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婚約破棄

婚約破棄ですか? いいですね。国は終わりそうですし。

作者: 名録史郎

 城の前で、剣を担いだ金髪で筋骨隆々の婚約者が、魔法の杖を持って戦闘準備をしている私に言ってきた。


「ミリル、婚約破棄したいと、思うのだがどうだろうか?」


 未来の私の旦那様……になる予定の人を見る。

 冗談で言っているようには見えない。


 私を貶めようとか、そんな邪気も一切感じない。


「それがいいかもしれないわ」


 なので私は、彼の言葉に普通に同意した。

 この瞬間、旦那様になるかどうか未定になった。


 そして、二人して陰鬱な暗い色に染まりだした空を見上げた。


「もうこの国も終わりだろうからな」


 まるでではなく、この世の終わりといっても過言ではないだろう。

 魔王軍が、この国に狙いを定めて、一斉攻撃を仕掛けてきているのだから。


「こうなってしまえば、王族も貴族もないだろう」


 国があっての王族貴族だ。

 守り切れるとは、もう言い切れない。


「最後ぐらい好きな奴と一緒にいようではないか」


 心に嘘をつくのはもうやめよう。


「ええ、そうしましょう」


 頷きあって、私たちは、背を向けて別れた。 


 薄情である。

 完全にお互い様だった。


◇ ◇ ◇


 結婚するのも、まあ、いいかと思っていた。

 多分、あっちも、そうだろう。


 私の元婚約者リオライトは第三王子である。

 本来、別に好きでもない私と婚約なんてする必要もなかった。


 王太子殿下はすでに結婚されていて子供もいらっしゃった。第二王子殿下も他国に婿入りしていた……。


 なぜ過去形かというと、お二人とも、魔族に殺されてしまったからだ。


 王太子殿下は宮廷に入り込まれた魔族によって惨殺。

 第二王子殿下が、婿入りしていた国は、随分前に魔王軍に支配されてしまった。

 生きていれば、逃げ帰ってくるだろう。

 それがないということは、生きていることを期待するのは絶望的だ。


 そんな状況なので、急遽、リオライトが世襲するために、公爵家の令嬢にして、聖女である私と婚約する事になった。


 嫌いと言うほど嫌いでもない。

 むしろ仲はいい方だろう。


 学園では、同級生だったし、よく話しもしたものだ。


 問題は、お互い別の人が好きで、好きな相手も知っているということぐらいで……。

 

 それでも、婚約しようと思ったのは、国を思えばこそ。

 

