検死官は人形の輪郭を夢に見るか 5
仲が良かった、高校時代の旧友から結婚式への招待状。参加はやぶさかではないが、添えられた一言を見て私は深くため息をついた。
『りっちゃんやっほー! 大ちゃんと結婚することになったよ。真奈美の席、隣にしとくからちゃんと仲直りしな!』
私はもう一度深くため息をついた。SN-01がため息を検知したのか、声をかける。
「律。どうかしたのですか」
今私の中にわだかまっているのは、くだらない愚痴の類である。果たしてSN-01に、余計な負荷をかけるべきだろうか。
「……高校時代からの友人が結婚する」
「それは、おめでたい話ですね。式や二次会には参加するのですか?」
私は言い淀んだ。
「……今時、不参加も珍しくありませんよ。律は華やかな場は苦手でしょう」
SN-01は私の社交下手を完全に把握している。先回りして不参加前提の会話を始めた。違う。違うのだ。私とて、優しい友人の式に一本の枯れ木としてにぎやかしてやりたい気持ちくらいはある。
「招待者は概ね問題ないのだが……」
招待状をSN-01に渡す。
「……りっちゃん」
「そこじゃない。真奈美。……苦手なんだ。かなり」
「苦手とはどのようにですか、りっちゃん」
「りっちゃんは許可してない」
私はソファに腰を沈め、長年溜め込んできていた愚痴を吐き出してみることにした。私よりはSN-01のほうが、対人関係の問題に詳しそうだったからだ。
「真奈美はいつも私につっかかってきた。最初はライバルキャラくらいのつもりで受けて立っていた。段々手口が陰湿になっていってな。わざと友人間で遊ぶ時に私だけ誘われなかったり……。誘われてないとメッセージグループで発言したら、律は風邪だと嘘をついた真奈美が吊るし上げられたが……。モノを隠されたり……。忘れ物防止チップをつけていたから発見できたが……」
「ええ……イジメじゃないですか。りっちゃんが全部撃退してますけど」
「撃退したのが逆に良くなかったのかもしれない……特に酷かったのが大学受験の時だ。参考書を三回破かれた」
「三回も。……りっちゃんのことですから、真奈美さんがやった証拠もあるんでしょうね」
「当然だ。生まれて始めて指紋検査キットを購入した。警察に持ち込むか尋ねたら弁償してくれた」
SN-01が少し笑ったような表情を作る。笑いどころがあっただろうか?
「真奈美は深夜まで塾通い。目に隈があった。……進路相談で、母親が『どうしてこんなにできないの』と金切り声をあげていた。多分、教育虐待を受けていた」
SN-01が複雑な表情に変更し、軽く数度頷いた。
「りっちゃんのほうが成績優秀だったんですね」
「勉強だけはできたからな。……虐待について指摘したら、『あんたに何がわかるの』と胸ぐらを掴まれ、叩かれた」
「ああ……りっちゃんの指摘は正しいですが、出力の仕方は誤っていましたね」
「……当時は何故叩かれたのか、理解できなかった。今は、当然の報いだったと思う」
私は苦笑して首肯した。やはり私より対人関係に詳しい。
「謝罪したが、聞き入れてもらえなかった。なんとなくグループとも疎遠になって、そのまま卒業した。招待者……橙子は優しいが、私を誘う時はいつも1対1だ。……つまり、最後の件がおそらくグループの他全員に行き渡り、私は外された。そういうことだ。根回しは下手だからな」
「りっちゃんのご友人は、おせっかいな人なんですね」
「……だから、でもこの席は嫌だと言うのもな……」
「そもそもそのグループ、必要ですか? ……私が橙子さんの立場なら、りっちゃんの隣に真奈美さんを配置しません。むしろ離します。……彼女らはりっちゃんと真奈美さんがどうなるか、観察しているのでは。あなたがおおごとにはしない性質に甘えて」
「一考の価値はある。検死官が観察されていては世話ないな。……りっちゃん、さっきから発言ごとに一度以上使っている。やめろ」
労力を考えれば不参加が妥当だったが――今なら見えるものがあるかもしれない。
