加害者であり被害者1
封印した魔女の魂は何処に行ったの?
私の質問にアリーは笑って質問し返しました。
「聖女の錫杖に付いていた遊環、幾つ付いてたか、覚えてる?」
「遊環って、錫杖の先に幾つもぶら下がっていた金属製のあの小さな輪の事よね? ……確か、五つあったと思うのだけど」
リリが錫杖を振る度にシャラシャラと綺麗な音を立てていましたね。
「正解。本当にちゃんと見えてたのね。そして、貴女のお家の別邸から発見された『魔女の予言の書』。あれで “この予言はもう済んだもの”とされた詩は幾つあったかしら?」
「確か、五つ……あ!」
アリーは“よく出来ました”とでも言うように満足気に微笑んでいます。
「今、遊環は六つ、付いてるわよ?」
あの小さな輪が、封印された姿なのね!
「だから、使わない時は聖なる泉に沈めて、誰にも触れさせずに浄化するようにしてるの。わたくしも、今回の事変まで知らなかったけどね」
「どのくらいの時間で浄化するの?」
「さぁ? 少なくとも他の五つ遊環は浄化済よ。だから……100年くらい? かしらね」
今回の『強欲の魔女事変』は無事に治めることが出来ました。
リリベットが使った聖女の錫杖、アレクサンドラ様による聖女の封印の詠唱により、魔女の魂は封印されました。
そして、まさかの殿下による『魔女の宣言』入手。
見事でした。今思い出しても、見事な手腕でした。
憑依体となっていたマーガレット・ブラウン嬢は、無事に保護されましたが、魔女に憑依されていた時間を全て忘れていました。私や殿下が顔を見せても誰だか分からない様子でした。当然、学園にいた記憶もなく……。
彼女が何をしたのか、どんな様子だったのかを全て話して聞かせました。
彼女は顔を青ざめさせ、私たちに平伏して謝罪し続けました。
痛々しい姿でした。ブラウン嬢本人はとても素直で、人の話をキチンと聞ける普通のお嬢さんでした。
何も覚えていないなら、普通に生活出来るのでは? と疑問に思いましたが、魔女に憑依されていたその身体は、依代としての能力が非常に高く、普通の生活は送れないのだそうです。
このまま街などで暮らせば、様々な精霊や悪霊の類を、良い物も悪い物も全て呼び寄せてしまうのだとか。魔女ではない化け物に成り果てる可能性もあるそうです。
彼女は神殿預かりとなり、神殿内の結界が張られた地区で生涯幽閉生活を送る事となります。
それに納得して貰う為、全てを話したのです。
何も知らせないまま幽閉する方が、彼女の精神的負担は軽かったかも知れませんが、幽閉という肉体的苦痛に耐えられるかどうか、わかりませんから。
マーガレット・ブラウン嬢は、実父に引き取られた後、彼が既に平民だったと知り衝撃を受けたのでしょう。彼女は貴族階級に憧れを抱いている様でしたから。
恐らくその衝撃の隙を、魔女に突かれてしまった。
憑依された彼女は、自身の奥深くに眠っていた欲望のままに学園への編入を図った。学園長の記憶に無理矢理侵入し編入手続きを行ったのでしょう。正規のルートで手続きを行っていたら、こんな事にはなっていなかったと思います。触れた者の記憶を改竄する、恐ろしい能力です。それは保健室の特別名簿にまでは及んでいませんでしたが。保健室の担当教師が女性だったせいかもしれません。あの能力は男性にのみ有効だったようですから。
……『五つの生命』を贄にして能力が強大化したら『その力 無限』となって、女性をも操れたのでしょう……。
そうなる前に封印出来たのは僥倖でした。
そして、娘の捜索願を出していたブラウン氏。彼にだけは全て話す手筈になっています。約2年ほど前に庶子として引き取った娘が突然行方不明になる。そんな彼の心痛を想像するとお気の毒でなりません。ですが、今回の『強欲の魔女事変』は、広く一般に知れ渡ってはなりません。
貴族の中の、ごく一部の者が記録していくものです。
あの時。パーティ会場での魔女封印時は、殿下に追い詰められ逆上した一令嬢(まるで魔女のような手腕で殿下達を狂わせた)が暴れ始める前に、王子殿下の婚約者付き護衛が取り押さえ、聖女が光の魔法を使いその様を隠した事になっています。女性が取り押さえられる様を人目に晒すのは忍びない、と。
魔女の存在は、あくまでも『物語の中』だけに納める。それが今迄の対応であり、これからもこの方針は変わりません。基本的には。
◇
◇
あの時の記憶がない者が他に4名。
魔女の生贄になりかけたあの4人は、魔女の魂が封印された後、意識不明の昏睡状態で確保されました。そのまま神殿の医療部へ運び込まれ、精神汚染されていないか、入念に調べられた結果、ここ2年ほどの記憶 ── 丁度ブラウン嬢が編入して来た頃からの ── が、ない事が判明しました。
その内の1人、ヒューイ・ブリスベン侯爵子息のもとへ、アリス・ドレイク侯爵令嬢と共に面会に赴きました。
アリスはとても美しい笑顔で挨拶をしました。
「こんにちは。お加減如何でしょうか? 直接会うのは、わたくしには久しぶりですが、ブリスベン様にとっては “初めまして” ですか?」
衰弱したご様子で、でも寝台から身体を起こして私たちと対応したヒューイ様は、初めて会った婚約者さまの様子に笑顔で対応してくださいました。
「もう、大分良いです。ご心配お掛けしました。記憶が無いのが気がかりなのですが……」
