第7話
磔にされた観測班員たちは、一目でその生存に希望が無いことが分かった。手足の一部は引きちぎられ、果ては内臓の一部が体外に露出していたからだ。
「クソっ」
バートラムが吐き捨てるようにそう呟くと、なだらかな稜線を登り、観測班員のそばに近づく。凍り付くようなこの寒さのおかげか、見た目ほど死臭は漂っていなかった。
望みはないと知っていても、バートラムはその首筋に手を当て、脈を取ろうとした。凍り付いた体からは冷たさ以外を感じることはなかった。
「装備品を一か所に集めて、処分の準備だ……彼らの死体もだ」
窪みで警戒に当たっていた3人にそう声を掛けるバートラムの声には、悔しさが滲んでいた。
各々、構えていた小銃を肩にかけなおし、散らばっていた装備品を一つ一つ確かめていく。
まずは何よりも観測班員が装備していた小銃だ。銃身は折れ曲がり、血まみれになっているが、死体の足元に人数分揃っていた。
突然襲われてしまったのだろう、弾倉どころか薬室の中にも弾丸は残されていたままだった。殺されるなどと思ってもおらず、彼らは反撃する暇もなく、鏖殺されたことになる。
外れてしまった時計などの装身具、ファーストエイドキット。一つ一つ漏れが無いように揃え、ひとまとめに集積していく。
「ディミトリウス、頼む」
焼夷手榴弾の一つを取り出したバートラムが、それをディミトリウスに手渡す。山積みにされた装備品の底に仕込んで焼却処分するためだ。観測班の死体も装備の上に積み終われば、ワイヤーを使い遠隔で起爆する為の手筈を整えさせる。
「プロスペローは彼らを木から降ろしてやってくれ」
プロスペローが静かに頷き、観測班員の死体を巻き付けるのに使われていた木の蔦を取り外しにかかった。
細々としたものまで丁寧に拾い集め、手書きのチェックリストに書き込んでいたバートラムが難しい顔をしていた。
手元の鉛筆がリストの項目を何往復かするたびに、その表情はさらに厳しさを増した。
「無いぞ……端末が一台、無くなっている」
タブレット型の端末が一組、どこにも見当たらなかった。バートラムらが装備している、無線機やナビ等が一体型になっているタイプのものだ。
今一度周囲を探し回っても見たが、何処にも残されている気配はなかった。
観測班員たちは逃げる間もなく、この場で殺害されていることは明白であり、そのほかの装備品は遺体の傍や、窪みの露営に散らばっていた。そうなのであれば、考えられることは一つ。
「持ち去られた、と言うことでしょうか……」
恐る恐ると言った感じでカタリーナがそう声を掛けた。
「状況から見て、観測班を殺した者が持ち去った可能性が高い。そうなったら最悪だ……」
タブレット端末の中にはこの世界だけではなく、それこそ”天界”の情報だってぎっしりと詰まっている。それが堕天使側に渡るのはマズい。
「現地住民が持ち去った可能性は?」
装備品の焼却準備、焼夷手榴弾を仕掛け終わったディミトリウスがそう尋ねた。
「限りなく低いな。もし持っていくとしてもタブレットなんかじゃなく衣服をはぎ取るはずだ。この時代の技術水準ではあんなもの薄っぺらい板にしかならん」
「”電子機器”の価値が分かっているからこそ、タブレットだけ持ち去ったわけね……」
つまりは現代から転生してきた、少なくともこの場に居る者たちと同程度に現代の知識がある者以外が、わざわざ持ち去る必要性は無いのだ。
「仕事が一つ増えたな……」
とまれ最終的な目的地にあるのだろう。堕天使側に回った勇者ごと、処分してしまうだけの話。
「……日が落ちきる前に出発したい。ディミトリウスはそのままプロスペローの手伝いに回って作業を急がせてくれ。カタリーナは俺と周辺警戒だ」
了解、と二人して返事を返した。
観測班員の体にきつく巻き付いている蔦を丁寧にほどきつつあるプロスペローにディミトリウスが加勢し、一人、そしてまた一人と縛り付けられた死体を降ろしていく。死後硬直のせいで固まったままの死体を、集めた装備の山の上に櫓を組む様に積み重ねていった。
最後の一人を降ろそうと、蔦から解き離れた死体をプロスペローが受け止めた時だった。何か透明な、蜘蛛の糸の様なモノが、その死体に引きずられたかのように、伸びた。
「離れろ! プロスペロー!」
作業を見守っていたバートラムが言うより早いか、プロスペローが抱きとめた死体の陰からヌルリと影が飛び出し、避けようもなくプロスペローの体へと向かった。左の脇腹に食い込んだそれは、チョッキの中に入れられていた防刃プレートなどまるで無い物のように、するりとその体を貫いていた。