悪役令嬢の推理手帖 〜私を陥れようとした真犯人はどなた?〜
巷では濡れ衣を着せられた令嬢が自らの潔白を証明する活劇譚が流行りらしいが、現実はそこまで甘くない。
「君が例の婚約者を殺したっていう令嬢なんだろう?」
男は値踏みするように私を頭からつま先まで見て、至極楽しそうに笑った。
「うん、とても地味。いかにも人を殺すという話がセンセーショナルになりそうな容姿だ」
このとてつもなく無礼な男こそ、私がこの窮地を打破する唯一の希望だというのは、非常に残酷な事実である。
*******
謀略渦巻く貴族社会。
金と権力の本質も理解できないうちから大人のまねごとを始める子どもたち。それを横目にみて幼少期を懐かしみ、政治的天秤を使って親に決められた婚約者へ愛だの恋だのをささやく。そんなことで色事を分かった気になって、今日も私たちは健やかに学生生活を謳歌している。
「君が、ベアトリクス・ディ・ピッカレータか?」
私の目の前に現れたのは宰相を務めるレステンクール侯爵の次男、イヴァン・エル・レステンクール、今の学園のカースト最上位だ。生真面目な男で、この社会の醜悪さを体現したような学園で秩序を保とうと奮闘している。
その男が私に厳しい視線を浴びせて立っているのだ。
周囲の注目を一身に受ける。おもちゃを見つけたような無邪気で残酷な視線が絡みついた。
「婚約者が急にあんなことになったのだ。心中お察しする。俺に何かできることがあれば言ってくれ」
「……お心遣い、痛み入りますわ」
気遣いの言葉とは裏腹の厳しい視線。形だけの返事をして一礼をする。イヴァンは、それを見ても険しい顔を崩すことなく、そのまま立ち去っていった。少し離れたところで立ち止まり、彼の友人、ガルバノ伯爵家の次男と何やら深刻に話している。
「……なにあれ、こわぁ。ベティ、大丈夫?」
待ち合わせしていた友人、パオラがイヴァンを横目で見て肩をすくめる。
「えぇ、大丈夫」
「まったく、迷惑な噂よ」
パオラが憤慨したように地団太を踏んだ。
彼女は私がこんな状況になっても距離をとらずにいてくれる心強い友人である。
私の婚約者は半月ほど前に学生名簿から姿を消した。
それと同時に彼の家とも連絡が取れなくなった。典型的な夜逃げというやつだ。吹けば飛ぶような貧弱な資産しかない貴族のなかでは珍しいことではない。
私の婚約者は私以外の誰にも気づかれることなく学園から消え去るはずだったのだ。
しかし、たまたま娯楽に飢えた学生たちに見つかってしまったのだ。
――子爵家の娘が婚約者を殺した。
そんな根も葉もないうわさは無邪気な学生たちの手によってあっという間に公然の秘密になってしまった。
「あの子が、婚約者を?」
「婚約者だけじゃない、一族全員らしい」
「もう怖くって、お父様に話をしたわ」
「近衛騎士の兄が話を聞きたいと」
「ついに騎士団が動き出すらしい」
噂は尾ひれをつけて学園中を駆け巡る。
かくして目立たない女生徒だった私は瞬く間に学園のトップニュースに躍り出たのだ。大躍進である。笑えない。
「噂の出どころはまだわからないの」
昼食をとりながら、パオラが申し訳なさそうに言った。
彼女は情報収集が趣味で、学園内のどんな噂にも精通している。顔が広く、交友関係は高位貴族や商家にも人脈があるようだ。
私のことを心配してあれこれ調べてくれているのだが、噂の出どころなんて砂漠の中で小麦を探すようなものだろう。
「いいのよ、気にしないで。ほっておけばすぐ収まるわ。いつもありがとう」
私は人気のないベンチを探して一緒に昼食をとってくれている優しい友人に感謝を告げる。当の本人はなぜかまだ調べると鼻息荒く意気込み、サンドイッチを口に運んだ。
********
「またか……」
ずたずたに切り裂かれた教科書を拾い上げる。少し目を離しただけでこんなありさまにされるとは。