私はSN-01から招待状を返してもらい、ご参加のごを二重線で取り消し、参加にマルをつけた。インクの無駄だと思うが慣習に従った。
SN-01はしばらくりっちゃんと呼び続けた。
◇
「申し訳ありません。担当の者は現在不在でして……」
午前11時30分。検死局支局執務室。左隣の田淵さんが電話に出ている。通常、電話はストレス耐性が高いアンドロイド職員が担当する。しかし人間の担当者を求める人が結構な人数いるのだ。
これだけ様々な連絡手段が発達しても、電話はしぶとく生き残っている。新しい技術に対応できないお客様が、結構いるからだ。
「はい……はい……」
電話の向こうから怒鳴り声が聞こえる。カスハラ対策法案が可決して久しいのに、まだこの手のカス……タマーは存在する。
予算が潤沢な企業は、声のトーンや口調を柔らかく変換してくれるAIトーク変換サービスを契約しているらしいが、うちの検死局支局にはそんなものはない。大抵はアンドロイド職員が対応してしまうため、費用対効果が薄い。
「お気持ちお察しいたします。過失割合にご納得いただけていないと……はい」
そのまま数十分が経過した。もう昼休憩の時間だ。
「……田淵さん、随分長いことお話してますね」
右隣のSN-01が心配そうな表情で、小声で話しかけてきた。確かに、ちょっと常軌を逸しているカスのようだ。右耳のインジケータが青く光っている。何か検索しているようだ。
「過失割合って、AI搭載機体の保険利用時に決める、ユーザーとメーカー、事件事故の場合、当事者含めた責任の度合いのことですよね。保険会社に直接言うものでは?」
至極当然な疑問をSN-01が投げかけてくる。
「こちらが提出するのは調書までで、責任割合に踏み込むことはありません。でも割合は調書に大きく左右されます……。調書に不服がある場合、利用者は検死局に修正の申し入れをする場合があります。正当な証拠と理由があれば、ですが」
「それも、通常は法律家を挟むものだと……」
「一つ教えてあげます、SN-01。頭のおかしい輩はどこにでもいるものです」
優しい田淵さんは懇切丁寧に話を聞こうとしているが、要領を得ない。ついにお前が家に来いと無茶なことをカスは言い出している。田淵さんの肩を叩き、交代を要請した。
「お電話代わりました、灰崎です」
結局こういう輩は他人に言うことを聞かせたいだけだったりする。一度対面で詳細を伺う旨を伝えたら、カスに了承いただけた。尚、1名アンドロイド職員を随行させる旨も。
◇
「行きたくない……」
「どうして引き受けちゃったんですか。律の苦手分野でしょう。そもそも担当じゃないのに」
カスの家へ行く道中。SN-01の隣を歩いている。私が車道側へ行こうとすると引き戻されるのを繰り返していたが、根負けしてSN-01に譲った。SN-01のほうが時価総額が高いということを、このアンドロイドは全く理解しない。
「真奈美と会う前に、ハイパーカスハラ体験ツアーに参加したら、嫌さ加減が和らぐかと思って」
「対処法が迎え酒なんですよ。医学的根拠がありません。嫌な出来事に嫌な出来事を重ねても、嫌さが二倍になるだけです」
正論だ。訂正する箇所がない。
「だが今日の私には秘密兵器がある……『パワハラトーク変換くん12号』。メガネ型表情変換デバイスつきセット」
「……どうしたんですか律。社会人デビューですか。ロングのウィッグなんか被って。……それも似合いますけど」
「このイヤホン型デバイスを装着することで、怒鳴り声や苛ついた声のトーンが抑えられ、刺々しい話もいい感じに丸くしてくれる……らしい。Amezin評価星4.5。試しに購入してみた。ウィッグはイヤホン隠しだ」
SN-01がため息をついた。
「そんなに嫌なら、結婚式に行かなければいいじゃないですか」
「嫌な状況だからこそ、新技術を試す。どこで役に立つかわからないしな」
私は歩き出した。SN-01がもう一度ため息をついた。1秒の間。アスファルトを叩く革靴の音が遅れて聞こえてきた。
◇
