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第2話「転生者リスト作成」

桜井美咲は、放課後や休み時間になると、机に座ったまま、あるいは何気ないふりをして廊下に立ち、クラスメイトたちを眺めるようになっていた。

まるで自分が教室の中で唯一の「傍観者」であり、舞台に立つ役者たちを客席から見つめているような感覚。

談笑する声、机を引く音、部活へと駆け出す足音――そのすべてが、彼女にはどこか異質な響きを帯びて感じられる。

ほんの一瞬の言葉遣い、笑顔の作り方、歩くときの仕草。そうした些細な断片が、美咲の意識に吸い寄せられるように刻まれていく。

(私は……観察者。

 彼らがどんな秘密を隠しているのか、見逃さないために)

机の下でペンを握り、表面上は何気なくノートに走らせながら、美咲はクラスメイトたちの「日常」を細かく切り取っていった。

それは、彼女にとってただの勉強の記録ではなく――新たな謎を暴くための調査日誌だった。

授業中、美咲の視線は教科書よりもむしろクラスメイトたちに向いていた。

国語の時間。

先生の問いかけに、佐藤陽向が手を挙げる。彼は淡々と答えるだけかと思えば、解答の枠を飛び越え、なぜか当時の時代背景や文化まで滑らかに語り出した。

その流暢さは、まるで実際にその時代を見聞きしてきた者のよう。

教室の一角がざわつく中、美咲はノートにさらりと記す。

――【佐藤陽向:知識過剰。転生者の可能性=高】

次は数学の時間。

問題を解くスピードの速さなら他にもいる。けれど、中村拓海の答え方は異様だった。

ただ正答を出すのではなく、論理の飛躍を一切許さず、冷静に、理路整然と、機械のように手順を組み上げていく。

その様子に、美咲は背筋に小さな寒気を覚える。

――【中村拓海:論理性が過剰。感情の揺らぎが薄い。転生者の可能性=中】

チョークが黒板を擦る音の裏で、美咲のノートには「観察者」としての記録が少しずつ積み重ねられていった。

昼休み。

教室のざわめきは、箸が弁当箱を叩く軽快な音と、笑い声で満ちていた。だが、美咲の耳は、その雑多な音の中から「違和感」を探り当てるように研ぎ澄まされていた。

「……まことにけしからん、とは思わぬか?」

伊藤沙耶が、友達と雑談をしている最中に口走ったその言葉に、美咲のペンがぴたりと止まる。

言い回しが古すぎる。まるで時代劇の台詞だ。周囲の友達がクスクス笑って流しているのを見て、沙耶本人も「えへへ」とごまかしているが――彼女にとっては自然な言葉なのかもしれない。

――【伊藤沙耶:言葉遣いが時代錯誤。転生者の可能性=中】

別の机では、加藤悠真が友人とカードゲームの戦略を語り合っていた。

しかしその内容は、戦術理論や駆け引きに妙に詳しく、しかも例え話に「戦国時代の兵站」や「冷戦下の情報戦」を持ち出してくる。

普通の高校生がそんな話題を日常会話に混ぜるだろうか。

――【加藤悠真:妙に大人びた話題。知識の幅が常人離れ。転生者の可能性=低〜中】

笑い声に混じる違和感の断片を、美咲はひとつも聞き逃さない。

「友達との何気ない雑談」さえも、転生者を見抜くための貴重な手がかりになるのだから。

放課後。

夕陽に照らされたグラウンドは、オレンジ色の光に包まれていた。運動部の掛け声が響き渡る中、美咲は校舎脇のフェンスに寄りかかりながら、何気ない顔をして練習を見守っていた。

サッカー部の試合形式の練習。

その中で、ひときわ目を引く動きをしていたのは――中村拓海だった。

ボールを奪われかけた瞬間の反射。

相手が蹴り出す軌道を先読みしているかのように、完璧なタイミングで足を伸ばす。

まるで未来が見えているかのような動き。

「……速すぎる」

美咲は思わず息をのむ。

ただ俊足というだけじゃない。動作ひとつひとつに無駄がなく、身体が戦いのために洗練されているような印象さえあった。

高校生が日々の練習だけで到達できるレベルではない――少なくとも、美咲にはそう見えた。

フェンス越しに見守る彼の姿を、ノートの片隅に書き留める。

――【中村拓海:異常な身体能力。反射神経=突出。転生者の可能性=高】

そして同時に胸の奥に湧き上がる感覚。

(……もし彼が転生者なら。私と同じように、何かを背負ってここにいる?)

