アルコール依存症
以前エプリスタに描いたアル中の歌のリニューアルバージョンです。これは亡くなった親友へのレクエイム方式の小説であり、だから感傷的になるというわけではありませんが、友への思い入れを込めてエプリスタよりも、ほんの少し実話を織り交ぜて描きたく、何卒よろしくお願いしますm(__)m
シーン1
行雄は無類の酒好きだ。
特に日本酒が好きで、つまみをかったるそうに食べながら、三時間位で一升酒を飲み干してしまう。
深酒をする者に健康なものはいない。
行雄もその例に違わず糖尿病を患っていて、いつも身体がだるく、足がむくんだりして難渋しているのだが、それでも酒を止める事は出来ない。
行雄の職業はガールズバーの店長であり、何が何でも数字を上げろという社長の厳命に従い、猪突猛進ひたすら頑張っているので、社長からも可愛がられ、営業中酒を飲む僥倖にも預かっている。
そんな行雄には飲み友達の悪友がいて、杯を傾けているある日行雄にこんな提案をした。
「山中に行って鹿を殺し生で食らうと店が繁盛するというジンクスがあるんだが、お前どう思う?」
行雄が眼を剥き尋ね返した。
「何だ、それは?」
悪友が尋ねる。
「やってみる価値はあると思うが、やってみるか?」
酔っている行雄が威勢をつけて言った。
「おう、やってやろうじゃねえか!」
シーン2
ガールズバーが引けた深夜、悪友のジープに同乗して二人は峠道を走っている。
ビールを片手に鹿が出て来るのを待っている行雄に向かって悪友が言った。
「それにこのジンクスにはもう一つのニュアンスが有って、それは鹿の生肉を食うと、酒が止められるらしいのだ。お前酒飲み過ぎだからな」
行雄がうそぶく。
「酒無しで何が人生なんだ?!」
悪友が高笑いしてから言った。
「いずれにしろ、お前は飲み過ぎじゃないか。そんな深酒ばかりしていたら命が持たないぞ」
行雄が言葉を跳ねつけるように言った。
「鹿の生肉なんざ、こうやって狩りに出なくても手に入るものだろう、違うのか?」
悪友が反論する。
「いや、野生の鹿じゃないと効果が無いらしいのだ」
行雄がビールを煽りせせら笑いしてから言った。
「とにかく俺は酒は止めない。いずれにしろ俺が望んでいるのは店が繁盛する事しかない。従って早く鹿を殺して食うしかない」
悪友が言った。
「そんなに上手く行くかな…」
再び行雄がうそぶく。
「行くさ。俺は強運だからな」
その瞬間、ジープの眼前に鹿が跳び出し、ジープはその鹿を避ける事は出来ず激しい激突音を立て撥ねて、鹿は吹き飛び、ぐったりとして動かなくなった。
行雄が声を限りに叫ぶ。
「やったぜ!」
悪友が車を停めて、二人が銘々登山ナイフを持ってナトリウム灯の下に横たわっている鹿に近寄り、おそるおその死体を見下ろした。
シーン3
悪友が先に口を開いた。
「どうする、本当に生で食うのか?」
行雄が勢いづく感じでしきりに頷き答える。
「そりゃあそうだ。店が繁盛する為ならば俺は何だってするぞ!」
悪友が唸り声を上げてから言った。
「しかし生肉は寄生虫とかの心配もあるし、下手をすると食あたりになっておだぶつだぞ。それでも食うのか?」
行雄が血走った眼を吊り上げてから言い放つ。
「食うさ。お前が食わないならば俺が食ってやるから見てろ!」
行雄が鹿の死体を叢の中に引っ張り込み、登山ナイフを突き立てて鮮血が噴き出すのも構わず生肉をえぐり取り、そのまま口に入れて、涙ぐみながら咀嚼し言い放った。
「美味いぞ。お前も食え?!」
悪友が首を振り拒んだ。
「いや、俺はいいや。店もやっていないし。酒は止める程飲んではいないからな」
行雄が生肉を飲み込んでから喚いた。
「意気地無しめ。ならば俺が全部食ってやるから見てろ!」
そう言い放つなり、行雄は鹿の胴体に矢継ぎ早に登山ナイフを突き立て、肉を何度となくえぐり取り、口に運んでは涙ながらに飲み込んで行くを繰り返し、行雄はその返り血で血みどろになって行った。
シーン4
行雄達の予想を遥かに越え、店は大幅に繁盛して毎日行雄に寸志の褒美が出る程の活況を呈した。
その状況に行雄は至ってご満悦であり、酒を浴びるように飲みながら悪友の肩を叩いて言った。
「毎日お前のおかげで美味い酒が飲めるぞ。有り難う」
悪友がばつわるい顔付きをしてからぽつりと言った。
「あのジンクスは嘘だったのだ」
行雄が耳に手を当てて聞き返す。
「うん、何が言ったか?」
悪友が意を決するように言った。
「だからあのジンクスはお前に酒を止めさせる為の嘘だったんだよ」
酔った行雄が笑い飛ばした。
「嘘も何も、店はこんなに繁盛しているじゃないか。また鹿を殺しに行こうぜ。相棒よ?」
悪友が頑なに断る。
「いや、俺は行かない。あれは全部嘘だったのだから」