第1話「時間管理、ですか……?!」
この世界では15歳を成人とし、神から祝福を与えてもらいスキルを会得し、指名を全うする義務がある。
500年に1度、魔王となり得る力を持つ魔物の誕生と共に、それを討ち倒す6人の勇者が現れ世界に平和をもたらす。
そう、この世には火属性、水属性、土属性、風属性、光属性、闇属性…そして、どこにも属さない無属性が存在する。
この物語は無属性スキルを手にした少女の物語である。
世界には、理というものがある。
十五歳になった者は神殿へと赴き、神より加護――スキルを授かる。それはこの世界に生きる者すべてに与えられた権利であり、義務でもあった。火、水、風、土、光、闇。六つの属性のいずれかに分類されるスキルを授かり、人々はそれぞれの使命を全うするために生きていく。
そして五百年に一度、魔王となり得る力を持つ魔物が現れる。その時代に生まれた六属性の勇者たちが力を合わせ、魔王を討ち滅ぼす――それが、この世界に古くから伝わる伝説だった。
エリカ・ハウアーは、その日を楽しみにしていた。
「エリカ、緊張してる?」
隣に並ぶ幼馴染のマリアが、くすくすと笑いながら声をかけてくる。同い年の彼女は茶色の巻き毛が特徴的な快活な少女で、神殿へ向かう行列の中でもひときわ明るい笑顔を振りまいていた。
「緊張って言うより……楽しみ、かな」
エリカは正直に答えた。どんなスキルを授かるのだろう。火属性だったら炎を操れるのだろうか。光属性なら回復魔法が使えるかもしれない。十五年間、ずっとその瞬間を夢見てきた。
「私は絶対に火属性がいい! 派手でかっこいいじゃない!」
マリアが拳を握って宣言する。エリカはその横顔を見ながら、小さく笑った。
何でもよかった。どんな属性でも、どんなスキルでも。ちゃんと授かることができれば、それだけで十分だった。
神殿の中は、厳かな空気に満ちていた。
白い石造りの高い天井から差し込む光の中、子どもたちが一列に並んで順番を待つ。祭壇の前に立つ神官が朗々とした声で祝詞を読み上げ、一人ずつ名前を呼ばれては前へと進み出る。
スキルの授かり方は単純だった。祭壇の中央に置かれた透明な水晶球に手を触れると、その者に与えられたスキルの名が空中に浮かび上がる。同時に、祭壇の脇に置かれた武器箱から、その者にふさわしい武器が光を放って選ばれる仕組みだった。
マリアの番が来た。
「マリア・クレイン。スキルは……『炎刃』 属性は火」
神官の声と同時に、武器箱から美しい赤い剣が輝きを放って浮かび上がる。周囲からどよめきと歓声が上がった。
「やったー!」
マリアが満面の笑みで剣を受け取る。その輝きは目を奪うほど鮮やかで、エリカは思わず拍手しながら「よかったね」と声をかけた。
そしてエリカの番が来た。
「エリカ・ハウアー」
呼ばれた瞬間、胸が高鳴った。
祭壇へと歩み寄り、水晶球にそっと両手を触れる。冷たくなめらかな感触。光が広がって――
「スキルは……『時間管理』属性は…な、なし…?」
静寂が落ちた。
エリカは一瞬、自分の耳を疑った。時間管理? どの属性にも属さないスキル? 聞いたことがない。見たことも、読んだことも。
武器箱からゆっくりと浮かび上がってきたのは、錆びついた、今にも刃こぼれしそうな古びた刀だった。東の国ジパンで作られる"刀"と呼ばれる剣に似たその形は、この国では見慣れないものだった。鞘も薄汚れており、柄の布は色あせてボロボロで黒ずんでいる。
しん、と静まり返った神殿の中で、誰かがぼそりとつぶやいた。
「……無属性?」
「時間管理って何? そんなスキル聞いたことないけど」
「あのボロボロの刀、ちゃんと使えるのかな」
「かわいそうに……ハズレスキルじゃん」
ざわざわと広がっていくヒソヒソ声。エリカは震える手でボロボロの刀を受け取りながら、笑おうとした。でも、うまく笑えなかった。
隣でマリアだけが「エリカ……」と心配そうな顔をしていた。
神殿を出たあと、エリカは一人で帰路についた。
マリアは親族に囲まれてお祝いの輪の中にいたから、気を遣わせたくなくて先に出てきた。人混みを抜け、街外れの細い道に入ったところで、ようやく息をついた。
手の中のボロボロの刀を見下ろす。
『時間管理』。
何ができるのかも、どう使うのかも、まったくわからない。無属性というだけで、魔法の補助もない。これで何ができるというのだろう。
夢見ていた未来が、音を立てて崩れていくような気がした。
そのとき、後ろから足音が近づいてきた。
「おい、ちょっと待て」
振り返る間もなかった。太い腕が後ろからエリカの両腕を掴み、口を塞がれる。
「無属性スキルで無属性武器持ちだな? あの時のガキで間違いないな、おとなしくしろ」
低い男の声。荒い息。エリカはもがいたが、力の差は歴然だった。
引きずられるように連れ込まれたのは、道沿いに建つ古びた小屋だった。中には男が三人。薄暗い室内に、縄や布袋が無造作に置かれている。
「無属性は弱点属性がない。スキル次第だが使い方によっちゃあ最高の戦力になるから高値がつく。運がよかったな、嬢ちゃん」
男の一人がにやりと笑った。
奴隷商人だ、とエリカは理解した。無属性スキル持ちを狙って、売り飛ばす集団がいると聞いたことがある。
恐怖が背筋を這い上がる。叫ぼうとしたが口を押さえられている。刀は腰に差したままだが、腕を掴まれていて抜けない。どうすればいい、どうすれば――
そのとき、体の奥から何かが溢れ出す感覚がした。
熱くもなく冷たくもない、不思議な感覚が全身に広がったと思った次の瞬間、男たちの動きが完全に止まっていた。
埃が宙に浮いたまま動かない。小屋の外で鳴いていた鳥の声も消えた。エリカを掴んでいた手の力が、すとんと抜けた。
何が起きたのかわからなかった。ただ、本能が叫んでいた。――今すぐ逃げろ。
エリカは男たちの手を振りほどき、小屋の扉へと走った。外に出ると、道を歩く人々もすべて止まっていた。馬車も、風に揺れるはずの木の葉も、何もかもが静止している。
視界の端に、街の入口で眠そうな目で立っている衛兵の姿が見えた。
エリカは素早く腰の巾着から紙切れを取り出し、震える手で文字を書いた。
『この道の先の古い小屋に盗賊がいます。今すぐ向かってください』
衛兵のそばに駆け寄り、静止したままの手にそのメモを握らせる。それだけやって、あとはひたすら走った。
何が起きているのか、なぜ周りが止まっているのか、何もわからないまま、ただ家を目指して走り続けた。
玄関の扉を開けた瞬間、全身から力が抜けた。
ああ、帰ってきた。そう思った刹那――世界が再び動き出した。
背後の通りから衛兵たちの怒号と、盗賊たちの騒ぎ声が遠くから聞こえてくる。
「あら?何かあった…って エリカ?! いつ帰ってきたの! さっきまでそこにいなかったのに!」
奥から飛び出してきた母親が、目を丸くしてエリカを見ていた。
エリカは何と答えればいいかわからないまま、ただ力なく笑った。
腰に差したボロボロの刀だけが、夕陽を受けてかすかに光っていた…。
用途不明のスキル「時間管理」と、到底 使い物にはならないと思われるボロボロの刀を手にしたエリカ、果たして彼女のスキルは何が出来るのか…




