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三題噺もどき3

折り鶴。

作者: 狐彪

三題噺もどき―よんひゃくに。

 


 ぱたんと、手に持っていた本を閉じる。

 暖かな日差しに部屋の中は包まれ、どこかぼんやりとしている。

 こういう時、大き目の窓は役に立つ。

 人工の明かりが少々苦手な身としては、外の光を入れられるのはありがたいことだ。

 まぁ、その点を最低条件として探した物件なので、当たり前なのだが。

「……」

 外はかなりの風が吹いているのか、木々が大きく揺れている。

 歩道沿いに植えられた、壁代わりの背の少し低い木。

 いろんなところで、同じ用途として植えられているのを見るが、アレは何の木なんだろうなぁ。近くを通ると少し独特な香りもするし。見た目も特徴的だし。

 見れば、あぁあの木ね、とはなるが。名前となると知らない。針葉樹だろうことは予測がつくぐらい。

「……」

 きっと、冷たく凍えるような風なのだろう。

 視界の中を通った若いご婦人は、かなりの厚着をしている。

 厚手のコートに、暖かそうなマフラー。手袋は、スマホがいじれるようにだろう、指ぬきのものをつけている。

 あれでは指先が冷えて仕方ないだろうと思うが。それよりもスマホを触れることが優先なのだろう。

「……」

 いそいそと足を急ぐご婦人を、ぼうっと見送る。

 ついていった視線をそのままの方向に動かし、室内へと戻す。

 ぼんやりとした空気に包まれた部屋の中で、唯一しかと一定のリズムを刻んでいる時計に目をやる。

 ……なんとなく本を閉じたのだが、なるほど。

「……」

 それに気づいた瞬間に、小さく腹の虫が鳴いた。

 時計の針は頂点とその隣の数字を指しており、とっくに昼食の時間を過ぎていた。

 朝は食べる気にならずに抜いたから、もっと早くに腹が減りそうなものなのに、案外そうでもないようだ。

「……」

 何か食べるとしようか。

 適当に閉じはしたが、少々集中も切れてきたし、進行具合からしても丁度いいタイミングではある。

 閉じた本に視線を落とし、なんとなく撫でてみる。

「……」

 しかし、昨日買った本なのに、よく見ればもう半分を進めてしまっている。

 いつもは買わないような本を買ってみたのに、なんというか。この調子では下手すれば今日中に読み終えてしまいかねない。

 何冊か買っているが……まぁ、いいか。

「……」

 いつもは買わないようなとはいっても、専門書とか自己啓発本とかではないあたりが、何とも自分らしい。エッセイなんかもあまり買わない。

 ああいうのは、向上心の塊でもなし。そもそも向上というものに興味がないような自分では見向きもしない。

 過去に、たまにはと思い買ってみたこともあるにはあるが……すぐに手放した。

 あったところで、自分には不要だし無意味だと思ってしまったもので。

 ―でも、この際だから今度行ったときにでも見てみるのはいいかもしれない。

 そういうものに無関心だったせいで、今の状況を招いているのかもしれないし。

「……」

 まぁ。

 とりあえずこの空腹を何とかしよう。

 気づいた瞬間にくうくうとうるさい。

 たいしたことをしていなくとも、腹は減るのだから人の体と言うのは不思議なものだ。

 腹の虫が鳴くとは言うが、どちらかというと犬の鳴き声だよなこれ。

「……」

 手近に置いてあるテーブルの上に本を置き、立ち上がる。

 ついでにそこに置いてあったコップも手に取り、キッチンへと向かう。

 いつの間にやら、こちらも中身は空っぽになっていたようだ。

 あまり量は入れていないから、仕方ないんだけれど。

「……」

 何を食べようかと考えながら、キッチンへと進んでいく。


 と。


 その短い道中にも関わらず、足が止まる。

 たかが数歩の移動のくせに、足が止まる。

「……」

 床に置かれた一羽の折り鶴。

 何だ突然と思ったが。

 ―思いだした。

「……」

 年明け早々倒れて、病院に運び込まれた自分に。

 職場の人間が、お見舞いにと持ってきた千羽鶴。

 どうしたものかと困り、適当にそのあたりに置いておいたのだが……うちの一個だけが取れて落ちたのだろう。

「……」

 赤色の折り鶴。

 全く、だれとだれを巻き添えにして作ったのか。

 決して丁寧とは言えないような形をしている。

 頭のあたりはつぶれているし、尾の辺りは裏地の白が見えている。

「……」

 巻き添えをくらった人間からしたら、いい迷惑だよなぁ。

 ただでさえ、こちらが抜けた分の穴埋めをすると言う巻き添えもあるのに。

 どうして多忙の原因を作ったやつの見舞いなんぞに無駄な時間を削らないといけないのだと思いもするだろう。ある程度頼まれた分の仕事は休みに入った後でもやってはいたが。

 残念ながら、職場ではたいして求められるような人材でもないものだから。

「……」

 それが見え透いたような形で作られた折り鶴なぞ。

 貰ったところで、いい気持ちはしないし、処分にも困るし。

 ホントにどうして、これを持っていこうと思ったのか……。


「……」


 手に持っていたグラスを机の上に置く。


 なんとなく、ぼんやりとしだした思考のままで。


 落ちていた折り鶴に手を伸ばす。


 そういえば、どこかにあったはずだよなぁと思い。


 手の中でぐしゃりとつぶした折り鶴が指の腹に刺さる。


 机の引き出しに隠しておいたカッターを取り出す。

「……」

 そこまでやらかして。

 はたと気づく。

 何をしようと。

 していたのだろう。

「……」

 こんなこと何も意味はないのに。

 こんなことして何かが変わるわけでもないのに。

 これは呪いの人形でもないのに。

 これで嫌な思いをするのは、しかねないのは、自分だけなのに。

「……」

 そこでまた。

 くう。

 と、腹の虫が鳴いた。

「……」

 さっさと昼食をとろう。

 空腹状態だから、訳の分からないことをするんだから。

 腹を満たして、今日は少し昼寝でもしてみよう。





 お題:折り鶴・カッター・巻き添え

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