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これは、恩返しの婚約だった。

作者: 夏月 海桜
掲載日:2026/02/14

バレンタインデーなので、ちょっと甘い恋愛もの(夏月比)

「いいかげんに、彼を解放してよっ!」


 ターコイズ色の目は怒りを露わにしている。でも、多分彼が好きな色だと思う。気づくと空を見上げているから。そして微かに笑みを浮かべるから。


「解放して、と仰られましても、この婚約は彼の家からの提案なのです。私からは何も言えません」


 嘘。

 きっと私が婚約解消を提案すれば受け入れられる。

 でも、私は彼の微かな笑みを隣でいつも見たいって思うくらいには、彼が好きだから、言えない。

 でも、この婚約は。


「そんなことは知っているわよ! でも、あなたが婚約解消を提案すれば受け入れられるに決まっているじゃない! だってこの婚約は、恩返しの婚約なんだからっ!」


 そう。

 この婚約は、恩返しの婚約。



***



 貧乏だとはっきり言い切れるほど、お金の無い男爵家の一人娘である、私はフォルテ。茶色の髪に黒い目の周囲に人が居れば埋もれてしまうような目立たない容姿。ちょっと癖っ毛で雀斑が気になっている。

 両親はのんびりしているけれど愛情をかけてもらっているし、王城の下っ端文官の父の収入だけだと男爵家の対面がちょっと守れなくて、売れる物は少しずつ売り、堅実に貯めつつ、母と私も働きに出てる。

 お茶会? 夜会? 年に一回かそこら。貧乏だと嘲笑う当主や夫人も居るが、母と私に仕事を回してくれる当主や夫人も居る。だから年に一回程度でも母も私も出席する。


 嘲笑う貴族は挨拶のみ。仕事を回してくれる貴族には感謝して最優先で仕事をこなす。母は刺繍の腕前を活かした針子仕事。私は通いのメイド仕事。メイド仕事を選んだのには訳がある。

 母の作るご飯はあまり美味しくない。作ってもらっていたから文句は言わないけれど、野菜炒めが生野菜のサラダみたいになって出てくる辺り、上手では無いのだと思う。でも有り難く食べるけど。

 母の刺繍の腕前は本当に凄いから、ご飯があまり美味しくなくても、洗濯物が皺になって干されていても、全然構わない。お金大事。掃除は上手な母だから、私がご飯を作って洗濯が出来るようになれば良いのでは? と考えて、母に仕事を回してくれる貴族夫人にメイドを雇ってくれる家を紹介してもらい、通いでメイドをしている。

 十二歳から始めて三年と半年ほど。

 ご飯。洗濯。掃除。一通りこなせるようになり、メイド長からもこの前褒めてもらった。そんな生活を送っている私。


 そんな私のスキルはちょっと稀なもの、と神官様から聞いた。

 この国に限らず、どこの国でも人にはスキルというものが授けられる。母の刺繍の腕前もそのスキルによるもの。父のスキルは書類仕事に役立つもの。他にも料理人とか音楽家とか法律に詳しい人とか暗記が得意な人とか計算が得意な人とか病気一つしない身体とか怪我しない身体とか色々、らしい。


 そんな中で偶に稀なものがある。

 薬草に詳しい薬師とか。どんな小さな音でも聞き分けられるとか。私のスキルは神官様でも詳しくは分からない稀なものらしくて、一度だけ人を救けられる、というもの。発動条件とか誰に対して使えるとかいつどこで使えるとか、全然分からない。神官様はその時が来るかどうかも分からないし、来たとしたら発動しているだろうって仰っていたから、勝手に両親のどちらかに危機が訪れたら発動するのだろうなって思っている。


 そんなある日のこと。


 いつものようにメイド仕事を終えて家に帰る途中だった。


「暴れ馬だっ」


 誰かの叫び声が聞こえて振り返ると、馬が少し先で鼻息荒く走っているのが見えた。避けなくちゃ。そう思ったけれど身体は素早く動かない。


「こっちだ!」


 誰かに腕を引っ張られた。

 と、同時。


「うわぁ、駄目だっ」


 同じ声に突き飛ばされた。

 えっ、と思いその人を見る。

 私と同じくらいの年齢の男の子が私を突き飛ばして馬に蹴飛ばされるのを見てしまった。

 嘘っ

 私は、そう声に出したのか分からないけど、夢中で彼の方に走り出す。馬は既に去って行って、周囲の人たちが彼を取り囲む。

 彼は起き上がらない。

 額から流れ出る血。

 顔は青褪めていて、いえ白くなっている?