 勇者の再来と言われるほどの、武闘派の王子と、神の寵愛を受けた聖女と言われたこの私が婚約したとなれば、国民も安心するからという考えからだ。


 二人で支え合い、軍を指揮して今まではどうにか魔族を退けてきたが、

 ついに魔族の軍勢は、この国の国境線を突破してしまった。


 早ければ今日にも、魔族の先兵がこの王都にもたどり着くだろう。


 王都全域に避難指示は出した。

 隣国が、受け入れ可能かまで調べることすらできていない。


 確実に安全な場所は、もはやどこにもない。

 自分たちですら。


 それで婚約破棄の提案である。


「本当に優しいことで」


 それでも好きにはなれない。

 純粋さから程遠い、甘く汚れた気持ち。


 私は、自分の想い人の家へと急いだ。


◇ ◇ ◇


 私が、想い人――ゼイン男爵子息の家に行くと、彼は、侍女たちを馬車に乗せ逃がしているところだった。

 皆を乗せ終わると、自分は乗らずに、使用人に馬車を出発させる。


 それから、自分の荷物を持とうとして、ようやく私がいることに気付いた。


「ああ、ミリル、どうしたんだい? こんなところに、君も逃げないと」


「その……」


 一緒に逃げ出したい。

 その一言が、喉の奥に泥でも詰まっているように出てこない。

 話すのが、初めてというわけでもないのに、子供のようにモジモジとしてしまう。


「わざわざ、避難を促しに来てくれたんだろう?」


「ええ、そうなの」


 私は、彼の優しい憶測に乗っかって頷いた。


「魔王軍がきてしまう。時間がない。急ごう」


 彼は、私の手を握ると、引っ張ってくれた。

 手のひらから暖かさが伝わってくる。

 幸せが流れ込んでくるようだった。


◇ ◇ ◇


 ゼインも、学園のころの同級生だった。

 聖女の力を持っている私を普通の女の子扱いしてくれる人。

 今日も、聖女であるのに戦いもしていない私に『逃げないと』と言ってくれた。


 そんなわずかなことに心が揺れうごく。

 心の底から、好きという気持ちが溢れてくる。


 ゼインに手を引かれて大通りに差し掛かったところで、

 リオライトが、女の手を引いて、こっちに走って来ているのが見えた。


 女はリオライトが、いつも可愛いと言っていた子爵令嬢ティナだ。

 ピンクパールのくるくる巻き毛の童顔の女の子、私なんかよりよっぽど愛くるしい。

 その上、出るべきところだけ出ていて、女の私から見ても可愛いと思うのだから、普通の男ならメロメロだろう。


 リオライトもその内の一人だった。


 リオライトはうまくいったようだ。

 私が少し、羨ましいと思っていると、わずかに暗黒の魔力を感じた。


 私とリオライトが同時に振り向くと、フードを目深に被った男がいた。


 姿形は人間だが、影が動いているようなおかしな気配と、わずかに暗黒の魔力を感じる。


「魔族ね」


 気持ちが切り替わると、私はゼインと繋いでいた手を振りほどき、腰に差していた杖を握りしめた。


 リオライトも同じように剣を構えている。


「あいつは俺がやる。ミリルは上を頼む」


 リオライトが私の隣を駆け抜けながら、指示を出してきた。


 空を仰ぎみると、魔族が操っていると思われる多数のワイバーンが、こちらに向かって来ていた。


(本当に、人使いが荒いんだからっ!)


 私は、自身の内にある聖性を高めると、矢の形にする。

 ワイバーンに狙いを定めると、私の意のままに矢が飛んでいき、ワイバーンの脳天に突き刺さった。


「ギャウゥウウウウン!」


 私は精密に聖性を操ると、次々とまばゆい矢を生み出し続ける。

 閃光が空を駆け抜けるたびに、ワイバーンの体や翼に突き刺さり、墜落させていく。


 最後の一匹に、矢が突き刺さったところで、後ろから声をかけられた。


「ミリル、すごいよ」


 私は、得意気にゼインを振り返る 


「聖女の私にかかれば、あのくらいの魔物なら……」


 得意気に、成果を伝えようとして、言葉は尻すぼみとなって消えていった。


 カランと、手から杖がこぼれ落ちた。


 私の視線の先で、ゼインは、ティナを庇うように抱きしめていた。

 私の時と明らかに違い、愛しいものを触るような気づかいがあった。


「ケガはない?」


 ふんわりとした優しい声音。

 それは、私に向けられたものではなかった。


「はい……」


「よかった」


 心底心配した声で、彼女の手を握る。

 私を握った時の数倍、慎重に。


「ミリル、ありがとう」


 私に対しては、完全に礼だった。

 そこに愛情はこもっていなかった。


 私の隣に、剣を血で染めたリオライトが立っていた。

 その顔には勝利の喜びは浮かんでおらず、敗北感が漂っていた。


「殿下、私を待ち合わせ場所まで連れてきていただきありがとうございます」


「ああ」


 わずかに笑ってみせるも、リオライトはすぐに打ちひしがれたような顔になった。

 多分、私も同じような顔をしていることだろう。


 その時、私達の傍に馬車が駆けてきた。


「ありがとう、セバスチャン」


 ゼインが運転者に礼をいう。

 きっとゼインがティナと逃げ出すために手配していたのだろう。

 

