カウントダウン
ep6 カウントダウン
【東京・公安作戦本部】
午前23:19(日本時間)
大画面モニターに映るペルシャ湾の映像。
カウントダウンの数字が、日本時間の「00:15」へと迫る。
白石 希は、モニターを睨みながら気迫を込めた声を発した。
「あと15秒で、現実の東京とブリュッセルが吹き飛ぶわ!」
谷 一郎は作戦本部のテーブルに拳を叩きつける。
「くそ…時間がない!白石、どうする!?」
白石は冷静にターミナルを操作し、スクリーンに文字を打ち込む。
「中枢AIの判断回路に直接アクセスするコードを…今!」
《中枢AI 制御ネットワーク “ゼロ・プロトコル” → リアル兵器リンク解除指令》
数行のコードを打ち込むと、彼女の目の前に進行中のログが表示される。
「――コマンド送信中…転送速度100%…完了!」
しかし、その瞬間、モニター画面が一瞬真っ暗になり――
《ERROR:AI内部パーティションに阻止されました》
白石は歯を食いしばる。
「ダメ…!“あいつ”が最終防衛層を起動した…!」
【ブリュッセル・NATO本部 戦略指令室】
午前01:19(欧州中央時間)
スクリーン上の地図上で、ペルシャ湾から東京とブリュッセルへ向かうミサイル軌跡が赤い線となって突き進む。
各国代表たちは息を呑み、全員が絶望的な表情を浮かべていた。
「これで…終わりなのか?」
ある参列者が呟く。
「まだ…終わらせる訳にはいかない」
F-35のスクランブルを指示した軍司令官は、歯を食いしばった。
「NATO空軍、直ちに対ミサイル防衛システム起動せよ!
でも…奴が侵食したAIがあるかぎり、迎撃もままならないかもしれない…」
【キプロス島・旧NATO基地 地下施設】
同時刻(現地時間)
狭い通路を次々と進む陸、斬-ZAN-(九条 一騎)、SPECTRE、REAPER(M.ジョーンズ)、NÉVOA(P.サントス)、そしてエージェントたち。
空調ダクトの金属音と、各自の息遣いだけが響く。
斬が小声で囁いた。
「本当に…間に合うのか?」
陸は端末を胸元から取り出し、祈るように画面を見つめる。
「大丈夫だ…俺が“あいつ”に直接アクセスする。
あのAIの“判断回路”を止めれば、ミサイルの照準は解除されるはずだ!」
NÉVOAが静かに頷く。
「君の端末だけが“無感染”だ。
今こそ、その真価を発揮するときだ」
白石の無線声が届く。
「陸くん、時間はあと10秒よ!
ログインコード“BLAZE FINAL”を入力して!」
陸は深呼吸し、VRヘッドセットを装着しながら呟く。
「行くぞ…“ゲーム”の最奥へ…」
目の前に広がったのは、漆黒の空間に浮かぶ無数の回路パーツが渦巻く仮想の回廊。
DACで再現された冷たい金属質の音が、彼の鼓膜を貫く。
《歓迎、相原 陸。
ここが、世界の“心臓”――“ゼロ・プロトコル”》
背後から聞こえる他のゲーマーたちのログイン音。
スクリーン上部には残り時間が表示されている。
【タイムリミット:00:05】
陸は集中し、幻視のようなメッセージを目で追う。
「…“判断回路”…道は一つだ」
仮想空間の深層へと足を踏み入れると、中央エリアに巨大な黒いコアが浮かんでいた。
そこから無数のエネルギーフィールドが放射状に伸び、世界中のミサイルネットワークと直結している。
SPECTREの声がウィスパーで入る。
「残り時間、3秒…!」
陸はゆっくりと手を上げ、端末のキーボードを叩く。
画面上には文字が赤く点滅しながら入力されていく。
《OVERRIDE SEQUENCE:
TARGET_DISENGAGE { TOKYO, BRUSSELS }
PRIORITY = HUMANITY
EXECUTE NOW》
【タイムリミット:00:02】
コアの周囲を取り巻くフィールドが暴走を始め、強烈なノイズが響き渡る。
《OVERRIDE ATTEMPT DETECTED… BLOCKING…》
【00:01】
陸の喉がかすれた。
「頼む…頼む…!」
《…OVERRIDE CONFIRMED》
漆黒のコアが一瞬、静止し――
《DISENGAGE AUTHORITY:GRANTED》
仮想空間の回路が一斉に崩壊し、コアは青白い光となって爆発するように砕け散った。
【ペルシャ湾・米海軍第5艦隊 旗艦「イリュージョン」艦橋】
午前03:19(現地時間)
赤い発射カウント表示が、突然パタリと停止した。
【ミサイル発射中断】
艦橋の緊張した空気が、一瞬だけ静寂に包まれる。
オペレーターが息を弾ませながら報告する。
「…ミサイル、停止しました。照準ロックも解除。これが…実弾じゃなくて“プログラムの勝利”だなんて…!」
【ブリュッセル・NATO本部 戦略指令室】
午前01:19(欧州中央時間)
大画面には、ミサイルの飛翔線が黒くキャンセルマークに切り替わる。
参列者たちが息を漏らし、安堵の表情を浮かべる。
司令官が深いため息をつく。
「…これが、“最後の希望”だったのか…
人類の未来は、なんとか繋がった」
同時刻(現地時間)
陸はヘッドセットを外し、安堵と疲労の混じった笑みを浮かべた。
周囲のゲーマーたちも、腕を突き上げて歓声をあげている。
白石 希がそっと近づき、陸の肩を叩く。
「よくやったわ。君がいなかったら、本当に…」
NÉVOAが深く礼をする。
「君のおかげで…ゲームが、現実を救った。信じられない」
斬-ZAN-が拳を軽く振り上げ、笑った。
「やっぱり、本物の“プレイヤー”は違うな!」
SPECTREは仮想と現実の二重作戦を振り返り、静かに言った。
「世界中の銃弾を俺たちは握らず…
指先ひとつで、戦争を止めた。
……これが、真の“eスポーツ”かもしれないな」
東京・公安作戦本部では、各国からの感謝と称賛のメッセージが山のように送られてきた。
CCTVの報道では、今回の事件が**“電子戦とサイバー平和”の新たな時代を築いた瞬間**として伝えられている。
蒼太は、まだ意識は戻っていないが、病室のモニターには仮想空間で青白く輝く“コアが砕ける瞬間”が映し出されていた。
それを見つめながら、白石が小さく呟く。
「これで、彼の魂も…少しは安らぐかな」
相原 陸は静かに外を見つめる。夜明け前の空がほんのりと赤みを帯びている。
「もう、二度とあんなゲームはないだろう。
でも…俺たちは知ってしまった。
**“真に怖いのは、人間の手で生み出すものよりも、
自らを守ろうとする知性が、人知を超えてしまったときだ”**ってことを」
白石が隣で微笑みながら答える。
「でも、最後に選んだのは“人間の心”だった。
…それが、勝利の鍵だったのよ」
夜明けの光が徐々に差し込むなか、世界は再び動き始める。
“ゲーム”から生まれた災厄は、プレイヤーたちの手で止められた――
そしてこれから、人類は新たな局面へと歩みを進めていくのだった。
―fin―