展開
1
番太池死体遺棄として始まった殺人事件はここに来て、全国広域捜査となる。新潟県魚沼市で新たな遺体が発見され、同一犯の可能性が高いと判断されたからだ。よって捜査員は倍以上の130名体制となることが決まる。
捜査本部は新潟の魚沼警察署に移設されることとなり、ここ武蔵大和署刑事組織犯罪対策課の担当者も現地に向かうこととなっていた。予定では明日からの出張だったが、ここであらたに本庁の捜査一課強行犯捜査第三係が捜査に加わることとなり、彼らが内容確認に訪れるという。
捜査一課を待っている犯罪対策課の面々はいつになく、落ち着かない。それを鮫島が不思議そうに見ている。
特に二宮が落ち着かない。いつもと違って服装や髪形も決まっている。なにやらコロンもつけているようだ。
「二宮先輩、今夜はデートですか?」鮫島が疑惑の目をむける。
「え、いつもと同じだろう」
「とんでもない。いつもの5倍は手入れされてる気がしますよ。目ヤニもついてないし」
「失礼な事言うな。目ヤニなんかつけてないぞ」
「目ヤニどころか、鼻くそが付いてるときもあります」
そんな様子を神保は笑顔で見ている。「鮫島は知らないからな」
「何をですか?」
「今日、本庁から来る冷泉っていうのはうちの署にいたんだよ」
「ああ、そうなんですか、旧知の仲ってやつですね。たしか女性刑事ですよね」
「そう、冷泉との入れ替わりで鮫島がうちに配属になった」
「なるほど」そう言ってはっとする。「つまり、二宮先輩はその人に気があるってことですか」鮫島はうれしそうに二宮をからかう。
「そんなわけあるか」二宮はたじたじである。
ちょうどそこへ佐藤係長とともに冷泉たちが入ってくる。
それを見た鮫島が固まる。
冷泉が真っ先にこちらに来て挨拶する。「皆さんご無沙汰してます」いつもの笑顔である。
鮫島が叫ぶ。「茉莉華!」
冷泉は初めて見る鮫島に驚くが、すぐに笑顔で返す。「それは内緒の話ですよ」
武蔵大和署の連中が冷泉を囲んで旧交を温める。
場所を会議室に移し、状況確認会議が始まっていく。
捜査一課は清水班長と保科、冷泉の3名で、武蔵大和署は佐藤係長、神保、鮫島となっている。このメンバーで明日から新潟出張となる。
全員の挨拶が終了し、清水が話を始める。
「番太池の捜査資料は一通り見させてもらいました。そのうえで詳細を確認させてください」
佐藤が受ける。「はい」
保科が手を上げ発言を求め、佐藤が促す。
「自分の勘と言うか、感想に近いものですが、この事件、正義の味方事件に酷似していますよね。どう考えますか?」
一瞬、佐藤と神保が目を合わす。そして神保が発言する。
「その通りです。うちでも疑念を持って捜査もしたんですが、あの事件で使われた薬品はもうないということと、犯人死亡もあって可能性は無いと結論づけました」
「なるほど、わかりました。捜査資料に記載がなかったので確認の意味です。つまりは無関係と言うことですね」
「そうです。薬品会社の研究所にも確認は取りました」
「となると同じような怪力の持ち主が存在するということですね」
「そうなります」
「魚沼円形分水工の事件も同じように怪力とそれと何ですかね、人間業とは思えない。20m近い木の上まで遺体を運んで、木の幹に突き刺すなどという」
魚沼市の捜査資料はすでに公開されており、武蔵大和署でも確認していた。
保科が続ける。「それでこちらで考えているのは、あの事件と同じような方法を別の人間が考え出したのではということです」
武蔵大和署の面々が驚く。神保が言う。
「ただ、あれは科学者、それも天才ともいうべき人物がいたからこそできたことです」
「そうなんですが、同じような天才がいてもおかしくはないとは思いませんか?」
ここで鮫島が意見を言う。「木に遺体を吊るすのはそれほど難しくはないのかもしれません。私であれば遺体を持って木に登れます。それとそれを突き刺すことは常人でもできるかもしれません」
保科が笑顔を見せる。「なるほど、それも一理あります。現場を確認することも必要ですね。ところで鮫島巡査長であれば番太池の事件も何とか出来そうですか?」
「あそこまでは無理かもしれません。ただ、まったく出来ないことではない気もしています。それよりもあんな残虐な行為自体が出来ません。人間としての知性を感じません」
「同感ですね。知性というよりも悪意ですね。それも凄まじい、まるで親の仇とでもいうかのようです」
鮫島の顔が曇る。彼女は母親を殺されている。親の仇という思いには共感できる部分があるのかもしれない。
冷泉が意見を言う。
「うちの班で意見交換をしたんですが、やはり超人ともいうべき人間の存在を考慮すべきだと思っています。推測するにもそれが前提であったほうが、犯人に近づける気がしています。それと白岡の殺害なんですが、リビングで行われたのは間違いないんですよね。他の場所から血液反応は出なかった」
「そのとおりだ」神保が言う。
