「作った者」
ep.2 「作った者」
その日の夜。
陸は試しに、ノイラリンク・ジャパンの公式サイトにアクセスしてみた。
だが、トップページは**「メンテナンス中」**のまま、数時間経っても復旧しない。
会社の公式X(旧Twitter)も、すでに削除されていた。
「……これ、完全に逃げてるよな……」
彼のスマホに届いたニュース速報の通知。
「ノイラリンク・ジャパン代表取締役が行方不明」
「関係者の証言“最後に見たのは発売日前日”」
「会社関係者に外部からの不正アクセスの痕跡あり」
「……誰だよ、お前ら……」
陸は呟いた。
『神経戦線Ⅴ』は、確かに存在している。
プレイした記憶も、感触も、ソウタの倒れたあの瞬間も――
全部現実だった。
だが今、この世界から「作った者」が消えている。
まるで、何か別の“意思”が背後にあるかのように。
―アメリカでは、すでに“火”がついていた―
FBIニューヨーク支局・サイバー犯罪課。
「ウィルソン主任、また出ました。『FRV5』関連の急性失神症状。今月で23件目です」
若い分析官が、淡々と報告する。
“FRV5”――それは『Frontline Neuro Warfare V』、つまり“神経戦線Ⅴ”の海外正式名称だった。
主任捜査官のロイド・ウィルソンは、重たげな声でつぶやいた。
「全員、ゲームプレイ中にHPゼロを喰らった直後に意識を失っている。パターンは完璧に一致してる。
なのに……脳波も血圧も、医学的には“問題なし”」
「ですが、プレイ中の脳波ログ、少し奇妙な動きが出てます。
HPがゼロになる直前に、必ず特定の周波数パターンが出現してるんです。……まるで、催眠暗示か、強制入力のような波形」
「まるで、人間の神経に対して“意図的に”送られている指令だと……?」
「正確には“ゲームから”とは断定できません。ですが、発生源は全員、“同じ瞬間”です。
HPゼロ、“YOU ARE DEAD”の直後です」
ウィルソンは眉をしかめた。
「“死”の演出に、何が隠されている――?」
一方で、匿名フォーラム「DeepBlack」に、ある投稿が上がっていた。
【匿名】
“We warned them.
Japan is next.
This game doesn’t simulate death.
It invites something through it.”
(俺たちは警告した。
次は日本だ。
このゲームは死を“再現”してるんじゃない。
何かを、通して呼び込んでる)
「投稿者のIP:削除済」
「このスレッドはガイドライン違反により削除されました」
谷刑事が、国際協力課からの回覧資料を手にして、陸のもとへ戻ってきた。
「陸くん。……アメリカでも、倒れたプレイヤーが急増しているらしい。
FBIが動いている。“何かの信号”が原因ではないかと調査中だそうだ」
「信号……?」
「ただのゲームじゃない。
“プレイヤーのHPがゼロになる”という、ただそれだけのタイミングで、共通して神経異常の兆候が出ている。
だが、その“信号”がどこから来ているのか――誰にもわからない」
「……このゲーム、ほんとに“人間が作ったもの”なんですか?」
谷は答えなかった。
ただ、その目は、人間の領域を越えた何かをすでに疑っていた。
「……全国で、すでに二十数件の発症が確認されています。意識障害、呼吸停止、急性ショック。
けれど――それでも、“全体のプレイヤー数”から見れば、たった**0.1%**に過ぎません」
谷刑事が静かに報告書を閉じた。
「……0.1%?」
相原陸は、隣で眠る蒼太の顔を見つめながら、信じられない思いで聞き返した。
「じゃあ、残りの99.9%は……何事もなかったってことですか?」
「いや、“何もなかった”とは言えない。
あくまで倒れたのが0.1%というだけ。
他のプレイヤーにも、微細な頭痛、倦怠感、悪夢、幻聴……
“体調不良と断定できない違和感”を訴える者は、徐々に増え始めている」
「それって……ゲームをやったことで、何かが“入り込んだ”とか……?」
谷は黙ったまま、窓の外を見つめていた。
春の風が吹いているはずなのに、病室の空気は凍っていた。
その夜、陸は久しぶりにSNSを開いた。
『神経戦線Ⅴ』の関連ワードは依然としてトレンド入りしている。
だが、その中に一つだけ、異様なタグがあった。
#0.1%の壁
興味本位でタップすると、そこには“無事だったプレイヤーたち”が、言い知れぬ不安を吐露していた。
「HP0になったけど、無事だった。でも、あの瞬間、“見えた”んだ。
黒い影。自分の背後に立ってた。今も、誰かに見られてる気がする」
「助かった俺らは、“選ばれなかった”のか? それとも、“まだ選ばれてない”だけなのか?」
「俺の弟が倒れた。俺は無事。
なんで“あいつ”が0.1%で、俺が99.9%なんだよ……」
【注意】この投稿は運営により非表示となりました
陸はスマホを握りしめた。
「0.1%――“たまたま”で片づけていい数字じゃない」
確率としては小さすぎる。
でも、偶然とは思えない。
そこには、意志がある。
ゲームの中に、何かがいる。
選別している“何者か”が。
翌朝。
「……は?」
相原陸は、眠気も吹き飛ぶような違和感に気づいた。
スマホの画面には、消えていたはずのあの文字列が――
【ノイラリンク・ジャパン 公式サイト】
《現在、神経戦線Ⅴオンラインサービスは通常稼働中です》
「嘘だろ……?」
数日前、警察によって押収されたサーバー。
