引きこもりになろうとしましたが、どういうわけかやめました。
(あいつマジうぜぇ...)
(あの子最近調子乗ってない?)
(あの先公ねーわ)
朝から街はそんな戯言で賑わっている。
---否、想っている。
・・・ハ?
と、聞こえてきそうな雰囲気だが、事実、皆このような事を考えている。
そんな超能力者じゃあるまいし、と人は笑うだろうが、この俺、長谷川叶は分かる。
いつから?とか、なんで?という問いには答えることができない。あえて答えるとするならば、いつの間にか、なぜか、という不確定な答えになってしまう。
この能力欲しいという人が多数だろう。だが一見素敵能力に見えても、正直あまり使えない、寧ろ損をする能力である。
一応メリットを紹介しておくと、一つ目、給食のおかわりじゃんけんで絶対に勝てること。二つ目、テストでカンニングしてないのにカンニングできてしまうこと。どちらも魅力溢れる事が重々分かる。
だが、デメリットの方が大きい。
それは、朝のような戯言が聞こえることだ。一般人なら、それがどうした?と、割り切れるだろう。
だが、この能力を持つと、悪夢へと変わる。自分の悪口が言われているのではないかという不安。悪魔の囁きに押し潰された俺がいる。
そう、今日は高校の入学式。勿論合格はしているが、中学生以来学校に行きたくないと思うようになってしまった。
ただし、妹も今日が小学校の始業式なので、朝飯を作るため、仕方なしに階段を降りキッチンへと向かう。
父は不慮の事故。母はその穴を補うために夜まで働き、疲れきったまま帰ってくるので、家事大半は受け持っている。
まあ、家事も兼ねると、高校に行かなくて正解なのではないかと思う気もする。
昔からの仕事なので慣れて来ている手を、器用に動かし、朝飯の準備を手早く済ませ、もう一度自分の部屋へと戻った。
まだ色々やることは残っているのだが、初日なので、引きこもりの醍醐味、二度寝を体験してみることにした。
*
何時間くらい寝たのだろう、カーテンの隙間から見える木々はほのかに暖かさを増し、辺りは紅に染まりつつあった。
スマホで時間を見てみると、16:00を示していた。初の体験に心が躍ったのか、途轍もない睡眠をとってしまっていたようだ。
「ピンポーン」
因みに起きた理由は先程から鳴り響いているインターホンのせいだ。
不敵なチャイムを鳴らす主の存在を予想してみることにした。
まずは宅配便。そんなもんとった覚えはない。それ以前に、我が家は基本的にそのようなシステムに疎いので使わない。
次に友達。友達なんていない事くらい察してください。以上。あ、一人いたっけ・・・
有力なのは妹、と言いたいところなのだが、妹はインターホンを鳴らさずに出入りするので、この線も消える。
一番可能性が高いと考えたのは、学校からの使者、先生。入学初日から無断欠席なので、様子を見に来たと考えるのが一番自然なのではないだろうか。
と、今までの予想の答え合わせをすべく、ガラス越しに、覗いてみたそれは、大いに解答を裏切ってくれた。
見知らぬ高校生。もちろん面識など全くない。入学した高校の制服は、中学生時代のプリントで見たことがあったので、俺が行く高校の人ということが分かる。
それに加えるとするならば女生徒、という事。
俺は探偵のように顎に手を添える仕草をし、思考を巡らせた。
ははぁ〜ん。と、独り言の様に呟いた。
俺が察するに、同じクラスの人でじゃんけんに負けたのが理由で配布物を届けに来たのだろう。どう?100点満点?ははは、じゃんけんに勝てない一般人め!全く愚かなものだ!はい、すいません。
だが、俺は学校には行かないと決めた、中学生時代の悲惨を再び経験したくないから。
と、活気のない空気を出す俺に、女生徒は勝負を仕掛けた。
「ピンポーン」
「ピンポーン」
「ピンポーン、ピンポーン、ピンポーン」
こんなことで屈する俺では・・・
「ピピピピピピピピピピピンポーン」
うるせええええええぇぇぇ
初めて上がる人様の家によくこんなことできるなこの女!いつかあったら仕返ししてやる!