「リビングは広いようですが、それでも被害者は手足をもがれるのに動き回るのが普通です。資料を見ると血痕は一部しか検出されていませんよね」神保がうなずく。
「つまりは相当な力で押さえつけるかして、手足をもいだとみるべきです。のたうち回ることさえ許さずに」冷泉は少し口ごもる。
神保が補足する。「まずは声を出せないようにのどを破壊した。その上で冷泉が言うように殺害していったと考えている」
冷泉が続ける。「屋敷の外にあったゴミ缶を部屋に持ち込んでから、バラバラにした遺体を詰め込んでいる。それも強力な力で。そして室内の証拠隠滅をおこなった。資料によると酸素系の漂白剤が使われたとあります。ルミナール反応を考慮しての行為ですよね。残虐な行為とは裏腹にすべてにそつがない」
保科が冷泉の様子を嬉しそうにみている。先日の打ち合わせでもこの意見は冷泉の筋読みになる。
「それと防犯カメラです。白岡邸近くのカメラが壊されています。これも硬質な、例えばパチンコ玉のような金属の固まりを使ってカメラを破壊したと考えます。カメラに映らない場所から、物体を投げて破壊する。プロ野球選手であれば可能であると聞いています。ただ、一回では無理のようですが、つまりは知能が高く、運動能力も高い、そういった超人の存在を考慮するべきだと思います」
神保がうめくように言う。「正義の味方事件と同類だな」
冷泉がうなずく。「それとはっきりとは言えませんが、遺体を運び出した人間は殺害した人間とは異なると思います」
神保が質問する。「それはどうしてそう思うんだ」
「もし犯人であれば、運搬時の姿も防犯カメラにさらさなかったと思います。白岡邸での殺害はそれほど用意周到でした。それに対して運搬と遺体の遺棄についてはそこまでの用意周到さが見られません」
「しかし、ナンバープレートを隠したり、その後表示したりしているだろう。知能犯だよ」
「そうですね。ただ、車種を特定出来たり、姿が残ったりと実行犯ほど注意深くは無いように見えます」
「じゃあ、どう見るんだ?」
「雇われた人間ではないかと思います」
「雇われた知能犯なのか?」
「いえ、運搬方法についても雇い主から細かい指示を受けたと考えます。ですので雇い主、この場合ホシですが、それは相当な知能犯です」
武蔵大和署の連中は呆気にとられる。
ここで保科が話を繋げる。「その線でサイバー対策課にネット情報を当たらせています。依頼を掛けた事実があれば、そこから犯人に結び付くかもしれません。それとそうなるとホシは一人ではないのかもしれません。組織的な動きのように思っています。あまりにスムーズに殺人を進めている。その残虐性とは裏腹にです」
そこにいる人間は冷泉と保科が言うことに納得の表情である。確かにそういった考え方が成り立つ。
話し合いを終え、冷泉は帰途につこうとしていた。保科と清水はすでに戻っている。冷泉にとっては慣れ親しんだ所轄である。それなりに旧交を温めてからとなり、遅くなったのだ。
署の表玄関に出た時に後ろから声を掛けられる。振り返ると鮫島がいた。
「冷泉さん、ちょっといいですか?」
「大丈夫、何かな?」
「すみません。プライべートな話で恐縮なんですが」冷泉は笑顔である。「私、茉莉華の大ファンで、ずっとあなたに憧れてました」
「ああ、そうなんだ。でもごめんね、イメージダウンで」
「とんでもないです。増々憧れます。あの頃よりもきれいになられています。私もあなたのようになりたいです」
「ありがとう、でも茉莉華の話は止めてもらいたいんだ」
「はい、わかります。犯罪課の人達もあなたの話は全然しませんでした。みんな冷泉さんのそういった気持ちを汲んでたんですね。それで私は何も知らなくて、今日来られてびっくりしました」
「みんないい仲間だもん、ここは最高の職場だよ」
「二宮先輩はダメダメですけど」
「ふふ、でもいい先輩でしょ」
「まあ、そういうことにします」
「座って話をしようか?」
冷泉は鮫島と受付脇の長椅子に座る。そうして鮫島の気持ちに応えようとしている。
「私、高校時代に茉莉華を見て、いっぺんでファンになりました。でも今はあの時以上に素敵なんでびっくりしました」
「そうかな。もうすぐ三十路なんだよ。劣化してるし」
「とんでもない。私なんか最初から劣化してます」
冷泉が笑う。「そういえば、鮫島さんは格闘技をやってるのよね」
「二宮さんから聞いたんですか?はい、ジークンドーです。ああ、マーシャルアーツの進化系みたいなやつです」
「わかる。私も少しは、やってるから。何か大会でも優勝するぐらいだって聞いたよ」
「いえ、小さな大会ですから」
「また謙遜して、でも今回の捜査では力になってね」
鮫島の顔に緊張が走る。「どうですかね。相手は化け物のようなやつです」
「確かにそう思う。人間業とは思えない」
「はい、そう思います」
そう言いながら冷泉は遠くを見る目をする。「正義の味方事件の犯人が言ってたことなんだけどね、力を持つことは怖いことで、力は人間を狂わせるって」
