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第二章

   第二章


「では、今学期はこの席で通すことになりますが、他に意見はありませんか?」

全員が机の中身を移動させ、特に意見が無いのを見届けると、流磨は壇上で一礼してこの一大イベントを締めた。新しい席順に喜ぶ者、悔しがる者それぞれが一斉に周囲の生徒達と騒ぎだし、教室は席替え直後独特の熱気に包まれた。

 流磨は他の二人のクラス委員に、クジ作りに参加しなかったことを改めて詫びてから、新しい席に向かった。

「ヤホーー! これはまさに運命ね、これから三ヶ月間よろしくっリュウちゃん!」

「……どんな裏工作使ったんだ千空(ちそら)

流磨は自分の席の一つ後ろで大はしゃぎしている、軽そうな長い髪を茶色く染めた女生徒、志野川千空(しのかわちそら)にげんなりとした声を投げ掛ける。

「あっひどーい! いくらあたしでもンなことしないよー、きっと神様に祈りが届いたのねっ」

「あのなぁ……」

 ガックリと肩を落としながら席に着く流磨に、千空は一転して真顔を作り、肩越しに身を乗り出してきた。

「で? 入学して一ヶ月経つけど、もう気になるコとか出来た?」

疲れたように千空を見やる。目が真剣だ。

「……出来ません」

溜息混じりに答えた。これから三ヶ月間ずっとこの調子なのかと思うと、目眩がする。

「なぁんだ、まだ出来ないのー? つまんなーい! リュウちゃんネタって一番受けがイイから楽しみにしてるのになぁ、ま、三ヶ月一緒だしこれからに期待かな」

「何の話だよ、人を勝手にネタにするな」

「だってさぁ、入学して一ヶ月、リュウちゃん人気はクラス内にとどまらず、学年中に広がりつつあるんだから」

「それはお前がオレの情報を面白おかしく触れ回るからだろう」

「そんなことないよー、みんなリュウちゃんの情報を知りたがって、心待ちにしてるんだよぉ?」

「人のプライバシーを勝手に流すんじゃない」

千空と話す時の鉄則として、流されず、無感情に、答えは短く簡潔にと決めている。油断してると何をどう誇張して他人に伝えられるか分かったものじゃない。

最初に千空が流磨に話しかけてきた時も質問攻めであった。冗談混じりに軽くかわすと、翌日その冗談で言ったことが学年中に広まっていて仰天したのも記憶に新しい。

どうやらこの千空という少女は学校の噂を広めたり、誰よりも先に新しい情報をつかむことに生き甲斐を感じているようだ。

 千空の前で下手なことは言えない。

 そう思いながらも

「リュウちゃん……! 数学の宿題やってきた? あたし忘れちゃったよお、マジどうしよう……助けてぇ」

などと、屈託無く言われると憎めない。

本当に得な性格である。

 仕方なく数学のノートを振り返りもせず無言で机の上に置いてやると、見なくても想像できる満面の笑みでテンション高く捲し立てる。

「ありがとーー! やっぱりリュウちゃんは星凛学園永遠のアイドルだねっ!」

(これから授業中もこれなのか……)

 流磨は頭を抱えた。

「まったくウルセー女……相変わらずバカ丸出しだな千空」

 ちらりと千空を一瞥してから「リュウ、こんなの無視だ無視」と完全に聞こえる声で流磨に耳打ちしたのは大宮春季(おおみやはるき)。 

誰とでも気さくに付き合うクラスのムードメーカー的存在で流磨とも馬が合い、休み時間になるとよくちょっかいを出しに来ていた。だが、千空とはどうにも相性が悪いらしく顔を合わせる度に口ゲンカしている。まあ、ある意味仲が良いのかもしれないと流磨は思っているのだが。

「うわっ! サルにバカって言われちゃったよ」

「なに~~? この美形のオレ様に向かってサルだと~?」

「ぶっ……! イガグリ坊主頭のおさるさんが何か言ってるよ」

「坊主じゃねえ! これはベリーショートっていうんだ!」

 すぐ挑発する千空と、すぐムキになる春季。

(この二人がこんなにご近所さんかよ……)

