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1.俺が働くことになった経緯

「ギャー!」


 遠くから宿泊客の叫び声が聞こえる......またやってしまったか。

 俺が格安温泉宿を手伝うようになってから一週間が経ったが、まともに一日を過ごせた宿泊客はなんと......


 皆無だ!


 俺の務める温泉宿は、自慢じゃないが施設は抜群、露天風呂も高級ヒノキ造り、客室も広いし料理もバイキング形式ながらもなかなか凝ったものを出す。

 立地はどうだろうか? 飛騨高山ダンジョンが近くにある観光スポットとしても申し分ないし、温泉街としても有名な地域。


 何も問題ない。極め付けは周囲の宿の半額以下のお値段! これで客が来ないわけがない!


 実際は来ないんだけどね。

 


――七日前

 岐阜県高山市、この名前を聞いてあなたは何を想像するだろうか?

 俺が想像するのはただ一つ、

 ――温泉だ。


 飛騨山脈には有名な飛騨高山ダンジョンがあるが、そんなもの一般人には身近なお話しではない。 俺のような一般人にとって、飛騨高山とは温泉街だ。

 仕事で疲れた体を休めに、俺はある温泉宿に訪れていた。ご存知のとおり温泉宿といっても値段はピンキリで、今回選んだ宿は一泊食事付き五千円と超格安宿になる。


 しかし意外や意外この宿、内装も外観もサービスも倍くらい値段がする宿より断然優れている。俺の知る限りだけど、サービスレベルは高級ホテルに一枚落ちる程度。


 昼間から宿に入った俺は食事前にひと風呂浴びているところだ。質のいい檜で作られた露天風呂になっているこの宿の風呂は、見晴らしもよく他の客もいないため、俺が独占で使えている。まさに至福のひとときだ。


「こんにちは。お湯加減はいかがですか?」


 風呂と脱衣所の仕切りの向こうから、女性の声が聞こえる。きっと脱衣所から大きな声で、俺に声をかけているのだろう。


「最高です!」


 俺も大きな声で女性に答えると。


「よろしければお背中流しましょうか?」


 え? なにそのサービス。でも折角だし......鼻の下を伸ばしつつ俺は「ぜひ」と答えると、仕切りがガラリと開き、茶髪を短く切りそろえたたれ目の美人が、お辞儀し風呂へ入ってきたのだ。


 年の頃は二十代前半。茜色の浴衣を着用した姿は少し色っぽい。

 言われるがままに背中を流され、本当にこの宿に来てよかったと俺は満足していた。


 コロン


 何かが落ちる音がしたので、気になった俺は後ろで背中をゴシゴシしてくれている女性に、「大丈夫ですか?」と問いかけると、一泊置いた後女性は「すいません。石鹸が落ちちゃったようです」と答える。


 意外におっちょこちょいなんだなあと、逆に好感を覚える俺。


 風呂から上がった俺は一旦部屋に戻ろうと、部屋まで移動する。部屋には誰かが居る気配がして、何か作業を行っているようだ。

 この部屋は和室になっているから、きっと布団をしきにスタッフが来ているのだろう。

 ご苦労様と一言声をかけたくて、部屋の扉を開けると......


 一瞬何か白いものが目に入る。

 気のせいか?


 再度部屋に目をやるが、さっきまであった人の気配が全くない。


 何だったんだろう、さっきの白いものは......不思議に思いつつも食事の時間だったので、食堂まで足を運ぶことにする。


 食堂では先ほどの女性と金髪で黒い目をした小柄な少女が、パタパタと忙しそうに食事の準備を行っていた。

 これだけいい宿なのに、本日の宿泊客にはまだ会っていない。


 今思えばこれだけの設備でサービスのある宿、しかも格安という条件で宿泊客に会わなかったことを不信に思うべきだったのだ。

 この時の俺は不信など露ほどにも思っていなかった。


 金髪の少女が俺を席まで案内してくれて、俺は食事を満喫する。

 食事は山のものが中心の家庭的な料理ではあったが量は十分だ。しかも黒髪をオールバックにした体格のいいシェフが、目の前でステーキを焼いてくれるパフォーマンスまであった。


 部屋に戻りゆっくりとした時間を過ごし、布団に入ると俺は今日一日のことを思い出していた。この宿は値段の割に本当にサービスがいい。浴衣姿の美人が背中を流しに来た時は驚いた......



――深夜

 ......冷たい......何故か冷たい......


 寝返りをうつと、何かに触れた。

 柔らかい何かだ。


 不思議に思い、振り向くと、


 金髪の少女と目が合った!


 ここ俺のフトン。君のフトンじゃない。いやそんな事じゃない! 何が起こった!


「少しだけ......いいですか?」


 潤んだ「赤い瞳」で見つめてくる金髪の少女。

 ええ、何これー! かなり混乱しつつ再度少女に目をやると、彼女の赤い瞳がギラリと光る。


「ギャーーー!」


 俺は悲鳴をあげると、聞きつけた従業員らしき足音が近づいて来る。かなり大きな音を立てているので、恐らく走っているのだろう。


 早く来て! スタッフー!


 恐る恐る少女を見ると、目は光っていない。気のせいだったのかもしれない......


 その時部屋の照明が点灯し、茜色の浴衣を着た女性が飛び込んで来る。


「どうされました?お客様?」


 息を切らせながらも、心配そうに彼女は俺に様子を聞いてくる。


「えっとですね」


 俺は未だペタンと座っている金髪の少女に目をやりつつ、説明を行おうとする。


 コロン


 何かが落ちる音。


 ハッと浴衣の女性を見ると、首から上が無い!


 頭が床にコロンと落ちていた!


「ギャーーー!」


 俺は再度悲鳴をあげる。


「あ、すいません」


 浴衣の女性は自分の頭を手で掴み、元の位置に戻している。


 その後、体格のいいオールバックのシェフがやって来て平謝りしてくれ、少し落ち着いてきた俺は事情を聞くことにした。


 どうもここは吸血鬼のシェフと少女の親子と、首が外れる「首なし」という種族の浴衣姿の女性とあと二人で運営する宿らしい。

 不死者と呼ばれる種族の彼らは人間社会がいたく気に入り、人に紛れて暮らしたいと人里に出て、人間と触れ合うために宿の経営をしてるとのこと。

 人間の経営する宿にサービスは負けてないはずだが、客が入らないことを悩んでいるとオールバックのシェフは教えてくれた。


 確かにサービスはよい。よいのだがどこかズレている。「お背中流します」はまだ許すとして、布団に潜り込むのはダメだろう! しかも目が光ってたし。


 少し怖いながらもおかしいところをシェフに説明すると、シェフは俺に経営を手伝ってくれと懇願してくる。


 即断ろうとしたものの、縋り付いてくる根気に負けて少し手伝うことになってしまった。


「残り二人の従業員を紹介しますね」


 浴衣姿の女性は、そう言うと襖を開ける。


 出てきたのは、白骨の人型骸骨!


 それを見た俺の意識は遠のいていく......



――現在

 というわけで、俺は吸血鬼のダンディな親父が経営する温泉宿を手伝うことになったのだ。

 ちなみにあの時、吸血鬼の少女が言った言葉は実のところこんな意味だ。


「少しだけ......(血を吸って)......いいですか?」


 唯一の人間たる俺が指導を行い、宿を繁盛させる。

 意気込んだものの先は遠そうだ......


 とりあえず、骸骨君! 君が客の目に入ったらそこで試合終了だからな。

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