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第十八章

   第十八章


 空気が吹き出すような音で開いた電車のドアからホームに降り立つと、五月の風が心地よく頬に当たった。

 明日からは勇気がいない日々。

 どんな風に過ごそうか。

 まだ霧が掛かったようにぼんやりとしている頭でそんなことを考えると、連鎖的に溜息が漏れた。

 二週間前までの生活に戻るだけの筈なのに、あの頃とはまるで世界が違ってしまっている。

 ウジウジしてはいられない、変わらなければ……自分に言い聞かせるべき前向きな言葉はいくらでも思い当たるのに、どうしてもテンションが付いてこない。体中が怠く、集中力も底を突いて思考さえも思うようにコントロール出来なかった。

 様々な出来事、想いに対応することに、流磨は本当に疲れ切ってしまっていた。

(今は……何も考えたくない……)

 混濁した頭で、このまま家に直行しようと結論を出した。

 駅から家へ向かうバスの中から、まるで皮肉のように沈み掛けの太陽が見えた。

 勇気のことを思い出しそうになって、無理矢理心の奥に押しやる。

 これ以上寂しさや悔しさと戦って、勝てる自信は無かった。

 明日、兄の墓参りに行けば、嫌でも気持ちに区切りがつく、前を向ける。それまでは感情も思考も全て、やり過ごしてしまいたかった。

 流磨は、微かに未練の残った視線を思い出色の太陽から引き剥がして下を向いた。

 バスを降り、いつもの半分以下の速度で街道の橋を歩いていると、遠くから自分を呼ぶ声が聞こえたような気がした。顔を上げるのも面倒臭く、気のせいだろうと無視して歩き続けていると、今度は頭の上で声がした。

「リュウくんっ!」

 漸く目を上げると、そこには制服の黒いブレザーに身を包んだ冴子の姿があった。

「なんだ……冴子ちゃんか……」

「むぅ……なんだとは失礼ねぇ……何度呼んでも気が付かないみたいだから、あの道の向こうから走って来たのにっ」

 見ると、川沿いに入る脇道が百メートル程先に見えた。冴子の通う中学はあの道を挟んで反対側だから、つまり百メートル以上も走ってこの橋の上まで来てくれたということになる。

 確かに「なんだ」は失言だったと思い直し、軽く頭を下げる流磨。

「ごめん……なんか今……オレ、ちょっとおかしくてさ……気にしないで」

 明らかに元気が無く、少しやつれた様子の流磨を見て、冴子はバツが悪そうな顔をした。

「あ……もしかして何か考え事してた? ごめんね、私ホントそういうの気が利かなくて……あの、バイバイッて言いたかっただけだから……じゃもう行くね、バイバイッ!」

 取り繕うように笑って今来た道を引き返そうとする冴子に、慌てて声を掛ける流磨。

「ちょっと冴子ちゃん、待ってよ! 何でそうなるの、せっかく来てくれたのに行くなよ」

「でも……お邪魔……でしょ?」

 伏し目がちに言う冴子に、流磨は微笑んで首を振った。

「たまには一緒に帰ろう、こんな機会そうそうないんだからさ」

 この言葉は本心だった。

 一人切りで何も考えないようにして歩くより、誰かと会話をしながら歩いた方がずっと気が紛れる。そう考えれば、長い間疎遠だった幼なじみと交流を深めるのも悪くないと思った。

 冴子は口元に手を当てて少し考えた後、流磨の目を見て頷き、笑った。

 二人並んで歩くのは思った以上に照れ臭く、暫くお互いに無言の時を刻んだが、流磨の方が気を利かせて学校の話や昔の思い出話など話題を提供しているうちに、いつの間にか会話は盛り上がっていた。そして、全てを忘れていたかった流磨も、そんな他愛のない会話に没頭した。

「……私ね、リュウくんは変わっちゃったって思ってた……」

 幼稚園の頃の笑い話で一頻り盛り上がった後、それまでのおどけた調子を一変させて、冴子は遠くを見詰めるような目をして呟いた。

「え?」

 目を点にして聞き返す流磨に、冴子は少し照れ臭そうに続けた。

「寂しかったんだ……あの頃の小さいリュウくんが別の人になっちゃったみたいで」

 流磨は複雑な表情をして足下に目をやった。

 そこは流磨にとって一番触れられたくない部分だった。

 兄の死を受け入れられず、自分を否定し、その結果自分というものを手放してしまった。やはり自分はあの頃の流磨ではなく、そして夕真にもなり切れない、中途半端なものになってしまったのだと、冴子のその一言から思い知らされてしまう。

