逃げ出さない4
「さて。マーガレット嬢。
お茶会に呼ばれないと言っていたが……。同じような爵位の友人からの誘いは、無かったのか?」
「な、無かったわ! それもエリザベス様の差し金よ!」
「何故、エリザベスがやった事だと思う?」
「だ、だって、私を呼ばないんだもの! 私に意地悪してるからだもの! 皆にそう命令したに決まってるわ!」
「ん―、理由になってないし、憶測での決めつけは良くない。それにもし、学生全員にエリザベスが通達して、行動統制させたと言うのなら……
それって、未来の王妃として、途轍もない手腕を持っているって事だな! 凄いな! エリザベスは! なんて優秀なんだ!」
そう、両手を広げて言いながら、振り返って私を見る殿下。
とってもいい笑顔です。
そして私は妙に恥ずかしいです!
こそこそ======================
「あぁ……いつもの殿下だ」
「え? あれが通常運転?」
「もう、褒めて褒めて称えて称えて。エリー礼賛三昧」
「……おかえりなさい? わたくしはお初お目見えだけど」
====================こそこそ======
「それに、エリザベスがお茶会にお前を招待しなかったのは……彼女の優しさのせいだと、私は推察するが? つまり……こう言ってはなんだが……公爵家の茶会に呼ばれて、君は格式にあった支度を準備できるかい?」
「格式って……そんなの可笑しいです! 同じ学生なのに! それに、エリザベス様は酷いんですよ! 私のやることなすこと、いちいち文句をつけてダメ出しするんです!」
「例えば?」
「座るときに足を揃えろ、とか、人前で大きく口を開けて笑うな、とか、廊下を走るな、とか、食事中のカトラリーの使い方がなってないだとか、嫌みったらしくて! 婚約者のいる男性にパーティーの場でもないのに腕を絡めるな、とも言われました!」
「それは……当たり前に出来てなければマズイのではないか?」
最後の殿下の呟きに、周りを囲んだ生徒のほぼ全員が頷いていました……。
こそこそ====================
3人とも、何も言えなくて目と目で会話していました。
“本当? これ言ったの?”
“大変だったわ……”
“注意された事は覚えているのに、何故直さないんだろうな……謎だ”
========================こそこそ===
「それに、この学園内で身分の差はない、みんな平等だって聞きましたよ! そんな事で壁を作るんじゃなくて、誰もが平等に仲良くしなければなりません! まえにそう言ったら、コージーも納得していたじゃ」
「黙れ。先程も言ったが、もう忘れたか? 不愉快だ。私の名を呼ぶな。……で? 思い出したか? 私は、いつ、お前に私の名を呼ぶ権利を与えたのだ? 可笑しくないか? 私にその記憶がないのに。いつの間にか、お前は私の名を平然と呼んでいたな。まるで昔からそう呼んでいたかのように」
その時、大きな音を立てて扉が開かれ、ドレス姿の女性が入室しました。
彼女は裾を持ち上げ失礼にならない範囲の急ぎ足で殿下に近づくと、お耳に何事かご注進しています。
確か、あの女性は……同じクラスのパメラ・フォワード子爵令嬢です。3年間保健委員を務めてくれた真面目で丁寧な仕事をする、誠実な方です。
ブラウン嬢は左右を見回して、自分を守っていたはずの殿方が、皆頭を抱えて蹲っている事に気が付くと舌打ちをしました。
=こそこそ======================
「いよいよ核心に近づいてきたぞ。」
「殿下、もう一息です!」
=======================こそこそ==
「学園内は平等。だから身分の区別なく仲良く話さなければならない、だったか?
マーガレット嬢。
確かにこの学園は『身分の差などなく、平等』を謳っているが、それは教育に対する姿勢だ。
王族であろうと、男爵家の人間であろうと、同じ教育を受けさせる。その姿勢に対して『差は無く平等』だと謳っているに過ぎない。
生憎、我が国は王制だ。
王を頂点に公、侯、伯、子、男と貴族階級が存在する。歴然として存在するそれを、3年の学園生活とはいえ無視していい物ではない。そんな事に慣れたら、卒業後に苦労するだけだ。それを、あたかも皆が同じ階級に所属するよう振舞わねば、と思わせる君の巧みな話術はどこから来た? その思想は? そして私を始めとして彼らの記憶に障害を与えた君はなんだ?
ありもしない事を、あったかのように勘違いさせるその能力はなんだ?
そして先程報告があったのだが。あぁ、保健委員の彼女からだ。お前が怪我を負って保健室を利用した事実はないと。勿論、ここにいるエリザベス達もだ。
その上、衝撃の報告を受けたぞ?
保健室には生徒の健康状態を把握する為に独自の名簿があるのだと。
お前
名簿に名が無いそうだ
聞かせろ! マーガレット・ブラウン!
