逃げ出さない3
「……なに? これ」
「……殿下、覚醒」
「まさか、殿下が……どうやって解呪したの? わたくしがどんなに試してもビクともしなかった術が、解けてる……ですって?」
「まだ、殴ってないのに……撲殺チャンスが……」
アリーとリリがボソボソと話しているのを聞きながら、私は殿下から目を離すことが出来ませんでした。
殿下が、彼らに問います。
「マーガレット嬢。まず、お前に問う。
私は、いつ、お前に、私の名を呼ぶ許可を出した? 答えろ」
「な、何を言っているの? コージー!」
「止めろ! 私の名を呼ぶな。不快だ。このような公の場で不敬だと思わないのか?」
「何を……」
「許可を出したのがいつだったか、ゆっくり考えて思い出してくれ。
――その間に、ダン。君は先程言ったよな?
エリザベスがマーガレット嬢を苦しめ、傷付けた、と。
具体的に、何をしたんだ?
それはいつ? どこで? どんな風に? 証人は?」
ダン様は頭を押さえて戸惑っています。碌に返答もしないまま、頭を押さえて蹲ってしまいました。
すると、ヒューイ様が慌てた様子で口を挟みました。
「あ、あの! 殿下! メグの持ち物を壊し、破損したと、聞き及んでますが!」
「何を?
マーガレット嬢の持ち物の何を壊したと?
君はその現場を見たのか? 壊したのはいつ? どこで? 何回?
“万死に値する”と言っていたが、その壊された物、とやらはマーガレット嬢の親の形見だったのか? もしや、買い直せば済むモノではなかろうな? 万回死ななければならない程なのだから!」
殿下はすかさず返答します。相手に言い訳する隙も与えない、まるで鋭い剣で叩き切るようなお言葉の数々です!
「壊された……物……なんだった……? 何故、思い出せない?」
自問自答し、黙ってしまったヒューイ様。
答えなど出ないでしょう。魔女に植え付けられた偽りの記憶なのだから。
殿下の追求は止まりません。
「アンヘルとルイは似たような事を言っていたな。
エリザベスとその取り巻きたちが徒党を組んで、マーガレット嬢を除け者にして虐めてると。
なんと言ったか……そうだ、通りすがりに足をかけられて転ばされる、噴水に突き落とされる、お茶会にも呼ばれない、だったかな。
ふむ……。
みんな! ここにいる皆に問う!
誰か、マーガレット嬢が通りすがりに足をかけられて転ばされたのを見かけたものはいるか? 噴水に突き落とされたマーガレット嬢を見た者はいるか?」
今迄ざわざわと落ち着きのなかった会場中が、一瞬だけシン……と静まりました。
皆、殿下のお言葉を聞き自分の記憶に問いかけたのでしょう。
すぐにまたざわめきは広がりました。
が、先程までのそれとは違います。隣に居る者に、同級生に、友に、恋人に話しかけ、お互い自分の記憶と照らし合わせて確認しているのです。
「お前、見たか?」「いや、ないよ、そんな派手な事件……」
「殿下たちがイチャイチャしてたのは見たけどな」「しっ! エクセター嬢に聞こえるぞっ」
そんな声があちらこちらで漏れ聞こえる中。
殿下は、振り返って、私を見ました。
信じられません。
どんなに焦がれても、私を見てくれなかった殿下が。
私の方を見てくれても、決して視線を合わせようとしなかった殿下が。
この二年弱、正確には一年半は、眉間に皺を寄せて冷たい表情しか向けてくれなかった殿下が。
はっきりと、私を、見てくれた。
真剣な、意思の籠った表情。
まるで
『俺を信じてくれ』
そう、言っているみたい、です。
「殿下、わたくしはそのような現場を観た事などありませんわ」
「僕も、観た事ありません」「わたしも……」「俺も……」
周りを囲んだ生徒たちから掛かる声に、殿下はそちらに視線を向けてしまいました。
「エリー、おめでとう。貴女の殿下がご帰還あそばしたわ」
アリーに背中を軽く叩かれて正気付きました。いけません、殿下ばかり注視していました……。
「どういった風の吹き回しか知らんが、これはチャンスかもしれないぞ?」
「チャンス?」
「そうよ、エリー。殿下にとっても、わたくし達にとってもチャンスよ」
「今までの所業で殿下たち5人の評判は地に落ちている。それが払拭されるかもしれない。それに、このままの流れだと……殿下は最後にあの魔女を追求するはずだ」
「同感よ。わたくしたちは、その瞬間を見逃してはダメ。今は殿下を見守りましょう」
私たちは殿下を見守るべく、3人黙って隙を伺う事にしました。
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「殿下、どういう事ですか?」
アンヘル様が不思議そうな顔で殿下に訊ねました。
「通りすがりに足をかけられて転ばされた、と先程ルイが言っていたではないか。そんなに何度も転んでいたら、怪我のひとつやふたつ、あっても可笑しくない。違うか? そして転ばせた方も無傷では済むまいよ。……余程の達人なら別だが」
えっと、なんのお話でしたか? お喋りしていて聞き逃してしまいました。
通りすがりに足を引っかけて転ばせた疑惑でしたか? そうですね、私もそんな現場に立ち会った事などありませんわね。
「リリベットなら出来るぞ!」
「黙れダン。憶測での発言で他者を貶めるな。彼女は近衛の資格持ちだぞ? いますぐにでも高潔な騎士になれる者を貶めるお前は何様だ」
なにやらダン様が発した言葉にすかさず殿下が言い返しました。
そうです! リリは高潔な騎士です! だってすぐにでも『聖騎士』になれるんですもの! 流石殿下です! 判っていらっしゃいます!
