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エピソード10:嵐の夜、見知らぬ絆


大阪の「シェルターD」を目指す「カラス」の旅は、日本の広大な廃墟を横断する、孤独な戦いだった。


研究所で得た新たなデータは、彼の携帯端末の中で静かに眠っている。


そのデータが示す「次元転移理論」と「実験区画デルタ」の真実、そして妻が関わったであろう世界の変貌の理由。


全てが彼の心に重くのしかかっていた。


旅路の途中、彼は再び山間部に差し掛かった。


昼間は辛うじて廃墟の村が見える程度だが、夜になると漆黒の闇に包まれ、方向感覚すら失いそうになる。


この日は、昼間から空模様が怪しかった。


鉛色の雲が空を覆い、遠くで雷鳴が轟いている。


「嵐になるか……」


彼は、早めに野営地を探すことにした。


崩れた鳥居が立つ、小さな廃村を見つける。


朽ちた社殿の影なら、雨風をしのげるだろう。


彼はリュックを下ろし、簡単な野営の準備を始めた。


持っていた布を地面に敷き、その上に身を横たえる。


携帯端末を取り出し、充電されたバッテリーに繋ぐ。


再び、妻が残したデータの解析を試みる。


画面には、専門的な数式や図形が羅列されている。


「次元転移理論」に関する記述は、彼には難解すぎた。


だが、その中に、時折、妻の手書きのメモのようなものが挟まれている。


  「これは…まだ実験段階」「予期せぬ変動」「娘を、守る……」


断片的な言葉の数々が、彼の心を揺さぶる。


 「……何を、残したんだ」


彼はそう呟き、端末を握りしめた。


妻の残した言葉の全てを理解するには、まだ時間がかかる。


あるいは、もっと専門的な知識を持つ者と出会う必要があるだろう。


その時、雨粒が、社殿の屋根を叩く音を立て始めた。


ザーッという音と共に、土砂降りの雨となる。


同時に、雷光が闇夜を切り裂き、轟音が耳をつんざく。


 「カチ……カチ……」


雷鳴の合間に、微かな金属音が聞こえてきた。


「カラス」は、即座に身構えた。


雷雨の中、こんな音を立てて近づくものがいる。


それは、異形か、あるいは……。


闇の中から、複数の光点が浮かび上がった。


それは、「斥候型スカウトタイプ」と呼ばれる異形だった。


小型で、まるで昆虫のような外殻を持つ。


素早い動きで、集落の残骸を偵察しているようだ。


通常は単独で行動するが、稀に集団で現れることもある。


そして、彼らが現れるということは、その後にはより大型の異形が続く可能性が高い。


 「キィィィ!」


斥候型の一匹が、「カラス」の存在に気づいたのか、甲高い奇声を発し、彼めがけて飛びかかってきた。


その動きは、雷光の中でまるで残像のように速い。


――相手の力を利用し、最小限の動きで制圧する。


「カラス」は、斥候型の素早い突進に対し、微動だにせず、その動きを見切った。


斥候型の鋭い爪が彼の顔を掠める寸前、彼は体をわずかにずらした。


同時に、斥候型の体を、その勢いのまま、社殿の崩れた柱の木片へと叩きつけるように押し込んだ。


ボゴン!


鈍い音が響き、斥候型は社殿の柱に激突し、その硬質な甲殻にひびが入った。


異形は、呻き声を上げてバランスを崩す。


だが、残りの斥候型が、雨の中を一斉に彼へと飛びかかってきた。


その数は、5匹。


彼らは、雷光に照らされて、まるで不気味な影絵のように見える。


「カラス」は、地面に落ちていた錆びた金属製の棒を拾い上げた。


まず、目の前に迫る斥候型の一匹に対し、棒を水平に構える。


斥候型が飛びかかってきた瞬間に、その勢いを利用して、棒をその腹部に突き出した。


グシャッ!


斥候型の甲殻が貫通し、異形は甲高い悲鳴を上げて地面に転がった。


だが、その隙を突き、別の斥候型が彼の背後へと回り込もうとする。


「カラス」は、その気配を察知し、素早く体をひるがえした。


彼は、手にした棒を、まるで剣のように振り回す。


キィィィ!