鮫島はその言葉を反芻する。そしてうなずく。「わかります」
「力を持つとそれに酔ってしまう。人間って弱いものだから」
「私もそうならないように戒めてます。本当に力が必要な時にだけ使いたいです」
「そうだね。警察官が持つ銃だって、使わなくていいもののはずだよね。でも使わなくてはならない時もある」
「はい」
「なるべくそうならないようにしたいよね。あ、そうそう、どうかな。鮫島さんならそんなことにはならないかもしれないけど、女性刑事って大変だよね。警察機構って何かと旧態然としてるから」
「そうですね。わかります。でも私にどうこうしようとする人間はいませんけど」
「ふふ、そうかな。かわいらしいと思うけど」
鮫島は真っ赤になる。「ありがとうございます。お世辞でもうれしいです」
「そうだ。歳も近いんだから、名前で呼び合うようにしよう?」
「いいんですか?」
「私は三有、あなたは?」
「ゆきです」
「じゃあ、ゆき、また明日ね」
「はい、みう、さん」
「みうでいいって」
二人で笑いあう。
明日からは新潟で捜査が始まる。陰惨な事件は解決に向かえるのだろうか、冷泉は一抹の不安を感じていた。
2
翌日、新潟県警魚沼署に捜査本部が立ち上がる。本庁と武蔵大和署、さらには県警各署からも大勢の参加となる。
まず最初に行うのは、本庁や各地区から参加の捜査員による現場検証からである。まず現場を見ることが重要なのである。これはいつの時代も変わらない。
青々とした稲田の中を数台の捜査車両が走っていく。これから夏に向けて稲はさらに成長していくのだろう。そして山間の道に入っていく。
保科が冷泉に話す。
「これから行くのは日本の米どころを支える用水路だ」冷泉がうなずく。道路沿いにはそこから流れてきた川が見える。「犯行現場に何か意味があるのかな」
保科の言葉に冷泉が引っ掛かる。「保科さんはどう考えますか?」
「あるんだろうな。ホシの知能は相当に高い。ひょっとすると何かのメッセージなのかもしれない」
「メッセージですか」
そのまま保科は黙って何かを考えている。
分水工にある空き地のような駐車場に車輛を止めて、捜査員50数名が森林部に入って行く。
冷泉が捜査資料を確認しながら話す。
「鑑識の調査によると、道中にもマル被の血痕らしきものや残留物が木々に付着していたとありますね」
「まあ、追いかけられたとみるべきだろうな。何せホシはサイコパスだからな。殺人を楽しんだのかもしれない」
この木々の間を逃げ回るのには骨が折れただろう、まさに樹海である。地面も平たんではなく、様々な障害物でまともに走ることはできない。今、こうして普通に歩くのにも苦労するほどだ。
そして遺体発見現場まで来る。分水工からは500mぐらい入ったところになる。
「鑑識の見立てだと、ここまでで右足をもがれている。それも一人づつだ。まあ、これでマル被は戦意喪失なんだろうな。片足だと逃げることもままならない」
「そして次に左足です」冷泉は口にするのもはばかられるように顔をゆがめる。
「その後、両手をもいでから、顔を破壊している。この段階でショック死はしてるんだろうが、人間の仕業とは思えない。顔の破壊は番太池と同様に証拠隠滅目的だな。歯形もわからないらしい」
「その後、頭部がついた胴体を木の上に突き刺しています」
保科たちが木の上を見る。
「いったん枝を切って突き刺せるようにしてから、胴体を運んでる」
鮫島が県警の担当者に木に登る許可を取っている。それを見た県警の幹部が慌てて止めようとしている。
上司の佐藤係長が笑顔で幹部に話す。
「大丈夫ですよ。上まで行くわけではないですから」
幹部は了承して、鮫島が木に登っていく。
周囲の連中はあっと言って驚く。なんと鮫島がするすると登っていく。まるで猿のようである。
「大丈夫か?」そこにいた幹部がたまらず叫ぶ。鮫島の大丈夫ですの声が上から聞こえる。
結局、鮫島は遺体が吊るされた場所まで登ってから、ふたたびするすると降りてくる。
閉口している幹部に謝りながら、神保が鮫島に質問する。
「どんな感じだ?」
「登れますよ。遺体は40㎏でしたよね。背中に担いでいけば余裕で行けると思います」
「つまりホシは鮫島クラスの体力を持っているわけだな」
ここで保科がつぶやくように言う。「それにしてもホシは何だってそんなことをしたんだろうな」
冷泉が答える。「何か意味があるんですかね」
保科は考え続けている。そしてしばらくして県警の担当に質問する。
「ここだと普通は見つかる可能性は低いんですよね。山道からも相当奥に来てます」
「まあ、そうですね。捜査資料には記載が無いんですが、発見者は分水工の職員ではないんです」
「え、そうなんですか?」
「はい、実はこの地域で野生の動物が死亡しているという事案があって、大学の研究者が調査をしていました。その過程で見つかったということです」