グラウンドを駆け抜ける拓海の背中は、どこかこの世界に馴染んでいない異物のように映った。

美咲の指先は、制服のポケットに忍ばせた小さなメモ帳をそっと探り当てる。

授業中でも、休み時間でも、放課後の校庭でも――気になった瞬間を逃さないように。

カチリ、とシャープペンのノック音。

彼女の視線は周囲に悟られないよう、自然を装いながらも鋭くクラスメイトを追っていた。

「……佐藤陽向。歴史知識、異様に詳しい」

「……伊藤沙耶。言葉遣い、古めかしい」

「……中村拓海。身体能力、突出」

心の中でつぶやきながら、メモ帳に短く符号のように書き込んでいく。文字は走り書きで、他人が見ればただの殴り書きにしか見えないだろう。だが美咲にとっては、すべてが重要な「証拠」だった。

(これは……ただの勘じゃない。違和感は確かに、ここにある)

記録するたびに、胸の奥で冷たい緊張と熱い鼓動がせめぎ合う。

このノートが完成したとき、自分が直面するのは「真実」なのか、それとも「さらなる疑心」なのか。

ペン先を止めた瞬間、ふと感じる。

――この小さなメモ帳が、これからの自分の運命を変えていくかもしれない。

美咲は机に肘をつき、ポケットから取り出したメモ帳を開いた。

ページの隅には走り書きの名前や観察結果が並んでいる。だが、ただ記録するだけでは意味がない。必要なのは――そこから共通する「特徴」を抜き出すこと。

(転生者って……どんな存在だった? 私自身を思い返せば、分かるはず)

深呼吸して、ペン先を紙に走らせる。

「一、知識の異常な深さ」

小さく声に出して、項目を書き込む。

(歴史や文化に……普通の高校生なら絶対に触れない細部まで詳しい。あれは、前世の記憶を引きずっている証拠)

思い出すのは、自分がうっかり口にしてしまった“古いことわざ”や、授業中に浮かんでしまった時代背景の細部。

転生者であるがゆえの知識の片鱗。それは、隠してもどこかで滲み出てしまうものだった。

彼女は項目の横に小さなチェックマークを入れた。

(もしも、あの時の私と同じように……周りから浮くほどの知識を自然に語れる人がいたなら……その人は――)

ノートの上の文字が、不穏な光を帯びて見える。



「言葉遣いのズレ」

美咲はペンを動かしながら、頭の中に浮かんだ違和感の記憶を追う。

(普通の高校生なら絶対に使わないような表現……あるいは、妙に古風な言い回し)

思い出すのは、休み時間。伊藤沙耶が友人に向かって言った一言――

『それは、まことに由々しき事態ですわね』

(……いやいや、“由々しき事態”なんて、今どきのJKは使わないでしょう)

心の中でツッコミながらも、その瞬間に背筋が冷たくなった。

それは単なる趣味やキャラづけではなく、前世の言葉遣いが自然と染み出してきたような……そんな気配だったからだ。

メモ帳の項目に「古風/時代錯誤」と書き足しながら、美咲は自分の唇を噛む。

(気を抜けば、私だって同じ。うっかり前世の癖が出てしまうことがある……だからこそ見逃せない)

ノートの文字がまた一段と重みを増すように見えた。


「感情の偏り」

美咲は記憶を辿りながら、そっと鉛筆を走らせた。

(感情表現のバランスが崩れている人……これは特に分かりやすい)

思い出すのは、昨日の昼休み。

クラスメイトの男子がちょっとした冗談で失敗した時、山本涼子が――

「……そ、そんなのっ! ありえませんわっ!」

目を見開き、顔を真っ赤にして声を荒げた。まるで世界の終わりを告げられたかのように。

(いやいや、ただお弁当のフタを落としただけでしょう……?)

逆に、その隣にいた斎藤健は、誰がどう見ても深刻な話題――文化祭の予算削減について――を聞かされても、まるで他人事のように薄い笑みを浮かべただけだった。

(普通ならもっと動揺したり、意見したりするはずなのに……まるで心が遠くにあるみたいだった)

「過剰すぎる反応」「無関心すぎる態度」

両極端な姿を目にした瞬間、美咲は強く確信した。

(これも“転生者”の特徴のひとつ……。私と同じで、感情の基準が前世に引っ張られてるんだ)

ノートに項目を書き込む音が、静かな教室に小さく響いた。



「身体能力の突出」

美咲は昨日の放課後を思い出した。

運動部の練習を眺めていた時、誰よりも強烈に目に焼き付いた人物がいる。

――中村拓海。

サッカー部のエース。

グラウンドで彼がボールを受け取った瞬間、空気が変わった。

「っ、はやっ……!」

鋭いドリブル。相手の足が伸びるより一瞬早く、身体をひらりと捻りかわす。

反射神経が“高校生レベル”を遥かに逸脱していた。

そして練習が終わった後も、誰よりも息が上がっていない。汗すら、涼しい顔のまま。

(あれは……ただの運動神経じゃない。もっと根源的な“経験”がある動きだ)

