黒髪の少年
更新来週と書いたのですが、書けたのでupしました。
読んで下さり、ありがとうございます。4/9。
「もう、お前のせいで恥をかいた。今日は家に入るんじゃないよ」
「そうよ、そうよ。この子のせいよ! え~ん、お母さん。私、悲しいわ」
「まあまあ、なんてことでしょう。早く外にお行き!」
「そんなぁ…………。(夕食は貰えないのね)」
お茶会から帰って来ると、私達を待っていてくれた父はラメン子爵に呼び出され、すぐに出かけていった。
私の幸せそうな顔を確認してから、「行って良かったな」と頭を撫でてくれてから。
初めての社交に行く私を心配してたみたいだ。
でも義母達のストッパーである父がいなければ、私の扱いはいつも通りだ。
夕方が過ぎた春はまだ少し肌寒い。
父からのドレスを脱がされ、いつもの普段着で外に出されて呆然とする私。
この時間に出されたら、夜も入れてくれないだろう。
せっかく幸せ気分で眠れると思ったのに。
気温が下がってきたので近くの森に向けて歩き、寒さを誤魔化すことにした。
「あ~あ、何で怒るんだろう? 余計なことは話さなかったし、口だってほとんど開けないでリスみたいに食べてたのにな。今日はどこで眠ったら良いんだろう?」
てくてく歩いていくと、いつもお世話になっている木の場所に来ていた。
空腹を満たしてくれる木々達のところだ。
木には甘夏みかん、草原には苺が実っていた。
こんなに美味しいのに誰もこの付近には近寄らず、いつも私を待っていてくれるようだった。
夕食がわりに甘夏みかんを向いて食べる。
「ああ、美味しい。歩いたから疲れちゃったよ。いつもありがとうね、森の木さん」
大きなその木に寄りかかり、村の方を見ると灯りが点々とつき始めた。
徐々に夜が更けてきたのだ。
寂しくなって膝を抱えてしゃがむと、どこからか声が聞こえてきた。
「こんなところで何してるの? 家に帰らないのかい?」
それは優しげな顔の少年だった。
黒髪で金の瞳の、ルージュナと同じくらいの背丈の子だった。
帽子を被り動きやすい服を着ているその子は、心配してくれているようだ。きっと領地の子なのだろう。
「お義母さんと喧嘩? したら、外に出されたの。今日は入れて貰えないわ、きっと。すごく怒っていたから」
何だか話しやすくて、次々と言葉が出てくる。
それでやっと、自分が心細かったことに気づいた。
しばらく聞いてくれた後、その少年は付いて来いと私を促した。
着いた先は大木の上にあるハンモックだった。
その木の上のは、開いた手のように天辺が平らで回りに太い枝が繁っていた。
雷の後にこうなったそう。
その枝に布を結んで、寝られるようになっていた。
なんと、毛布まで付いているではないか。
「高い所にあるこの場所なら、森の獣には襲われないさ。それとこれ、獣避けの臭い袋もあげるよ。
俺の秘密基地だけど、特別に貸してやる」
「本当? でも貴方はどうするの?」
「俺は家に帰るよ。だからここを使え。君、何か心配だし、いつまでも使ってて良いぞ」
「……そう、行っちゃうのね。あ、でも、ありがとう。今日は借りるね」
「お礼なんて良いよ。心配だけど、俺も朝一で畑仕事あっからさ。もう行くわ。
これやるから、今日はもう寝ろよ」
少年がくれたのはべっこう飴だった。
お砂糖を溶かして煮詰めて作ったらしい。
5つもある。
「ありがとう。大事に食べるよ」
「良いって、そんくらい。でもさ、仲直りできると良いな、家族と」
「うん、そうだね。頑張るよ」
「そうか。じゃあな」
「うん、おやすみ」
私がお礼を言うと、するすると木から降りた少年は、「おやすみ」と手を振って走っていった。
さっそくハンモックに入って空を眺める。
夜空には星が瞬いて月の光が辺りを照らす。