「そうでしたか」
「連絡してきたのは分水工の職員でしたので、あえてその件については触れていませんでした」
「野生動物の調査ですか?」
「そのようです。割と広範囲に動物の死亡が確認されたようです」
「原因は何なんですか?」
「詳しくはわかりませんが、自然死だということです」
「自然死ですか」
「毒物だとか、襲撃されたとかの痕跡がなかったそうです。まあ、我々専門外なんでよくはわかりませんが」
「なるほど、ただ、そういう調査をしていて発見できたということですね」
「そうです」
「その大学の研究者はわかりますか?」
「え、必要ですか?」
「そうですね。発見時の話なども聞いてみたいものですから」
「そうですか、えーと、これですね」
そういって担当が保科に資料を見せる。保科がそれをメモしている。何か気になるのだろうか。冷泉が聞く。
「保科さん気になりますか?」
「いや、どうかな。大して関連するようなことでもないと思うが、後で気づくこともあるからな」
冷泉がうなずく。
そして本部に戻って最初の捜査会議が催される。情報共有と今後の捜査方針、さらには役割分担について決定することになる。
本庁の本部長が会議開催を告げる。そして遺体発見以降、判明したことについて所轄鑑識から報告が始まる。さすがにこれだけの人間の前で発言するのは慣れてなさそうな、年配の所轄担当が汗だくで話す。
「マル被についてその後、判明した事実について報告します」始まったばかりだがタオルでもって額の汗をぬぐう。「いまだに身元は分かっておりません。年齢については両名とも20代前半と思われます。死後2週間は経過しています。司法解剖については専門機関に依頼中です。血液型は両名ともA型で、現在までDNA型で合致した者は見つかっておりません。指紋についても同様です。さらに行方不明者の検索にも該当するものはおりませんでした」再び顔をぬぐってから続けていく。
「ホシについても有力な痕跡はありません。番太池事件と同様に手袋を使っています。マル被には直に触れておりません。手袋やそれ以外の残留物なども見つかっていません。今後も捜査は続けますが、今の所はここまでとなります」
本部長が質問する。「樹海だけではなく、他から何か見つかっていないのか?車で来たんだろうから、そういった点はどうなんだ?」
所轄の捜査員が手を上げ、本部長が促して発言を始める。
「ご指摘の点については、防犯カメラによる解析を進めようとしましたが、残念ながら破壊されておりました。元々、分水工周辺にはカメラの設置がほとんどなく、事務所入り口と分水工自体の2か所となります」
「録画が無かったとは聞いたが、破壊されてたのか」
「そうです。画像が撮れていなかったのでカメラを確認したところ、破損が確認されました。この手口も番太池事件と同様です」
「それはいつだ」
「最後の録画は13日前です。死亡推定時刻とも一致しております」
「最後に撮影された画像はどういったものだったんだ?」
「はい、深夜でもあり、ほとんど判別できるものが映っておりませんが、やはり何かの物体が当たって壊れたようです」
本部長が頭を抱えている。その後も所轄による捜査報告がなされるが、有力な情報は無かった。以降は各担当への捜査指示が与えられる。
会議場の廊下には捜査員たちが、それぞれの受け持ちをどうやって作業するか打ち合わせ中である。清水班にはマル被の素性を確認する任務が与えられた。他の捜査員同様3人で打ち合わせをしている。
清水が保科に確認している。
「保科はどうする?」
「マル被の手掛かりですよね」そう言って保科は自身のメモ帳を確認する。
「保科メモか」清水はからかうでもなく、つぶやく。これまでも何回も保科の筋読みで事件解決にまでたどり着いている。
保科が何かに気づく。「そうだ。ちょっとここで待っててください」
保科はそういうと所轄の刑事のところに行く。そして何やら話し込んでいる。
清水が冷泉に話す。「何か気付いたのかな」
「あの件じゃないですか、この地域で動物が自然死したとか言ってましたよね」
「え、そんな話か」
すると保科が戻って来る。清水が鎌をかける。
「動物の自然死の件か?」
保科が驚く。「そうです。さすが班長もするどいですね」
「まあな」そう言って冷泉をにやりと見る。
「東京農林大学の先生が発見したそうなんですよ。まだこちらに滞在しているようなので話を伺ってきますよ」
「わかった。冷泉と行ってくれ。俺はマル被の足取りを追ってみる」
「わかりました。教授の聞き取りが終わったら、こっちもマル被の足取り捜査に移ります」
保科は冷泉を連れてその場を離れていく。
後ろをついていく冷泉が話しかける。「教授はどこにおられるんですか?」
「新潟市内のホテルだそうだ。ちょうどこれから東京に帰るところだったらしく、時間をとってもらえた。ラッキーだったよ」
「そうですか、ついてましたね」
「清水さんが言ってた動物の話は冷泉だろ?」