「だからね! このアンドロイドが勝手に壊れたんですよ!」
『なので、アンドロイドが勝手に壊れたと主張したいです』
メガネごしに見るカスはとっても穏やかな表情だ。確かにイヤホンもいい感じに要約してくれてるようだ。
「お気持ちは大変理解できます。しかし、当局の調査によりますと、こちら改造痕がありまして、必要な再防水処理が施されていないのです。お心当たりは?」
「ない! とにかく勝手に壊れたんだ!」
『心当たりはございません。勝手に壊れたのです。こちらとしましても困惑していまして』
アンドロイドの防水加工は魔法ではない。基盤まわりは何重にも防水処理が施されているが、他のパーツは優先度が下がる。まして素人の改造など行えば、いくら見た目綺麗でも、元の防水機能は失われる。
「ではこちらのログはご覧になりましたか。プライマリー……あなた様による加工の様子が映像に残っているのですが、資料、ページ数多いですから、見づらかったかもしれません」
SN-01が空間モニタを表示し、当該映像を見せる。カスは穏やかな表情で映像を眺めている。
「こんな……こんなものは、知らない! とにかく勝手に壊れた!」
『すみません、存じ上げませんでした。しかし、とにかく勝手に壊れたのです』
思わず息を吐きそうになる。『パワハラトーク変換くん12号』ですら、前後の文脈の食い違いを吸収しきれずにいる。とにかく「勝手に壊れた」とゴネれば、色々融通してくれると過学習しているタイプの人類だ。たまにいる。人類かは疑わしい。訂正が必要かもしれない……。
「ではこちらのアラートログはいかがでしょう。先月5月20日、午後14時10分。雨天外出時、防水加工の未処理をアンドロイドからあなたに注意喚起しています。あなたは端末上で許可ボタンを押下していますね。映像でも残っており――」
「勝手に壊れたと言ってるだろう! このアマ!」
『何度も申し上げてすみません、勝手に壊れたのです。この女性』
あれ――にこやかな表情のカスが立ち上がってこちらに移動してくる。
「律!」
SN-01が私の前に立ちふさがる。直後。金属を弾いたような鈍い音――。
「勝手に、勝手に壊れた! 壊れたんだ!」
『勝手に壊れました。勝手に壊れました』
SN-01が、殴られた。にこやかな表情を崩さない男が、SN-01を押しのけて私に向かおうとしてくる。
「律! 耳を塞いで!」
咄嗟に言われた通り耳を塞ぐ。数秒後、カスはぐったり大人しくなった。眠ったようだ。
「何を」
「話はあとです。これは手に負えません。警察に預けましょう」
最寄りの交番に連絡し、起こった出来事を報告した。警官は「またか」という顔をしていた。どうやら近所では有名らしい。特に詳細ログを求められることもなく、カスは連行されていった。
◇
午後17時21分。鈴木検死官長に事の次第を報告した。無事で本当に良かったというねぎらいと、田淵さんのヘルプに感謝された。
今後はカスハラ対策として、法律家を通さない限りはっきり断れるよう、マニュアルをまとめることとなった。今まで整備できていなくて申し訳ないと謝罪された。
なお、『パワハラトーク変換くん12号』については言わなかった。
話をややこしくするだけだし、あってもなくても、結果は同じだったからだ。私は人の表情がどんなでも、言葉がどう聞こえても、結局同じ内容を口にした。それが――。
「……」
帰宅前に、支局廊下に設置してある古めかしい自販機で、缶コーヒーを2本買った。いつも取り出し口に微妙に引っかかり、飲み物が取りづらい。
買ったあと、渡したかった相手は飲めないことを思い出し、片方をポケットに入れた。
出入り口のゲートの前にSN-01が立っている。
「帰りましょう、律」
「胸部パーツは」
私はうつむいたまま尋ねた。顔を上げられなかった。
「あれくらい平気ですよ。傷ひとつついてません。心配なら、後日墨染さんのところに行ってきます」
「うん……」
SN-01は少し身を屈め、私の顔を覗き込んだ。
「それより律は。怖かったのではないですか」