 顔や手を触ると温もりが少しずつ消えていく。


「ね、ねぇ、ねぇあなた! だい、大丈夫なの?」


 それが私の声だなんて分からないような悲鳴じみた叫び声が聞こえてきて。


 も、もしかして、死んじゃう? 死んじゃうの?


 だ、ダメっ

 死んじゃダメっ


 その瞬間、私の全身が光った、と後から人々に聞いた。その光が私を馬から庇ってくれた彼に降り注ぐと同時に、彼の顔色は赤らみ身体は温もりが強くなり、額の血が消えて。彼は目を覚ました。


「あれ? 生きてた。死んだかと思ったんだけど」


 のんびりとした彼の口調が緊迫した空気を一気に緩ませる。


「あ、あなた、大丈夫、なの?」


 よく分からないけど、彼は助かったらしいけれど、取り敢えず尋ねると彼はうん、と頷き私を見て。ニコリと笑った。


「君こそ、大丈夫かい? 怪我は無い?」


 私を庇って死にそうな大怪我をした人は、私に呑気に問いかけた。


 その笑顔にときめいて一目惚れした、とか。

 慌てて助けてくれたお礼を言ったけれど、私を庇って自分が死にそうになるなんて、とちょっと説教もしてしまった、とか。

 色々あったけれど。

 前に私のスキルについて相談に乗ってくれた神官様が暴れ馬と聞いて怪我人が居ないか確認に現れて、彼の話をしたら。


「ああ、じゃあフォルテちゃんを命がけで守った彼をフォルテちゃんが助けたいって思ったから君のスキルが発動したんだね。でも一回限りみたいで、フォルテちゃんのスキルはもう無いよ」


 と仰った。

 なるほど。それが発動条件なのか。でも、発動出来て良かった、とか。そういうアレコレがあって。

 暴れ馬の事件の後処理とかした神官様が、その場に居た人たちの気持ちを落ち着かせるために神殿に少し待機するように仰ったので、神殿に赴き何となく助けてくれた……助けた? 彼と雑談を話して仲良くなった、とか。

 本当に色々あって。

 後日。


 彼の家、王都でも最近台頭してきたと言われている商会から、彼を助けてくれたお礼に、婚約しないかと打診された。


 一目惚れしたし、笑顔素敵だし、話をしていても好ましく思ったけれど、貧乏男爵家の一人娘と、有名になりつつある商会の次男では、釣り合いが取れない。身分としては我が家が上だけど、実態は彼の家の方が上だし、私と婚約しても彼の家には何のメリットも見出せないことからお断りした。


 でもお礼がしたいって言われたから、じゃあ働き先を紹介して欲しいと父がお願いした。彼の父親が理由を聞いたので父があっさりと口にした。


「見ての通り我が家は貧乏です。私の下っ端文官のお金だけでは体裁は取り繕えません。妻の刺繍の腕は素晴らしいと評判で得意先もあります。その稼ぎでも足りず、娘のフォルテにも通いのメイドで働きに出てもらっております。妻子を養えず働きに出すような私ですが、妻も娘も見捨てることなく甲斐性の無い私を支えてくれます。だから、文官を辞めて金払いの良いところで働こうかと思うのです」


 父がそこまで考えていたなんて思わなくて驚く。いや、文官辞めたら爵位返上しなくちゃじゃない。一応何代か続く男爵家なんだから爵位返上はまずいでしょう、と私と母で父を説得してしまったくらい驚いた。