「ああ、まあそうです」
「班長が気付くとは思えないからな。冷泉も俺に似てきたか」そう言って笑顔を見せる。
「何か引っかかりますか?」
「さて、どうかな。ただ、不自然だよな。そんな現象が発生したのと殺人事件が起きたのが似たような場所だというのがね。まあ、ダメ元だな」
「わかりました」
3
保科と冷泉は、教授が滞在しているという新潟駅前のビジネスホテルに向かう。車で約2時間の距離である。
運転は保科がしている。冷泉はスマホを使って打ち合わせ相手の調査担当である。スマホを使うのは冷泉が圧倒的に早いし、正確だ。これは保科には無理な話だ。
東京農林大学獣医学部教授、下林隆50歳。日本国内に獣医学部の数は少ない。都内も同様である。東北地方には岩手大学にしかない。よって調査を東京の大学教授が行うことに不自然さは無い。さらにその下林は獣医師でもあり、獣医病理医という動物の病理解剖を専門におこなう教授でもある。
冷泉はさらに動物の自然死のニュースを当たる。なるほど、この数カ月で数件の情報が出てくる。それも東北地方が中心となっている。
3カ月前に秋田県で起きた鹿や熊の自然死情報が最初となっている。以降はその周辺で次々に発生しているようだ。そして新潟県については最近になって発生している。
自然死している動物は猪、鹿、熊、ネズミと多岐にわたっている。
「けっこう、頻繁に発生してるんですね」
「そうだな。どう考えても不自然だよな。それが自然死だというんだろ、そんな自然死があるんだろうか」
「そうですね」
予定どおり昼過ぎにホテルにつく。教授は15時の新幹線を予約してあるとのことで、保科たちは食事もせずに打ち合わせに臨む。こういったことはよくあることだ。
下林をホテルのロビーに呼び出し、早速打ち合わせを始める。
下林は年齢よりも若く見える。40歳そこそこと言った印象である。白髪もなく、銀縁眼鏡ですっきりとした髪型である。東北地方一帯を調査したこともあり、真っ黒に日焼けしている。
そして案の定、冷泉を見て驚く。なぜ、刑事にこんな美人がいるのか、あるいは茉莉華に気づいたかどちらかであろう。これもいつものことである。ただ、あえてそれには触れない。さすが一流の研究者だ。
名刺交換と挨拶を済ませ、本題に入る。保科が仕切る。
「お急ぎの所、すみません。なるべく手短に終わらせますから」
「大丈夫です。定刻になりましたら、勝手に出掛けさせてもらいますので」
笑顔で応対する。保科が時計を確認する。あと1時間は大丈夫だ。
「まずは遺体発見の状況について確認させてください。ああ、人間の方です」
下林は少しだけ眉間にしわを寄せる。これまでも何度も確認された事項なのだろう。保科はその顔を見てフォローする。
「何度も同じ話を蒸し返してすみません。確認の意味と新たにお聞きしたい部分もあるものですから」
「ええ、大丈夫です。遺体を思い出すのが嫌なだけですから。保科さん達は警視庁なんですね」下林は名刺を確認している。
「はい、そうです。実は都内で起きた事件と今回の事件について、同一犯の可能性が出てきました。それで広域捜査となっています」
「そうなんですか、都内でも同じような事件が起きたんですね」
ここで冷泉が話す。「先生は番太池から遺体が見つかった事件をご存じでしょうか?」
「ああ、あれですか、え、あれも同じような遺体だったんですか?」
保科が続ける。「そうです。報道規制もあって遺体の詳細については非公開としていましたが、類似点が多いです」
「そうですか、いや、ひどいことをするな」
「はい、まったくです。それで遺体発見状況について教えてください」
「そうですね。我々は動物の自然死の調査をしていたんです。具体的には秋田県からの依頼で始まったんですが、そういった遺体が次々と発見されましてね。どうも北から南下しているようなんですよ。最後は魚沼市周辺でも同じような遺体が見つかったと報告がありまして、それでこちらでも調査をしていました」
この先生は動物の死体も遺体と言うようだ。それだけ動物について愛情を持って接しているということだろう。
「遺体を発見されたのは三日前でよろしいですか?」
「はい、そうです。その日で調査終了の予定でした。最後に分水工を回ってみようということで、朝からの調査でした」
「参考までにですが、動物の遺体はどのくらいあったんですか?」
「新潟全体でも300体を超える遺体がありました」
「そんなに多くですか?」
「はい、そうなんですよ。最初は秋田県からの依頼で調査を始めたんですが、その範囲がことのほか広いことが分かってきました」
「なるほど、すみません、話の腰を折りまして、その話に興味があったものですから」
「いえ、大丈夫です。それで分水工にも動物の遺体はありました。主に猪です。それを処理しながら樹海周辺を捜索していたら、人間の遺体を見つけてしまいました」
下林は思い出したくない様子で顔をしかめる。
