へこたれない1
「! っ申し訳……」
なんとぶつかった方は
「いったーい。やだぁ、赤くなっちゃう」
マーガレット・ブラウン嬢……
「大丈夫か? マーガレット……なんだ、お前か。早く彼女に謝れ。ぐずぐずするな」
そして王子殿下……。
「も、申し訳、ありません……前方不注意でした」
「ふん……なんだ、アレクサンドラ嬢もいるのか。何故お前と一緒にいる?」
「有難い事に殿下、わたくしとエリザベス様は親友としてお付き合いさせて頂いております」
「ふん、そうか」
「コージィー、こんな人たちと関わってないで、早く行こう?」
「そうだな」
笑いながら仲良く廊下を進むお二人を見送るしか出来ない私。
殿下。
私の方を見ながらも一度も私と目を合わせては下さらなかった殿下。
どこか虚ろな瞳の殿下。
……心が千切れそうです。
「やはり、いつもの殿下ではないな」
リリベットが私の背中を優しく撫でてくれます。
「エリーとアリは今日が初対面。アリと親友などと言ったら、今までの殿下だったらいつどこで出会ったと根掘り葉堀りしつこく訊いてきただろうに……それに名前呼びをエリー以外に許すなど、考えられん……」
リリベットの溜息混じりの嘆きはそのまま私の心臓にまで重く響きます。
苦しい。
愛した方に冷たくされる痛み。
愛した方が常の状態ではない嘆き。
それらに抗う力のない、不甲斐ない自分自身への焦りと憤り。
「アレクサンドラ様! わたくしのドレイク侯爵家もエクセター家ほどではありませんが、古い家門です。ドレイク家にも代々の領主が貯め込んだ蔵書がございます! それを全部調べてみせますわ!」
アリス様の前向きな発言に、私も勇気を頂きました。
そうです。出来ない事を嘆いているだけでは現状維持です。
このままではいたくない。だからこそ、少しでも抗う為に自分に出来る事をやらなければ!
「アレクサンドラ様。我が家は新興故に、古い蔵書はありません。ですが、我が家には人脈と金脈があります。市井に出回っている古書の類は私にお任せあれ。ただ……それを読める人材がいるかどうか……」
「わたくし、古語はいくつか習得しておりますから、お役に立てるかと!」
なんと頼もしい後輩たちでしょう!
「おふた方とも、素晴らしいわ、ありがとう。私も頑張りますわ!」
「皆様……情報集め、よろしくお願い致します。もう神殿中の蔵書は調べ尽くしたので、助かります。なんとか……せめて、“正しき力で拘束”が具体的に解れば……。そのような武具があるのか? 現存するの? それとも今のわたくし達で作れるものなの? わからない……」
アレクサンドラ様は口元を押さえ、思索に耽りました。
皆、同じように悩み、苦しんでいる。それでも現状を打破するために努力を重ねている。
この時集まった5人は、その後本当の友になりました。
同じ心労を負ったせいでしょうか。この時励ましあい、挫けそうになりながらも共にあった確かな記憶は、掛け替えのない友情となったのです。
ひとつ、面白い事に。
この時、リリベットはひっそりと落ち込んでいたそうです。
私を含めた令嬢たちは情報集めに奔走していましたが、自分はなんの役にも立っていないと。武に長けている自信はあるが、古い家門ではないから家に秘蔵書などない。金脈も人脈も無いから市井で探す事も出来ない。しかも、羊皮紙に古語で書かれた古い文章など読む学も無い、と。
でも、私は彼女の存在に助けられていました。
私の受けた痛みを一緒に感じてくれていたリリベットは、私以上に殿下に対して怒り、私と一緒に悲しみ、私と共に同じ時間を共有してくれました。
特に慰めの言葉などありませんでしたが、優しく握ってくれるその温かい手に、その存在に、どれほど勇気づけられた事か!