 そんな流磨の心情を知ってか知らずか、横顔を夕日に彩らせて冴子は続けた。

「長い間話してなかったせいもあるのかもしれないけど、ホラ、久々に六年の修学旅行で話した時あったでしょ? あの時はリュウくんが本当に別の人っていうか……無理にしっかりした男の子してるように見えたの……その時、何て言うかリュウくん……まるで息してないみたいだった……寂しくて、少し怖かった……リュウくん、このままどこかに行っちゃうんじゃないかって……」

 その当時の様子を思い出したのか、冴子は少し顔を歪ませて、泣きそうな、怒ったようにも見える目で流磨を見た。

 流磨は、顔には出さなかったが内心驚きを隠せずにいた。幼い頃よく遊んだとはいえ、ここ数年は殆ど会話らしい会話もしていなかったこの少女が、他の誰よりも自分の本質を見抜き、案じてくれていたのだということに。

 自分は独りではないのかもしれない。

 急に心が軽く、温かくなるのを感じた。

 そして、口下手そうな幼なじみがどれ程の勇気を振り絞ってこの話を打ち明けてくれたのだろうと想像すると、自然と流磨の顔から笑みが零れた。

 そしてその笑顔を見て、冴子は嬉しそうに「あっ」と何かを見付けたような仕草をした。

「でもやっぱり……私の勘違いだったみたいだね、今のリュウくんはちゃんと息、してる……よーく見ると分かるよ、しっかりしたところもリュウくんの一部だったんだ」

 流磨は想像もしていなかった冴子の一言を呆然と復唱した。

「オレの……一部?」

 流磨に意味を訊き返されたと受け取った冴子は、必死に頭を巡らせて別の言い回しを探したがなかなか良い文句が見付からず、上擦った声でいきあたりばったりの補足説明をするのが精一杯だった。

 それが流磨にとって、どれだけ救いになったかも知らずに。

「えっと、上手く言えないんだけど……リュウくんは別の人になっちゃった訳じゃなくて、いっぱい色んなこと考えて、リュウくんはリュウくんのまま、少しずつ変わっていっただけなんだなって……考えてみれば当たり前のことなんだよね、でも……それが私にとっては嬉しかったの」

 言い終わってから自分の言ったことの恥ずかしさに頭を抱える冴子の俯いた横顔を、流磨は未だに呆然と見ていた。

 自分自身なんて、とうの昔に死んで、今は外側の殻だけが生きているに過ぎないと確信していた。

 変わりながら、生き続けてる?

 『流磨』は、死んだ訳じゃなかった?

 自分では分からない。 

 簡単には信じられない。

 ただ冴子が、自分の中に『流磨』を見付けたと言う。

 見間違いじゃないのか?

「オレ……息してる?」

 思わず不安げに聞き返す流磨を見て、冴子はまた、嬉しそうに笑った。

「その顔はまさしくリュウくんだよ! 完璧なだけの男の子には出来ない、リュウくんの表情だよ……」

「殻だけじゃなくて、オレ、いるの?」

「当たり前でしょー、殻だけじゃ人は生きられないよ? どうしたのリュウくんってば」

 笑い飛ばされたが、流磨は涙を落とした。

「オレ……生きて……た……」

 気が遠くなる程の長い間、自分を固く縛り付けていた重い鎖がまるで嘘のように解けていく。

 『流磨』は生きていた。

 自分では未だによくは分からない。

 だが冴子が見付け、認めてくれた。

 それは確かに存在しているということ。

「リュウくん?」

「――ありがとう……冴子ちゃんがいてくれて良かった……」

 そう言った流磨の透き通るような笑顔と、包み込むような温かい声に、冴子は顔を真っ赤にして狼狽えた。

「え? や、そんな……大袈裟だよリュウくん! 私は、私の思ったこと、だた言ってみただけで……」

「うん……でもそう思って、言ってくれるのは……きっと冴子ちゃんだけだから……それが、オレにとっては嬉しかったんだ」

 先程自分が言った台詞をそのまま返されて、何も言い返せず焦る冴子を見ながら、流磨は思い出していた。

 ――周りをよく見て、早く気付いてリュウ、独りぼっちなんかじゃないって……

 遊園地での勇気の言葉。

 あの時は、勇気以外に大切なものなんて出来るわけないと頑なにその言葉を拒むだけだった。

(勇気……それに気付かせる為に、お前はオレの前からいなくなったのか……?)