――たしか教科書は貸し出していたわね。
そう思い至り、図書館に向かう。
無策にうわさを否定しても火に油を注ぐだけだと耐えていたが、想定以上に噂の息が長い。
最近は陰湿な嫌がらせも始まっていた。
人を殺したと噂されている人間に嫌がらせをするというのもなかなかの度胸だと思うが、それはそれ。娯楽の対象とはそういうものだろう。
ただ、ものがなくなったり壊されたりするのは困る。
そろそろ対処しなくてはいけなくなっていた。
どうするかと考えながら図書館の案内に沿って奥へと進む。教科書を借りに来る学生などほとんどいないのだろう、置かれている本棚は閉架書庫の近くのようだった。
「……ないわね」
案内の通りの棚をみても目当ての教科書はない。もしかしたら閉架書庫に行ってしまっているのかもしれない、そう思って書庫のほうに向かった。
書庫に入る直前、なにか香ばしい香りがしてきた。少し気になってあたりを見渡す。窓もない本棚が並ぶだけの薄暗い室内。最奥に何か光が見えた。
光の近くまで歩いていくと、扉の隙間から漏れ出た光のようだ。
扉の前まで来ると香りが強くわかるようになった。以前、父が飲んでいた異国の飲み物の香りだ。
「コーヒー?」
そうつぶやくと、扉がゆっくりと開いた。中から黒髪の男子学生が顔をのぞかせる。歳は少し上くらい、上級生だろう。ぼさぼさだが手入れはされている黒髪の奥にすっと通った鼻筋と涼し気な青い瞳がのぞいている。
「きみ、これが何か知っているのか、ずいぶん博識だ」
目を嬉しそうに細めて中に入るように言う男。誘われるままに中にはいると、室内はカウンターキッチンとテーブル、ソファが置かれ、大量の本が所狭しと積み上げられている。カウンターキッチンには今入れているのであろうコーヒーがサイフォンの中でブクブクと音を立てている。
「ここは?」
「僕の城さ。で? 君は閉架書庫まで何しに来たんだ?」
「教科書を借りに」
そう答えると、男は少し首をかしげる。ウェーブのかかった黒髪が無造作に揺れた。
「君、本当に貴族かい? 教科書買ってないのか?」
いきなり失礼である。
「貴族かどうかはともかく、今手元にないので借りに来たのです」
「あぁ、いきなり不躾な質問だったかな、すまない。で、何の教科書かな」
不快感を表情で示しつつ答えると、男は形だけの謝罪を口にする。
「上級地理です」
「え? ……あぁ、申し訳ない! 僕が棚から持ってきてしまっていた」
男はいくつもある本の山から迷うことなく教科書を手に取るとこちらに差し出した。非礼の謝罪より心がこもっているのが少し腹立たしい。
「すまなかったね、上級地理なら次の授業だろう? 急げばまだ間に合うはずだ!」
私が受け取るや否や、そう言ってまくしたて追い出される。
「また来てくれ! コーヒーの話はその時に!」
男はそう言って愉快そうに笑い、扉の奥に消えていった。向こうはまた、と言ったが、もう二度と会うことはないだろう。かかわらないほうがいいと私の脳内で異変察知ブザーがけたたましく鳴り響いている。
*******
「婚約者を殺したと?」
久しぶりの父との会話、険しい顔でそう言われた。
「……えぇ」
この返答は認めたようになるな、と頭の片隅で思いながら微笑む。
「助力はいるか?」
「いいえ」
そう答えると、父はどんなことでも経験になる、と険しい顔のまま頷いた。
「一ヶ月、それまでになんとかしなさい。無理ならこちらで何とかする」
期限をつけられてしまった。
ため息が出そうになるのをこらえ、わかりましたとだけ答えた。それで一ヶ月ぶりの父との会話はそれで終わる。もう少し楽しい会話をしたかった気もするが、先月の会話でも笑った記憶がないので、この感情は気のせいだと思うことにする。
「おぉ、ビィ、久しぶりだな」