さっそくいがみ合いを始める二人を見て、流磨はまた一つ頭痛の材料を見つけた気がした。

毎度のことながら、あまりにくだらない喧嘩内容に二人の仲裁をする気にもなれず、げんなりしながら周囲を見回していた流磨は、すぐ隣に意外な顔があることに気付いた。

「小葉、隣りかー」

春季とは反対側の隣の席には、クラスの名物になりつつある低レベルなケンカを呆気にとられて眺めている小葉勇気の姿があった。

 小葉は声を掛けられたことに一瞬遅れて気付くと、我に返ったように流磨に向き直り笑った。

「やっと気付いてくれたねっ」

「何だよ、先に声掛けてくれればよかったのに」

「いやぁ、自分の影の薄さがどれくらいのモンか確かめてみようと思ってさぁ……」

 最後の方は卑屈っぽい調子で遠い目をする。

「悪かったって、名前覚えてなくて。そこまでヘコむことないだろ」

苦笑いする流磨を見て、小葉は膨れた。

「結構目立つタイプの華峰君には分からないよー、オレってかなり影薄いらしくてさ、よく人に忘れられるんだよね……その虚しさといったら……」

小葉は悩んでいたことを本格的に思い出してしまったのか、どんよりと暗い顔をした。

「そ、そんなに落ち込むなって、気楽でイイじゃん? 下手に顔と名前すぐ覚えらるのも面倒だと思うぞ? うん」

これは半分くらい流磨の本心だった。

「生徒会に誘われたりとか?」

沈んだ顔から一転、悪戯っぽく笑って流磨をちらりと見る小葉。

「おっ……! お前なぁ、デカい声で言うな……!」

周りの誰にも聞かれていなかったかと、急いで辺りを見回す流磨。

 すると意外にも小葉が驚いたような声を出した。

「あ……やっぱりそうだったの? 実は確信は持てなかったんだよね、そうかなとは思ったけど遠くてよく聞き取れなかったからさ」

「おい……」

思わず絶句する。

実は聞こえていなかったんじゃないか。

内気で天然ボケな少年だと油断していたが、なかなか侮れない性格をしているようだ。それともこれも天然なのだろうか。

「やっぱそっかぁ、さすがだね」

更に賞賛の言葉を続けようとする小葉に、流磨は青くなって人指し指を口の前に当て必死で『シーッ!』のジェスチャーをした。

千空の方を盗み見て、まだ春季とケンカしているのを確認するとまた小葉の方を振りかえる。

「頼む、この事はまだ内緒にしといてくれ……!」

もしこんな話が千空の耳に入ろうものなら……考えるだけで恐ろしかった。

「う、うん、わかった誰にも言わないよ」

流磨の本気で懇願する目に気圧されて、小葉は何度も小さく頷いた。

「……誘い、断るの?」

 率直にそう尋ねられて、憂鬱そうに目を伏せる流磨。

「分からない……考えてる」

自分が、期待されるような働きが出来るとは思えない。しかし兄のような男に近付く為には挑戦した方がいいのではないかと思えた。

 再び混沌とした想いに迷い込んでしまった流磨の表情からは急速に生気が失われ、苦悶と寂しさが現れた。

今日、何度目か小葉はその表情を見ていた。

「華峰君」

そっと声を掛けた。

「リュウでいいよ、みんなにもそう呼ばれてる」

憂いを含んだまま笑顔で小葉に目を向ける流磨は、とても中学一年には見えない程大人びていた。

「じゃあオレも勇気でいいよ。これからよろしくね、リュウ……それだけ」

「あぁ、よろしく……勇気」

それだけ言うと流磨は何も写さない瞳を宙に向け、再び何かを考え込むように黙り込んでしまった。


その日の放課後、流磨は担任に頼まれていたアンケート集計の仕事を終わらせて、他のクラス委員の二人と共に帰り支度をしていた。

「もうこんな時間か……あ~ぁ、クラス委員て要するに聞こえのいい雑用係だよなー」

 微かに橙色を帯び始めた陽光を浴びながら、植田が情けなさそうにぼやいた。

三人以外誰もいないがらんとした教室には、小さな声でもよく響いた。開け放した窓からは、校庭で練習している野球部のかけ声が、遠く聞こえてくる。昼間、生徒達でごったかえしているあの教室とは、まるで別の場所のようだ。