……先程誰かを撲殺したいと発言したのは気のせいです、えぇ、私の気のせいですとも!
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こそこそとリリとアリーが話しています。
「ダン……苦しそうだな」
「魔女に毒された時間が長かったせいね。きっと身体の関係も深かったからだと思うわ」
「なるほどな」
===============こそこそ=====
そう、なのですね。殿下も…?。うぅっ!
今は考えませんっ!!
「さて、ではお前たちにも改めて、問う。
ダン、ヒューイ、アンヘル、ルイ。お前たちは、マーガレット嬢が危害を加えられた現場に居合わせたか? 噴水に落とされたという現場を見たか? またはずぶ濡れになったマーガレット嬢に出会った事があるのか?
――ルイ。その発言をしたのは君だったな。君は現場に居合わせたのか?」
ルイ様……そういえば彼、2年生なのに堂々としてらしたわね。余りにも堂々とされてるから、彼が一つ年下で、この場にいるのが不自然な事にうっかり見逃してました。
彼は真っ青な顔で震えています。
「いいえ、殿下。僕は、そんな現場に居合わせた事は、……ありません……メグが、そういうから、そうなんだって思って……」
そう答えるとルイ様も頭を抱えて蹲ってしまいました。
殿下は次にアンヘル様に向き合いました。
「アンヘル。君はどうだ? エリザベスとその取り巻きたちが徒党を組んで、マーガレット嬢を仲間外れにしていると言ったのは君だが……神に誓って答えてくれ。現場に居合わせた事はあるか? それともマーガレット嬢の訴えのみを信じての発言か?」
「……メグの……マーガレット嬢の訴えのみを、信じました……」
==こそこそ=================
「神に誓って、ね」
「アリ?」
「神官が婚約者でもない異性と身体を繋げて、このままでは居られないわ」
「あぁ……破門?」
「わたくしとの婚約はとうに解消されているの。だから破門にはならないけど……また下っ端からやり直しよ……彼が神殿に居続けたいのなら、ね」
==============こそこそ===
な、なるほど。
婚前交渉があったと判った私は思わず息を呑んでしまいました。びっくりしました。
ダン様だけでなく、アンヘル様とも、ですか……。ただの噂でそこまで深い関係だったとは、思っていませんでした……まさか、全員と、その……だったのでしょうか……うぅっ不潔です!
彼らの人生、この先は試練の道、確定ですね。
「マーガレット嬢。
貴女は、あの時、友だちが居ないと嘆いていたな。確か……『エリザベス様は私をお茶会に呼んでくれません、とても意地悪をするのです』だったかな? 私にそう、訴えていたな」
「えぇ! そうよ! だって、酷いじゃない、一度も私を誘ってくれないなんて!」
「何故、そう思った?」
「え?」
「君は、男爵令嬢だろう? 確か、2年生の途中から編入して来た。その君が、何故すぐに初対面である公爵令嬢のエリザベスに誘われると思ったのだ? 身分が違い過ぎると思わないのか?」
「そんな……」
「皆に問おうか。
いまこの会場の中で、エリザベスの茶会に招かれ公爵邸に赴いた者は、挙手してくれ」
あら。
私のお茶会? そんなに頻繁に開いていないのよね。忙しかったし。本年度は魔女資料集めに勤しんでいたし。お茶会と称してダイアデム公爵令嬢やシャノン侯爵令嬢から資料を譲って貰ったりしたわね……。見回すとチラホラ挙手してくれるご令嬢……。皆様協力的で嬉しかったわ。今度お礼に領地で作られて評判のいいアロマオイルを贈らなければいけませんね。
「計10名か……身分を考えたら妥当だな。それについて“酷い”と思った者は? 自分が招待されないのは不当な扱いだと」
……殿下の問いかけに、誰も反応しません。
どなたも不満に思っていらっしゃらないみたいですね。良かったです。
忙しいと社交も面倒臭くなります。特に最近は話題に困ってましたし……。
殿下のせいですけど!