 それを見ていた彼の父親の商会長さんは正直過ぎると豪快に笑って彼を婿入りさせるから、彼のための支援として金を出す、と。


「いやいや、それはダメです。支援金なんてもらってその金に慣れるのが怖い。堕落しそうです。それに彼を金で売買したような気になってしまう。彼は物では無いですし、あなたの大切な息子さんでしょうに。我が家に婿入りさせずとも良い婿入り先もあるでしょう。彼の気持ちもあるわけですし」


 なんて人としては真っ当な発言なのに全く貴族らしくない父の話が彼の父親は気に入ったらしく、彼自身も拒否する気はないということから押し切られてしまって、恩返しの婚約が成立してしまった。




***




 それから、というもの。彼の家からの支援金は全く手に付けず、父は金庫に保管して相変わらずな生活の私たち。

 のはずだったけれど。

 彼と手紙を書くとか互いの家に行って婚約者として交流する日常が、新たに加わった。


「フォルテ。君のご両親も君も本当に頑固だねぇ。あのお金は僕の婿入りのための金なんだから使っていいのに」


「いやいや、トーンのためのお金であって、我が家のお金じゃないからねっ」


 とは、婚約した時から今日までの三ヶ月間、彼と、トーンと会うたびにやり取りされる会話。

 トーンはやや呆れ気味。でも、我が家のお金じゃなくてトーンのお金だから、と両親も私も思ってる。呆れ気味だけど、トーンは笑って見守ってくれる。

 なんだかんだで、こんなやり取りが私は好きで穏やかな気持ちになれる。


 仮令、恩返しの婚約でも。

 だからずっと続くと良いなって。


 そう思っていた。この日までは。


「いいかげんに、彼を解放してよっ!」


 ターコイズ色の目は怒りを露わにしている。でも、多分彼が好きな色だと思う。気づくと空を見上げているから。そして微かに笑みを浮かべるから。


「解放して、と仰いましても、この婚約は彼の家からの提案なのです。私からは何も言えません」


 嘘。

 きっと私が婚約解消を提案すれば受け入れられる。

 でも、私は彼の微かな笑みを隣でいつも見たいって思うくらいには、彼が好きだから、言えない。

 でも、この婚約は。


「そんなことは知っているわよ! でも、あなたが婚約解消を提案すれば受け入れられるに決まっているじゃない! だってこの婚約は、恩返しの婚約なんだからっ!」


 そう。

 この婚約は、恩返しの婚約。


 目の前のこの少女は、彼、トーンの幼馴染。彼は十六歳。幼馴染の少女・アンダンテは私と同じ十五歳。アンダンテはトーンと物心付いた時からずっと一緒だったらしくて、本当かどうか知らないけれど、結婚の約束もしていた、らしい。


 だから。彼を解放しろって言える権利がある、そう思っているのだと思う。


 私への恩返しのための婚約だから、私が婚約を解消したいって言えば、簡単に婚約解消が出来るはず。


 だけど。

 彼に一目惚れして、婚約者として交流して彼を知っていくたびに好きが心に積もっていくのに。

 解消したい、なんて言えない。

 優しいところもちょっと意地悪いところも商人の子として育ってきたからか人を見る目が厳しいところも好きだって思うのに。


 でも。

 優しいピンクの髪にターコイズ色の目をした目の前の少女のことを、トーンはきっと大切にしている。もしかしたら本当は好きなのかもしれない。


 だって彼はこの目の色をした空を見ていつも微笑んでいるから。


 同じ目の色の彼女を思い出しているんじゃないかって思うから。


「婚約を解消は……したくない、です。私はトーンが好きですから。でも、彼を縛り付けるのなら、この婚約は無い方がいいと思ってます。彼と話し合うので、一旦帰ってください」


「帰らないわっ。あんたが婚約解消するって言うまで絶対に、帰らないっ! 確かにトーンを助けたことは感謝してあげる! でも、彼のことは私の方が好きなんだからっ。あんたみたいなちょっとの付き合いのやつより私の方がずっとずっと!」