美咲の脳裏に浮かんだのは、前世で目にした武人の姿。

戦場で鍛えられたような足捌き、攻防の間合いを本能的に読む反射――。

「……これ、間違いない」

美咲はメモ帳に静かに書き記す。

【中村拓海――疑い度:高】

黒く塗られた文字が、彼女の胸に重く沈んでいった。



「トリガー反応」

美咲はある日の昼休みを思い出した。

クラスの何気ない雑談の中で、歴史好きの男子が口にした言葉。

「関ヶ原の戦いってさ、結局は東軍の勝ち馬に乗った連中が――」

その瞬間。

向かいに座っていた伊藤沙耶が、ピタリと箸を止めた。

「……え?」

誰も気に留めないが、美咲の目にははっきり映った。

ほんの数秒、沙耶の瞳が揺れ、呼吸が乱れた。

そして慌てて笑みを作り、誤魔化すように話題を逸らした。

(今の反応……偶然じゃない)

普通の高校生なら、歴史の雑談であそこまで顔を強張らせたりはしない。

まるで“自分がその場にいた”ことを思い出したような――。

「……記録っと」

美咲は机の下でメモ帳を広げる。

【伊藤沙耶――トリガー反応あり。疑い度:中~高】

インクが滲むたびに、クラスの風景がきな臭く色づいていく気がした。



美咲は放課後の教室で、一人机に突っ伏すふりをしながら、ノートの片隅に文字を刻んでいった。

それは、ただの落書きにも見えるが、彼女にとっては命綱のようなもの。

ページの上部に大きく書かれたタイトル――

『転生者チェックリスト』

箇条書きで並ぶ項目は、すべて彼女がこの一年、自分自身や周囲を観察して導き出したものだった。

知識の異常な深さ:歴史や文化に不自然なほど詳しい。



言葉遣いのズレ:現代高校生が使わない古風すぎる表現。



感情の偏り:些細な事に過剰反応、または無関心すぎる態度。



身体能力の突出:運動部員以上の反射神経や力を持つ。



トリガー反応:特定の言葉や場面で過剰に固まる。



彼女はペン先を止め、小さく息をつく。

「……これで、ようやく形になった」

ノートに浮かび上がるその文字列は、誰かに見られればただの冗談にしか見えないかもしれない。

だが、美咲にはわかっていた。

――この教室に、“もう一人”がいる。

ページを閉じたとき、胸の奥に冷たいものが広がる。

それでも彼女の瞳は揺らがなかった。

「必ず見つける……私以外の転生者を」



放課後の静かな教室。

カーテン越しに差し込む夕日が机の上のノートを照らし、美咲のペン先に赤く影を落とす。

彼女は深呼吸をして、ページをめくった。そこにはすでにタイトルが書かれている。

『転生者リスト』

観察結果をもとに、彼女は「疑いの度合い」を三段階で分類していく。

高:転生者である可能性がかなり高い



中:怪しい挙動があるが断定はできない



低:一部気になるが、大きな違和感はなし



ペンを走らせ、最初の名前を書き込む。

佐藤陽向(高)

授業中に時代錯誤な知識を披露。特に歴史の細部を妙に正確に語る。口調もやや古めかしく、何気ない会話にも不自然な響きが混じる。

次に、ページの下へと目を落としながら――

伊藤沙耶(中)

普段は普通の女子高生に見えるが、ときおり妙に芝居がかった言葉を使う。笑顔の奥に「素の感情」を隠しているような違和感がある。

中村拓海(中〜高)

部活動で見せる動きが常軌を逸している。反射神経、スタミナ、判断力――まるで戦場を知っているかのよう。

他にも、軽く違和感を覚える生徒の名前を「低」の欄に書き足していく。

やがてページを見返した美咲は、静かに唇を噛む。

「……やっぱりいる。私だけじゃない」

その瞬間、クラスメイトたちの笑い声や雑談が、ただの学園風景ではなく“偽りの仮面”に思えてくる。

夕暮れの赤に染まるノートの文字は、不気味に浮かび上がり、美咲の胸に冷たい確信を刻み込んだ。



放課後。

ざわめきがすっかり消えた教室には、時計の針の音だけが響いていた。

桜井美咲は机に広げたノートをじっと見つめる。

そこには、自分が数日間かけて書き連ねた「転生者リスト」が、夕焼けの赤に照らされて浮かんでいた。

ペンを握る指先に、じんわりと汗が滲む。

胸の奥で、鼓動が一つ、また一つと強さを増していく。

(やっぱり……私だけじゃない。このクラスに、必ず誰かが紛れている)

その確信は、冷たい緊張となって美咲を包み込む。

けれど同時に、妙な高揚感が心を熱くする。

窓の外では、沈みゆく太陽が校舎を赤黒く染めていた。

長く伸びた影がノートを覆い、書かれた名前たちを薄闇に沈めていく。

美咲は深呼吸を一つして、目を閉じる。

そして、誰にも聞こえないように小さく呟いた。

「――ここからが、本当の観察の始まり」

その声は夕焼けに溶け、静かな教室の空気を震わせた。

まるで、新しい幕がゆっくりと開かれていくように。


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