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エピソード4:夜明けの残響、砂塵の道


シェルター「フクロウの巣」を出た「カラス」は、東を目指した。


データセンターで得た断片的な情報から、妻が関わっていた「R&D記録」の謎を解く鍵が、東京湾岸部に位置する旧時代の研究施設にある可能性を探るためだ。


しかし、湾岸部はかつての液状化現象と、その後の大規模な地盤沈下により、最も危険な地域の一つとされていた。


旅は、想像以上に過酷だった。


アスファルトは波打ち、ビル群はまるで津波に飲まれたかのように傾いている。


かつて賑わった道は、もはや道としての形を成しておらず、瓦礫と砂塵が舞う荒野と化していた。


日の当たる時間は、照りつける日差しが体力と水を奪い、夜は冷たい風が骨身に染みる。


「カラス」は、僅かな水筒の水を慎重に口に含む。


喉の渇きは癒えないが、これで十分だ。


彼は、途中で見つけた崩れた建物の影に身を寄せ、簡単な昼食をとることにした。


乾パンと、昨日サルベージで手に入れた干し肉。


味気ない食事だが、体に必要な栄養を補給する。


食事が終わると、彼は愛用の煙管を取り出した。


ポケットから貴重な煙草の葉を少量取り出し、丁寧に詰める。


火をつけ、ゆっくりと煙を燻らせる。


 「ふぅ……」


煙が風に乗って舞い上がる。


その向こうには、霞んで見えるかつてのランドマークの残骸があった。


高いビルも、今ではただの墓標だ。


彼は、妻の記憶、娘の笑顔を胸に、静かに煙を吐き出し続けた。


この煙管の一服が、彼にとって唯一の心の慰めだった。


数日後、「カラス」は湾岸部に差し掛かった。


あたりは、ひどい砂塵が舞い、視界が極端に悪い。まるで砂嵐の中にいるようだ。


建物は泥と砂に半分埋もれ、異様な光景が広がっていた。


 「これは……厄介だな」


彼は警戒を強めた。


この環境は、奇襲を仕掛けるには最適だ。


野盗や異形が潜んでいる可能性が高い。


彼は、腰のツールポーチから、錆びたパイプレンチを取り出し、しっかりと握り直した。

その時だった。


砂塵の中から、複数の人影が飛び出してきた。


 「おい、そこのサルベージ屋! 良いもん持ってるじゃねえか!」


現れたのは、3人の野盗だった。


彼らは汚れたボロを身につけ、手に廃材を加工した粗悪な槍や鈍器を構えている。


彼らの目は、飢えた獣のようにギラついていた。


 「てめぇの荷物、全部置いていけ!」


野盗の一人が、いきなり槍を突き出してきた。


「カラス」は冷静にそれを見切った。


――相手の力を利用し、最小限の動きで制圧する。


彼は、槍の勢いを殺さず、体をわずかにずらして躱した。


同時に、突き出された槍の柄を片手で掴み取る。


野盗は槍を引き戻そうとするが、「カラス」はそれを許さない。


槍を掴んだまま、その勢いを利用して自分の体を回転させる。


 「なっ!?」


野盗の体が、慣性の法則に従って引っ張られ、バランスを崩した。


その隙を突き、「カラス」はもう一方の手に持っていたパイプレンチを、野盗の腕の関節部分へと振り下ろした。


ガキン! と鈍い金属音が響き、野盗は槍を取り落とし、腕を抑えて蹲った。


 「ぐああああっ!」


だが、残りの2人が間髪入れずに襲いかかってきた。


一人は金属バットを振り上げ、もう一人は鈍器を構えている。


「カラス」は、バットを振り上げた男に狙いを定めた。


相手の動きを冷静に見極める。


バットが振り下ろされる寸前、彼は体を沈ませ、バットの下を滑り込むように潜り抜けた。


相手の懐に入り込んだ瞬間、「カラス」は体勢をひるがえし、目の前にあった半壊したプレハブの鉄骨の柱に手をかけた。


そのまま、柱を軸に体を回転させ、バットを振り下ろした男の背後へと回り込んだ。


 「しまっ……!」


男が振り返ろうとするが、すでに遅い。


「カラス」は、背後から男の首筋に肘を叩き込み、そのまま流れるような動きで、男の体を前へと押し出す。


男はバランスを崩し、その勢いのまま、鈍器を構えていたもう一人の野盗へと激突した。


 「うわあああ!」


二人とももつれるようにして、砂埃の中に倒れ込む。


「カラス」は追撃の手を緩めない。


彼は、倒れた野盗たちが撒き散らした錆びついた金属片の山へと目を向けた。


その中から、鋭利な刃を持つ折れた看板の破片を拾い上げた。


倒れた野盗たちは、まだ起き上がろうと呻いている。


最初に腕を折られた男は、恐怖に顔を引きつらせていた。


 「て、てめぇ……! 化け物か!」


「カラス」は無言で、折れた看板の破片を構え、ゆっくりと近づいていく。


その目は、感情の全くない、研ぎ澄まされた刃のようだった。


 「ひっ……! くるな!」


野盗たちは怯え、後ずさり始めた。


彼らは、ただサルベージ屋を襲い、物資を奪うことしか考えていなかった。


まさか、ここまで返り討ちにされるとは夢にも思っていなかったのだ。


「カラス」は、彼らの最も脆弱な部分――例えば、手の指の関節や、膝の皿など――に狙いを定めるように、破片を突きつけた。


 「てめぇらが、何を奪おうとしていたか、分かっているのか?」


彼の声は静かだったが、砂塵の舞う荒野に響き渡る。


 「お前らが奪おうとしているのは、俺の命、そして……俺の希望だ」


彼はそう言い放つと、迷うことなく、野盗たちの手元から武器を払いのけ、彼らの腕や足の関節を的確に攻撃した。


ボキリ、という鈍い音が響き、野盗たちは激しい痛みに絶叫を上げた。


彼らが再び立ち上がることは、もうないだろう。


野盗たちを無力化し、「カラス」は再び歩き始めた。


身体のあちこちが軋むような痛みを感じるが、その心には迷いがなかった。


旅の途中で、幾度となくこうした戦いを経験することになるだろう。


だが、彼はもう、立ち止まらない。


夕暮れが近づき、砂塵の向こうに、特徴的な円筒形の建造物のシルエットが見えてきた。


旧時代の研究所の残骸だ。


 「……着いたか」


彼の目に、微かな光が宿る。


ここが、妻の過去と、娘の行方、そして世界の真実への、新たな一歩となるはずだ。


彼はリュックを下ろし、最後の煙草の葉を煙管に詰めた。


火をつけると、夜の帳が降り始めた砂塵の荒野に、赤い光が灯る。


 「ふぅ……」


煙が夜空に吸い込まれていく。


その煙の向こうに、かつての家族の笑顔と、そしてまだ見ぬ真実が、彼を待っているような気がした。


 「待ってろ……必ず、辿り着く」


彼はそう呟くと、再び煙管を口に含んだ。疲労困憊の体と心に、この一服の煙が、僅かな安らぎをもたらす。




そして、明日の夜明けには、新たな戦いが、彼を待っているだろう。


評価して頂ければ幸いです。

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