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アルコール依存症125
「俺にも、婆さんの声が聞こえたぞ」と悪友が言った。
看守が立ち去った後、悪友がおもむろに言った。
「おい、俺も婆さんの姿を見たぞ」
意表を突かれた顔をして行雄が尋ねる。
「うん、いつ見たのだ?」
「さっき看守と話している時だ。入り口の方を確かに小柄な婆さんが歩いていたぞ」
狂った行雄が猜疑心を抱き言った。
「嘘をつくな。お前は俺に酒を飲ませない為にそんな戯れ事を言っているのだろう、違うのか?」
悪友が嘘をついている己の心中をひた隠す為に真剣そのものの顔付きをして言った、
「俺がそんな嘘をついても、お前の酒を飲みたい願望は消えないだろう、違うか?」
行雄が唸り声を漏らし言った。
「まあ、それはそうだがな…」
悪友がここで機転良く眼を見開き、耳を澄ます仕種をしてから言った。
「俺にも、今、婆さんの声が聞こえたぞ」
行雄が驚きの表情を作り尋ねた。
「ば、婆さんは何と言っていたのだ?」
悪友が首を振り答える。
「いや、何を言っていたから分からない。ただ苦しそうに呻く声が聞こえただけだ」




