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第十五章

   第十五章


 車を停めてもらい、いつも通学路に使っている川沿いの道に降り立つと、深夜に近い為か遊園地にいた時よりもいくらか肌寒い。

「それじゃ、お忙しいところホントにどうもありがとうございました」

 深々と頭を下げる流磨に、千空が苦笑混じりに声を掛ける。

「いいのいいの、どーせネタ見つかんなくて万年暇してんだからこの親父、気にしないでねリュウちゃん」

「オラ余計なこと言うな千空! 折角カッコイイ親父演出してんだからよー、あっ流磨君気を付けて帰るんだよ? 親御さんによろしくね!」

 千空の父親は娘の頭をはたきながら、こちらには笑顔を向けて手を振ると、シルバーの車体を翻し勢い良く街道を走り去って行った。

(あの父にしてあの子あり……か)

 流磨は妙に納得しながら乗用車が見えなくなるまで見送ると、帰途についた。

 結局、あれから電車で自宅最寄りの駅に着いたのは十一時半を回った頃で、最終バスは疾うに行ってしまっていた。そこで取材の為に近くまで来ているという新聞記者の千空の父親が車で送ってくれることになったのだ。

 千空の父からも流石に最初は軽い説教を喰らったが、三人が素直に謝った後は語調を和らげ、終始先程の様な調子で千空と漫才を繰り広げ場を和ませてくれるなど、親しみやすい良い父親のようだった。

 そして流磨には、家族とあんなに楽しそうに軽口を叩き合える千空が少し羨ましく見えた。

 ああいう会話は、本当に信頼し合い、お互いを必要とした親子にしか出来ないものではないかと、そう思えた。

 自分には出来ない、会話だと。

 あと数分で家に着く。家族は確実に心配しているだろう。

 怒られるだろうか?

 悲しまれるだろうか?

 それともまた、腫れ物に触るかのように優しい言葉を掛けられるのだろうか。

 そのどれだとしても、今の流磨は家族に対してどう反応したらいいのか分からなくなっていた。兄の言葉で少し前向きになれたのは確かだが、家族との関係についてはまた別の問題だった。家族の一員である夕真を死に至らしめて、残された家族みんなを悲しませ、傷付けたのは紛れもなく自分である。例え兄に気にするなと何度言われても、その事実だけはやはり変わらない。兄への罪滅ぼしが『自分らしく生きる』ことだとしても、それがそのまま家族への罪滅ぼしにはならないのだ。

 そんな風に出口のない葛藤を繰り返しているうちに、いつの間にか自宅前まで辿り着いていることに気が付いた。

 玄関の淡い橙色の照明が煌々と灯され、リビングの電気も点いているようだった。その優しい筈の光が胸を刺すように鋭く、押し潰されそうな程重く感じられる。

 ――怖い……帰りたくない……

 だが帰らないわけにもいかず、無理矢理体を玄関の前まで動かすと、深呼吸しながら震える手をドアノブに掛けた。そしてなるべく音を立てないようにドアを開け、そっと中を覗くように足を踏み入れる。

 玄関内の電気は消されていて、ダイニングのドアの一つ奥にあるリビングのドアの磨りガラスから、白い蛍光灯の光が漏れていた。

 どうしたらいいのか、頭の中は少しもまとまっていない。

(と……とりあえず、遅くなったことを謝って……)

 それから先の行動は空白のまま、ヒントの一つも浮かぶことなく、八方塞がりの気分で途方に暮れていると、前方からドアノブを回す金属音が響いた。

 恐る恐る顔を上げると、半開きになったドアから父親が厳しい顔を覗かせていた。流磨は一瞬言葉に詰まり、呆然と父の顔を見ていたが、やがておずおずと口を開いた。

「あ……その……遅くなってごめんなさい」

 しどろもどろの声をそれだけ絞り出すと、流磨は力無く頭を下げた。下げる瞬間見えた父の顔は、怒るでも悲しむでも笑うでもない、何を考えているのか読み取ることが出来ない、複雑で、真剣な表情だった。