父の執務室を出ると、私を待っていたかのように兄のクラウディオが現れた。二年前に学園を卒業した兄はいま父の下について学んでいるところだ。
「お兄様。お元気そうで」
「そっちは大変そうだな」
「いえ、お兄様ほどではありませんわ。いろいろ大変みたいですね?」
手ぐすね引いて待っていたようなにやけ顔に少し腹が立って嫌味を混ぜて返すと兄が顔をゆがめる。しばらくお互い黙って顔を見合わせる。先に両手を上げて降参のポーズをしたのは兄だった。
「からかって悪かった! 心配なんだよ」
「ご心配には及びません……と言いたいところですが、困ってます」
「俺らの立場がなぁ。発言力がなさすぎる。……今いるのはレステンクール侯爵のとこのイヴァンだっけ?」
「えぇ、見張られていますわ」
「だよなぁ、ちらっと見かけたことあったが、頭硬そうだったからな」
そう言ってしばらくあぁでもないこうでもないとうなっていた兄が急に何かを思いついたようにこちらを見る。
「お前、図書館のカフェ、行ったことあるか?」
「カフェ?」
「閉架書庫の近くにあるんだよ」
兄の言葉にあの部屋を思い出す。
「……それなら先日行ったかもしれません」
「なら話が速い。あそこにいる男は学園では規格外だからな」
「規格外?」
「話をしに行ってみろ、気が向いたら助けてくれるだろうよ」
思わずいぶかしげな顔のまま頷いてしまったが、兄はそれでもかまわないようで満足げに父の執務室に入っていった。
********
「今度は何の教科書がないんだ?」
数日後、私は再びあの男のいる部屋に足を踏み入れていた。
男が目の前で先日と同じく楽しそうに笑っている。この男が誰なのかは調べたらすぐに分かった。アルフレッド・デ・ブランビッラ。ブランビッラ辺境伯家の長男だ。
規格外、なるほどその通りである。
ブランビッラ家は国の南西一帯を領地に持つ辺境伯家。
食糧庫と呼ばれるほど広大で肥沃な大地、この地でブランビッラ辺境伯は王により独自の自治を認められていた。
ブランビッラ辺境伯は王族と並び立つ権力を持ち、そのうえで国内の政治がらみの争いに参加することが一切ない家だった。
「教科書を借りに来たわけではありませんの」
私がそう言うと、アルフレッドは嬉しそうに何度もうなずく。
「僕も君と話がしたかったんだ。君が例の婚約者を殺したっていう令嬢なんだろう?」
不躾な物言いに顔が歪む。
辺境伯家の人間であるのは重々承知だが、貴族として最低限の礼儀くらいはわきまえてほしい。
「うん、とても地味。いかにも人を殺すという話がセンセーショナルになりそうな容姿だ」
前言撤回。人として最低限の礼儀くらいはわきまえてほしい。
「あぁ、失礼。名乗りがまだだったね、レディ。私はアルフレッドだ」
丁寧な一礼のわりに、アルフレッドは名前のみを名乗った。彼の警戒心を感じる。
だが、違う、そうじゃない。そこで急に恭しくなるな。さっきからこの男の言動に開いた口が塞がらない。本当に兄が言っていたような助けを彼から得られるのだろうか。
「ベアトリクス・ディ・ピッカレータと申します。……もうすでにご存じのようですが」
一抹の不安を抱えながら一礼し答えるとアルフレッドはにっこりと笑って頷く。
「あぁ、今の学園の最高にホットな話題が君さ。君と話したとあったら僕のクラスでの存在感もうなぎ上りだろうね」
「あなたはそんなことを気にする身分ではないと思っていましたが」
私がそう返すと、アルフレッドは一瞬目を丸くして、そのあと視線を鋭くした。口角だけを上げて不敵に笑う。
「……その返答は僕のこともある程度調べてきたってことかな?」
「えぇ、少し調べたらたくさん出てきましたわ。学園の謎を解く閉架書庫の探偵さん?」
同じように笑って返すと、アルフレッドはゆっくり頷いて、サイフォンから注いだコーヒーを私の前に差し出した。