「ホント、毎日これじゃあやってらんないよねぇ」

長い髪を二つに結び、切れ長の落ち着いた瞳をした女生徒、赤地も教室の戸締まりをしながら植田に賛同して溜息を吐いた。

「オヤジ入った会話だなぁ」

二人の愚痴に苦笑する流磨。

 乗ってこない流磨に植田はおもしろくなさそうな顔をする。

「だってさぁ、ちょっとした雑用はみーんなクラス委員の仕事だし、みんな勝手な事言うし、それをまとめられないでいるとオレ達が責められるし……なんかバカ見てるなぁって時々思うんだよなぁ」

日頃のうっぷんもあってか、植田の力説にはかなりの説得力があった。が、そんなことを言ってもどうしようもないことくらい、ここにいる誰もがよく分かっているのだ。

 それきり物思いに耽ったように三人とも何の言葉も発さず、流磨が鞄に荷物を詰める音だけが教室内を支配した。

 力無く椅子にもたれ掛かり遠い目をする植田を横目で見ながら、流磨は手を休めずに静かな声で沈黙を破った。

「これも運命……ってことかな」

「……オレらがクラス委員になるのも運命ってか? 言えてるかもなぁ、なんたって自慢じゃないがオレは要領の悪さにはかなり自信があるんだ!」

「それ、ホントに自慢じゃないね……まあ結局私達って超ドマジメってことなのかもねぇ」

「何? オレらマジメくん?」

三人は顔を見合わせて可笑しそうに笑った。

 しかし、この中に心の底から笑えない者が一人いた。

自分は純粋な意味でクラス委員を引き受けたのではない。ただ、償いの意味で――クラスの為じゃなく、自分の為でもない。クラス委員になるような自分でなければ許されない、そんな気持ちがいつも胸にある。さっき『これも運命だ』と言ったのにも、裏にはそういう意味が多分に含まれていた。

 笑い声の中の疎外感――目の前にいるこの二人にはある強さが、自分には無いのだとひしひしと感じた。

流磨の目が笑っていないことに気付くことのないまま、植田が「そろそろ帰るか」と鞄を手に取ったその時だった。

「あ、華峰くん、ちょーっといいかな?」

不意に廊下の方から声がした。

 振り向くと出入り口にはいつの間にか生徒会長が立っていて、流磨に向かって選挙スマイルを振りまいていた。

「あれ? 生徒会長、確か今朝も……」

 植田は目を丸くして生徒会長と流磨を交互に見比べている。いよいよ好奇心が抑えきれなくなってきたという顔だ。赤地だけは全く状況が飲み込めず、不思議そうに事の成り行きを見守っている。

