加害者であり被害者2
ダン様の病室は常にピリピリした空気が充満していました。
ダン様が不機嫌なせいですね。正式な近衛隊の制服姿のリリを見た時から、まぁ、不機嫌なこと!
私が学園は留年する事と、その理由を通達した時はまだマシでした。
が、婚約解消になった話には、ひどい抵抗を示しました。
「何故⁈ 俺は悪くない! 俺のせいじゃない! 何も覚えてないのに! 何もしてないのに!」
鍛えられた殿方の怒声は、それだけでひとつの暴力だと思います。この方、一体誰に怒鳴って居るのやら。本当に騎士の器は欠片もありませんねぇ。
一頻り意見を聞きました。嵐が過ぎるのを待つ気分でした。
「言いたい事は以上ですか? 今更覆すことはできませんよ、既に手続きは終了済みですもの。先程も申した通り、貴方の口から発せられた希望が通りました。それだけです。
そして貴方は悪くないですよ? その証拠に、婚約解消に伴う慰謝料も賠償金も請求されておりません。どうか、ご了承くださいませ」
さっさと退出しましょうとドアに向かった時。
「待て! 待ってくれ! リリベット!」
ダン様はリリに縋りました。
「やり直すことは出来ないか? お前は俺の事が好きだったんだろう? 俺は、お前のことが好きだったんだ!」
リリは無表情で対応しました。
「婚約は『解消』された。この意味は『元々婚約した事実はない』という事だ。だから『やり直すこと』は不可能だ。『婚約した事実など無い』のだから。そして私はお前の事が好きだった事実も無いぞ? お前が私を好きだった事も無いだろう? お前が私に執着するのは、我がグローリアス辺境伯家と関わりたいから。それだけだ。我が家門は実力のある者を尊ぶ。私と結婚せずとも、強い男ならばいつでも歓迎する」
「リリベット! 愛してるんだ!」
「お前が愛してるのは胸のデカい女だ。私じゃない」
「リリベット……」
あら。
「リリってば、ひどい鳥肌。よっぽど今のダン様の愛の告白が気持ち悪かったのね」
私の言葉に袖を捲って自分の腕を見るリリ。
……本当に、凄い鳥肌が立ってる。
「ダン様。女には “生理的に無理”という相手がおりますの。理屈ではございませんわ。リリの事は、諦めてくださいな」
絶望という題名で彫刻を作成したら、今のダン様の形になるのかもしれません。
実力で辺境伯家に認められれば宜しいものを……
そう呟きながら、私は病室を後にしました。
病室の外で、さて次はどちらに行こうかしらと思案していたら
「どうして、分かった?」
リリが訊きます。
「何が?」
「この、鳥肌」
「分かりますよ。私も“気持ちワル”って思ったもの」
リリが嫌悪感で微かに震えた事も。
「うん。あれは……気持ち悪かった……何が“愛してる”だ。記憶を失う前も言った事無いぞ、アイツは」
腕を擦るリリ。
「鳥肌立ってるのを見たら、流石の馬鹿も黙ってしまいましたね」
「『生理的に無理』と言ってくれてありがとう、エリー。うん、あれは無理だ」
腕を擦り続けるリリが、鳥肌を立てない殿方が現れる事を、こっそりお祈りしておきますね。
◇
ルイ様の病室に赴くと、ルイーズが先に居ました。
「あら。同席しても良くて?」
「エリー姉様! 必要連絡事項は私が伝えましたから、エリー姉様はこんなバカの見舞いなんてしなくても良いですよ!」
ルイ様の様子を見ると……グズグズと泣いていました。
「ルイ様は、1年生から履修し直すと伺ってますわ。大変でしょうけど、その方が宜しいでしょう。新1年生は、今回の騒動を知りませんもの」
基本的には。でも人の噂話の進むスピードは尋常ではないですからねぇ。
「ルイーズは3年生に進級するものね。校舎が違うから、余り関わる事も無いわ」
「はい、良かったです!」
ルイーズは強いわね。思わず抱き締めてしまいました。
「エリー姉様?!」
「ルイーズは良い子ね。……でも無理をしてはダメよ? 辛くなったら私に言ってね。絶対よ?」
「姉さま……はい、勿論です!」
ルイーズの明るい笑顔にほっとしました。
この2人は、婚約解消はしましたが、何だかんだと繋がりは無くならない気がします。お家の繋がりもあるし、なんだか姉と弟のような雰囲気でしたし。……同い年のはずなんですがね?
婚約者としてではなく、違う形で仲良くできるのならば、それがいいと思います。
◇
最後は、アンヘル様の病室です。
そこには────
寝台の上でしたが、脚を畳んで座り項垂れるアンヘル様(この姿勢は確か“正座”とかいう東洋の拷問する時の姿勢じゃなかったかしら?)と、その隣に腰に手を当てて立つアリーの姿が。
カオス? それとも修羅場かしら?