こうなったら意地でも動かないぞと、居留守魂に火がついた後、十数分後。彼女はようやく歩みを進めた。
*
女生徒が帰ってから20分ほど。1階から、勢いよくドアが「バタンッ」と、開けられ、先の女生徒が武装を整えて出直してきたと思った瞬間、
「ただいまーっ!!」
と、元気な声が聞こえ、ホッとため息交じりの安堵の息をついた。
だが、二度寝のせいなのか、どうも思うように足が動かないので、階段を降りる気にはなれない。
あまりの遅さに待ちくたびれた妹が、階段をドンドンッ、と、上りながら、
「お兄ちゃーん、可愛い妹が帰ってきたよー?寝てるのー?シスコンのお兄ちゃーん」
誰がシスコンじゃ、誰が。
あえて可愛いには突っ込まないでおこう。
寝ていると思った妹は、一撃必殺の言葉を発した。
「ご飯作ってないから私が作るねー」
うん、やめよう。すぐ起きますから、やめてください。と、心の中で叫んびつつ、大慌てで1階へと降りていく。
思い切り開けられたドアから現れた俺に対し妹は、
「ただいま、お兄ちゃん。そんな私の料理が食べたかったの?」
「おかえり。もちろんだろ?俺を誰だと思ってるんだ」
妹から、せーのっ!という合図がかかり、言い放つ。
「「シスコン」」
俺と妹の声が重なると同時に、俺は「おおおおおおおいいい!」と叫んでいたり。
だが、頭の中で、お兄ちゃんの事だけを考えていたお前は、ブラコンだよな・・・
「そういえば、飯は・・・」
作らなくていいぞ。と言おうと俺を置いていき、「ちょっと待って」と言い、冷蔵庫を開ける。
ガサゴソと漁り始め、皿を取り出した。
まさかとは思うが・・・
「じゃーんっ!作ってありましたー!」
超笑顔で言ってきた。
「さっ、食べよ!」と言い、席に着いたロリ・・・じゃなくて、女の子は、俺の妹、長谷川由芽。小学4年生。
端的に言うと、めっちゃ可愛い。
少女特有の甘い匂いに、あどけなさを感じさせる顔立ち。目はただの丸ではなく、言うなれば、まん丸。髪は二つに束ね、より少女さを引き立てる。
クラスの中心人物であろう存在。妹のすごい点は、その地位を行使しないということにある。
クラス内にも当然上下関係が存在すると思う。そのトップの由芽は誰にでも平等に接している。なのでより慕われるのだろう。現在も、頭の中で考えたことをそのままスパスパ言うので、怒った時は要注意です。
だが・・・その地位を持つものはいづれ沈む。かつてのアイツのように・・・。妹に限ってそれはないと思うけどな!
「なにボーッと立ってるの?早く食べようよー」
「あっ、悪い悪い。」
と、席に着いた俺は、目を疑った。
テーブルに並べている料理全てが、とても綺麗で、美味しそうなのだ。
妹は恐ろしいほど料理が下手なのだ。というか、料理が出来ないのだ。
前は、俺のいちごに塩をかけてくれた。当然いちごの味なんてしなかった。
初の手料理は、卵の殻まで焼いた、真の卵焼きだった。もう料理なんていうものじゃなかった。
当時、小2だった妹は、「由芽の料理じゃあ食べたくない?」と、潤った目で見つめてくる妹に対して、「お前の料理まずいからな」なんてお兄ちゃんじゃない、最早男じゃない。
そんな妹がこれだけの物を作れるはずがない。
因みにテーマは「和」という感じで、鮭の塩焼き、ポテトサラダ、味噌汁が並んでいる。
本当にどれも美味しそうなのだが、まだ味に確証は持てなかった。どうしても昔の妹の料理が蘇ってくる。
鮭を細かく分け、つまみ、手を震わせている俺を妹がジーッと見ている。これはもう逃げられないと悟り、一口、二口と箸が進んだ。
あまりにも上手すぎる。妹への疑いが晴れない俺は、聞いてみた。
「これ、母さんが作ったのか?」
由芽は頭に手を当て、舌を出し、「えへへっ」と笑顔になり、一つの紙を出してきた。
『叶へ
由芽の世話や家事をやってくれてありがとね。叶のおかげでお母さんは本当に助かってます。
今日から高校生活が始まりましたね。叶には疲れる仕事をさせちゃっているから無理に行こうとしなくても大丈夫。少しずつ慣れればいい。中学の頃、忘れられないのはわかっています。でも、このまま叶の人生を、夢を終わらせて欲しくない。
高校に行けばきっと、いい友達に巡り合えるよ。
母より』
「私もきっと、今までとは違う人に出逢えると思うよ!」
それだけを言い残すと、妹は足早にその場を去った。
妹と、母の言葉で、何か繋がった気がした。