#1.【極秘】新大陸の動植生に関する調査プロジェクト
#1.【極秘】新大陸の動植生に関する調査プロジェクト
宮殿から手紙が届いた。封には蛇をかたどった王家の紋章。毒々しい鮮血のインクで書かれた自分の名前、極めて不愉快だ。できることならそれを…
王国の景気は最近元気を取り戻してきた、といっても新しい資源を見つけたり新技術を開発したわけでもない。長く続いた戦争がなくなったことで戦費の負担がなくなり、労働力が戻ってきたのだ。しかし戦争は半世紀の間、王国の体力を蝕み続けた。
気づいたらぽっと出の新興国に経済規模で負けており、その上戦果は無いに等しい。王国民は皆戦争の終結を喜んだが、よくよく考えればその原因は傲慢な王の尊大な領土的野心ではないか。教会は王は神にこの国の統治を信託された選ばれしものと主張しているが、そんなもの二十年以上前から誰も信じていない。
国民は王に強く戦争の責任を問い、革命すら辞さない態度を示した。これにはいくら傲慢な王といえど自らの立場の危うさを十分理解し、昨年ついに議会が民衆階級にも開かれることになった。
そんな折に設立されたのが王国治安対策企画局であり、秘密裏に革命の芽を潰す諜報組織として暗躍し始めた。宮殿としてもただで民衆に好き勝手させるわけにはいかない構えだろう。戦争が終結したばかりの王国は再び不安定なフェーズへ突入した。
レイは重い足取りで企画局へ向かう。この頃は国内の革命組織が隣国の民間軍事会社からの支援を受けていることが判明し、その流通ルート抑えるために日夜張り込んでいたため寝不足だったのに、くそダルい“およびだし”だ。レイの機嫌は急下落しており、それを察してか皆自然と彼女に道を譲る。レイは大仰なドアをノックし、局長室へ入っていった。
部屋には局長ともう一人意外な人物がいた、
「ずいぶん殺気立っているようだが…突然の呼び出しで家族団らんの邪魔をしてしまったかね?」
緑をくどすぎない程度に上品に纏う目の前のいかにもな貴族はウィンスター卿、王国治安対策企画局の設立を主導したフィクサーであり、この局においての局長を抑えて実質の最高権力者だ。レイは眉間はさらに強張った、この貴族様は“家族団らん”と言ったがレイに家族はいない、というかこの局に所属するほとんどの者に家族はいない。この血なまぐさい仕事を務めるには高い教養と宮殿への絶対的な忠誠心が必要だが、今やどの貴族も革命勢力と何らかのパイプをもっており油断できない。時流に聡い彼らはそう遠くない未来に起こる“王家の破滅”というシナリオに向けて着々と準備を進めており、教養高い貴族たちから諜報員を選定することはできなかった。かといって民衆から諜報員を募ろうとしても、民衆は貴族よりはるかに宮殿を敵視しているし、礼節やマナー、その他学問の再教育にも時間がかかる。そこで白羽の矢が立ったのがレイたち孤児である。全国の孤児から聡い子供を選定し、貴族教育と王家に対する絶対的な忠誠を植え付け、扱いやすい諜報員として育成したのだ。意地の悪い貴族様を横目にレイは視線を局長に移した。この男は常にやつれて疲れ切った人相をしている、この死んだ目でまぁまぁな無茶を要求してくるのですっかりレイはこの男が苦手だ。まぁ彼は局長であるが最高権力者ではない、ゆえに中間管理職のような立ち回りをしており、多少同情すべきところがある。おそらく自分より激務であるし、それでいて大きなミスもしたことがないので大層仕事ができるのだろうと理解している。
「あんでそんなイライラしてるんだ?生理か?」
忘れてたこいつはありえないくらいノンデリだ。ほんのり抱いてた畏敬の念はすっかり消し飛んだ。
「さすがは死んだ魚、生臭い話が好きですね」
「おい誰が死んだ魚だ」
「今日が生ごみの日ならよかったのに」
「おいそれはどういう意…やっぱりお前生理なn」
「早く本題を」
ウィンスター卿が咳ばらいを一つはさんでこう続けた
「レイ、君には国外任務を与える」
国外任務、最も恐れるべき任務であり調査員、諜報員の死亡率は50%を超える。あまりに人的消費が激しいので能力の低いものから優先して送られ、それそれゆえに死亡率も上昇する負のスパイラルで回っている最低の仕事だ。国外の任務は安息地が存在せず、その上能力の低いものばかりなのだ。正直レイは自分がこのように使い潰される人材ではないと思っており、自惚れを自嘲する酷く歪んだ顔でウィンスター卿を見据えた。
「国外任務、隣の王国ですか?それとも新興の共和国?」
「そうおびえるな。」
“おびえていない“と言い返す気力はない。
「では…何処に?」
「新大陸だ。」
「新大陸」
5年前から宮殿が主張し始めたのが新大陸の存在だ、これは漂流した漁師からもたらされた眉唾の情報である。宮殿はしきりにこれが起死回生の一手となり、他国に対して経済的に優位に立てると主張した。もちろん各国も宮殿が主張する新大陸について調査をはじめ5年の月日がたったが…未だにどの国も新大陸の存在を確認していない。
「私は冒険家ではありませんし、航海の訓練は受けていません」
「君は新大陸が存在しないと思っているのかね?」
「新大陸はどの国も未だに存在を確認できていません」
「ほとんどの国が新大陸を既に発見している」
レイは思考を巡らす。
各国が既に発見しているのであればなぜどの国もそれを公表しないのか?
