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エピソード12:再会への道、そして古い影


長きにわたる旅の果てに、「カラス」はついに大阪の境界に到達した。


疲弊しきった体を引きずりながらも、彼の目は、遠くに見える巨大な都市の残骸をまっすぐに見据えていた。


そこには、娘の「シェルターD」がある。そして、妻が託した「次元転移理論」の真実が。


都市の中心部に近づくにつれて、異形の気配はさらに濃密になっていった。


同時に、奇妙な人工的な構造物や、意味不明な記号が壁に描かれた場所も増えてくる。


これらが、「次元転移理論」とどのように関わっているのか、彼の頭の中には疑問符が渦巻いていた。


ある日の午後、「カラス」は廃墟となった地下鉄の駅の入り口に立っていた。


シェルターDは、この駅の地下深くにあるらしい。


入り口は崩れたコンクリートの塊で塞がれていたが、辛うじて人が潜り抜けられるほどの隙間が残されている。


中からは、僅かに湿った空気と、独特の機械音が漏れ聞こえてくる。


 「……ここか」


彼はそう呟き、ヘッドライトを装着すると、その隙間へと体をねじ込んだ。


地下へと続く階段は、埃とカビに覆われ、一部が崩落している。


足元には、錆びついたレールや、散乱した旧時代の落とし物が転がっていた。


慎重に階段を降りていくと、やがて彼は広いプラットホームに出た。


そこは、完全に機能停止しており、薄暗い空間が広がっていた。


線路の奥からは、僅かに人工的な光が漏れている。


彼は、プラットホームのベンチに腰を下ろし、リュックから最後の保存食を取り出した。


固く、味気ないが、彼はゆっくりと咀嚼し、疲弊した体にエネルギーを注入する。


食事が終わると、彼は愛用の煙管を取り出した。


最後の煙草の葉を丁寧に詰め、火をつける。深く息を吸い込み、ゆっくりと紫煙を吐き出す。


 「ふぅ……」


煙が闇の中へゆっくりと消えていく。


この静寂は、まるで世界が呼吸を止めているかのようだ。


煙の向こうに、娘の笑い声が聞こえたような気がした。


 「あと、もう少しだ……」


彼はそう呟き、煙管の煙を深く吸い込んだ。


再び歩き始め、彼は線路沿いを奥へと進んだ。


やがて、その先に、厳重に閉ざされた巨大な鉄の扉が現れた。


扉の表面には、あのオルゴールの意匠と同じロゴマークが、はっきりと刻まれている。


 「……シェルターD」


彼の心臓が、激しく高鳴る。


ついに、ここまで辿り着いた。


扉の傍らには、稼働しているらしい旧時代の認証パネルがあった。


彼は、以前の研究所で見つけたデータチップの情報を思い出し、それを携帯端末に入力した。


ピピピッ。


認証完了。


重々しい音を立てて、鉄の扉がゆっくりと開いていく。


その奥には、照明が煌々と輝く、広大な空間が広がっていた。


そこは、外界の荒廃が嘘のような、清潔で、整然とした場所だった。


かつての地下鉄の駅とは思えない、まるで旧時代の都市の一角が、そのまま地下に保存されているかのようだ。


 「……これが、シェルターD」


彼は、その光景に息を呑んだ。


人々が行き交い、子供たちの声が聞こえる。


ここには、生活があった。


希望があった。


彼は、人々の間を縫うように歩いた。


周囲の人間は、彼の汚れた服装と、どこか殺伐とした雰囲気に、警戒の視線を向けてくる。


だが、彼は気にしない。


彼の目は、ただ娘の姿を探していた。


その時、彼の耳に、どこからか、微かな声が聞こえてきた。


 「……レイラ……?」


彼は声のする方へ顔を向ける。


それは、彼の娘の名前だった。


まさか、と彼は視線をさまよわせる。


その時、一人の警備隊員が、彼の前に立ち塞がった。


その男の顔には、彼が見たことのない厳めしさが宿っている。


警備隊員の服装には、シェルターDのロゴマークが縫い付けられているが、その背中には、旧政府の紋章らしきものが、薄れてはいるものの、はっきりと見て取れた。


 「何者だ、貴様!」


男の声に、周囲の警備隊員たちが集まってくる。


彼らは銃を構えている。


「カラス」は、男の言葉を無視し、問いかけた。


 「レイラ、という名の娘がここにいるのか? 俺の娘だ」


男は、眉をひそめた。


 「レイラ? 我々の管理下に、そんな名前の者はいない。お前は一体どこから入ってきた? ここは旧政府の機密施設だ」


男の言葉に、「カラス」の心に焦りが募る。


娘はここにいないのか? 妻のノートは、間違いだったのか?


 「嘘をつくな。俺は、娘がここに避難したと聞いている」


彼の声に、怒気が混じる。


警備隊員たちが、彼のただならぬ雰囲気に、一瞬たじろいだ。


 「貴様、我々に抵抗する気か!」


警備隊員の一人が、銃口を彼に向けた。


シェルターの奥から、さらに多くの警備隊員たちが集まってくる。


彼らは銃を構え、彼を包囲しようとする。


その時、警備隊員たちの後方から、一人の老人が現れた。


彼は白衣を身につけ、その表情には、知的な鋭さと、どこか疲労の色が混じっていた。


 「待て! その者を乱暴にするな!」


老人はそう言って警備隊員たちを制し、ゆっくりと「カラス」に歩み寄った。


老人の目には、彼を初めて見たかのような、しかしどこか奥底に何かを知っているような視線が宿っていた。


 「あなたは……外界の者ですか。なぜ、このシェルターに?」


老人の問いに、「カラス」は携帯端末を掲げた。


画面には、妻が残したデータと、あのオルゴールのロゴマークが映し出されている。


老人は、それを見ると驚きに目を見開いた。


 「これは……! あなたは、あの『研究者』の関係者ですか!? そして、このデータは……」


老人は、彼の端末の画面を食い入るように見つめた。


 「その端末……。まさか、あなたの奥さんの研究データか? あなたの奥さんは、このシェルターDの深部にある『研究区画』で、ある重要な研究の主導者の一人だった。彼女は、この世界の真実を解明しようとしていた……」


老人は、どこか複雑な表情で続けた。


 「そして、その研究こそが、『次元転移理論』だ。その理論が、この世界の変容の鍵を握っている。そして……あなたのお嬢さんも、その研究と深く関わっている」


「カラス」の心臓が、激しく高鳴る。


妻の研究が、娘と繋がっている。


そして、娘が「少し違う」というのは、その研究のせいなのか?


 「会わせろ。娘に、会わせろ!」


彼は、感情を抑えきれずに叫んだ。


警備隊員たちが、再び銃口を彼に向けた。


老人は、困惑した表情で「カラス」に言った。


 「申し訳ない。だが、研究区画は、旧政府の最高機密だ。容易には近づけない。それに、あなたのお嬢さんは……」


老人は言葉を濁し、痛ましげに目を伏せた。


彼の目の奥に、再び強い光が宿った。

ここまで来て、諦めるわけにはいかない。


 「娘に、会う……」


彼は、ゆっくりと構えた。


その体から放たれる気迫は、周囲の警備隊員たちを圧倒する。


 「邪魔するなら……容赦はしない」




彼の言葉が、シェルターの広大な空間に、静かに響き渡った。


評価して頂ければ幸いです。

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