「……君は、コーヒーの話をしに来たわけじゃなさそうだね」
「あら、異国ではコーヒーを飲むときは世間話をするのがマナーですわ」
だから、私の話を聞いてくださいな。そう続けて私はにっこりと笑った。
*******
「嵌められてるね」
ことの顛末をすべて聞いたアルフレッドはそう言ってお茶請けのクッキーを口の中に放り込んだ。
「嵌められているとは?」
なぜ話をしている途中で口に入れるのか。彼が咀嚼を終えるのを黙って待つ時間が発生している。アルフレッドは私が待っているのを分かっていながらゆったりと飲み込み、さらにコーヒーを一口。
「噂の広がり方がおかしい。貴族の階級がそのまま交友関係になっている学園なのに、こんなに全体に広がっているなんておかしいだろう」
確かに、今まで上位貴族の噂がこちらに回ってくることはないし、下位貴族の噂を上位貴族が口にすることを聞いたことなどない。
「そもそも、高位貴族と下位貴族、商家はそれぞれとれる授業が違うだろう? 顔も知らない人の噂をここまで持続できるほど学生たちは暇じゃない。誰かが燃料を投下し続けてる。この噂を持続させることで得をしている奴がいるんだ。心当たりは?」
「あったらもう動いてますわ」
私がそう言うと、アルフレッドは数度頷いて椅子から立ち上がる。
「よしそれなら、謎解きといこうではないか」
********
――まずは聞き込みだ。君の友人に話を聞きたい。
閉架書庫を出た私たちは、アルフレッドの言葉に従い、パオラを探していた。
アルフレッドはなぜか髪をわざとぼさぼさにセットしなおしさえない眼鏡をかけて影が薄い学生になりきっている。何をしているのか聞くと“君の真似だよ”と茶目っ気たっぷりの笑顔で言われた。腹立たしい。
「ベアトリクス・ディ・ピッカレータ」
急に名前を呼ばれた。振り向くとイヴァンがいた。気が付くと隣にいたはずのアルフレッドが消えている。
イヴァンは険しい顔はそのままに、目を少し泳がせたあと口を開く。
「……君はどうしてまだ学園に来ているのだ?」
――喧嘩を売られている。
脳内を試合開始のゴングが鳴り響くが、私の鉄壁の理性がゴングに手をかけた。
「それは……ご忠告ととらえてよろしいですか? 気づかぬうちに私は粗相をしたようですね」
高位貴族が下位貴族に対してその質問をするのは、どうとらえても『お前は邪魔だから、もうここにくるな』という意味である。
私でなければ返す言葉もなく、そのまま泣きながら家に帰り二度と学園に来ることはなかっただろう。
言外にそう伝えるとイヴァンは焦ったように首を振る。
「あ、いや、すまない。失言だ。撤回する」
「でしたら、どういう意味でしょうか」
「噂のことは聞き及んでいる。君みたいな立場はつらいことも多いだろう。噂が収まるまで休むのも手ではないかと思ったのだ」
「お気遣い痛み入りますわ。でも、しょせん噂です。私としてはそんなことより学ぶ機会のほうが大事ですわ」
「……そうか、出過ぎた真似をしたな」
イヴァンはそう言って申し訳なさそうに頭を下げる。
もともと接点などない相手に、わざわざそれだけを言いに来たようだ。よっぽどのお人よしか、それとも何か別の意図があるのか。
「なぜ、わざわざ伝えに来てくださったのですか?」
私が聞くと、イヴァンは少し考えるそぶりを見せる。
「僕の耳にも届くほどの噂だ。君はよっぽど苦労しているのではないかと思ってな」
しかし、いらない心配だったようだ。そう言って苦笑いをしたイヴァン。後ろから、彼を呼ぶ大きな声が響いた。振り向くと先日も一緒にいた彼の友人が走ってきている。
「イヴァン! お前、直接言いに行ったのかよ! やめろってそういうの!」
「ルイジ、来たのか。もう終わったぞ」