「同席しても良くて?」
「エリー! リリも、入って。今バカに説教してる所なの」
説教、ですか……本当に入っても良いのかしら。
「留年の話と婚約解消の話はした? ……あぁ、婚約は随分前に解消されてましたね」
「そうよ、私があの学園に編入した時には既に」
あらまぁ。
「……だから! 記憶にないのに! なぜ僕だけが知らないんだ⁈」
「……何の話?」
「聞いてください、エリザベス様! 婚約解消なんて! それも1年も前に済んでいて、それを本人である僕が知らないなんて! 酷いと思いませんか?!」
……この方、一人称は『私』だったと記憶していましたが本当は『僕』なんですね。
アリーは反論します。
「酷くないわよ。その頃の貴方は既に魔女の虜になってて、他者との会話など満足に出来なかったわ。仕方ないじゃない、神官は生涯たった1人としか結ばれない決まりなんだもの。貴方、既に魔女と契ってるでしょ? わたくしと結婚なんて、出来ないわ」
「僕にその記憶は無い!」
「でも王家の影は見ていたわ。正式に立証されているの。
……それにね。貴方、曲がりなりにも日々精進潔斎して修行していた神官でしょ? 『神童』と持て囃された男でしょ? その貴方ですもの、魔女と軽く接触しただけでは記憶改竄される迄には至らなかった。その記憶はあるのでしょう? 違う? 貴方途中までは神官長様にちゃんと報告を上げてるじゃない。魔女らしき女生徒がいるって。貴方は自分の力に奢ったのよ。次々に魔女に堕とされる男たちを見て、自分は違う、まだ意識を保っていると、侮ってうっかり魔女と寝てしまった。そうしたら、どう? すっかり虜になった。……そこからの記憶は無くなっているのでしょうけど。
貴方だけは、“魔女に操られた”という言い訳は許されないわ」
危険性を充分ご存知の上で、ですものねぇ。
これは説教と言うより、断罪です。
私は傍にあった椅子に座りました。リリは私の後ろに立ちます。護衛ですから。
「皮肉にも、貴方が魔女に堕とされた事でマーガレット・ブラウン嬢が魔女だと確定されたわ。お疲れ様、貴方の身を呈した調査のお陰だわ」
アリーってば、こんな冷たい声も出せるのね。知らなかったわ。
「アリー。先程、王家の影がって、言ってたけど……学園に影が入ってたの?」
まったく知りませんでした。
「えぇ。王子殿下と貴女の護衛の為に。もっとも貴女には専属がいたから、護衛と言うより監視の方が意味合いとしては近いわね。……元々は王子殿下が、貴女に不敬を働く者はいないか、邪な思いを抱く者はいないか、調査させる為に付けたと聞いたわ。ふふっエリーってば、愛されてるのね。なるほど、『アレ』が本来の殿下なのね」
……何のことでしょうね。顔が熱くなる気がしますが。アリーがニヤニヤ笑うのがイケナイと思いますよ?
「それでも……それでも僕は……‼」
アンヘル様が立ち上がって……‼
足が痺れたのでしょう、悲鳴を上げながら崩れ落ちるように蹲ってしまいました。その拍子に寝台からも転げ落ちました。
……痛いのでしょう、泣き始めました。
「アンヘル様……貴方は、他の御三方と違い、ブラウン嬢が魔女だとご存知だった。その上で近づいた。そして、神官としての掟、でしたか? 生涯1人としか結ばれないという、それを破って魔女と契った。何処にも同情する余地がありませんわね。そんな貴方が聖女様を欲しがるとは……なかなかツラの皮が厚く出来ていらっしゃる。感心致しましたわ。……とても、真似出来ませんもの」
私はアリーに促されて病室を出ました。
アンヘル様のすすり泣きを聞きながら……。
「彼は、学園に戻るの?」
「いいえ。元々は魔女捜索の一環としての入園だったから、もう必要ないわ」
「そう……『彼女』が神殿に幽閉されることは、彼、知ってるの?」
「今はまだ……アンヘルが自分で底辺からでも神官職を目指そうとするなら、知る事になるでしょう。でも……」
「辞める、と?」
「神殿内では“神官の面汚し”と認識されたから、或いは逃げ出すかもしれないわ……今まで『神童』と誉高かった分、余計に居辛くなるから……」
「アリーは彼の事、随分と詳しいのね?」
「わたくしは神殿で育ったの。アンヘルは乳兄妹よ」
「じゃあ……恋愛感情は、無かった?」
「……よく分からないわね」
アリーは泣いているような、笑ってるような、複雑な顔をしていました。




