23.スッキリ!
目が覚めると、猫が俺の胸の上に乗っかり、誰かに手を握られていた。冷たい......
誰だ? と思い仰向けに寝転んだまま左右を見渡すと、
咲さんが。
お約束というか、彼女の頭だけ転がってる。
俺の手を握っている手ももちろん単独だ。反対側を振り向くと、胴体が確認できた。慣れてきたとはいえ、怖い。怖いって!
何故咲さんが居たのだろう。咲さんはマリーと違って滅多に布団へ潜り込んで来ることはないのだけど。
あ、そうか。しまった!
俺たちだけでダンジョンへ行ったから拗ねてるんだ。どうしよう。俺だって水着だと分かっていたら咲さんを誘ったよ。マリーじゃなくて。
たまたまマリーが居たから連れて行っただけなんだ。たしかフンフン鼻歌を歌いながら通りかかっただけなんだよー。
「咲さん」
小声で呼びかけてみると、すぐに咲さんは目覚めてくれた。
「勇人くん」
無言で俺は起き上がり、咲さんの首と腕を彼女の胴体にくっ付ける。これくらいで機嫌を直してくれたらいいんだけどなあ。あ、猫が体から落ちた。
「咲さん、ごめん。気が回らなかったよ」
「ん、少しだけ寂しかったな」
口を少し尖らせて、俺の手をギュっと握る咲さんに少しドキっとする。見た目はほんと美人だからなあ咲さんは。
そのまま甘えて来る咲さんについつい俺も乗せられてしまう。
「勇人くんー。ギュってして。それで許してあげる」
うわあ。何処でこんな可愛い言い方を学んだんだ。咲さん! 普段ぼーっとしてるように見えて、実は一番の実力者で案外怖いところのある咲さん。たれ目なところも、ぺったんじゃないところも素敵だ。
首が取れるのと、体が冷たいのが残念なんだけど。
ともかく、ギュッとするのは俺も嫌いではない。というかむしろ。ま、まあいい。
俺は咲さんを抱き寄せて、背中に手を回す。咲さんは俺の胸に顔をうずめスリスリしてくる。
「んー。勇人くん」
咲さんも俺に手を回し、ギュッと抱きしめてきた。彼女の柔らかい感触が俺に伝わり、少し興奮してくる俺。しかし、さっきから下半身でもぞもぞ何かが動いている。 何だ、何か居たか? 気にせずギュッとしていると、咲さんの顔が俺に迫って来る。
「さ、咲さん......」
駄目だ。朝からダメですって! いつの間にかもぞもぞが下半身の中心へ来てる。 ええい邪魔だな。
「ゆうちゃん殿、朝から悶々としているでござるか?」
下半身は布団の中だったが、そこから声がする。あ、忘れてた! 猫を最初に転がしたんだった。
クロの声に咲さんは俺から体を離してしまった。
「勇人くん、悶々って何?」
クロに邪魔されたことを気にすることもなく、咲さんは首をコテンと傾けて不思議そうに聞いてくる。
や、やめてくれー。咲さんがそんなこと言わないでくれよ!
「え、えっと」
俺が言い淀んでいると、くそ猫がやっちゃってくれた。
「咲殿、ゆうちゃん殿は溜まってるんですぞ。しばらくあれなようですゆえ」
こらー! 咲さんに言うんじゃねえ!
「ん? 体調が悪いのかな?」
よかった。咲さんは分かってない!
咲さんは俺の胸に手を当てると、目を閉じる。
「すっきりしたいの?」
咲さんは目を閉じたまま、俺の胸に顔を埋めて来るんだ。少し声が色っぽいんだけど。ク、クロがいるのに。
「吾輩も混じりたいでござる!」
猫は、乗っかって来たー!
「いいよ。目を瞑って......」
咲さん! マジですか?
俺がドキドキしながら、目を瞑ると、咲さんは唇を合わせてきて、舌で俺の口が開かれる。
しかし、期待した彼女の舌は入ってこず、何かモゾモゾしたものが口の中に入って来る......一分くらいすると、違和感が無くなり、咲さんが口を離す。
「ご馳走様」
咲さんは満足そうな笑顔で俺に告げるが。はて?
「ゆうちゃん殿、しぼんでるでござる!」
卑猥な猫が何か言ってるが、俺は現在悟りを開いたかのようにスッキリしている。
この爽快感。何でもできそうだぜ! ヒャッハー。
「ありがとう。咲さん。なんだか分からないけど、気分爽快だ」
「そう。私こそご馳走様」
こうして俺は、うなだれる猫を放って置いて咲さんが出て行った後、着替えて部屋の外へ出た。
◇◇◇◇◇
今日親父さんが元さんなる人が来ると言っていたから、親父さんにその人のことを聞いてみようと思う。
厨房に行くと、昨日採ったカニはすでに捌かれて小分けになっているようで、発砲スチロールの箱が厨房に積まれていた。
ちょうど親父さんと藍色の着流しを着た長髪の男が談笑している。男は三十前後に見え、切れ長の目をした美男子だった。ただ、目から鼻にかけて深い傷跡があるのが残念と言えば残念だけど。もう一つ難点があった。長い楊枝を口に咥えている......なんか癖のありそうな人だなあ。
「お、勇人君じゃないか。紹介しよう。彼が元さんだ」
「はじめまして。筒井勇人です」
親父さんが俺を紹介してくれたので、着流しの美男子――元さんへ俺は挨拶をする。
「お、お前さんが勇人って奴かい。俺っちはトミー元ってんだ。よろしくな」
こ、濃い。濃ゆいぞこの人。
握手を求めてきたので、俺は乾いた笑みを浮かべしかと彼の手を握りしめた。
「元さんは、いつも食材を買い取ってくれる人なんだよ」
「おう。買い取りは任せてくんな」
挨拶が終わると、元さんは信じられないことに積んであった発砲スチロールの箱を六箱手に持ち運び出す。
いつの間にかお手伝いと骸骨くんもやって来て同じように大量の箱を持ち上げて、元さんの後を追う......
「親父さん、元さんに骸骨くん見えていいんですか?」
「もちろんだとも。彼も魔族だからね」
やはり、この宿以外にも魔族は居たのか! 一体どれだけ魔族が地上にいるんだろう。少し怖くなって来た。
「元さんはその、変身とかするんですか?」
クロのことがあったから、驚いて気絶しないように事前に知っておきたい。
「よく気が付いたね。彼は人間のように化けることができるんだよ」
「今が人間形態なんですよね?」
「いかにも」
「さ、参考までにどんなお姿なんですか?」
「それは、元さんに聞いてくれたまえ」
聞きたくねえ! まあ、食材を売る時くらいしか会わないし、俺が売り担当でもないから別にいいか。
「昨日は勇人君がカニを取って来てくれて助かったよ。ありがとう」
「あ、すいません。昨日は挨拶にも行かず」
「いやいや。人間の君がカニ採りに行くとなると、相当疲れただろう。今日はゆっくり休みたまえ」
「ありがとうございます。じゃあ、街にでも出かけますね」
「楽しんで来るんだよ」
厨房を後にした俺は、軽トラックに向かいつつどこに行くか思案する。
情報を調べてから出発しようと思い、車内で携帯をいじっていると、素晴らしい情報を見つけた。
何と蜜柑さんが、この近くまで来てる! これは街に繰り出さねば。
じゃあ、行きますか。
待て、このパターンで何度マリーが侵入していた? 俺は注意深く車内を観察し、何もいないことが分かるとほっと一息つく。
では、改めて出発だ。待っていてくださいよー蜜柑さん!