「うん、その今朝の返事なんだけど……」

「生徒会長っ!」

沙輝の言葉を流磨は慌てて遮った。

 植田と赤地には怪訝な顔をされたが、この際内容がばれなければよしとする。

「オレも今帰りますから、その話は外で……」

「あ……オッケー、じゃ階段の所で待ってるね」

沙輝も流磨の言いたいことを感じ取ったのか、すぐに頷いて風のように去っていった。

その後には案の定針のむしろが待っていたのだが、流磨は敢えて気付かない振りをした。

「じゃあオレ行くわ」 

 振り返って挨拶すると、植田の恨めしそうな視線と赤地の羨望の眼差しにぶつかった。

「リュウ、一人こっち回せよ」

「やるねぇ、華峰君てば」

何かを勘違いしているようだった。が、本当のことを話すわけにもいかず、そのまま放置して教室を出た。


「お願いしますよ……まだ受けるって決めた訳じゃないんですから」

下駄箱で靴に履き替えながら項垂れる流磨。

「ごめんごめん……てっきりもう引き受けてくれるモンだと思い込んじゃってね」

 沙輝は苦笑して頭を下げ、残念そうに溜息を吐いた。

「もしかして聞いてたんですか……これも運命……ってオレが言ったの」

 流磨の冷静な指摘に、ウッと言葉に詰まる沙輝。

「あー……やっぱ鋭いね」

 今朝の自分の反応を見て、どうして引き受けると思い込めるのかを考えれば、それ以外思い当たらなかった。

 昇降口を抜け、夕日差す校庭に出る二人。赤く染まったグラウンドでは野球部が散り散りになって練習している。

眩しそうに目を細める流磨を、不機嫌そうと見て取った沙輝は済まなそうに声を掛けてきた。

「気を悪くしちゃった? ……ごめんね」

「え? あぁ……いえ、いいんです……」

 別に生徒会長が立ち聞きしていたことを怒っているわけではなかった。ただ、流磨は自分に対して苛立っていた。いつまでもうじうじと悩んで、決断できないでいる自分に。

(お兄ちゃんなら、こんな見苦しい真似しない、絶対に……)

こんな自分消えればいい。

 どうしたら『今の自分』から抜け出せるのか、兄そのものになれるのかを考えた。

(運命……)

 ふと、先程自分が口にした言葉を思い出す。

(オレはお兄ちゃんを死なせた、それで皆を悲しませた……それがオレの運命なら……)

流磨は口元だけ笑った。

 沈んだ表情で一歩後ろを歩いている沙輝を振り返る。

(何を迷ってたっていうんだ? 迷う資格なんて、オレには無いのに)

自分というものを捨てれば答えはすぐに出たのに。

「生徒会長、オレ……」

 ――やります。

口を動かそうとしたその時だった。

「リュウ! なかなか来ないと思ったらこんな所に!」

 裏門に通じる中庭の木陰から走ってきたのは、小葉勇気だった。

突然の乱入に呆気に取られる流磨と、気まずい空気を壊してもらい、安堵の表情を浮かべる沙輝。

「あれ、生徒会長と一緒? ……ってあぁ! 例の件だねっ?」

緊張感の欠片も無い笑顔の問い掛けに、一気に力が抜ける。

「例の件? あ、じゃあもしかしてキミはこの話、知ってるの?」

「はい、偶然知りました」

 勇気はにっこりとそう答えて「ね」と流磨に同意を求めてきた。早く立ち去れと目で訴えてみたが、全く気付く気配がない。

その間に沙輝は、真剣な顔で勇気に質問を投げかけていた。

「で、友達の意見としてはどう? 華峰君を生徒会役員にって話」

 友達といっても今日初めて会話しただけの勇気が、まともな意見を言える筈がなかった。だがいちいち説明するのも面倒だったので黙って聞いていると、勇気は少し考えてから神妙な面持ちでこう言った。

「死ぬ気になって頑張れば誰にだって出来ないことはないと思います。でも、それ程の覚悟を決めるのが一番難しい……オレから見てリュウはまだ覚悟を決めきれてないように見えるんです……やる覚悟も、やらない覚悟も」

 この、おとぼけ少年らしからぬキッパリとした口調と、妙に説得力のある意見に暫し言葉を失う流磨と沙輝。そんな二人を意に介さず、勇気はそのまま締めくくった。

「リュウにはまだ時間が必要だと思います……もう少し待ってあげて下さい」

その言葉に沙輝はゆっくり頷いた。

「そうだね……ちょっと急ぎ過ぎたかもね」

ぽつりとそう呟き、流磨の目を真っ直ぐに見据える。

「もう返事の催促には来ないことにするよ、華峰君の心が決まったら、生徒会室に伝えに来て……ま、私としてはいつまでも良い返事を期待し続けるけどね」

器用にウインクして微笑むと、沙輝は校舎の方に戻っていった。

流磨は、遠ざかっていく生徒会長に手を振る勇気の後ろ姿を複雑な思いで見詰めていた。

手放し掛けた『自分』をもう一度流磨に掴ませた勇気。

 今朝知り合ったばかりの彼が何故そんなことを言うんだろう、何故そんなことが言えるんだろう?