「はぁ!? あ、ごめんな! ピッカレータ嬢、こいつ学園来るなとか言ったかもしれないけど、なかったことにしていいからな!」
「それはもう撤回済みだ」
「そうか、それはよかったな!? もう行くぞ! ほんとマジですまん! 明日も来てくれな?」
「えぇ、もちろんですわ」
「よかった! 絶対だぞ!」
ルイジ・ガルバノはそう言い残すとイヴァンを引きずるようにして、立ち去った。
「嵐のようだったな。しかしありがたい」
後姿が見えなくなると、アルフレッドが隣に戻ってきていた。
「何か分かったことでも?」
「いいや、まったく」
昼食前にいつも待ち合わせているところにパオラはいた。私と一緒についてきた男に驚いていたが、事情を話すとすぐに何でも聞いて! と笑ってくれた。
「君の体感で噂はどれくらい広がってるのかわかるかい?」
アルフレッドにそう聞かれ、パオラは一瞬固まると、目を泳がせ始めた。言いにくいことがあるときはいつもこの顔になる。
「……学園中ってところかしら」
私が返事を待たずに答えると、パオラは苦い顔をして頷く。
「で、でも! 商家のほうはもう何の話かわからないような噂になっているからそろそろ落ち着くかも! 悪の令嬢が殺しに長けた奴隷を連れて夜な夜な人を殺して回ってるとかいう話になってるもの!」
慰めにもならない内容だが、パオラの必死の気遣いがうれしくて思わず、笑ってしまう。
「困らせてすまない。先ほどの彼らの一件を踏まえても、どれくらい広がっているのかをもう一度確認しておく必要があるようだと思ってね」
「彼ら? あ、もしかしてレステンクール家がらみ? また絡まれたの!?」
「あぁ、噂が落ち着くまで家にいた方がいいのではと言われていたよ。君はどう思う?」
「え? 意外と普通のこと言ってるのね。でも、それができたら苦労しないんだけどねぇ。さすが家庭教師が雇える人たちは言うことが違うわ」
パオラの答えを聞いて、アルフレッドは顎あたりを数回指で触れて、楽しそうに笑った。
「最近、彼女の噂以外で何か気になるものはあったかい?」
「少し前に美術品がなくなったーって噂はあったけど、今はベティの噂で持ち切りね。噂好きはみんな学生名簿からほかに消えた学生はいないかってしらみつぶしに探しているわ」
パオラは優しく噂好き、と呼ぶが、彼らは火種でも何でもないものを大火にする達人である。彼らのネタの大半は学園内で共有されるありとあらゆるリストから生まれていた。今回の一件もそれが原因だ。
そこまで聞くとアルフレッドは満足げにうなずいた。
「ありがとう。参考になったよ」
「え? はい、どういたしまして?」
パオラがこれでよかったのかと首をかしげているが、アルフレッドはそれを気にすることなく踵を返し、歩いていく。
私もパオラに礼を言って、アルフレッドを追いかけた。
「どこに行くの?」
問いかけると、アルフレッドはにやにやと気持ち悪い笑顔でこちらを向いた。
「ベアトリクス嬢。今日はここまでだ」
「え?」
「明日、君をはめた人間は必ず君に会いに来る。その時に問いただそうではないか」
アルフレッドは気持ち悪い笑顔はそのままに、調べることがあると言って駆け足でどこかに行ってしまった。
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翌日、人の少ない中庭で一人昼食を取っていた私のもとに、そいつは現れた。
「ピッカレータ嬢、よかった。心配だったんだ」
「……えぇ、もちろん。昨日も申し上げましたが、私は噂よりも学ぶ機会を大事にしていきたいのです」
そう言いながら顔を上げると、胡散臭い視線とかち合った。
「そうか、君は強いね」
胡散臭い笑顔で胡散臭い言葉を吐く男。何か言葉を返してやろうと思ったが、後ろから人の気配がして、私は余計な言葉を吐き出さずに済んだ。