「……流磨、入りなさい。少し父さん達と話をしよう」

 頭を下げたままの流磨を暫く見詰めてから、父、勝は何とも言えない緊張感を含む声でそう言い放ち、出てきた時と同じようにゆっくりとリビングに入っていった。

(何……だろう)

 あの覚悟を決めたような父の表情は何なのだろう。

 もしかしたら遂に愛想を尽かされ、突き放されるのだろうか。

 にわかに鼓動が激しくなる。

 あれだけ、早く自分のことなど無視して欲しいと願っていたくせに、いざその時が来たのかと思うと怖くて腰が引けてくる。

 ――結局、オレは家族の優しさに甘えていただけなのか……

 そんな自分を激しく嫌悪しながら、それでも恐怖は消えなかった。

 リビングからは物音ひとつせず、相変わらず蛍光灯の光が廊下の床に落ちている。

 流磨はごくりと唾を飲み込むと、いつもより長く感じる廊下を重い足取りで進み、決死の思いでリビングに踏み込んだ。

 恐る恐る室内を見回すと、そこには家族全員が揃っていて、小さなガラステーブルを囲んだソファーに腰掛け、それぞれ思い思いの表情をしながら押し黙っていた。

 母、優葵は赤い目をしていて泣いていたらしいことが分かったが、今は流磨の目を真っ直ぐに、真剣な顔で見詰めていた。

 柊馬は流磨が室内に入って来たのを確認すると、少し気まずそうに膝の上で手を組み、床に視線を落とした。

 梨歌は戸口の所で立ち止まっている兄と目が合うと、寂しそうな目をして唇を噛んだ。

 そして父、勝はこちらに背を向けて座っていて、表情を窺い知ることは出来なかった。

 普段、一家団欒に使われているリビングとはまるで別の場所にいるかのような張り詰めた空気が肌で感じられ、居た堪れなくなった流磨は、先程玄関で父に発したのと同じ言葉を繰り返した。

