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プロローグ

 俺の職業は掃除屋だ。祖父の代からずっと掃除屋を営んでいる。部屋の掃除から煙突の掃除、トイレの掃除まで掃除のことならなんでもお任せといった具合だ。そこの椅子で必死に本を読んでいる俺の親父は去年この仕事を引退してのんびりと隠居生活だ。親父はこの街では有名な掃除屋で、親父が掃除した後には塵一つ残らないと言われているほどだ。俺は一昨年引退した親父に代わってこの仕事をしているというわけ。

「掃除屋の本当の仕事は依頼人の心まで綺麗にすることだ。」

 これがわが掃除屋の信条。俺はこの台詞を毎日毎日仕事に行く前に復唱させられる。人の心は必ず汚れていると勝手に決めつけたような言い草だ。綺麗な人もいるだろ、と俺は思うわけだが、仕事を終えて依頼人の笑顔をみると「なんだ、この事か。」とか思ってしまったりもする。

「今日はどこだ?」

 親父は毎日俺の仕事先を聞く。そんなに俺のことが心配なのか?そろそろ信用してくれよ。

「今日はチャールズさんの家だよ。また部屋が散らかってきたらしいよ。あの一家にも困ったものだね。何回掃除してもすぐに散らかすんだから。まあ掃除のしがいもあるってものだけど。」

「それじゃあチャールズ夫人によろしくと言っておいてくれ。またおいしいパンを頼むってね。」

 チャールズ夫人はパン屋を営んでいて親父の初恋の相手。昔は彼女ことが好きだったらしい。昔酔って何回も聞かされったっけ。

「わかったわかった。じゃあ行ってくるよ。」

 俺の朝はだいたいこんな感じで、これからが俺の、スウィープ・ケンウッドの一日の始まり。

「やあスウィープ。また煙突の掃除頼むよ。」

「スウィープ!果物持ってくかい?」

「スウィープ!今日も素敵ね。仕事がんばって」

 家を一歩出たらだいたいこんな感じ。我が掃除屋は街のみんなに愛されているのだよ。それもそのはず、呼ばれればすぐに駆けつけ、仕事は丁寧かつ迅速、アフターケアも忘れない。どうだい素晴らしいだろ?そんなこんなで通りを抜けるとチャールズ夫人のパン屋さん。パンの香ばしい匂い。ここのパンは最高においしいんだよなー。この街一番、いや、俺が思うに世界一だね。っと、俺が用があるのは店じゃあなくて隣の赤いレンガの建物。さあ仕事だ!ん,その前に腹ごしらえだな。腹がへっては力がでないってもんだ。

「来たねスウィープ。」

 これはこれはチャールズ夫人いつにもまして化粧の濃いこと。

「仕事の前に腹ごしらえを。でもまだ焼きあがってないみたいですね。」

「今焼けたところだよ。ほら、食いな。」

 これはこれは、俺の大好物の焼きたてパンじゃないですか。ありがとう化粧の濃いチャールズ夫人。

「あんたにはがんばって仕事をしてもらわないといけないからね。特別に代金はいいよ。その代わりピッカピカにしておくれよ。」

「任しといてくださいよ。我が掃除屋にかかればどんなに汚い家もあっという間に新築同様。あなたの心もすっきりきれいに。」

 恥ずかしいけど最初にこれを言わないと仕事が始まらないんだよ。

「父があなたによろしくと。またパンの配達お願いしますよ。」

「毎度ありがとうよ。昼には届けとくよ。」

 おいしかった。やっぱりここのパンは最高においしいな。チャールズ夫人最高!化粧は随分と濃いけど。

「では、仕事に取り掛かりますね。」

「頼むよ。」

 これはこれはよくこんなに汚したもので。1ヶ月でこんなにもなるものかね。まあ子供が6人もいたらしょうがないのか?しかし何から何までぐっちゃぐちゃ。本は山積み、ゴミは散らかり放題、冷蔵庫には何かの化石。ここより掃除のしがいのある家も他に無いだろうな。でもこんなに散らかった部屋も俺にとっては朝飯前。まあさっき朝飯は済ましたけど。親父に仕込まれた掃除テクニック、とくとご覧あれ。

 あっという間に出来上がり。ピッカピカの新築同様。今日の仕事はこれだけだからあとは家に帰って寝るだけだ。おっと昼飯と晩飯も忘れずに。

「おや、随分にきれいになったね。新築のようだよ。」

 いえいえ、あなたもお綺麗ですよ、化粧の濃いチャールズ夫人。心もすっかりきれいになりましたかな?

「また頼むよ。親父さんにもよろしくね。」

 また…また散らかすつもりなのですね?チャールズ夫人。いくら掃除のしがいがあると言っても掃除した部屋がまた汚れていくのを見るのはなかなか悲しいものなのですよ?今度はおきれいにお使いくださいよ。

「では、また。電話一本でいつでも来ますよ。」

 またが無いことを願います。よろしくどうぞ。

 だいたい俺の一日はこんな感じ。掃除が俺の生活の中心ってわけ。

「おかえり。」

 おや、まだその本を読んでいたの?その本いったい何回目なんだ。最近ずっと読んでるじゃないか。

「ただいま。」

「チャールズ夫人は元気だったかい?」

「ええそれはもう。変わらずお綺麗だったよ。あの歳になってもあれだけ綺麗なのは不思議なもんだね。」

 実際夫人は綺麗だと思うよ。何度も言うがかなり化粧は濃いけど。

「彼女は昔から綺麗なんだよ。私が彼女と出会ったのは親父が引退して初めて一人で仕事に行った時でね………。」

 その話は何度も聞いたよ。部屋が綺麗になったときの彼女の笑顔に一目惚れしたんだろ?でもって彼女は親が決めた結婚相手と結婚。それから自分も母さんと結婚して俺が産まれてって、もういいよ。何回聞けばいいんだよ。何回聞けば許してくれるんだ。親父はいつも昔話が長いんだよ。歳をとるとみんなこうなるのかね。とにかく俺の仕事はわかってもらえたでしょ?俺は掃除屋。なんでも綺麗にいたします。部屋から煙突からあなたの心まで、きれいにできないものは無いのだよ。 


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