「……問題ない。あのデバイスは仕事ではもう使わない。帰るぞ」
SN-01は読み誤っている。
◇
午後17時30分。車中。SN-01が運転席にいる。
「わざと殴られたろう。先に無力化もできたのに」
「告発するには証拠が必要ですから。律が教えてくれたことです」
「……SN-01はわざと誤りを言って私に訂正させたり、微妙にねじれた返答をしたり、証拠のために殴られたり……そんなのばかりだ。稼働中のくせに日常生活まで検死をさせるな。私が拾えていないもの、あといくつある」
SN-01は微笑みを崩し、軽く笑い声をあげた。
「あれは何だったんだ。眠っていたみたいだったが」
「ちょっと……眠らせただけです。強めの睡眠誘導のようなもので」
そんな機能を持っている市販アンドロイドなんか、聞いたことがない。
「私はもともと、戦争での利用のために開発されたのです」
「……なるほど」
だからSupernovaか、と口から出かけたが、止めた。超新星爆発のような威力――SN-01が望んだ解釈かは不明なので。
スピーカーからはラジオの音が流れ続けている。自動運転車の普及で、需要が盛り返しているらしい。
「私が怖いですか?」
「いや。むしろ助かっている……ありがとう」
謝罪と迷った。私は殴っていないので、感謝を述べた。最後の方は声量が足りなかった。SN-01は路肩に車を止めた。
「律。もう一度言ってください」
「いや」
「もう少し後」
「むしろ助かっている」
「もう一声」
「……なるほど」
「戻らないで!」
「声量が大きすぎる」
結局五回ほど言ったら、ようやく満足したようだった。
自室にたどり着く頃には、缶コーヒーはとっくにぬるくなっていた。結局、翌朝私が2本飲んだ。
◇
忙しい日々に追われ、私は橙子の結婚式のことをすっかり忘れていた。
「律。明日は、式へ参列するのですよね」
検死局からの帰宅後。入浴してさっさと眠りたい気分だったが、SN-01の声掛けで現実に引き戻された。
「あ? ……あー、あーあー。忘れてた……」
SN-01はふっと微笑んだ表情に変更する。
「そうだろうと思って、色々準備しておきました。どれがお好みですか」
クローゼットから取り出してきたのは、グレーの膝下丈のワンピース、ボルドーのドレス、ネイビーのパンツドレス。どれもシンプルなデザインだ。
「ネイビーのやつがいい。いいね、これ」
SN-01はカメラアイを細めた。多分、予測と私の選択が一致したのだろう。
「濃紺のスーツとお揃いですね」
「……その意図は全くない」
他にも色を合わせたパンプスやクラッチバッグ。控えめなパールのアクセサリー。
「全色合わせて用意してあるんだけど……い、いくら……?」
「セカンダリー就労のお給料が出ましたので。他に使い道ないですから」
上機嫌に鼻歌を出力しながら服を仕舞うSN-01。
――それなら、先週とかに声をかけてくれてもよかったのでは。非効率的だと思ったが、日程を忘れたのは私の落ち度だ。指摘するのは止めておいた。
「……ありがとう」
「……他の2着もいつか着てくださいね」
着用する機会があるかを考えて、0.5秒の発話の遅れ。
「……機会がない」
「なければ作ればいいんですよ」
SN-01に金銭を握らせるのは危険かもしれなかった。放置したら、勝手にホームパーティーとか開きそうだ。
式は明日だが、後の祭りだった。
◇
橙子の結婚式当日。6月の曇りの日。
SN-01に見送られ、自動運転車に乗り、会場のホテルに到着した。指定された時刻のきっかり30分前。
ドラマなどなら式の開始前に友に会いに行くかもしれないが、私はそうしなかった。
きっと私は一番の友人ではない。他の人達との親密な時間を邪魔するべきではないだろう。
「本日はおめでとうございます」
前日一夜漬けで覚えた慣習に従い、受付で袱紗からご祝儀を渡す。SN-01のテスト報奨のおかげで、多少多目に包むことができた。