「あの……遅くなってごめんなさい……ホント余計な心配……掛けて……」

「それについては父さん達も言いたいことは山程ある。だがな流磨、今はそれよりも先に話さなければいけないことがある……そうじゃないか?」

 消え入りそうな流磨の声を制するように、父がきっぱりとした調子で言った。

「先に……話すこと……」

 てっきり帰りが遅くなったことをこっ酷く説教され、見放されるものだと思っていた流磨は父の言った意味が一瞬分からず、復唱して初めてハッとなった。

 両親達は、今の状況自体を変えたいのだ。

「まずは座りなさい……話はそれからだ」

 流磨は言われるままに父の向かい側のソファーに座った。

 何を言われても、家族に甘えてはいけない。そう心に決めた流磨は、何者をも寄せ付けない心の壁のようなものを、家族全員に感じさせていた。

 数秒の間を置いて、第一声を発したのは無理に泣くのを抑えているような母の声だった。

「柊馬から聞いたわ……流磨、あなたお兄ちゃんを……夕真を殺したんだって、そう言ったそうね……」

「……!」

 瞬時に柊馬を見る流磨。

 両親には絶対に気付かれまいと、何年も自分の中だけに閉じ込めておいた想いが、呆気なく伝えられていた。

 怒りよりも何よりも、そのことで家族と真っ正面から向き合わなければならないことに対して、猛烈な恐怖感が巻き起こった。

「……兄ちゃん、オレ……もう嫌だよ? どんな理由があろうと、もう戻りたいよ……」

 強張った顔の兄に向かって、柊馬が涙声で訴える。

 しかし、流磨は何も答えなかった。

 梨歌も痺れを切らしたように、上擦った声で苦しみをぶつけてきた。

「前の優しいお兄ちゃんに戻ってよ……! お願いだから……笑って、今までのは冗談だよって言ってよ……!」

 流磨は何も答えなかった。

「流磨……父さんもそう思うよ、夕真のことは確かに辛かっただろうが……それでこんな風に心を閉ざしても何にもならないだろう? また今まで通り、皆で楽しく過ごそう」

「そうよ流磨……あなたが気負うことなど一つもないのよ? 家族みんなが笑い合っていられれば……母さん今は幸せなの……」

 弟達の、両親の優しい言葉は流磨の胸を深く抉っていた。

 『流磨』ではなく、『夕真』としての自分の方が明らかに家族に必要とされている。ずっと目を背けてきたその現実を目の前に突き付けられた絶望感。同時に、家族にここまで信じ込ませ、大切なものにしてしまった『夕真』としての自分を、今頃になって捨てようとする身勝手な自分自身への激しい憤り。心の奥底で渦巻いていた様々な想いが、そしてそこから発生する矛盾が一気に増殖し、自分を塞き止めていた何かに限界が来たのを感じた。

「……本当に、それで幸せなの?」

 薄ら笑いを含んだ、聞き取れないくらいの流磨の一言に、家族が一斉に注目した。

 流磨は先程とは打って変わって、冷め切った表情をして家族の顔をじっくりと見回していた。

「オレにはそうは見えなかったよ、幸せそうなのは表面上だけで、父さんも、母さんも陰では苦しんでた……それを知ってた柊馬も梨歌も不安抱えてた……」

「流磨……」

 戸惑い顔の両親を、流磨は焦点の合っていない目で見上げ唇を歪めた。

「全部……全部オレのせい……お兄ちゃんが死んだのも、みんなが苦しむのも……! なのに今まではずっとバカみたいにお兄ちゃんの代わりになろうなんて……ホント勘違いだよね、結局お兄ちゃんを殺して家族を苦しめてるオレに過ぎないのに……!」

 血が出そうな程強く握った拳を、柔らかな手が包んだ。

「ごめんなさい流磨! あなたがそんな風に思い詰めていたなんて……少しも気付かなかった……それなのに私ったらあなたの前で泣いて、頼ってばかり……母親失格ね……」

 流磨は、涙を流して謝罪する母の手を自分の手から離して顔を背けた。

「やめてよ……そんな言葉聞きたくない……! 母さんは何も悪くない……悪いのはオレなんだ!」

「違うわ、悪いのは母さん……自分の子供をずっと追い込んでた……こんなにボロボロになるまで……」

 震える手で流磨の頭に触れ声を詰まらせる母を見て、父も辛そうに目を伏せ頷いた。

「それに気付かなかったのは確かにオレ達の責任だな……」

 ――違う……! 論点が違うよ……オレが言いたいのはそんなことじゃない!

 流磨は耐え切れなくなって叫んだ。

「そんな言葉で誤魔化すのはやめてよ! 本当に何とも思ってないって言える? オレのこと全然悪く思ってないって? 心の底ではオレのこと許してなんかいないくせに!」

「流磨! 許すも許さないもないの……!」

 母の必死の弁明を遮るように、流磨は声のトーンを更に上げた。

「じゃあ、夕真お兄ちゃんが死んだって聞かされた時、それがオレを助ける為だって知った時どう思った? 何も思わなかったって言うの? 誰だって思うよ、コイツが殺したって……コイツのせいだって……! その気持ち隠して家族全員で笑い合おうとしたって……そんなの偽物だよ!」

 この、家族に見せたことのない流磨の剣幕に、誰もが息を呑んだ。

 これが本当の流磨。

 苦しんで、苦しんで、心の歯車が壊れかけるまで苦しんで、感情を露わにして更に自分を傷付けている、これが流磨の本来の姿。

 その悲しみが、家族にひしひしと伝わった。

「流磨、お願いだから分かって……あなたが苦しむ姿を見るのが、私にとっては一番……」

「簡単に許そうとしないで……! そんなの表面でしかない、そんな軽いことじゃない……許されることじゃないんだ」

 顔を強張らせ、頑なな態度を崩そうとしない流磨の、長い年月を経て酷く膿んでしまった深い傷が母の胸に漠然と差し迫った。この傷、この体全体から溢れ出しているような苦しみを、六年間笑顔の奥に隠し続けていたというのだろうか。そう思うと息が詰まり、安易な慰め言葉は声にならず消えてしまう。優葵は悔しそうに沈黙することしか出来なかった。

