを怪しんでいたらしいけれど。そしてそのコンちゃんの疑いはおそらく当たっているのだろう。


しかし少なくとも私の方の認識は、違っていたのだ。


「いや、全然そんなんじゃないから」


私は抑揚の無い声で首を振った。

するとサクちゃんがガッカリしたように拗ねた声を出した。


「えー違うのぉ?」

「違う違う。―――ただ趣味が合う相手だったってだけだよ。映画の割引の為に一緒に観に行っただけで。それに彼氏とか恋人とは一緒に行こうとは思わないもん。基本的に私、映画は一人で観る派だから」

「え!映画一人で観んの?」


植野君が目を丸くした。確かに誰かと一緒に行動する事を、映画を観る第一目的と考えている人は多いだろう。おそらく植野君はそのタイプなんだろうな。


「うん、むしろ誰かと観ると楽しみが減っちゃう」

「逆じゃないか?普通。じゃあ、何でそいつと一緒に観たんだ?」


植野君は首を傾げた。


「それはその人も一人でもその映画を観たいって人だったから。それにカップル割引があって……」

「カップル割……ナニそれ?!」


コンちゃんが思わず、と言うように声を上げた。うっ……確かに名称は微妙だよね。


「そのミニシアターには『カップル割引』って言うのがあってね。……って言っても恋人同士とか夫婦限定じゃなくて、ただ男女二人で月曜日に入場すれば一人千八百円の入場券が二人で二千円になるの。それをその彼と一緒に観に行ったってだけで―――」

「そうだったの」


あからさまにホッとするコンちゃん。本当に心配してくれていたんだな、と思って申し訳なく感じてしまう。私もついフーッと溜息を吐いてしまった。帰り道の修羅場を思い出したのだ。


「だけど安易に男女で観に行くのも善し悪しだね。コンちゃんが心配した通りになっちゃったよ」

「え……まさか、ミキちゃん……」


コンちゃんが顔を蒼くして表情を失くした。

な、なんか勘違いしている?私は慌てて顔の前で両手を振って否定した。


「あっ……違う違う!別にアレックス本人と何かあった訳じゃなくて―――映画を観た帰り道にね、彼の彼女にバッタリ会って誤解されちゃって。女の子の方が彼に文句を言って彼が弁解していたってだけで」

「修羅場じゃん」


植野君がボソリと突っ込んだ。するとサクちゃんが私に良い匂いのする体を寄せて、目を細めて囁いた。


「ミキちゃん、完全に悪役ポジションね。彼氏を年上OLに寝取られたと誤解した彼女は……そりゃー怒るわよ」

「寝取っ……人聞きの悪い事言わないでよ。本当にただの友達なんだから」

「『ただの友達』だって彼に主張されてもさ、楽しそうに二人っきりで会っている場面を実際見掛けたら、そりゃ逆上もするわよ。ましてやねえ?お色気お姉さんに彼氏が惑わされているんじゃと、焦ったんじゃない」


サクちゃんの言い分は尤もだった。私だってさっきそんな風に考えていたワケで―――だけど一点、どうにも納得できない単語が聞こえて来たので、思わず抗議してしまう。


「お、お色気……全くそのようなモノ、持ち合わせていないんだけど」

「うくく……」


綿菓子のような愛らしい笑顔を浮かべ、肩を震わせるサクちゃん。


「確かにサクちゃん本人はそう言うタイプじゃないわよ?でも『パッと見』はそう見えるんだもん。綺麗な出来るお姉さん?的な」


サクちゃんは楽しそうにクツクツ笑いながらそう言った。

私はムウっと口を引き結んだ。悪かったな、『パッと見』で、と。


「そんな事無いよ!」


コンちゃんが拳をキュッと胸の前で握って庇ってくれる。


「ミキちゃんは素朴な良い子だもん。全然お色気お姉さんなんかじゃないよ!結構ドジな処あるし天然だし!そんなだったら、今頃彼氏の二~三人出来てるって!」


―――ようで何気に貶されているような気がするのは、うん。気のせいでは無いようだ。


「うん、アリガト、コンちゃん。もういいよ、それくらいで……」


それくらいにしてくれないと、なにかと色々ガリガリと削られて辛いです。

女子力とか?お色気とか?あと女としてのプライドとか……。




その後は同期の動向とか職場の噂話とか、新しく近くに出来たシメパフェ屋さんの話とか……話題は逸れて行き、暫く楽しく盛り上がった後解散となった。

同じ駅に向かうコンちゃんと肩を並べて歩く。隣を歩くコンちゃんを見上げ―――うん、黙って歩いていれば精悍な容貌もガッチリした頼もしい体格も大変男らしいな、なんて失礼な事を考える。まあコンちゃんの良い所は見た目よりも中身なんだよね、気配りが出来て優しい。だから遠距離の彼女さんともずっと続いているんだろうなぁって思う。


そんな事をつらつら考えていた時、不意にクルリとコンちゃんがこちらに顔を向けたので、ちょっとドキっとした。


「ミキちゃん、ちょっと付き合ってくれない?」

「ん?」

「―――シメパフェ。さっき話題に出たから急に食べたくなっちゃった」



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