口に飴を含んでなくなると、眠気で目蓋が降りた。
◇◇◇
ルージュナの眠った頃、先程の少年がハンモックに近寄りその寝顔を見つめた。
「ああ、ルージュナ。辛いかい? もうあそこへ帰りたくないかい? 私と一緒に生きるかい?」
少年の体が光ると、ルージュナの母親であるナルートへと姿が変わった。
この寒空の中で追い出された娘が不憫で、つい手助けしてしまったのだ。
ルージュナなら凍えることもなく、どこかで休める場所を探せたかもしれないけれど。
それでも、辛そうな娘を放ってはおけなかった。
ただナルートが生きていることは、まだ明かせない。
知ってしまえばきっと、ルージュナは共にいたいと言うだろう。
そうなったなら、出自を話さなければならない。
どうやって生き残ったかも、話すことになるからだ。
ナルートが猫又の能力で生き延びたことを。
そうなれば、ルージュナが人間と猫又の混血だと知ることになる。
さらにナルートを狙ったのが、ラメン子爵の手の者だと言うことも。
追い出すだけで殺意はなかったかもしれない。
けれど義母であるトランコーツがそれに関わっていると知れば、人間が嫌いになるかもしれない。
もしそうなれば、ルージュナの生きる選択肢を狭めることになる。
だからナルートは、そっと見守ることにしたのだった。
◇◇◇
翌朝。
ルージュナはいつも通り家に戻り、裏口から入って部屋の掃除をしていた。
父シオンがいるか分からないが、彼には手伝いをしていると話しているから違和感はないだろう。
トランコーツとミロソも、ルージュナを見ても何も言ってはこなかった。
逆に姿を見せず、シオンが探すことになれば、それこそ後が大変だったはずだ。
その日も掃除を終えてから、使用人の残したスープを鍋からすくって飲んだ後、こっそりとハンモックのある木を目指した。
とっても居心地が良かったからだ。
夜はあの少年はいないはずだから、また借りようと思ったのだ。
あの場所に行くと心がとっても温かくなる。
どうしてかは分からないけれど。
毎夜ハンモックで眠り、気づかずままにルージュナの猫又の血で覚醒した人格で狩りを行う。
鹿やうさぎ、時には熊に挑み、その肉を食む。
勿論、生で。
その様子を見守るナルートは、狩りの上達振りに得意顔で頷いた。
「もう狩りは一人前だね。だから私は、残った毛皮をなめしてお金に代えてあげよう」
人知れず行動するナルートは、着々と動き始めていた。愛する娘の為に。
◇◇◇
ナルートの変身は、化ける相手の毛があると楽にできる。
想像することで、美女にも大男にも変化できるが、とても疲労するのだ。
その点、誰かの毛があれば、それが遺伝子レベルで体に取り込まれ、体を簡単に変化させられるのだ。
猫又の状態で、手に入れた毛を胸部分にさせば、毛根が復活し、ナルートの栄養で成長していく。そしていつでも、その姿になれるのだった。
ルージュナが見た少年は、過去にナルートがあった幼子だ。少年になっているのは、毛が成長しているからだ。何れ本体が死ねば、毛根も抜けて地に還る。
少年はここに来る前の土地にいたから、鉢合わせすることもないだろう。
ナルートは過去に、お屋敷勤めをしたことがある。
そこでたくさんの毛の採取に成功していた。
「これを使って、あの子を教育していこう。もう13才なのに、まったくと言うほど何も学んでいないのだもの。連れ出す方法なんて、幾らでもあるわ」
そう決意するナルートは山の熊に挑み、肉と皮を綺麗に分けていた。
元々、怪力と鋭い鋼鉄の爪とダイヤのような牙を持つ猫又だ。熊など敵ではない。
夜な夜な猫又スタイルで狩りをして、日中は冒険者に化けて品物を売りに行き、お金を貯めていた。
せっかく男爵令嬢に生まれたのだから、その体験もさせてあげたい。