リリベットはまるで心安らぐ忠犬のよう……なんて言ったら本人に怒られそうですけど。
でも、そんなリリベットを私に紹介し、傍につけてくれたのは……他ならぬ殿下なのです。
掛け替えのない絆を私に齎した殿下。
どうしても、殿下をお救いしたい。
最悪、殿下とマーガレット嬢の仲が本物に発展したとしても。
例え私に向けてくれたお心が無くなったとしても。
せめて、『魔女』の手からお救いしたい。生ける屍など、悲し過ぎます。
◇
時間は無情にも飛ぶように早く進み。
玉石混合の古書の多くを読み進めた先に巡り会えたのは、我が領地の古い別邸に隠されていた古書で、なんと魔女出現を示す予言の書でした。
いつ、誰が記したものかは判りません。
ですが今は使われていない別邸の書庫の奥の奥の隠し部屋に、誰かの訪れを待つように整然と置かれたそれは、確かに私たち真相を追う者を待ち構えていました。
記された予言の詩は全部で8つ。
これらを解読したところ、5件は予言詩の中に年数が記されており、それは過去の日付なので、予言としてはなんの意味も無いだろうと判断されました。残り3件は、未だ成就されていない物。その内1件が、恐らく今回の魔女に該当する物。この予言を読み解き判別した情報は私たちに戦慄を齎しました。
『強欲の魔女
新月の晩
惑わされし 五つの生命を贄として
かの邪悪なる魂に取り込まん
邪悪なる者、己が欲望に忠実なる者、その力 無限
火に呑まれ ひとつの王朝 終焉を迎える』
「これって……」
「五つの生命って、多分、殿下たち5人の事? ですよね?」
「贄……という事は…殺されると、言う事、でしょうか?」
「“その力 無限”って、つまり、5人を殺して力つけてより強大になると言うこと?」
「火に呑まれ、終焉……戦争でも起こるのか?」
「なんと、いう……」
この予言の書を解読した事実は、すぐさま国王陛下と神官長様に伝えられました。アリス様が丁寧に模写してくださった原文と訳詩を交互に見ながら、国王陛下は震えながらアレクサンドラ様に問いました。
「この、五つの生命、とは……」
「恐らく、陛下のご懸念の通りかと」
陛下はすぐさま対策を立てられました。
新月の晩は月に一度必ずあります。
その日は、『五つの生命』に該当するであろう5人を見張り付きで自宅に軟禁。監禁に近い形だったと聞きました。特にブラウン嬢には接触させてはならない、とも。
幸か不幸か、ブラウン嬢から離れた状態の彼らは特に暴れるでもなく、大人しく此方の意に従ってくれたそうです。
しかし、そのままでは自らまともに食事も睡眠も取ろうとはしません。衰弱する一方になるのです。ですから昼間は学園で魔女と接触させます。そうすれば、少なくとも食事は取るのです。食事を取り、授業を受け、普通に。普通に生活しているように、見えるのです。学園にいる間ならば。
なんとも歯痒い状態が続きました。
◇
「お姉様方……わたくし、大変な事に気がついてしまいました……」
ある日、アリス様が緊張した面持ちで私たちに報告しました。
「3ヶ月後には、お姉様方3年生は卒業式ですよね? 卒業式の日の夜、記念のダンスパーティーが、ありますでしょ?
その日、新月なのです……」
「え……?」
新月の夜のパーティー、ですって?
「中止にする、という訳には……」
「なりません。他の3年生たちにとっては生涯一度の晴れ舞台です。それに、魔女の顕現を公にする訳には……」
「彼らだけを欠席させる、というのはどうだろう?」
「それが一番やり易い対処ね……魔女に此方の動きを気取られる可能性も高いけど」
「魔女に勘づかれ、ブラウン嬢だけが自殺して本体に逃亡されるかもしれない、のか……それはマズイな」
「ダンスパーティーだけを、別日に開催するのは、どうでしょう? 新月の晩以外の日に」
「「それよ!」」