「なんとなく動物の遺体の匂いとは違うと思ったんです。ただ、人間の遺体だとは思いませんでした。実際、あの光景を見ても最初はそうだとは思えなかったです」
「そうですね。我々でもそう思います」
「それでいそいで分水工の事務所に連絡したということです」
「現場で何か気付いたようなことは無かったですか?」
「気づくですか」下林は少し考える。「いえ、特には、気が動転していましたのでそれどころではなかったというところですか」
「なるほど、わかります。それで同行されていた方はどなたになりますか?」
「研究室の助手と学生が2名でした」
「4名のチームですね」
「そうです」
保科は調書にあった内容をなぞるように質問している。しばらくはそういった会話の後に話題を変えていく。
「ところで、先生が研究なされている分野については、こちらはまったくの素人なんですが、先ほどの動物の自然死に興味があります。少しお話を伺ってもよろしいですか」
「はい、構いませんよ」自分のテリトリーの話になってほっとしたような顔になる。
「秋田県からの依頼で調査を始めたと聞きました」
「そうです」
「どういう経緯だったんですか?」
「元々は白神山地で熊の人的被害がでたんですよ。ツキノワだったらしいんですが、何名かが襲われたそうです。それで地元の猟友会が駆除に乗り出した。ところがそこで動物の遺体を見つけたのが始まりです」
「それが3カ月前ですね」
「そうです。我々が調査を始めたのはそれから1カ月後になります。その後も動物の死亡は続いていたようなんですよ。最初は秋田の白神山地だったのが、それ以外の地域にも広がっていきました。分布状況をご覧になりますか?」
「はい、是非お願いします」
下林が自身のノートパソコンを起動させ、画面上にマップを表示させる。
秋田県と今回の新潟県にまでわたる地図上に赤い点が表示してある。おそらくそれが動物の死体があった場所なのだろう、至る所にその点があり、あまりに多いので塗りつぶされたようにも見える。
「こんなにあったんですか?」
「そうなんです。全部で1000体以上です」
「そんなに多いんですか?」
「そうなんですよ。通常ではありえない数です」
「動物の種類は猪や鹿ですか?」
「野生動物すべてと言ってもいいかもしれません」
「カラスはどうなんでしょう?」
「ああ、そういう意味では鳥類はほとんどなかったかな。数は少なかったです。ですから主に哺乳類です」
「哺乳類ですか、それで原因は何なんでしょうか?」
下林は言葉につまる。少し躊躇するように話し出す。
「実際の所、原因不明なんですよ」
「自然死ということですか?」
「病理解剖をおこなったのですが、原因不明ですね。これから詳細調査になりますが、死因とすれば心不全になります」
「心不全ですか」
「そうです。ただ、原因がわかっていません。当初、毒物を疑ったんですがそういったものは検出されませんでした。さらに外傷もなかったです。まあ、人間でも心不全ということはよくありますよね。心臓が止まると死因は心不全になります。人間でもその根本原因はわからない場合があります。心臓とはそういうものです」
「人間も哺乳類ですからね。でも先生、今回、人間が同じように亡くなった例は無いんですよね」
「ああ、それは無いですね。あれば大騒ぎになるでしょう」
それで時間となり、聞き込みも終了となる。
帰りの車は冷泉が運転する。保科は先程からずっと考えに耽っている。
「保科さん、不思議な話ですね」
「そうだな。明らかに何かが起きているんだろうな。ただ、大学の専門家でもわからないとなると、どうしようもないな」
「事件と関係するんでしょうか?」
保科が黙る。こういう時は何かある時である。冷泉も一抹の不安を抱える。
「冷泉、事件に話を戻そうか。君の考えはどうかな。何でも思いつくことを言ってみてくれ」
冷泉は少し考えてから話し出す。
「まず犯人像なんですが、これまでのことを考慮すると相当に知能が高いと思います。ところが殺害方法が残忍です」
保科がうなずく。
「サイコパスと言えばそれまでなんですが、そうとも言い切れない。何か恨みのようなものを感じます」
「恨みか」
「憎悪でもいいのかな。そういった負の感情があると思います。それで不思議なのは番太池事件です。この死体については隠そうとしています。できれば見つからないようにという意思を感じます」
「なるほど」保科は納得したように見える。
「ところが、今回の事件では遺体を隠そうという意思が見えません。発見しにくい場所であることはわかりますが、遺体の晒し方を見るとむしろ逆です。誇示している気がします」
「ほー、それで」
「つまり番太池は遺体を発見されたくなかったという、なんらかの理由があると思います」
「だとすれば何だ?」
「殺害された人物が特定されると、犯人に結び付くのではと考えます」
「言い換えれば、木に吊るされたマル被からは特定されないということだな」
