エピソード19:狭間の再会、そして真実
「カラス」とレイラは、あの無線機の声が導くまま、瓦礫と化した大阪の市街地をさらに奥深くへと進んでいた。
彼らがたどり着いたのは、かつて巨大な超高層ビルが建ち並んでいたであろう場所の、地下へと続く巨大な亀裂だった。
地盤沈下によって口を開けたその場所からは、不自然なほど冷たい空気が流れ出し、微かに空間が歪むような感覚があった。
「ここが、『次元の狭間』…」
「カラス」は、レイラの小さな手を強く握りしめた。
内部は漆黒の闇に包まれており、不気味な静寂が支配している。
彼はリュックから取り出した懐中電灯の光を頼りに、崩れた階段を慎重に降りていく。
レイラは、その異様な雰囲気に少し怯えているようだったが、「カラス」の隣でしっかりと彼の服を掴んでいた。
どれほど降りたのだろうか。
やがて、彼らの視界の先に、微かな光が見え始めた。
それは、人工的な光ではなかった。
空間そのものが、淡い青白い光を放っているように見える。
そして、その光の中心に、何か巨大なものが浮かんでいるのが見えた。
光に引き寄せられるように足を進めると、そこに複数の人影があった。
彼らは白いローブを身につけ、顔には紋様のようなものが描かれた仮面をつけている。
手には旧時代の計測器らしきものを持ち、皆、その巨大な「光」を見つめていた。
「…来たか、外界の者よ」
その中の一人が、「カラス」たちの存在に気づき、静かに振り返った。
無線機で聞いた声と同じ、落ち着いた男性の声だった。
仮面の下の表情は伺えないが、敵意は感じられない。
「あんたが、無線で…?」
「カラス」が警戒しながら問いかけると、男はゆっくりと頷いた。
「我々は『真理の探究者』。あなたの奥方、カナエさんの研究を引き継ぎ、この世界の真実を追い求めている者たちだ」
「カラス」の心臓が大きく跳ねた。
カナエの名前が出たことに、彼は半信半疑ながらも一筋の希望を感じた。
「カナエが…生きているのか?」
彼の問いに、探究者の男は、巨大な光の中心を指し示した。
「見ての通り、彼女は『狭間』に囚われている。だが、確かに生きている」
「カラス」が指し示された方を見ると、青白い光の中に、確かに人の形が見えた。
それは、霞みがかっていてはっきりとは見えないが、見慣れたシルエット、そして…彼の最愛の妻、カナエの姿だった。
「カナエ!」
彼は思わず駆け出そうとするが、探究者の一人が静かに手で制した。
「近づきすぎれば、あなたも『狭間』に引き込まれる。彼女と直接触れることはできないが、話すことは可能だ。彼女の意識は、まだ辛うじてこちらと繋がっている」
「カラス」は、震える手で光の中心に手を伸ばす。
すると、光の膜がわずかに波打ち、カナエの顔が、少しだけ鮮明になった。
彼女の表情は疲弊しているように見えたが、その瞳には確かに知性と、そして安堵の光が宿っていた。
「カズ…レイラも…無事だったのね…」
微かに、しかし確かに、カナエの声が聞こえた。
その声は、何年も探し求めていた、懐かしい妻の声だった。
「カナエ! なんでこんなところに…一体、何が起こったんだ!?」
「カラス」は、抑えきれない感情を込めて叫んだ。
カナエは、悲しげに、しかし力強く答えた。
「私が研究していた『次元転移理論』が…暴走したのよ。この『狭間』は、その暴走によって生まれた、別次元と現実世界を繋ぐ歪み…。そして、この世界の変容…大災害の正体も、その理論の応用が生み出したものなの」
探究者の男が、「カラス」の傍らに歩み寄り、静かに説明を始めた。
「かつて、我々の文明は、エネルギーと資源の枯渇に直面していた。カナエさんの『次元転移理論』は、別次元からエネルギーを取り出すことで、その危機を乗り越えようとする、究極の希望だった。だが、研究は未完成のまま、一部の権力者がその力を悪用しようと急いだ結果、制御不能な『大崩落』を引き起こしてしまった。世界は歪み、異形の生物が生まれ、我々の文明は崩壊した。カナエさんは、その暴走を止めようとして、『狭間』に閉じ込められた」
「カラス」は、信じられない思いでカナエと探究者を見つめた。
文明崩壊の真実、そして妻の壮絶な選択。
「なら、カナエを助ける方法があるのか!?」
「カラス」の問いに、探究者はまっすぐに答えた。
「ある。だが、それは危険な賭けだ。カナエさんは、この『狭間』の歪みを安定させるための『鍵』となる存在を見つけた。それが、君たちの娘、レイラだ」
その言葉に、「カラス」は息を呑んだ。
レイラが持つ「能力」…シェルターDで白いローブの男が言っていた「共鳴体」とは、このことだったのか。
カナエの声が、光の中から響いた。
「レイラの持つ特異な波動が、『狭間』の歪みに共鳴し、一時的に安定させる力を持っている。その間に、私が『狭間』の中心で、暴走した理論の中枢コアを停止させる。そうすれば、この『狭間』は閉じ、私は元の世界に戻れる…」
しかし、カナエの声には、迷いの色が混じっていた。
「でも…レイラに大きな負担がかかるかもしれない。もしかしたら…永遠にこの歪みに囚われてしまう可能性もある…」
「カラス」は、眠るレイラの小さな顔を見つめた。
彼女を危険に晒すことはできない。
しかし、妻を、家族を救う唯一の道がこれだというのなら…。
探究者の男は、「カラス」の迷いを見透かすように言った。
「我々は、カナエさんの研究を引き継ぎ、中枢コアを停止させる方法を解明した。しかし、レイラさんの協力がなければ、カナエさんを救い出すことはできない。これは、君たち家族の、そしてこの世界の未来を決める選択だ」
「カラス」は、再びカナエの顔を見上げた。
彼女の瞳には、諦めと、それでもかすかな希望が宿っていた。
彼は、深く息を吸い込み、固く決意した。
「わかった。俺は、カナエを助ける。レイラも、きっとそう望むはずだ」
彼の言葉に、カナエの顔に安堵の表情が浮かんだ。
探究者たちも、静かに頷いた。
「では、準備を始めよう。中枢コアの停止には、時間を要する。レイラさんには、最大限の配慮をするつもりだ」
「カラス」は、レイラを抱きしめ、彼女の髪をそっと撫でた。
彼の心には、不安がないわけではなかった。
だが、家族を救うという確固たる決意が、その不安を打ち消していた。
彼の戦いは、まだ終わらない。
家族の未来、そして世界の真実を巡る、最後の戦いが今、始まろうとしていた。
評価して頂ければ幸いです。