新大陸の存在を隠匿することで利権を独占しようとしているのか…
いやそれならウィンスター卿が“ほとんどの国が新大陸を既に発見している”ということを知っているのはおかしい。間違いなく新大陸には“何か”があるのだろう。
「新大陸を発見した国同士で何か密約を結んだという認識でよろしいですか?」
「ご名答、理解が早いね」
ウィンスター卿は愉快そうに頷く。
「新大陸には不干渉を貫くという密約を締結した」
「堂々と密約違反ですか」
「処女と約束は破るためにある」
ウィンスター卿の下種な発言に局長はむせこみ、声を押し殺しながら笑っている。彼らは立場上、品位にかける発言は慎まなければならないので日々のセクハラ欲求をレイたちで発散している節がある。そのような悪意に当てつけられ気分を害さないことはないが、もはや慣れたものであるし、そもそも人間性が尊重された経験が少ないため、セクハラを受けるということは逆説的に女性扱いであり、新鮮な気持ちにすらなる。
「失礼、とりあえず君は明日未明に飛行船で新大陸に向かってもらう」
「がんばれー」
下種男二人がニヤニヤしながら言う。このような無茶は日常茶飯事なので今更驚かないが、急に新大陸へ向かえと言われてもさすがに情報が足らなすぎる。
「私の従来の業務は?」
「あぁー、もう流通ルート抑える仕事は引き継いどいたよ」
やはりこの局長仕事は早い。
「そもそもなぜ彼の大陸は不干渉なんです?」
「一応名目としては“新たな紛争の火種を産み出しかねない事案”だから各国が共通して対処していく事案だと理解されている、しかしおそらくあの大陸にはそれ以上の理由があると私は睨んでいる」
「ウィンスター卿でも把握していないことがあるのですね」
「だから君を派遣するんだ」
ウィンスター卿も新大陸の具体的な内情については把握しておらず、植生も文明が存在するのかも何一つわからないらしい。…何があるか全く把握していない新大陸に密約違反を侵して諜報員を潜入させる。この貴族様は流石にギャンブラーすぎないかとレイは飽きれた。
「まぁ詳しいことはこの冊子を参照してくれたまえ」
ウィンスター卿は 【極秘】新大陸の動植生に関する調査プロジェクト と書かれた分厚い冊子を渡してきた。どうせこの貴族様は学術的な動植物の研究に興味はないだろう。
「そーれから今回の君の任務に随伴するバディについての情報だ」
そう言いながら局長は一枚の紙きれを渡してきたが、まじでそういうことは早く言ってほしかった。バディ?そんな話は聞いてない、基本的に複数人の共同任務は準備期間を短くても一週間以上とるというのに、この高難易度任務をぶっつけのコンビネーションで行えと?もはや単独でやるよりリスキーだ。
「明日未明に飛行場でバディと合流でよろ」
レイは局長室を重い足取りで出ていき、バディ情報を記した紙に視線を落とした。
「“リサ”、私と同じ年齢…直近の任務は3回連続で失敗してる問題児」