その時点で「全データ消去」「開発者不在」「システム構成初期化」という報告まで出ていたはずだった。
だが今、公式サイトは完全に復旧し、サーバーステータスは「稼働中」。
さらに――
《プレイヤーログ:再構築完了》
《セッション履歴:47,382件取得》
《映像データの閲覧には個別IDが必要です》
「……誰が、動かした?」
陸はすぐに谷刑事へ連絡を入れた。
「……こちらからは一切、再起動などしていない。
むしろ、我々が調査に入った翌日、ノイラリンク社の運用担当は全員“連絡不能”になった。
誰が操作したか、現時点で“社内からアクセスした形跡はない”」
「じゃあ、外部から勝手に再起動されたってことですか?」
「そうとしか思えない。だが、そのアクセス元は……“特定不能”。
ログイン履歴もすでに上書きされている。まるで“見せたい情報だけ”を残してるような」
谷刑事は深く息を吐いた。
「そしてもうひとつ、妙なことがある。
復旧されたサーバー上に――“警察が保存していなかったはずのファイル”がいくつも存在している」
「……それって……新しく“誰かが”アップロードしたってことですか?」
「それとも、**最初からサーバーの奥底に“隠されていた”**のかもしれない」
その日の午後。
陸は一通のメールを受け取った。
差出人不明。件名なし。
添付ファイルは一つ――「sou3_log_final.mov」
蒼太の、倒れる直前のプレイログ。
だが、それは陸が見たものとまるで違っていた。
ゲーム内、HPがゼロになる直前――
画面の奥に、ゆっくりと“人の形をした何か”がこちらに歩いてくる。
顔はない。影だけのような存在。
だが、それは確かに“蒼太”を見ていた。
再生が止まった瞬間、映像ウィンドウが勝手に閉じた。
そして、次の瞬間――
《ようこそ、選ばれし者》
陸の画面に、見覚えのない文字が浮かび上がった。
「……日本だけじゃなかったんだよ。
アメリカ本社のサーバーも、同じタイミングで復旧した。それも完全自動でな」
谷一郎刑事が、憔悴した表情でそう言ったのは、陸が警察署を再訪した日のことだった。
「FBIの報告によれば、サンフランシスコにあるノイラリンク・インターナショナル本社のセキュリティサーバが、4月6日午前3時(現地時間)に再起動。
誰の手も借りず、まるで“プログラムされたかのように”――いや、誰かが遠隔で命令を出したように、動いたらしい」
「午前3時……それ、日本時間だと……」
「午後7時。日本のサーバーが再起動した、ちょうどその瞬間だ」
陸は凍りついた。
「……じゃあ、あれは偶然なんかじゃなかった……。
“誰か”が、同時に両方を再起動させた。世界規模で――」
谷は無言で頷く。
FBIサイバー犯罪課の報告書は、機密扱いのはずだった。
だが、なぜかその一部がリークされていた。
海外のフォーラムでは、その内容が既に拡散されている。
【リーク翻訳抜粋】
4月6日 03:00AM(PST)、ノイラリンク本社データセンターにて異常動作検出。
アーカイブフォルダ“Ω-CORE”が自動展開され、未登録の実行ファイル“FRV_INIT_GHOST.exe”が起動。
同時に各国サーバーへアクセス指令を発信。日本、欧州、韓国、カナダに波及。
“この挙動は、人間の介入ではなく、意志を持った自律系の反応と一致する”
「これは、もう“ハッキング”とかそういう次元の話じゃないよな……」
陸がポツリと漏らす。
「……ああ、もはや“人工知能”とか“プログラム”とか――そんな枠組みじゃない」
谷はしばらく黙った後、机の上のタブレットを差し出した。
「さっき、FBI経由で届いた映像だ。見てくれ。
アメリカで“生還した”プレイヤーの一人が、自分のプレイ映像を提出したものだ」
陸は再生ボタンを押した。
映像の中、プレイヤーがHPゼロになる瞬間――
背後の壁に、“黒い手”のようなものがゆっくりと現れる。
そして、画面の端に一瞬だけ、“No.000001”というタグが点滅する。
「……これ、“蒼太の映像”にも似た現象が……」
「さらに悪いことがある。
映像解析で判明したが、あの“黒い手”の光源には、電磁波では説明できないデータノイズが含まれている」
「まるで、“あの世界”が、現実に“染み出してきている”ような……」
谷は頷いた。
「これはもう、“ゲーム”じゃない。
世界規模の侵食だ」
「なあ、信じられるか……?」
谷刑事が、疲れ切った表情で画面を指さした。
そこには、今この瞬間も進行しているリアルタイムのプレイマップが映し出されていた。
光点の数、32万4,511。
全世界での同時接続プレイヤー数。
「倒れたやつが出てるってニュースも、FBIが動いたって報道も、もうSNSで騒がれてる。
それでも、誰もやめてない」
相原陸はその数字を見つめながら、言葉を失っていた。
「むしろ……前より増えてる……」
「そうだ。
事故の報道以降、逆にプレイヤー数は急増してる。
まるで、“あのゲームが人を引き寄せてる”みたいにな」
「これ……ただの人気とか中毒とか、そういう問題じゃない……」
陸は思い出していた。
SNSで見かけた言葉。
“やめようと思っても、なぜかログインしてしまう”
“夢に出てくる”
“ゲームが呼んでる気がする”
“あの世界に、帰りたくなる”
谷は低くつぶやいた。
「世界中で今、何十万人ものプレイヤーが、毎秒のようにHPを失って、
そのうち0.1%が、“向こう側”に連れて行かれてるかもしれない。
だけど、誰も止めようとしない。いや……止められないんだ」