エビフライ職人の朝
厨房の温度が上昇している。
夏場はいつもこんな感じだ。換気扇は無く、冷房もない。
俺の体から汗が噴き出て止まらない。
しかし、それは前世でもそうだった。
俺は料理に妥協はしない。
今日も一本ずつ海老に魂を込める。
~~~~~~~~~
俺は前世では野村宏次朗という名前だった。
戦後に生まれ、焼け野原になった町で育った。
俺が青年になる頃、初めてエビフライというものに出会った。
衝撃だった。この幸せを皆に届けたい。
その思いから、定食屋を開くに至った。
それから75年。
90歳になっても俺はエビフライを揚げていた。
心筋梗塞で倒れたあの日も、店じまいまでエビフライを揚げ続けていた。
亡くなってからしばらくして、ふと気が付くとどこか山道に立っていた。
体は以前のシワシワではなく、まるで別人のように若かった。
辺りには化け物が出るわ、家が全然ないわで必死に逃げてこの村までたどり着いた。
この体は流石に90の俺よりは元気だが、それでも若かった俺の体よりずっと腕も細く、貧弱だった。
それから、俺は色々な人に世話になった。
宿屋の女将に下宿させてもらい、働いてお金を貯めた。
この世界についても少しは学び、勉強した。
まず、この世界は元の世界ではない。
地図を見ても全然地形が違うし、生物もまったく違うものだった。
しかし救いもあった。
エビが存在したのだ。
希少ではあったが、それでも俺には十分だった。
そして、その入手できる場所がこの村の近くだということも幸いだった。
それから一年、俺はまた定食屋を開いた。
売りはもちろんエビフライだ。
~~~~~~~~~~
戸をたたく音がする。
もうこんな時間か。これはラトルだろう。
彼は毎朝コニケエビを届けてくれる。
仕込みがあるので出すのは午後になるが、彼のエビが無ければ店は開けない。
そして、彼は毎朝顔を出してくれる常連でもある。
丁重に出迎えねば。
「あのーエビを届けにきましたー!」
「はぁーい☆」
俺は重い腰を上げて裏口を開けた。
ラトルは大量のコニケエビをかごに入れて持って来ていた。
いい鮮度だ。とれたてなのだろう。
「わぁー!ありがとうございます!マミちゃん超感激!」
「喜んでくれて嬉しいよ。あの、それで……」
「そうだ!ちょうど今揚がったのがあるの!味見してくれない?はい、あーん♪」
「あ、あーん」
俺は菜箸でエビフライを彼の口もとへ持って行く。
ラトルは少しにやけながらおいしそうに頬張る。
当然だ、俺が揚げたエビだからな。
「どう?美味しい?」
「うん、美味しいよ」
「わぁ~い☆ありがとう!ん~~~まっ!」
投げキッスをしてラトルを見送る。
生まれ変わったこの体が若い娘のでよかったかもしれない。
エビが安定して供給される。それだけで俺は満足だ。
さて、そろそろ開店時間だ。
店の前には俺のエビフライと姿を見に、多くの冒険者が列を作っている。
のれんを手に取り鍵を開ける。
「はぁーい!開店でーす!みなさぁーん一列になって順番にどうぞー!」
「「「はーい!マーミちゃーん」」」
「ありがとう!マミちゃん大助かり!皆、ゆっくり味わっていってね♪」
俺は今日も、エビフライ定食を作る。
この村の定食屋の店主、マミちゃんとして。
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