「彼女は、小心者の君には一生かないっこない女性さ。ルイジ・ディ・ガルバノくん」
私の後ろには昨日の地味な学生と同一人物だとは思えない辺境伯家の嫡男然としたアルフレッドが立っていた。こうしてみると本当に顔が良い。
「……ブランビッラ辺境伯の」
「直接挨拶するの初めてかな? まぁ、そんなことはどうでもいい。僕が聞きたいのは一つ。彼女の婚約者殺害の噂の出どころは君だね?」
「え? は?」
ルイジは困惑した様子で顔をしかめている。アルフレッドはそれを見てニコニコと嬉しそうに笑う。
「商家のクラスは噂が変化し始めているから、噂の出どころは商家ではないね。となると高位貴族か下位貴族か。怪しいのは噂が出始めたとたん接触を図り始めたイヴァン・エル・レステンクール。彼の周りだ。彼は基本的に誠実な人物だからね。殺人の噂なんて聞いたら真偽を確認するために動くだろう。」
アルフレッドはルイジを指さす。
「そしてそれは噂を加速させる。君はそれが狙いだったんだろう?」
「何を根拠に……」
「そうよ、それって誰でも狙えることじゃない? なぜガルバノだって?」
うろたえるルイジ。私は気になることを口にすると、アルフレッドは大きくうなずいて話を続ける。
「ガルバノは休めって言いに来たレステンクールを止めに来ただろう。体面を気にする貴族なら噂が広がった時点で学園を休むのはおかしな話じゃない。学園は絶対通わなくてはいけないものって考えでもないしな。むしろ高位貴族のほうがそう考える奴は多い」
「……俺が止めに来たから、変だと?」
「あぁ、君は何か噂好きの目を逸らしたいことがあるんだろ? 例えば遺失物届リストとか」
ルイジの顔色が変わる。遺失物届。学園からなくなったもののリストだ。
「いやぁ、君。何をやったんだい? 教授の部屋からずいぶん大量の薬品がなくなってるね」
「……なにを」
ルイジの顔色は顔面蒼白を通り越して土気色にも見える。その顔を見てアルフレッドは興味を失ったように視線をそらした。
「まぁ、いいや。あとは君の後ろにいる友人に聞いてもらうと良い」
ルイジが振り向く。後ろには騎士団を携えたイヴァンが立っていた。
「一言言わせてもらえば、残念だ」
イヴァンの言葉を皮切りに騎士団がルイジを拘束する。ルイジは力なく崩れ落ちなすすべもなく連行されていった。
「ブランビッラ殿、協力感謝いたします」
彼の後姿を見送ったイヴァンはアルフレッドに向き直るとそう言って頭を下げた。
「そんなかしこまらなくていいさ。今回は面白いうわさだったからね。たまたま出会った彼女に話を聞かせてもらっていたのさ」
「ピッカレータ嬢も巻き込んですまなかった」
「……いえ、お気になさらず」
私は少しうつむいて答える。アルフレッドは察したのか、私をかばう形でイヴァンとの間に入った。
「今回は僕が無理を言って彼女に助力を頼んだんだ。彼女が関わったことは他言無用で頼むよ」
アルフレッドの言葉にイヴァンは不思議そうな顔をしたがすぐに深くうなずき了承の意を示した。
********
「やぁ、ベアトリクス嬢。いい朝だね」
それから数日後。私はまた閉架書庫に来ていた。昨日と同じように髪も整えて、制服を着崩すことなく着ていた。ぼーっと見ていたら、見惚れるなよと笑われた。
「……お礼を言いに来ましたの。助かりましたわ」
この件を私一人で解決はできなかっただろう。
そう言うと、アルフレッドは目を丸くして、そのあと微笑んだ。
「面白い謎だった。また頼むよ。……それとも」
そしていたずらっぽく笑う。
「こういった方がいいかな。王女殿下にお褒めいただき光栄の至り」
――やはりバレていたか。
私もバレているとは思っていたからここでの言葉遣いはかなり雑であったが。
「いつから?」
そう聞くとアルフレッドは最初に会った時からと答えた。思ったよりも早い。