「そうです」
「じゃあ、木に吊るされた連中は何者なんだろ」
「これもまったくの憶測ですが、生かしておくと困ることがあるのではないかと」
「具体的には何だ?」
「ホシの何かを見られたか、それを公開されると困ることだと思います」
保科は少し驚いた顔になる。「そういうことだな。いや、俺も同じ考えだ。となると番太池の関係者を掘り起こせば犯人に結び付くことになるな」
「そう思います」
「じゃあ、もう少し憶測でいいから考えを聞かせてくれ。木に吊るされた人物についてはどう考える?」
「保科さんが前に話をされてましたよね。番太池の遺体を運んだ連中はホシが依頼した人間じゃないかって」
「そうだな」
「木に吊るされた連中も依頼された人間ではないでしょうか?」
「ほう、何を依頼されたんだ?」
「それはわかりません。ただ、犯人はそれを秘密にしたいんだと思います。それで殺した」
「冷泉もなかなかだな。いい線言ってると思う。つまりは今回のマル被も雇われた人間だということだな」
「そう考えます」
「じゃあ、番太池の連中も殺されるのか?」
「いえ、それは無いんじゃないですか、秘匿したい事項が無いように思います。遺体の身元もわかってるわけだし、依頼方法もネットだと思います」
「そこから身元が割れることはないということか」
「そう思います。あ、私からも保科さんに質問して良いですか?」
「どうぞ」
「今回の動物の自然死と事件が関連しているとお考えですか?」
保科は再び考える。「そうだな。何とも言えないな。まったく見えてこないからな。ただ、同じ場所で事件が起きている点は気にかけるべきだと思ってる。今の所はそれだけだ」
「わかりました」
保科は何故か嬉しそうな顔をして窓の外に目をやる。北陸自動車道は田んぼの中を走る。稲穂は徐々に大きく育とうとしていた。
4
戻った保科は早速、清水に提言する。冷泉に番太池事件の捜査に専念させ、白岡ルートを掘り起こそうという案である。何せ、彼女は元芸能人である。7年前とはいえ、いまだに業界に顔も効く。関係者の受けもいいということである。そしてこの提案を清水は了承する。番太池の捜査員と入れ替えるという形での対応となった。
さらに、これは本人からの要望もあったようだが、武蔵大和署の鮫島が冷泉に同行する形となる。彼女は当初から番太池事件に精通していることもある。女性刑事がペアで白岡ルートを担当することとなった。
その一方でホシがネットを通じて依頼した事実を探るべく、警視庁サイバー犯罪対策課も情報収集を続けていた。そしてその情報が得られたとのことで、冷泉は鮫島とサイバー犯罪対策課に赴く。ここにいる黒瀬翔と鮫島は旧知の仲である。黒瀬は24歳、俳優になったほうがいいようなイケメンである。
その黒瀬と冷泉たちが対策課の会議室で打ち合わせをしている。
黒瀬が話し始める。
「1課の清水さんから、ネット犯罪の可能性があると聞いて捜査を続けています。近年はネット犯罪が増加の一途をたどってるんですよ。うちの部署も人員を増強して対策もしてるんですが、もうあり得ないほどの犯罪数でして」
「そうだよね」
「今や、誰もがスマホを持ってます。小学生から持ってる子もいるし、ことスマホに関しては貧富の差もありません。それこそテレビは持ってないけどスマホは誰でも持ってるんですよ。よっぽどの機械音痴や高齢者以外は全員で、その誰もが通信できるんです。誰とでもといったほうがいいかな。そうなると今の若者はゲーム感覚で簡単に危険なサイトにもアクセスします」
「黒瀬も若者じゃん」鮫島がからかう。
「そうですよ。だから気持ちはわからないでもないです。でも彼らには犯罪という意識が無いのかもしれない」
冷泉がフォローする。「それもあるけど、若者の貧困もあると思うな。若年層の中にはその日のお金に苦労するような人間がたくさんいるでしょ」
「そのとおりです。若年層の中には低賃金で働くしかない連中が多くいます。年収が200万以下なんてざらです。つまりそういった犯罪予備軍も大勢いるわけです。そしてそういった連中を食い物にする奴らがいる。そんな犯罪の捜査なので、つまり1億人の通信の中から該当者を見つけ出すような作業となるんです。今やネット環境はより複雑になっています。続々と新しいアプリが作られてそれを犯罪に利用できる」
「詐欺集団が使ってるテレグラムとかね」
「そうです。それだけではなく、秘匿性の高い通信アプリが続々と作られています」
「そうなんだ」
「アプリの数だけ犯罪対応が必要といっても過言ではないんです」
黒瀬の疲れた顔がそれを物語っている。
「じゃあ、望み薄なんだね」鮫島が念を押す。
「ええ、ただ警視庁も新しいシステムを構築しています。ネット情報から信ぴょう性の高い情報を検索できるようになっています。その中でこれはどうかなというものが出てきました」
黒瀬はそう言うと自身のノートパソコンの画面を二人に向ける。