 勇気のぼんやりとした笑顔を思い出し、流磨は口元を綻ばせた。

「どうしたの? リュウくん、幸せそうな顔して」

 流磨の屈託のない笑顔攻撃から漸く立ち直ったらしい冴子が、いつの間にかこちらを覗き込んでいる。

「思い出してたんだ……やっぱり勇気には敵わないや……ってね」

 勇気と名前で言ってしまってから冴子には分からなかったかもしれないと思い、言い直そうとした直後、スムーズな反応が返ってきた。

「勇気……あぁ小葉君のことね、彼ってさ、誰かに似てるような気がするんだけど、どうしても誰だか思い出せないんだよねぇ」

「あれ、冴子ちゃん勇気のこと知ってたっけ……?」

「知ってるよお、覚えてないの? ほら、この前学校帰りにリュウくんとぶつかっちゃった時、あの後少し小葉君と話したんだ。それからあの川原で小葉君のこと見掛けると世間話したりしたもん、そうそう、昨日だってボタンの散歩中に会って……」

 何気ない冴子の一言に、流磨は耳を疑った。

「え? 昨日?」

「? うん、リュウくんと別れた後、いつもあそこで夕日見てるみたいだったよ」

 流磨の顔色が急に変わったのを見て、首を傾げる冴子。

「昨日……オレと別れた後……?」

「え……だってゴールデンウィーク中は毎日遊んでたんじゃないの?」

 そんな筈はなかった。

 勇気とは、三日前遊園地で別れてから一度も会っていないのだから。

「勇気が、昨日いたの? 川原に……っ?」

 思わず声を荒げる流磨に、冴子は戸惑った様子で頷いた。

「昨日と一昨日、それ以外にもこのくらいの時間にあそこ通ると毎回いたんじゃないかなぁ? リュウくん、一緒じゃなかったの?」

 流磨は頷く代わりに立ち止まって目を泳がせた。

 勇気と川原に行ったのはたったの二回。

 まさか勇気は、それ以外の日にも夕日を見る為にあの川原に来ていた? 

 遊園地で別れた次の日からも……?

 いつの間にか自分の耳にまで響いている心臓の音と、手の平にじわりと滲んだ張り詰めた汗を感じながら、小刻みに震えている拳を強く握り締める。

「冴子ちゃん、ごめん、ちょっと行くね!」

 言うが早いか、流磨は全速力で走り出していた。

「え、リュウくん?」

 冴子の声を背中に受けながら、上手く言うことを聞かない足を無理矢理前に投げ出し、叩き付けた。

 太陽は既に沈み、橋も川も道も、車のヘッドライトだけを浮かべて、全て淡い闇に染め上げられていた。

 今日はいないかもしれない。

 いたとしても、もう帰ったかもしれない。

 もう、消えてしまっているかもしれない。

 何度も何度も空転した僅かな望みを、流磨は最後にもう一度だけ拾った。

 勇気の顔が見たい。

 会いたい。

 それだけを頭の中で何度も繰り返し、無我夢中で群青色の空気を突っ切った。

 そして、焼けるような喉の痛みに漸く気付いた頃、流磨は辿り着いた。

「勇気! 勇気! いないのか?」

 転がるように土手を下りながら、恐らく近所の住宅まで響いているであろう大声で叫んだ。

 変わらぬ川のせせらぎが、昼間の状況と重なり、嫌な予感が胸に広がる。

「勇気……っ! いないのか……? やっぱり、もう……」

 ――消えてしまったのか?

 最後は声にならず、訳の分からない呻きだけが漏れた。そしてそのまま力無く膝を突いた流磨は、地面を拳で力一杯叩いた。

 ――くそ……っ!

 びっしりと生えた雑草が手に刺さって痛い。

 歯を食い縛って溢れ出る感情を抑え込んだ。

(泣くな……強くなるんだ……!)

 その時、少し遠い位置から聞こえた自分の名を呼ぶ声に、流磨は全ての動きを止めた。

「……リュウ?」

 地面を睨んだまま止まっていると、草を踏み分ける足音が近付いてきた。

「リュウ、何してるの?」

 この緊張感の無い声、聞き間違う筈もない――。

 ゆっくりと顔を上げると、そこには今日一日ずっと探し、望み続けた顔があった。

 制服の袖で目を擦って、もう一度見る。

 不思議そうにこちらを見下ろす勇気を本物と確認すると、思わず腕を掴んで引き寄せている自分がいた。

「お前――何で、なんで……言ってくれなかったんだよ……おにい、ちゃん……!」

「リュウ……」

「……っ! っく……ずっと、何度会いたいって思ったか……会いたかったんだ! お兄ちゃん……!」

 背中を軽く叩いてくれる手が温かくて、流磨の目から我慢しきれず涙が零れた。

「お兄ちゃん……――」

 どのくらいそうしていただろう、漸く噴き出していた感情が落ち着いた流磨は、改めて勇気を見上げた。

「リュウ、落ち着いた?」

 そう言って優しい微笑みを浮かべる勇気は今までと何も変わらない勇気そのもので、流磨には一瞬この少年が兄なのだという自分の憶測が急に遠い夢物語のように感じられた。

(でも……)