 柊馬も梨歌も、今まで知らなかった兄の内に秘められた激しい感情や、母の涙、父の動揺、立ち会ったことのない壮絶な場の雰囲気に耐え切れず、柊馬は俯き、梨歌は顔を手で覆って泣いていた。

 父だけが厳しい表情を変えず、何かを悔いるような目で、じっと流磨を見据えていた。

 そして、誰も言葉を発さず、すすり泣く声だけが響くリビングの空気を、低く重々しい声で終わらせたのは父だった。

「……確かにあの時、夕真が死んだ時、悲しみの余り流磨に対して『どうして』と思った……何故一人であんなに遠くまで行ったんだ……そうしなければ夕真は……と、流磨に対してそういう想いがあった」

「あなた……!」

 非難の色を含んだ母の呼び掛けを、父は片手を上げて制し、続けた。

「……だがあの時お前はまだ小さかった。そして誰より兄の死を悲しんでいた……そのお前を叱るのは忍びない……そう思ってそれについては触れないようにしていた。その話を出せばお前が辛い顔をするだろうと思って……」

「と……うさん……」

 父が噛み締めるように紡ぎ出す言葉は、流磨にとって意外なものだった。家族の前で兄の話題を避けていたのは、自分を気遣ってのことだったなんて。

「だがそれが、お前を余計に苦しめていたなんてな……」

 父の優しい瞳は、流磨の中で凝り固まっていた何かを、少しずつではあるが溶かすだけの力を持っていた。しかし、長年の痛みはそのまま父の優しさを受け入れることを許さなかった。

 ――お前はまた家族の優しさに甘えるだけで解決するつもりか?それでのうのうと何事も無かったように生きていくってワケか?

 そんな囁きが耳元に響いたような気がした。

 流磨は何かに取り憑かれたように、虚ろな目をして首を振った。

「ダメだ……そんな都合のいい話……オレにあっていいはずない……」

 すると、その様子を静かに見守っていた父は徐に立ち上がり、瞬く間に流磨の前まで歩み寄ったかと思うと、次の瞬間思い切り頬を張り飛ばしていた。

「……っ!」

 張り付くような頬の痛みに驚き、父を見上げる流磨。

 父は辛そうに顔を顰めながらも、厳格な表情を崩すことなく言い放った。

「どうして一人で夕真の所に行ったりなんかした? どうして父さんや母さんに一緒に来てって言わなかった? 少し間違えば夕真だけじゃなく、お前だって……! ……よく……よく自分で考えてみなさい流磨……!」

 流磨以外の誰もが、父の言動の意味を理解出来ず、呆然としていた。

 流磨本人でさえ、何故父のこの言葉にほっとしたのか、何故胸のつかえが一気に落ちていくのか分からなかった。しかし何故か不思議な安堵感が音もなく湧き上がり、まだ痺れの残る頬を涙が伝っていた。

 もしかしたら自分はあの頃から今まで、ずっとこうやって殴られて、叱られるのを待っていたのかもしれない。そして長い時間を掛けて、一から家族との関係を作り直したかったのかもしれない。何も言わない両親が怖く、寂しかった。自分はまだ許されていないんだと感じ、近寄ることが出来なかった。

「ごめんなさい……ごめんなさい! 父さん、母さん、柊馬、梨歌……っ」

 流磨は嗚咽を必死で抑えながら、渾身の思いで謝罪した。

 父はその言葉を聞くと、今まで一切崩そうとしなかった厳しい表情を綻ばせ、黙って流磨の頭を片手で抱き締めた。

 その様子に、柊馬は息を詰まらせながら何度も頷き、掠れ声を絞り出した。

「兄ちゃん……オレの方こそゴメン……兄ちゃんの気も知らずに勝手なことばっか言って……でも兄ちゃんも、もう我慢したりしないで何でも言ってよね? オレ、これでも兄ちゃんの弟なんだからさ……」