お前はいったい何者なんだ⁈」
殿下の恫喝がビリビリとホールに響き渡りました。
「お、のれ……おのれおのれおのれ! どうして解けた! いつ?! 今さっきまで、あたしの虜だったはずなのにぃっっ!」
今です!!
ブラウン嬢が恐ろしい形相で叫びました!
魔女の本音です!!
「そこまでだ! 魔女め! とうとう正体を現したな!」
リリが、『聖女の錫杖』をスカートのスリットから出して構えると、それは瞬く間に元の長さに戻りました。
彼女は勢いよく飛び出し、殿下の前に躍り出ると、ブラウン嬢……いいえ、あの凄まじい形相は魔女です、魔女を前に対峙しました。錫杖の先を魔女に向け、アリーに習ったという祝詞を唱え始めました。
すると、錫杖の先が色取りどりに明滅し、何やら白く光る鞭? 紐? の様なものがシュルシュルと伸びて、魔女を拘束したのです!
「なに? なんなのこれっ?! 動けないっっ」
魔女が必死に身体を揺すって逃げようと足掻きますが、光の鞭は魔女の身体にガッチリと絡みつき少しも離れません。
「エリー、殿下を避難させて。邪魔だわ」
アリーは私にそう囁いた後、殿下に近づき彼の背に触れ、何事か殿下に進言した後、リリを追い彼女のすぐ後ろに立ちました。
両手を大きく広げると、彼女の両手から柔らかな光が迸ります。
それは七色に光り、明滅を繰り返しながら魔女を取り囲みます。
「殿下、こちらに」
私は夢中でした。
夢中で殿下の腕を掴み、後方に避難させます。
アリーの、封印の詠唱がもう始まっているのです!
「大気に溶ける精霊よ、我が声を聞きたまえ。
地におわす精霊よ、我が声を聞きたまえ。
遥か古の契約に基づき、我、聖女の名において、かの魔女の魂を封印する!」
アリーの詠唱が終わる前に、なんとか殿下の腕を引いて壁際まで下がる事に成功しました。
すぐさま近衛たちに囲まれます。
それとほぼ同時に眩い閃光が会場を包み込み、目を開けて居られなくなりました。
リリは? アリーは? 目を凝らして見ようとした私の頭を殿下が抱え込みました。
え? もしかして私、抱き締められてます? 殿下に?
ギャァァァァアアーーーーーー!
魔女の断末魔が響き渡る中、私は静かにパニックに襲われていました。
ここ最近は、アリーやリリ、アリスやルイーズによく抱き締められました。
それらは温かくてふわふわしてウキウキするものでした。
殿下は。
鍛えられた硬い筋肉が解る腕や胸。
私より高い体温は熱いくらいで。
私の身体をがっしりと包み込んで何処にも行けそうにありません。頬に厚い胸板を感じます。後頭部は大きな手でしっかりと固定されています。
なんと、言ったらいいのか。
なん……なんで? なんで、私を抱き締めているのですか?
頭の片隅で魔女はどうなったの? とか、リリ達はどうしてるの? とかちゃんと考えているのですが。
大部分の私は、もう、混乱が極まって叫び出したくて、でもそんなはしたない事しちゃダメって分かってて、殿下の体温が懐かしいとか思ってて、なんだか泣きたくて、つまり、パニックに陥っていたのです。
なのに殿下は私を離してくださらなくて。
「エリザベス、どういう事だ? 説明してくれ」
説明して欲しいのは私の方です!
「で、殿下……あの、まずは、お手を……」
少しだけ拘束の弱まった胸から顔を上げ、殿下のお顔を見上げれば。
輝く黒曜石の瞳をぱっちりと見開いて。私を暫く見詰めた後、ゆっくりと目尻が下がって、笑みの形に変化しました。
ずっと、ずっとお会いしたかった、私の殿下の微笑み。
惚れ惚れするような男らしさを充分に含んだ微笑みで私を魅了するのはご遠慮願いたいのに、簡単な私はまたこの方の言いなりになってしまう。
「お手を、お離し、くださいませ……」
やっとの思いで、そうお願いしたら。
殿下はちょっとだけ目を見張り。
困ったような顔をしながら小首を傾げて。
もう一度ぎゅっと私を抱き締め耳元で
「……残念」
と、吐息混じりに囁いてから、私を解放してくれました。
私の髪をひと房、触り続けていましたけど。
お前は誰だ?(困惑)
↑コージー目線のお話を既読の方は、私の困惑に同調して下さるはず。
諸事情で『もしかして俺は今~』は、なろうに移せなかったのですが、表題を変更、中身も少々改稿いたしました。
→『婚約破棄宣言をした直後に前世を思い出した俺は、この絶対絶命のピンチから生き延びるつもりだ』
合わせてお楽しみ頂ければ幸いです。