 信じ難いことだが、全ての状況がそう語っている。

「本当に……会えたんだ……会ってるんだ……お兄ちゃんに」

 実感しようとするように一言一言、噛み締めるように気持ちを吐き出す流磨に、勇気は柔らかな口調で、しかしたしなめるように言った。

「リュウ、オレはキミのお兄ちゃんじゃないよ」

 その言い切りに、流磨は絶句して勇気の目を見た。

 確かに非現実的で、突飛すぎる話だということは分かっている。しかしそれでも、そう思い込めるだけの根拠があったからこそ流磨も信じたのだ。だからまさか、勇気自身に否定されるとは思ってもみなかった。

「……! 嘘だ……今更隠すことないだろ? オレ、もうみんな分かってるんだ」

「……死んだ人間は、こんな風に存在することは出来ないよ」

 淡々と言ってのける勇気は、まるで感情を廃しているようにも見えた。その無表情に余計違和感を覚えた流磨は、納得出来ずに食い下がった。

「だって勇気、お前お兄ちゃんにそっくりじゃないか……!」

「へぇ、そうなの? 珍しいね、でもそれは他人の空似ってやつだよ」

「……家は一ヶ月も前から誰も住んでないって言うし……それに学校にも……」

「色々、事情があるんだ……ただそれだけだよ」

「何だよ、事情って! ……言ってくれよ!」

 勇気は表情を変えずに流磨から視線を外し、何も答えず遠くを見た。

 流磨には、勇気の考えていることが分からなかった。

 勇気のこの頑なな態度は一体なんだろう。

 他にこの状況を説明出来る理由があるのなら、その事情とやらを言えばいい。そしてもし自分の憶測通り兄の化身ならば、認めてくれてもいいではないか。たった一言でいい、お前の兄がここにいると認めてくれるだけで、自分は満足なのに。

 ――勇気、一体お前は何者なんだ?

 ずっと知りたかったその答え。

 今でもその疑問は晴れていない。

 ――どういうことなんだ? 説明してくれよ!

 すぐにでもそう問いただそうと勇気の横顔を見て、やめた。

 否、問い詰めることが出来なかった。

 その時何故か、無理に核心に迫ろうとして真実に触れてしまったら、全てが幻のように消えてしまいそうな気がした。勇気との思い出も、苦しみも、喜びも、全部消えてしまうような、根拠のない、だが確実に胸を浸食してくる鋭い不安を覚えて流磨は追求の言葉を呑み込まざるを得なかった。