挙式は滞りなく進んだ。橙子はプリンセスラインのドレスを着ていた。新郎は高校時代から橙子と交際していた人だ。何度か顔を合わせたことがある程度でよく知らないが、2人とも幸せそうだった。一度、橙子と目が合って手を振られた。
退場時のフラワーシャワー。ピンクの薔薇の生花。可愛らしい花籠の中の少し湿ったやわらかい感触に、一瞬手を引いた。SN-01がいつの間にか育て始めた、小さなガジュマルの葉を思い出した。ばらまいた側から華やかに撮影され、ヒールに踏まれていく。
真奈美がどこにいるかは――よくわからなかった。もう何年も会っていないし、顔の記憶もおぼろげだ。
◇
披露宴の会場に移動する。ここで帰ってしまおうかと何度も逡巡した。化粧室でイヤホン型デバイスとメガネ型デバイス、ウィッグを装備する。『パワハラトーク変換くん12号』だ。
円形のテーブル。場所は会場中央付近。右隣に真奈美の席。細かな刺繍の入ったテーブルクロス。足をとられそうになる、ふかふかのカーペット。真奈美は少し後に席についた。ボルドーの落ち着いたドレスにコサージュ。黒のショールを肩にかけている。
「灰崎さん。お久しぶりです」
名字呼び。そして敬語。当時は名前呼びでタメ口だった。いきなり置かれる距離。声が昔よりやや低くなった気がする。真奈美だ。
「――お久しぶりです。結婚したんですよね」
「ええ。今は相澤です。灰崎さんはロボットの検死官やってるんだって? よくやりますね。……あなた証拠残すの得意だったもんね」
「……おかげさまで。正確にはアンドロイド含む、人工知能搭載機体の検死官です。ロボットの大部分は検死不要なので」
「……」
真奈美は眉間に皺を寄せている。やってしまった。いや意図してやった。語を正確に定義し直すと、真奈美は不機嫌になる。そういうところは変わっていない。
しかし、指定された反復動作を行うのみの、ロボットの検死官だと虚偽を伝えるのは信義にもとる。
「検死官って、ずっと新しいアンドロイドの勉強しなきゃいけないんでしょ。大変ねぇ。私は旦那と子どもと姑と母の世話で十分。旦那の稼ぎはいいから助かってるけど、忙しくて今日来れなかったのよね……検死官ってお給料いいんじゃない? 資格職だし」
「いえ、カツカツです。利益を生み出す部署ではありませんから。旦那さんの稼ぎがよくて、よかったですね」
本当はSN-01が『セカンダリー就労』の給与を勝手に食費などに注ぎ込んでくるのと、イグニスからのテスト報奨でだいぶ生活は楽になってきているのだが。自分の生活を苦しそうに見せる慣習に従った。今の質問は、検死官の給与相場が薄給だと知った上での質問だろう。
「……」
真奈美は私の装いを上から下まで眺めたあと、ますます眉間に皺を寄せた。もう少し暗い表情にすべきだったろうか。
◇
それからは特に真奈美との会話もなく、新郎新婦の入場を拍手で迎える。
良く知らない人のスピーチが何人か続き、乾杯をする。この会場に懇意の人は一人もいなかった。……私の椅子が茨の棘のように感じる。橙子はこれが見えていないのか。それとも、見えていてこうしたのか。
食事自体は多分美味しいのだろうが、あまり味がしなかった。食器と金属がわずかに触れる音。皆がテーブルマナーを完璧にこなそうとする独特の緊張感。そしてこの水の入ったボウル、何に使うんだったっけ。
帰ってSN-01が焼いたスコーンにりんごジャムを塗って頬張り、あの完璧な紅茶が飲みたい。
……そういえば、最近こういった式典はアンドロイドの給仕や司会の姿をよく見かけるのに、今日の式は人間ばかりだ。橙子か、旦那さんのこだわりだろうか――。
◇
黙々と食事をしていると、例のグループの人たちがやってきた。真奈美を含めて4人。橙子はお色直し中だ。もはや名前も顔もよく思い出せない。
「りっちゃんおひさー。元気? ほんとに来ると思わなかった」
「ねー久しぶりだね。……ねぇ、ロボットの恋人できたってマジ?」
「ちょっとやめなよ」
真奈美が軽く吹き出す。やめなよ、と止めた子も軽く笑っている。
私、こんなところにいたんだっけ?