 流磨の心は疑問、安堵、怯え、怒り……様々な感情で溢れかえり、自分が何を感じ、考えているのか、自分でも把握できなくなった。だから何とも複雑な表情で佇んでいたのだろう、勇気は不思議そうに流磨の顔を覗き込み、顔の前で手をひらひらと舞わせた。

「リュウ? どうしたの? 顔色が……」 

「どうして」

 勇気の濁りのない真っ直ぐな瞳に動揺して、思わず目を逸らす。

「どうして……あんなこと言ったんだ」

 疑問と言うより、責めるような調子になってしまう。頭の中は軽いパニック状態だった。

流磨の硬い表情に戸惑い、焦る勇気。

「え……ご、ごめん、もしかしてもう決めてた?」

 そう問われ、一瞬答えに詰まる。

 しかしそれは本当に一瞬に過ぎなかった。

「あぁ、受けるつもりだったよ」

 苦もなくその言葉は口から出てきた。

 勇気がそれを聞いて驚き、サーッと青くなっていくのが流磨にも伝わってきた。

「そうだったんだ……リュウ、今朝まだ迷ってるって言ってたし、今も困ってるように見えたから気を利かせたつもりだったんだ……余計なことしたね……ごめん」

ガックリと肩を落とす勇気。

「オレ、今、困ってるみたいに見えたのか」

流磨は再び瞳を宙に漂わせた。

 意外だった。

 もうすっかり心を決めているつもりだったのに。

やはり自分を捨て切れていなかった……?

 心の葛藤に縛られ、暗い顔をする流磨を見て、俯いていた勇気が顔を上げた。

「今から生徒会長に言いに行こう」

いきなり強い口調で言い切り、流磨の腕を引っ張る勇気。

「えっ? おい!」

「ごめんオレのせいで……さっきのはオレの早とちりでしたって説明するから、行こう!」

 勇気の目は本気だった。

 あっという間に昇降口まで連れて行かれ、更に強引に手を引かれるままに小走りに歩いていくと、すぐに一階にある生徒会室が視界に入る。

「いいよっ!」

流磨は思わず勇気の腕を振り払っていた。

「また今度にする!」

興奮状態の流磨をぽかんと見詰める勇気。

「何で?」

「……」

勇気の言うとおりだと思った。まだ自分を捨て去る本当の覚悟は出来ていない。

「悪かったよ、八つ当たりして……確かに勇気……お前の言うとおりだ、オレはまだ覚悟なんて出来てなかった……」

やっと冷静になり始めて、流磨にいつもの調子が戻ってきた。

 勇気はそんな流磨の様子を静かに見守っていた。

「お前がああ言ってくれなきゃ、オレは軽い気持ちで引き受けてたと思う……」

 バツが悪そうに俯くと、勇気は優しい笑顔で覗き込んできた。

「落ち込まないでリュウ! でもそっかー、オレの読みはやはり正しかったんだなー……はぁ~、オレってスゴイ!」

満面の笑みを振りまいてはしゃぐ姿を見て流磨も思わず笑ってしまう。

「おまえといると調子狂うよ」

 何だか不思議な気持ちだった。

 久しく感じたことのなかった、安らぎのような感覚。

 何故、最も嫌う自分の一面を見られてしまったのにも関わらず、こんなに穏やかな気持ちでいられるのか、自分でもどうしてなのか分からなかった。しかし、今は考えるよりも、何年か振りに感じたこの感情に身を委ねていたかった。

 帰り道、オレンジ色に照らされる情景の中、何気ない会話で盛り上がる、ただそれだけのことがとても、とても楽しかった。バス停までの距離の短さに驚いた程だ。

「じゃ、ここでね」

「明日な。家近いのか?」

「……うん、この街道沿い」

「そっか、オレんちもこの街道の近くの住宅街だぜ、ここからは遠いけどな」

「へぇ」

 それから勇気は立ち止まり、何か言いたげに流磨を見た。

「何? どうかした?」

「リュウ、今朝の……さ」

 思い切った様子で切り出したが、流磨の笑顔を見て言葉を止めた。

「今朝? ……生徒会長のことか?」

「ううん、やっぱなんでもない……それじゃ」

それだけ言うと勇気は手を振って去って行った。流磨も特に気に止めることもなく手を振った。

「じゃあな」

 いつの間にか夕日は沈み、景色はオレンジ色から青紫色に染め変えられていた。

 街道を走る車のヘッドライトが眩しくて、すぐに勇気の後ろ姿は見えなくなった。

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