「その事ですが、ヒューイ様。私から通知させて頂きます。ヒューイ様たち4名は記憶喪失の為、本年度の学園卒業を認める事は出来ません。留年となります。2年生からやり直してくださいませ。飛び級制度を活用する事も可能なので、その際は学園長先生と相談して下さい」
「了解しました。エリザベス様、わざわざありがとうございました。……でも、アリス嬢が居ますから、一緒に学園生活を送るのも悪くないですね」
ヒューイ様はアリスに向かってニコリと微笑みました。
アリスも微笑んでます。
「え? わたくしは余り関わりたくないので、一緒に、というのはご遠慮致します。それに不愉快なので、名前を呼ぶのも今後はご遠慮くださいませ、ブリスベン様」
アリスが良い笑顔でバッサリ切り捨てました。
ヒューイ様も、笑顔のまま固まってます。
「ついでに報告致しますと、ヒューイ様とアリス嬢との婚約は、正式に解消されております。ヒューイ様のご希望が通った形なので、ご不満もないと存じます」
笑顔で続ける私も、随分性格が悪くなったかもしれません。
「え……でも、記憶に無いのですよ? 私は悪くないです! 悪いのは魔女です!」
そうですね。記憶が無いのですもの。
その反応は想定内です。
恐らくアリスも。
「悪いのは魔女。えぇ、承知してますわ。あなた様に記憶が無い事も。
ですが、わたくしには、あなた様にひどく罵られた記憶がございますの。わざわざ1年の教室に、ブラウン嬢を伴って現れたあなた様は、メグと比べれば、君はチンケで寸足らずだ、とても同じ女性とは思えない、彼女の爪の垢を煎じて飲んだ方がいい、そう言ってわたくしを嘲笑って去って行きましたわ。教室にいた50名程の生徒の前で受けた侮辱、どうして忘れる事が出来ましょう?
『チンケ』で『寸足らず』なわたくしにも、一応、プライドと言うものがございますの。あれを忘れて黙ってブリスベン様と仲良くする事は……とてもムリですわね。
ですから、学園生活が始まっても、話しかけないで下さいまし。学園の連絡事項とか、授業中などで必要な会話までは拒否しませんから」
では、御機嫌よう。
そう言っていい笑顔を残し、アリス嬢は颯爽と病室を出ていきました。
「私は……彼女との婚約解消など、望んでいないのに……」
呆然とした様子のヒューイ様。
「いいえ、ヒューイ様。あなたご自身が自ら婚約破棄すると宣言した事を、3年生全員が揃って聞いております。証人は約150名ほど。動かしようの無い事実です」
私もこの耳で聞きましたからね!
と言うか、この人、私に向かって言いましたからね!
「私は……何も、悪くない、のに……」
「そうですね、ですからヒューイ様。貴方には婚約解消に伴う慰謝料も賠償金も請求されておりませんわ。良かったですね。貴方が悪くないと認められた証です」
「でも……婚約破棄、ですか」
「『解消』ですよ。……記憶に無くとも、悪気が無くとも、他所様に悪い事をしたのは紛れもない事実ですから。仕方ありません。
私が聞き及んだ話では、貴方はブラウン嬢が自分に触れる事を容認していた。その姿はまるで下町の、お酒を振る舞うお店の給仕娘の様ではしたないと、注意なさる方も多かった。
良識のある殿方は、彼女に触れられる事を避けていましたわ。貴族令嬢にさせる事ではありませんもの。
……貴方は、ブラウン嬢にそれを許していましたが。そういう……隙を、魔女に突かれたのです。お解り?
これから貴方は、身勝手に婚約破棄宣言をした不誠実な男、もしくは浮気癖のある軽い男、という世間の目と戦わなければなりません。貴方にとって、そんな世間の目は理不尽だと感じるでしょう。ですが、それが貴方に与えられた罰だと、私は思います」
私も疲れたので病室を失礼しました。
その際に、少しだけ、と。
「アリスもね、『少しの浮気も許さない狭量な女』という非難の目と戦うのです。全て承知の上で、それでも貴方を拒否しました。お互い様だと思いますよ」
と、言ってしまいました。
私はお節介かしら。加害者が同時に被害者という形は複雑です。
自分の事では無いと、世間は好き勝手に言いますから厄介です。
私も……殿下のあの冷たい蔑んだ目を忘れる事は出来ませんが、それ以上に、殿下が恋しい。
……きっかけがあれば、全部許してしまうでしょう。
巷では『チョロい女』と言うのだそうです。この言葉、ルイーズから教わりました。
あと3人、留年と婚約解消の話をしなければ……
面倒臭いです。誰か代わってくれないでしょうか。
でも、下手に地位の低い侍従等に連絡を任せたら納得しない御仁も居そうです。特にあの赤い髪の……
公爵令嬢兼王子の婚約者、つまり準王族である私からの通達が一番その後のゴタゴタが少なそうです。
損な役回りですこと。
病室を出た私に、リリが近寄ります。近衛の制服姿が決まってますね、カッコ良いです。
「あら、アリスは? 先に病室を出ましたが」
「帰ったよ、彼女の侍女と一緒に。エリーに宜しくって……ちょっとだけ、泣いてた」
「そう……次に会った時に沢山ハグして笑って貰いましょう」
私には、ヒューイ様よりアリスの方が大切です。そして。
「ダン様にも報告がてらお見舞いに行きますが、同席する?」
リリは、無表情ではありましたが、眉間にちょっとだけ力が入りました。
「……する」
では、参りましょうか。
人の話を聞かなそうな、赤い髪の御仁の元へ。