「君、教科書借りに来ただろう。上級地理を子爵クラスの子は受けられない」
私の迂闊さでバレたようだった。一人ひとり個別に時間割を作っている学園で、階級別で取れない授業に意識を向けたことがなかった。
「王族は城で教育を受けているって勝手にみんな思い込んでいるけれど、本当は適当な身分をでっちあげて通っている。君のその地味な見た目はあえての変装ってわけだ。目立たないようにしているんだろう?」
「……えぇ」
眼鏡と髪を指さしたアルフレッドはやはり王族を相手にしていると最初からわかっていた態度ではない。
「婚約者も最初から名前だけかな」
「よくわかるわね。そうよ」
入学して最初の頃は、家同士どことの関係が強いのか探り合いの会話が多い。名簿の中に実在しない貴族家とその息子の名前を書き足して置き、最初のうちはそれを使うのだ。いらなくなったころに名簿から消し、夜逃げしたことにして卒業まで乗り切る。身分を隠し、下級貴族のふりをして、外の視点から、ともに未来を描くことのできる優秀な人間を探す。これが王、わが父の教育方針だった。
「君のお兄さんは立ち回りが下手くそだったからね。上級生は気が付かないふりをする技術だけが上がっていたようだね」
「……お兄様はそれで今大変苦労されてますので」
「それは、それは、心中お察しする」
そう言ったアルフレッドは至極楽しそうに指先でカップの淵をもてあそんでいる。
「あと、もう1つ。君に伝えておかないといけないことがある」
「なにかしら?」
「このコーヒーだけどね。僕の父から君の父上に献上したものなんだ」
「……友人からもらったと聞いていたわ」
アルフレッドは小さくうなずき、学友らしいよ、と続けた。
「で、君の父上から伝言、『アルフレッド・デ・ブランビッラとの婚約はどうだ?』と」
「……はぁ?」
「君、失礼な奴って言われないかい?」
一番言われたくない人間に言われた。しかし、意味が分からない……わけではない。辺境伯、しかもこの国の食糧の要となる土地の嫡男と王女の婚約。
妥当である。
「あ、納得したね」
そう指摘され顔に出ていたことを悟る。
「あなたはどうなのよ」
ふてくされながらも、そう返すとアルフレッドは何でもないことのように、大歓迎だと笑った。
「だって、君きっとこれからもいろんな謎に巻き込まれるはずだ。王女なんて策略と計略と謀略にまみれた人生だろう?」
君は謎の星のもとに生まれている。そう意味の分からないことを言って彼は私の足元にひざまずく。
「君が巻き込まれるあらゆる謎を僕が解く、これこそ究極の婚約関係じゃないか?」
意味が分からない。本当に、意味が分からない。しかし、顔が良い。
「ごまかされないわよ」
「あぁ、こんな簡単に事が進むのはつまらない。まずはお試しといこう。僕はあと二年で卒業だ。それまではお試し期間。君が困ったら僕のところにおいで。僕が君の謎をすべて解いてあげる」
上目遣いで見つめられ、言葉に詰まる。ちくしょう、顔が良い。
「ダメかい?」
そう畳みかけられ、思わず頷いてしまった。ちょろい自分が嫌だ。
アルフレッドは青い瞳を輝かせて、私の手をぎゅっと握る。
次に、私の顔をまっすぐ見て、にっこりではなく悪だくみが成功した少年のような笑顔を向けた。
「これからよろしくね。僕のかわいい未来の婚約者様」
――今、婚約者じゃなくて助手って言ったなこいつ。
決断を早まったことをもうすでに後悔しているが、それと同時に彼のそばに入れることを少なからず楽しみにしている自分がいる。
彼の突拍子もない発言や行動が楽しかったのは紛れもない私の気持ちなのだ。
読んでいただきありがとうございました。
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