 流磨は、年齢よりも大人びたことを言う弟を多少驚きの目で見てから、その優しさに、柊馬の強さに感謝した。

「あぁ……ありがとう柊馬……」

 きっと柊馬は何の苦もなく自然に、自分が理想とした兄のように成長していくだろう。

 ふとそんなことを感じ、願った。

 自分は本当の優しさどころか、本来の自分自身さえ見付けられていない。そしてそれを見付ける為の、恐らく長く厳しい旅がこれから始まるのだ。

 決意を新たにし、宙を見詰める流磨の視界に母の真剣な顔が入ってきた。それを見て取った父はそっと流磨の頭を抱く手を離すと、母に向き直らせて一歩引いた。

 この家族内で、恐らく一番夕真の死を悲しんだであろう母。

 一番苦しめてしまった母。

 その思いから、流磨は何か話し始めようとする母の顔を直視出来ずに目を伏せた。

「流磨、あの事故の時、誰の所為って言うより、私はただ悲しかった……夕真にもう会えないって悲しみで、他に何も考えられなかった……でも、でもね? いっぱいいっぱい泣いて、流磨に慰めてもらって……もう、すっきりしたわ」

 母は笑った。

 母なりの精一杯の流磨を気遣う言葉だった。

 込み上げる熱いものに耐えながら、横に振ろうとした流磨の首に、涙で頬を濡らした梨歌がしがみ付いてきた。

「みんなの言うとーりだよお兄ちゃん< 夕真お兄ちゃんの話聞いたけど、私、お兄ちゃんが悪いなんて少しも思わないよ? だってお兄ちゃんはただ夕真お兄ちゃんに会いたかっただけなんでしょ?そんなの、夕真お兄ちゃんと同じくらいお兄ちゃんも可哀相だよ……! もう苦しまないでよ、お兄ちゃん」

「梨歌……」

 小学四年の妹の純粋な優しさが、流磨の傷んだ心に染み込む。

 家族全員から向けられる温かな視線に、自分はなんて幸福なのだろうと思い知った。一生責められてもおかしくない筈の自分を、何の躊躇いもなく許し、受け入れてくれる家族を持てた幸福。

 しかし、これでは幸福過ぎる。

 流磨の中には、まだ納得し切れない違和感が痼りのように凝り固まって残っていた。

 家族のこの優しさにどっぷり浸かることには、どうしても躊躇いがあった。

 それが何なのかは分かっている。

 ここに兄がいてくれたなら、こんな想いはなかったろう。

 しかしやはり現実に、兄は死んでいる。

 この温かな家族の中に居られる筈だった兄。

 今、兄は独り別の場所にいる。

 その存在が流磨の中にある限り、完全に吹っ切ることなどない、いや吹っ切ってはいけないような気がしていた、

「どうした、流磨……? もうそんな顔をしなくてもいいだろう?」

 急に真剣な顔をして黙り込んでしまった流磨を、父は心配そうに見詰めた。

 それを聞いて、しがみ付いたままだった梨歌も手を離して不安げに兄の顔を見上げる。

 流磨は言い辛そうに今の思いを口にした。

「みんなの気持ちは嬉しいんだ、ホントに……でも、オレはまだ……自分で自分が許せない……どうしても……」

 真っ直ぐな瞳を家族ひとりひとりに向けながらの流磨のその言葉に、戸惑ったようにお互い顔を見合わせる母、柊馬、梨歌。

 しかし父だけは流磨の視線をしっかりと受け止め、落ち着いた口調で言い聞かせた。

「そうか……それじゃあこれからゆっくり、時間を掛けて許してあげなさい……お前を責める人は、他に誰もいないんだから……」

 救われるとはこういうことかと流磨は思った。

 それ程迄に、父の言葉には包容力があった。

 涙ぐみながら、流磨は頷き、微笑んだ。

 そして、久し振りに見せた流磨の笑顔に、今までの緊張したリビング内の空気は急速に解きほぐされていった。

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