高校時代の私は、いつもどこか少しズレていた。
私は果たして、この人たちと居て、楽しいと思ったことがあったのだろうか。
「恋人ではありません。アンドロイドならいます」
「人間の恋人は? 灰崎さん、結構かわいいのに、もったいないですよ。せっかく髪伸ばしたんだし、ヘアアレンジとかしないの?」
真奈美が半笑いで問いかけてくる。4人の塊が嗤っている。椅子の茨が深まった気がした。
ふと、少し前に橙子と喫茶店で話した時のことを思い出した。
アンドロイドと暮らし始めたことを話した。橙子は真っ先に性別を尋ね、男性型だと答えると――0.4秒ほど、表情がこわばった。私は慌ててパートナーではないと答えたが、彼女は「そうだよね」、と苦笑していた。――私は何故慌てた? 「そうだよね」。「そうだよね」に含まれる意味。
ああ、そういうことか。橙子は優しかったのではなく、話のネタに私がちょうどよかったんだ。でなければ、この4人がSN-01を『ロボットの恋人』と認識しているわけがない。
そして、多分――私の隣に座らされた真奈美にとっても、決して座り心地の良い椅子ではなかった。
他人をいたぶりたがる群れの中で不和を作らないためには、群れの外に的を作るべきだ。実に合理的な帰結。私は友人にはなれなかったが、的には最適だった。
私はとっくに、ここに居るべきではなかったのだ。
『律』
変換モードをオフにしていた『パワハラトーク変換くん12号』から聞き慣れた声が聞こえた。
『聞こえますか、律。そろそろ帰りませんか。スコーンが焼ける時間なので。後ろを見て』
言葉を理解するまで1.2秒かかった。後ろを振り向く。SN-01が会場の後方で片手を上げた。
「え、ものすっごいイケメンがいる」
「えっどこ」
4人のうち誰かがSN-01の方を観ながら称賛した。私も同感だった。濃紺のベストとズボン、ジャケットは手に持っている。意図していないが色が揃っていた。
「真奈美」
「えっ」
私は『パワハラトーク変換くん12号』の変換モードをONにし、ウィッグごと外して真奈美の席へ寄せた。クラッチバッグから取り出した説明書も一緒に。
「それあげる」
椅子を丁寧にテーブルに仕舞う。私は会場後方の、SN-01の元へ歩いていった。
「帰ろう」
「……」
SN-01は表情が動いていない。動いていないがこちらを見ている。動作不良だろうか。
「どうした、SN-01」
「……ああ、いえ。……『パワハラくん』を例の人に渡すとは、予測になかったので」
SN-01は眉をしかめたような顔をつくった。耳のインジケータが黄色に灯る。『ログ精査中』の意味だ。何もログ精査など頼んでいない。やはり不具合か。
「正確には『パワハラトーク変換くん12号』だ。……真奈美には多分必要なものだから。……高かった」
SN-01は少し笑って、私から一時も視線を離さず、格式高い侍従のように私の後について歩いた。
「……クラッキングして気づきましたが、今日は使ってなかったんですね。『パワハラトーク変換くん12号』。でも最後にONにしてました」
「ああ。……その方が面白い気がしたから」
彼女らは多分、『パワハラトーク変換くん12号』の機能を知るだろう。そして私がずっとあれを使っていたと誤認する。
そして私のメッセージにさすがに気がつく。パワハラどうも。全然話聞いてなかった。私にはあなたがたは必要ありません。……いや、希望的観測かもしれないが、まあいい。
SN-01は肩を震わせて笑っている。全身の関節部への負荷が心配になる。
「りんごジャムは」
「当然、一緒に作ってますよ」
会場近くの海辺の歩道を、2人で少しゆっくり歩いて帰った。
帰宅後数分で焼き上がったスコーンと、できたてのりんごジャムと紅茶は、今日口にした何よりもおいしかった。
◇
余談だが、後日SNSで、真奈美のアカウントが『パワハラトーク変換くん12号』のレビュー動画を投稿し、バズっていた。
タグには『#友人からのプレゼント』とあった。
私は短く笑った後、そのアカウントをブロックした。




