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46.こいつは悪夢だ

 気絶から回復した俺は親父さんの元へ事の次第を報告しに厨房へ向かう。

 まったく酷い目にあったよ。あと一歩でアーハーされるところだったんだからな!


 厨房に行くといつもの如く、オールバックをバッチリ決めたダンディな親父さんが競馬新聞を読んでいる。


「親父さん、話を聞くどころじゃなかったんですけど」


「ん、アイくんとは会えなかったのかね?」


「いや、会ったんですけどいきなりアーハーされました」


「ふむ。そうかね。男は度胸だよ、勇人君」


 いつもの事だけど親父さんとの会話はどこかズレている。そんな問題じゃあねえんだよお!


「あれは愛と勇気で何とかなる相手じゃないですよ!」


「ははは。君は面白い事を言うね。で、ゴミの事はどうするのかね」


「あ、それならさっき咲さんがゴミ消すところ見たんで、詳しいメカニズムはもういいっす」


「ははは。なるほどなるほど。まあ、今度は深層の私の家にでも招待しようではないか」


「は、ははは......」


 次深層なんて行ったら、あいつが「あたしがあなたの嫁よ!」とか言って、黒の霧で俺が蒸発する未来しか見えん。

 深層は鬼門だ! 絶対に行ってはいけないのだ。幸い魔族は地上に出て来れないから、俺が行かない限りアイと出会う事は無い。


 親父さんとこれ以上話をするとまた無茶振りが来そうだから、俺は退散することにした。



◇◇◇◇◇



――翌日

 気怠い朝だ。咲さんの目を使い過ぎたからだろうか、体が非常にだるいぞ......しかし、外が騒がしい。こんな朝っぱらからお客さんが来る予定は無いはずだけど。

 昨日は宿泊客が居なかったから、今朝はお客さんは居ない。本日夜に宿泊客はいるが、チェックインは昼以降。


 なら、お客さんじゃあないな。


 俺は布団から起き上がり、猫が部屋の隅にいる事に気がつく。しかし様子がおかしいぞ。尻尾をたたんでブルブル震えているではないか。

 一体何が?


「クロ、何があったんだ?」


「ゆうちゃん殿!」


 俺が声をかけると、猫クロが感極まったように飛び込んで来る。

 落ち着かせる為に猫クロの頭を撫でていると、奴の震えが止まってくる。


「どうしたクロ?」


「来たでござる。来たでござるよ!」


「来たって誰が?」


「アイ殿でござる!」


「ええええ! ダンジョンから出れるの? 普通は出れないんだよな?」


「アイ殿は今まで特に人間へ敵意を持ってた訳ではないでござる」


「でも、地上には出れなかったんだろ?」


「そのとおりです。これまでは無関心だったのでござる。しかし、ゆうちゃん殿」


 アイの黒い霧で、俺が消される未来しか見えんぞ。どうすんだよー。


「その先は言わなくても分かる! うわあ。俺消されるの?」


「決してそのようなことは。吾輩達が守りますゆえ」


 猫クロでも居ないよりはマシか。いざという時は、厨房に逃げるぜ。

 モタモタしているうちに、ひときわ大きな音が鳴り響いた後、ようやく静まったようだ。


 落ち着いた様子だから、恐る恐る部屋の外へ出て、ロビーに行くと咲さんと倒れている下着姿の痴女が居た。

 この痴女は黒の下着にニーハイソックスだけという姿で倒れている......アイだった。


「あ、勇人くん。どういうことなの?」


 咲さんは少し頰を膨らまし俺に問い詰めてくる。


「咲さん、何でこいつが此処に?」


「私にも何が何だか。勇人くんと何かあったんじゃないの? 勇ーって言ってたけど」


「深層に行ったのだけど、突然襲って来たんだよ! 姉さまーって」


 俺は咲さんに深層でアイに突然襲われて、撃退した話をする。

 裸に剥いた事は伏せたけど。


「ふうん。ひょっとして勇人くん、私のこと聞きに行ったの?」


「あ、ああ」


「私にそんなに興味持ってくれたんだね!」


 先ほどまでの膨れっ面も何処へやら、咲さんは満面の笑みで俺を抱きしめてきた。

 い、いや。勘違いしているぞ。咲さんラブラブで、彼女のことを聞きに行った訳じゃ無い。ゴミについて聞いたら、問答無用で深層に送り込まれただけだー!