「殿下も、早く馬車に」


「いや、俺はいい。王族専用の馬車があるからな」


 そんなものはないのは知っている。


「こいつを」


 リオライトが言う前に私も遮るように言った。


「私も、王族馬車でいきますので」


「ああ、そうか。婚約者だったね」


 手をとり、ティナを馬車にのせて、自分も馬車に乗り込む。

 乗り込む瞬間、二人の薬指できらりと光るものが見えた。


「二人とも、気を付けて!」


 どこまで人がいいのだろう。

 リオライトの言葉に微塵も疑いを持っていなかった。


 私達は、ふたりで、そんな彼に手を振る。


 馬車が見えなくなってから、


「「はあ」」


 ため息が、完全にかぶる。


「あいつら、婚約してたのか」


「そう。みたいね」


 初め気づかなかったが、しっかり二人とも、同じ種類の指輪が左手の薬指に輝いていた。


「あーあ、私が一緒になった方が絶対安全なのに」


「そんながさつだからモテないんだよ」


「人のこといえるの?」


 本当にイヤになるほど、よく似ている。


 思わず顔を見合わせて笑ってしまった。


「俺のことは、好きか?」


「それほどでは……」


「俺もそうだ」


 好きではない……ただ、自分を偽らずとも、寄り添ってくれる優しい人。


 ああ、私はなんて酷い女なのだろう。


 こんなにいい人なのに、

 好きだという気持ちが一切湧いてこない。


「でも、いつか好きにはなりたいと思える人かな」


「気があうな。俺もだ」


 いつかがいつ来るのか知らない。

 国は、もう滅んでしまいそうなのに。


「婚約はどうするの?」


「とりあえず保留にもどすか。破棄なんて、いつでもできるしな」


「そうね。違いないわ」


 国民に宣言したとはいえ、ただの口約束。

 お互いに、心はならず者。

 破ることにためらいはない。


「片方が死んでしまえば、自然消滅だからな」


「結婚前なら、未亡人ですらないでしょうね」


 私の言葉に、リオライトがにやりと笑った。


「どちらかが先に死んだら、『君だけは幸せになれ』と遺言をのこしたことにしよう」


「それ、いいわね。すっごく美談になるでしょうね」 


 そして、悲劇のヒロインを演じ、堂々と失恋した相手より素敵な新しい相手を見つける。


 なんてすばらしいことでしょう。

 心が躍る。


「それにお互い、未来の幸せを諦めたわけではないだろう」


「確かに」


 愛はなくとも、気は合うらしい。


「じゃあ、あいつらが逃げ切るぐらいの時間は稼ぐとするか」


「そうしましょう」


 振られたからって、嫌いになるものではない。

 好きな人の為なら、もう少し頑張れる。


 私は、落としていた魔法の杖を拾った。


「ちゃんと仕込み刀は、持ったのか」


「うん。って、えっ? 何で知ってるの?」


 なんてことだろう。

 バレていたなんて。


 私の持っている魔法の杖が、実は魔法を使うためには必要なくて、魔法をかいくぐって油断している奴を殺すための物だって。


 ……私もピンときたことを口に出す。


「じゃあ、私も回復魔法かけないでいいよね」


「えっ、なんでだ?」


「自分で使用できるでしょう」


「バレてたのか」


「今、気づいたのよ」


 体力があるというには、いつも異常なほど戦い続けていた。

 あれだけ、長時間、動き続けられるということは回復魔法を使っていると考える方が自然だ。


 魔法を使えるからこそ、私が魔法を使うのに、杖がいらないことがわかったのだろう。


 好きでもないのに、秘密ばかり知っている。 


 未来を共に歩く気はなくても、背中は預けられる。

 

 愛がなくても、一緒にはいられる。


「ふふふ」 


 空を見上げると、覆いつくすほどの魔物の群れが溢れていた。

 先ほどのワイバーンとは比べ物にならないほどの軍勢。


 絶望的な状況だが、隣を見ると、

 リオライトが不敵に笑っていた。


 時間を稼ぐなんて言っておきながら、微塵も負ける気はない。

 もちろん。私も同じ気持ちだ。


「俺たちの」          「だ」

「私たちの」「「戦いはこれから」」「よ」


◇ ◇ ◇


 失恋の八つ当たりで、魔王を倒した。

 勇者と聖女がいたという。


 その後、幸せに暮らしたかどうかは、彼らしか知らない。


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[一言] 『哀れな子ヤギ』の魔王様にお言葉を。 「ドンマイ♪」
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