 そして代わりに出てきたのはとりとめのない質問。

「じゃあ何で……こんな所にいるんだよ」

「最後にもう一度、この景色を見ていこうと思ったんだ」

 そう言って、既に太陽が沈んだ後の藍色の空を見上げる勇気。

 つられるように流磨も同じ空を見た。

 ちらちらと星が瞬き始めている。

 六年前まで兄と毎日眺めていた空と、何も変わっていない。

「……覚えてるか? よく昔もこうやって、太陽が沈んだ後も一緒に一番星探してた」

 隣にいる、勇気ではない誰かに向けられた言葉。

 勇気は、返事をしなかった。

「本当にもう、これっ切りなのか?」

 いくら待っても、返ってこない。

 一方通行の問い掛け。

「手紙、とか……電話……するよ、連絡してくれ」

 勇気が本当に勇気(・・)である可能性を考え、言ってみた。

 今度は勇気も呟くように答えてくれた。ただ、流磨が期待していたような返事ではなかったが。

「リュウに、もうオレは必要ないよ」

 何よりも、誰よりも大切と思う人から言われて、これ以上辛い言葉は無かった。

「そんなことない……!」

「これからのリュウにとって、オレは足手まといにしかならない……分かるよね?」

「勇気……っ! そんなことないって言ってる!」

「リュウ」

 何もかも見透かすような瞳で貫かれ、流磨は感情の捌け口を失った。

「だから、手紙も電話もしない……オレは消えるよ」

 このような、きっぱりとした態度の勇気を何度か見てきた。そして、そういう時の勇気を止められた試しは、一度としてなかった。

 分かっている。

 勇気を止めることは出来ない。

 しかし、六年間の苦しみで築き上げられた強烈な執着心を、そう簡単に捨てることも出来なかった。

「そんなのって……」

 心がねじ切られるような痛みに低く呻く流磨を、一瞬辛そうな瞳で見詰める勇気。しかし一瞬後には包み込むような微笑みでその表情を隠した。

「ねぇ、リュウ……会えなくなったって、オレとリュウはずっと友達だよね?」

 流磨は何も言わず、ただ勇気を見た。

 言いたいことは山程ある筈なのに、まるで喉が塞き止められているかのように、声にならなかった。

 ――そうだよな……ずっと、友達……

 素直にそう言って笑いたい自分と、行くなと叫びたい自分が、心の中に同時に存在していて、お互いに一歩も譲らなかった。

 暫く流磨の返事を待つように沈黙していた勇気だったが、やがて少し寂しそうに笑ってから、吹っ切ったように明るい口調で言った。

「元気でね、リュウ! 最後に会えて嬉しかった」

 勇気の笑顔が胸に刺さる。

 それでも何も言えず、ただ顔を強張らせたままの流磨の横を、勇気はゆっくり通り過ぎて行った。

 こうやっていじけていれば、勇気は心配して振り返り、戻ってきてくれるのではないか。

 淡い期待をしている自分が嫌だった。

 しかし、勇気の足音は止まることなく、少しずつ遠ざかっていく。

 勇気は戻って来ない。

 もう二度と、会えない。

 何故なら、勇気は心の底から流磨のことを心配しているから。

 勇気は振り返ってくれない。

 流磨の為に。

 ――これで、いいのか?

 ――お前は何の為にここまで来た?

(……オレは………………)

 流磨は表面に出ていたいじけた自分を、渾身の力を振り絞って内側に押し込んだ。

「勇気っ!」

 勇気がまだ消えていないことを祈りながら、振り返り様に叫んだ。

 勇気はまだそこにいて、少し間を置いて振り返ってくれた。

 最後になるであろう、その顔を見て思った。

 強くなりたい、と。

 もう甘えるのはよそうと。

 自分はもう大丈夫。

 そう、安心していって欲しい。

 流磨は、望んだ。

 例えそれが、二人が二度と会えないことを意味していたとしても。

 それが、新しい『流磨』の基盤。

「オレも嬉しかった……お前には、色んなものもらった……なのにオレは、お前に何もあげられない」

 何か言いたげに首を振る勇気を遮るように、流磨ははっきりとした口調で続けた。

「だから……せめてこれだけ伝えさせてくれ」

 大きく息を吸って、吐いた。

「勇気……それから、お兄ちゃん……」

 じっとこちらを見ている勇気の目を真っ直ぐに見詰め返し、口を開く。

「ありがとう……オレ、もう大丈夫……!」

 精一杯の感謝と幸福、兄がくれた温かいもの全てをその一言に詰め込んで、流磨は笑って大きく手を振った。

 勇気も、同じように幸福そうに笑って、大きく手を振った。

 目に小さく何かが光ったように見えたのは、気のせいだろうか。

「言ったでしょ? オレは小葉勇気だよっ!」

 それだけ笑いながら叫び返すと、こちらに背を向け、歩いて行く勇気。

 その姿を目に焼き付けておこうと思っていたのに、次気付いた時、もう勇気の姿は無かった。

 まるで、全てが夢だったかのように……。

 だが、流磨には分かっている、これが夢じゃないこと。

 信じている。

 一瞬だけ目の前に現れて、たくさんの思い出を残し、消えていった少年を。

 この胸に残る温もりが、何よりの証拠だった――。















この拙い文章、物語に最後までお付き合い頂き本当にありがとうございました。(深々)


まだまだ試練はあるでしょうが、流磨の魂はひとまず何とか光の差す方へ踏み出すことができたようです。


このお話は私が最初に書いた長編で、正直今読むと未熟さが目立って頭を掻きむしりたくなる部分も多々あるのですが、未熟は未熟なりに魂込めて書いてたことを読み返しながら思い出しました。


皆様の心にほんの少しでも何かを届けることが出来たら幸いです。


そして一言でも、どんなご意見でも構いません、今後の創作の参考にしたいと思いますのでどうぞお寄せ下さい。


あ、ちなみに勇気の正体なんですが、一応軽く触れたエピローグのようなものがあります。でも蛇足かなと思い削りました。色々な可能性を自由に想像してもらった方が広がりが出るかなぁと。もし気になる方がいらっしゃたら声を掛けて下さい。追加します。


それでは、またの機会に……

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