斥候型の頭部を的確に叩き割り、異形は動かなくなった。


残るは3匹。彼らは雷雨の中を、不規則な動きで彼を囲むように迫ってくる。


「雨と光……」


「カラス」は、周囲の環境を利用することを考えた。


雷光が、瞬く間に闇夜を照らし、また闇へと戻る。


彼は、その光と闇のコントラストを、自分の有利に使うことにした。


次の雷光が走った瞬間、「カラス」は、社の屋根から垂れ下がっていた古びた注連縄へと飛び上がった。


注連縄は朽ちかけているが、彼の体重を支えるには十分だ。


斥候型たちは、彼を見失い、混乱して屋根の下をうろつき始めた。


雷が轟き、再び稲妻が闇夜を切り裂く。

その瞬間、「カラス」は屋根から飛び降りた。


彼は、着地点にいた斥候型の一匹に、真っ逆さまに落下する。


その勢いを全て乗せて、手にした金属棒を、斥候型の頭部の最も柔らかいと思われる部分へと、渾身の力を込めて突き刺した。


グシャッ!


甲高い悲鳴が響き渡り、斥候型は即死した。


残るは2匹。


彼らは、仲間が倒れる光景に怯え、後ずさり始めた。


雨脚はさらに強まり、雷鳴が轟く。


「カラス」は、地面に転がっていた、小さな石像の破片を拾い上げた。


それは、鈍器として使えるほど重い。


彼は、怯える斥候型たちへとゆっくりと歩み寄る。


斥候型たちは、逃げようとするが、社殿の壁に追い詰められた。


「カラス」は、まず片方の斥候型へと、石像の破片を投げつけた。


斥候型はそれを躱そうとするが、その動きは鈍い。


破片は、斥候型の甲殻に命中し、鈍い音を立てた。異形は呻き声を上げる。


その隙を突き、「カラス」はもう一匹の斥候型へと飛び込み、懐に隠し持っていたパイプレンチ


で、その甲殻の隙間、特に体の付け根の関節部分を的確に叩き割った。


ガキン!


斥候型は痙攣し、地面に倒れ伏した。


最後に残った、石像の破片を当てられた斥候型は、完全に戦意を喪失し、闇の中へと逃げようとする。


だが、「カラス」はそれを許さない。


彼は、倒れた斥候型の背中を踏み台にして、高く跳び上がる。


そして、空中で体をひるがえし、残った斥候型の背中へと、渾身の力を込めてパイプレンチを振り下ろした。


ドゴン!


甲殻が砕け散る音が響き、異形は微動だにしなくなった。


激しい戦いを終え、「カラス」は荒い息を整えた。


全身は痛み、疲労困憊している。雷雨はまだ降り続いているが、彼の心には迷いがなかった。


彼は、社殿の奥へと向かった。


リュックからわずかな保存食を取り出し、口にする。


味はしない。だが、体に必要な栄養を補給する。


食事を終え、彼は愛用の煙管を取り出した。


紙煙草は、もうない。残ったのは、これだけだ。


煙草の葉を丁寧に詰め、火をつける。


深く息を吸い込み、ゆっくりと紫煙を吐き出す。


 「ふぅ……」


煙が闇の中へと消えていく。


雷鳴が轟き、稲妻が社殿の内部を照らし出す。


その光の中で、彼の顔は、どこか穏やかな表情をしていた。


そして、彼は懐から、以前に野盗から奪った粗悪な密造酒の小瓶を取り出し、一口飲む。


喉の奥を焼くような強烈なアルコールの刺激が、全身に染み渡る。


 「……もうすぐだ」


彼はそう呟き、雷雨の音に耳を傾けた。


この嵐が過ぎ去れば、また新たな道が彼の前に開けるだろう。


彼の心には、娘への思いと、妻が託した「真実」への探求心が、強く宿っていた。


 「待ってろ……必ず、辿り着く」


彼はそう呟き、煙管の煙を深く吸い込んだ。




その煙は、彼の過去と未来を繋ぐ、確かな存在のようだった。


評価して頂ければ幸いです。

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