そんな母心は、お茶会で嬉しそうなルージュナを見て芽生えたのだった。
「あの時のルージュナは可愛かった。それにとても幸せそうで。ならばその資格を得られる援助をしてあげるわ」
静かに眠るルージュナを見つめるは、そっと手を握りしめた。
◇◇◇
翌日。
ルージュナの家のユコーン男爵家に、伯爵家の娘の話し相手を募集している話が持ち込まれた。
体が弱くて外に出られないらしい。
話すのは伯爵家の執事だった。
「1年で200万円お支払します。娘さんにも教育を施しますがいかがでしょう」と。
トランコーツはその話を聞き、悩んだ。
男爵家の娘だと見込まれて、話し相手を申し込まれたのだろう。
この土地は田舎だから、王都で教育を受けられるのは願ってもないことだ。
けれどミロソは今、太ったことで自信をなくしている。それに娘と離れたくはない。
だけどルージュナはもっと無理だ。
下手をすれば使用人より何もできない。
学習なんて、何もさせてないからだ。
でも200万円なんて、大金だ。
この領地の1年分の税収が3000万だから。
税収が少ないから、男爵のシオンも急がしく働いているのだから。
「あのぉ、執事様。もし仮に途中でクビになったら、お金はどうなりますか?」
少し小首を傾げ、そうですねと考える執事。
「その心配があるならば、出来高制でも良いですよ。仕事を終えた段階までの金額をお支払するように。
親元から離れるのは寂しいですからね。
あと連絡は私宛にお願いします。
雑事で旦那様を煩わせたくありませんので」
そう告げて執事は去っていった。
返事は1か月後、再び訪ねた時に聞きますと言って。
「お金、お金、200万円。ミロソと一緒に家庭教師に勉強させなきゃ。
とりあえずはマナーよね。
挨拶、食事、話し方……。ああ、忙しいわ」
シオンに相談する前に、すっかり話に乗る気のトランコーツ。
「シオンには、行儀作法を学べると言いくるめれば良いわ。あんな娘が1か月でも勤めれば、16万以上貰えるのだもの。タダ飯食いにはうってつけの仕事よ!」
どんどん勝手に話が進んでいく。
訝しむルージュナも、自分が奉公に出されると聞けば納得した。
(家で掃除するのも、他人の家でするのも同じよね。お菓子も食べられると良いなぁ)
貴族の家だからマナーを身につけろと言われ、いろいろ詰め込まれる。
初めての経験だが、教えて貰えることが新鮮でぐんぐん吸収するルージュナ。
初歩の初歩だが、楽しかった。
ミロソは基礎を学ぶルージュナを嘲笑った。
こんなこともできないのかと。
そんなことさえ気にならないほど、ルージュナは学ぶ喜びに熱中していた。
食事する時もトランコーツ達と一緒で、傍には家庭教師が一つ一つ教えていく。
フォークとナイフを触るのは5才の時以来だから、何度も注意を受けた。
だがトランコーツの欲も絡んでいたので、スパルタ教育の甲斐もあり、最低限のマナーを身につけたルージュナは王都に行くことになった。
ルージュナは王都に旅立つ前に、ハンモックのある場所に手紙を残した。
場所を貸してくれたお礼と、王都に行くことを。
そして非常食に貯めていた、クルミと木の実を置いてきたのだ。
「どうもありがとうね。しばらく来れないけど、元気でね」
木に触れてお礼を言い、あれから少年に会えないことを寂しく思った。
直接お礼を言いたかったから。
シオンには200万のことは伏せられていたが、ルージュナの役に立つならと、あっさり許可がでた。
「体に気をつけてね。辛かったらすぐ手紙をくれれば、迎えに行くからね」
「しっかり学んでくるのよ。辛いことも少しは我慢なさい」
「ああ、清々するわ。私達の為に、ちゃんと働きなさいね」
父の心配と空しい義母達の声を受け、ルージュナは王都に旅立つのであった。