 アンダンテが時間の長さで想いの強さを口にするけれど。


「確かに時間は短いです。でも。彼を好きな気持ちに長さは関係ないし、誰も気持ちを比べられません。兎に角、婚約解消は話し合いますから帰ってください」


 我が家に急に訪れて言いたい放題のアンダンテに、帰るよう説得する。今日は婚約者としてトーンと会う交流日では無かったから、彼が来ることは無い、そう思っていたのに。


 喚くアンダンテの後ろから日焼けした小麦色の肌に人懐こい笑みを浮かべた麦わら色の髪と夏の暑い日にも負けない葉っぱを思わせる緑色の目をしたトーンがやって来た。


「トーン」


 なんで? 今日は交流日じゃないのに。


「トーンっ。私に会いたくて来たの?」


 私の声に振り向くアンダンテがキャアと叫んで、そんなことを口にする。

 トーンは眉間に皺を寄せて首を緩く横に振った。


「この家に来ているんだからアンダンテじゃなくてフォルテに会いたいに決まっているでしょう。ここ、フォルテの家だよ。今日は交流日では無い。でもアンダンテがフォルテの家に押し掛けに行ったって聞いたから慌てて来たんだ。フォルテに何を言ったのか知りたくて様子を見ていたけど」


 トーンは溜め息をついて、私に笑みを見せてからアンダンテにもう一度厳しい顔を見せて告げる。


「僕はアンダンテと結婚する気は無いよ。小さい頃に結婚の約束をしたことがあったとしても、今は無い。君はうちの商会の商品を安く手に入れたり、散財したり、そういうことしか考えてないからね。嫌だよ」


 沈黙が下りる。

 えっ、アンダンテってそういう人なんだ。


「なっ。商品を安く手にしたいって当たり前じゃないの! お金は有る方がいいし、使ってこそお金よ。この女だって、トーンの家のお金を使いたい放題でしょっ」


「そう見える?」


 アンダンテが顔を真っ赤にしてトーンに食ってかかるけど、冷静にトーンが一言だけ言い返す。

 アンダンテは「見え……ないわ」と、さっきまでの勢いは消えて私を見て小さな声で否定する。


 なんかアンダンテから残念なものを見るような顔をされてる。


 いや、でも、我が家のお金じゃなくてトーンのお金だし。我が家のお金で買ったワンピースの何がダメなの……。このワンピース気に入ってるのに。


「そうだろう? 僕は、フォルテとその両親のそんなところが好きさ。支援金を渡しても一切手を付けないし、支援金は金庫に入れてあるって言って金庫の鍵を僕に預けちゃうような、そんな誠実でお人好しな一家がね。君とは違うだろう? 最初は、命の恩人だからという気持ちで婚約したけどね。今は、お人好しで真面目でおっちょこちょいなフォルテが大好きだから、婚約は解消しないよ。フォルテも僕のことが好きだって言ってたし。僕のことを金としか見てないアンダンテとは結婚しない」


 トーンにキッパリ言い切られたアンダンテは、なによぉ、と捨て台詞を叫んで去って行った。


 えっ

 あれ

 トーンが私を好き?

 あれ

 私もトーンが好きって聞いてた?

 あれ?


「フォルテと両思いで嬉しいよ」


 ニコニコと笑ったトーンに、頬や耳が急激に熱くなる。雀斑顔の私なのに、平凡な私なのに、い、いいのかな。


「フォルテ? 好きだよ。君は?」


 両思いで嬉しいって言ったくせに、意地悪く笑って好きと言わせようとしてくるトーン。

 その笑みさえ好きな私は、顔を隠しながら「好き」と小さく告げた。


 クスクス笑うトーンを軽く睨みながら、取り敢えず家の中に案内する。


 また、不意にトーンが空を見上げて幸せそうに笑うから、私は尋ねた。だって、ターコイズ色の彼女を思い出しているわけじゃないって分かったから。


「うん? もう死ぬって思っていたのに、暖かい光に包まれてその後目を開けたら今日みたいな空が広がってて、そして少ししたら僕の大好きなチョコレートみたいな色をした髪と真っ直ぐで綺麗な目の女の子が、涙目になって僕の側にいたからね。あの時から僕の幸せは、始まったって思って見上げるのさ」



(了)

お読みいただきまして、ありがとうございました。


今回はちょっと恋愛ものっぽくなったかな……。

なっている……はず、多分。

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