 ご、誤解を解くとまた変な方向に行きそうだから黙っておこう。触らぬ神に祟りなしだよ!


「あー、姉さま!」


 こ、この声は! 起き上がった下着姿の痴女――アイと俺の目が合う。


「あ、起きたの? アイ」


 咲さんは後ろを振り向かず、俺に抱きついたまま勝ち誇った様にアイに応じる。


 ワナワナと肩を震わしたアイが、俺をキッと睨みつける。


「勇! あたしが居るのに、姉さまと何で抱き合ってるの!」


「ふうん。アイ。人間の愛情表現を覚えたんだ」


 咲さんは俺から離れずアイに言い放つ。アイは顔を真っ赤にして叫ぶ。


「ダンジョンを歩きながら勉強したの! 勇と夫婦になるんだから!」


「勇人くん、アイといつの間に?」


 咲さんの顔が迫り、耳元で囁かれた。こ、怖えよ!


「そんな約束はしてないって! 勝手に奴が!」


「そう。まあいいわ」


 咲さんは軽く俺にチューをすると、アイの叫び声が響き渡る。

 続けて咲さんが、俺の頰へ唇を這わすと俺の意識が遠くなっていく。



◇◇◇◇◇



 目覚めると布団に寝ていた。どうやら俺の自室みたいだが、妙に多い人の気配を感じる。

 というか、俺をみんなが覗き込んでいる。


 咲さん、マリー、猫耳クロ、アイまではまだいい。何故かうっしーと叶くん、人化したラニまで居るじゃないか!


 どういう事だこれは?


「ゆうちゃんー、誰がいいのー?」


 マリーは面白そうにカラカラと笑う。


「吾輩、頑張って服着たでござるよ!」


 猫耳クロが胸を張る。


「勇人くん、みんなで話したの。現時点で勇人くんが一番なのは誰なのかなーって」


 咲さんがとんでもないことを言い出した。俺が気絶してる間に何ということを! てか、ラニはまだいい。何でうっしーと叶くんまで居るんだよ!


「勇! あたしといいことするよね? アーハー」


 アイがマッドモードになってる! 興奮し過ぎたのか?


「筒木くんー。私、ちゃんと」


「い、いや、叶くんは叶くんだろ!」


 迫る叶くんをかわす俺に、今度はラニが傅く。


「勇人殿。わらわは妾で構いません」


「い、いや、ラニは骸骨くんのままでいいって!」


 次はホルスタインが目に入ったが俺は先手を打つ。


「何で、うっしーがいるんだよ! 帰れ!」


「ふんもおおおお!」


 ちくしょう! どうしてこうなった!

 よおし、逃げるぞ。


 しかしどうする?


 よし! これしかない。


「毟り禿げ散らかせ!」


 俺のカッコイイ言葉と共に全員の衣類が裂ける! 下着も余すことなく破ける!


 そんなことで動じる奴らでは無い!

 しかし一瞬の隙をついて俺は逃げ出す!


 走り去る途中、叶くんの下半身が目に入ってしまった!

 そのままじゃねえかよ!

 嫌なものを見てしまったが、俺の足は止まらない。


「ゆうちゃんー」

「勇人くん」

「ゆうちゃん殿ー」

「勇ー」

「勇人殿!」

「筒木くん!」

「ふんもおおおお」


 聞こえねえ! 俺は俺を呼ぶ声を振り切り部屋を出たのだった。


 俺に明日はあるのだろうか......


 今度こそ第一部完

本作品はカクヨムのコンテストに参加しております。

コンテスト終了後にまたお会いしましょう。

いきなり再開するかもしれませんが。

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