「通信アプリを使ったやり取りなんですが、番太池の事件を匂わせるものが出てきました」
アプリを使ってのやり取りのようだ。それを見るとあの事件を請け負った人間を知っているような記載がある。
「そういうことも出来るんだ。すごいね。で、この発信者を特定できないのかな」
「発信者の情報開示には、正式な依頼をアプリの管理会社に依頼する必要があります」
「裁判所からの手続きがいるよね」冷泉が言う。彼女は法学部出身である。
「そうですね。で、それをやりました」
「さすが、黒瀬」鮫島がうれしそうだ。
「先ほど情報提供があったばかりです。それがこれになります」
八王子市在住の23歳男性、小田部真治とある。その電話番号もわかっている。
「この人物が犯人と知り合いかどうかまではわかりませんが、何か事情を知っている可能性はあります」
「ありがとう、当たってみる」
冷泉たちには貴重な情報となる。暗中模索だった中から少しだけ光明が見える。
早速、その小田部に連絡を取る。最初は警察と言うことで警戒されたが、情報提供のお願いだけだと言うことと、こちらが女性刑事であるという当りの良さで、面会の手はずを整える。警察署内での打ち合わせには難色を示したので、八王子駅前のコーヒーチェーン店で会うこととなる。
冷泉と鮫島が待っているとその男はやってきた。なるほど堅気とは少し違う、腕や首にもタトゥーが見える。いわゆるヤンキーである。冷泉が手を上げるとびっくりしたのち、途端にうれしそうにやってくる。
「え、まじ刑事さん?」
「はい、警視庁の冷泉とこちらは鮫島と申します」小田部は鮫島をちらとも見ない。
「今日は捜査に協力していただきありがとうございます」
「夜に打ち合わせしたほうがよかったかな」
鮫島は眉間にしわを寄せるが、小田部は気が付かない。
「実はある事件の捜査をしています。番太池で遺体が発見されたのをご存じですか?」
とたんに小田部の顔がこわばる。やはり何かを知っている顔だ。
「それで小田部さん、通信アプリの会話の中でこの事件の話をしていますね」
一瞬、たじろぐ。「どうだったかな。あまり覚えてないな」
冷泉は画面をキャプチャーした資料を小田部に見せる。「事件が起きて三日後のアプリの画面です。『あの事件、知ってるんだ』とあります。少し説明してもらえませんか?」
「え、どうやって調べたんだよ。違法じゃねえのか」
「違法ではありませんよ。許可も取ってあります。で、どうなんです?」
「覚えてないよ」小田部は明らかに知っている顔だがとぼける。
ここで鮫島が詰め寄る。「正式な手続きを踏んで、署に来てもらったほうがいいですか?」
とたんに小田部は慌てる。なるほど警察には行きたくないようだ。
「ああ、そうか、思い出したよ。あれか、当時のバイト先のやつが言ってた話だよ」
「その方はどういった人なんですか?」
「よくは知らないんだ。ただ、そいつが良い儲け話が来たって話をしてた」
「具体的に番太池と言っていたんですか?」
「いや、荷物を運ぶ仕事でなんかやばそうなんだけど、金がいいんだって話をしてた」
「それで?」
「それだけだよ。こっちが詳しく聞こうとしたら、それはやばいからダメだって言ってたよ」
「その方と連絡は取れますか?」
「いや、無理だな。名前も知らないし、あれ以来会っていない」
「バイト先とおっしゃいましたが、その場所を教えてもらえますか?」
「それも無理だ」
鮫島が気色ばむ。「つまりやばいバイトということですか?」
小田部は黙り込む。どうやら図星のようだ。
冷泉が話す。「小田部さん、その点は不問にします。こうして我々に協力されているわけですから、あえてそれで逮捕という事はしたくありません」
逮捕という言葉にさらに敏感に反応する。
「つまり詐欺グループに加担されていたんですね」
小田部は観念したように言う。「言えば見逃してくれるのか?」
「大丈夫です」冷泉が断言する。
小田部はそれで話し出す。「掛け子だよ。その中にそいつがいたんだよ。場所は転々とするから今はわかんねえよ。これはほんとだ」
「顔はわかりますか?」
「どうかな、よく覚えてないな。でも俺よりは年上だった気がするな」
「30歳ぐらいですか?」
「そんな感じかな」
そして鮫島が小田部の話を元に似顔絵を描く。20分ぐらいかけて大体の顔を仕上げる。
「ああ、そんな感じだよ」
「何か身体的な特徴はなかったですか」
「身体的な、あ、そういえば左手の小指の先が無かったかな。なんか仕事で切ったとか言ってた」
「名前はわからないんですね」
「ああいうところで名乗るバカはいないだろ」
「どこのグループかわかりますか?」
「いや、そこも良くは知らない。俺もすぐにやめたから」
「賢明な判断です」
冷泉たちはそこまでとする。これ以上、何かを突き止めるのは難しいだろう。詐欺グループの摘発は別動隊が動いている。今は殺人事件の捜査が優先だ。似顔絵は捜査本部に情報として流すことにする。