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その6

見かねたジェラルドが、親子に手を差し伸べる。


「ともかく、立ってください。我々は、とったものを返していただければ、それでいいんです」


その言葉に、私もうなずいた。

子供は泣きじゃくりながら、ゴホゴホと咳き込んでいる。

私はそのとき、かすかな血の匂いに気が付いて、ハッとした。


「ねえ、その子、ケガしてるんじゃないの?」

「えっ。ええ。そりゃあたしが、いやってほどお尻を叩いてやりましたから」

「違うわ」


私は身をかがめ、突っ伏して泣いている男の子の様子をみる。

すると咳き込んだ口から、血が流れていることに気が付いた。

もしかして、地面に顔を押し付けられたとき、口を怪我したのかと思ったのだが。


ごほっ、とまた大きく咳き込んだ拍子に、どっと大量の血が流れ出る。


「大変! 口の中が切れたんじゃないわ。多分、お腹からの血よ」

「なんだって? ジャック! あんた、あの男たちになにをされたの!」

「……こ、これじゃ足りない、もっと盗んでこい、役立たず、って、お腹を蹴られて。……母ちゃん、痛いよう」


子供の顔色が、みるみる白くなっていく。

と、さっとジェラルドが子供を抱き上げ、家の中のベッドに寝かせた。


(まだ十歳にもなってなさそうな子に、こんな大怪我を負わせるほどの暴力を振るうなんて、許せない)


あのときジェラルドを止めたりせず、炭になるまで燃やしてやればよかった、と私は怒って考える。


ラミアだって私を蹴ることがあったが、ちゃんと力の加減をしていた。

もちろん私も、ほどよい具合にラミアを蹴り返していたものだ。

けれど今は、それどころではない。


「ジャック! ジャック、ああどうしよう。あんな悪党といたら、いつかこうなると思ってたんだ。あたしが病気で、働けなくなっちまったばっかりに」

「大丈夫よ、落ち着いて」


私はベッドの我が子にすがる母親の背後に立ち、胸を張って言った。


「こんなときに、どういうつもりだと思うかもしれないけど、イズーナに歌を捧げさせて。女神の力を借りるのよ」

「は、はい? 歌?」


母親は、うちの子の一大事に、この女はいったいなんておかしなことを言い出すんだろう、という顔をしている。


当然の反応なので私は気にせず、すう、と息を吸い、歌い始めた。


「しろいはね すのなかに のこるあのこのわすれもの しろいはね しろいはね どこかのそらで たかくまえ」


苦しむ我が子を前に歌う私を、困惑した顔で見つめていた母親だったが、次の瞬間。


「母ちゃん! 俺、もうどっこも痛くない!」


元気いっぱいの声で、ジャックが叫んで飛び起きた。


「なんだって……? えっ? あ、あたしもだ。腰がちっとも痛くない! そ、それに、息苦しさも熱っぽさも、むくみもだるさも飛んでいっちまって……どうしたことだい、これは」


母親はしゃきっとして立ち上がり、急いでジャックの身体を触って、どこも痛がらないか確認した。

それから、自分の身体のあちこちを、撫でるようにして検分する。


よかった、とにっこりする私を、母親は見えるはずのない精霊でも、目の前にしたかのような顔つきになる。


「あ……あなたさまは。もしや、聖女様でいらっしゃいますか」


どうかしら、と私は首を傾げた。


「確かなのは、私がペンダントを返してもらいにきた、ってことよ。お願いできる?」

「いやだ!」


かたくなに首を振るジャックの頭に、母親はげんこつを落とす。


「なに言ってんだい、この罰当たり! このお人がいなかったら、あんたは死んでたかもしれないよ!」

「だって、母ちゃんに薬を買うんだ! だからお金がいるじゃないか! 夜に寝ていても、あんなに苦しそうなのに、なんにもできないなんて、おいらもうイヤなんだ!」


再び、ぐすぐす泣き出したジャックに、母親も目元を寝間着の袖でぬぐってから、両手を大きく広げた。


「もういいんだよ、ほらご覧! 聖女様のおかげで母ちゃんの病気も、治っちまったんだ。これからは、ばりばり働くよ!」

「……本当? もう、どっこも痛くないの?」

「母ちゃんが嘘をつくもんかい。みてごらん」


母親はぴょんぴょんと跳ねてから、ジャックを抱きかかえ、脇の下に手を入れて、狭い室内をぐるんと回した。


「本当だ! 母ちゃんが元気になった! おいらを抱っこしてる!」


わあっ、と今度はうれし泣きをして抱き合うふたりを、ジェラルドは優しい目をして見つめている。

よかった、と心底思って、私もその隣でなごやかな気持ちになっていた。


すると、ひとしきり泣いてから、ジャックはごしごしと涙を拭いて、はい、と私にペンダントを差し出した


革ひもはほどけたのか、なくなってしまっていたけれど、そんなのは付け替えればいい。


「もうお母さんを、悲しませることをしちゃ駄目よ」


私が言うと、ジャックはコクリとうなずいた。


「おねーちゃん、ありがと。さっきお腹を蹴られて、すごく痛かったのに、歌を聞いたら治っちゃった! 母ちゃんも、元気になったよ!」

「そう。よかったわ。二度とあんな悪党連中に近づかないでね。あの人たちも、もう悪さは、したくてもできなくなってると思うけど」


「なにもお礼ができなくて。うちはこの子の父親が死んじまったうえに、このとおり、あたしが身体を病んで、なにもないんです」

「いいのよ。歌っただけじゃないの。ペンダントも返してもらったし」

「それも、母親のためにやったことだからな。……ジャック。これをきみに。ペンダントと交換だ」


ジェラルドは言って、小物入れから指輪を出した。


「とはいえ、誰かから盗んだと思われると困るからな。なにか、書くものはないか」


けれど部屋の中には、そういったものはなさそうだった。わずかな鍋や食器、掃除道具くらいしかない。

私は思い出して、ポケットからインクの実を出す。


「これってジャムみたいに、顔についたくらいならすぐ取れるけど、木に書くと染みて取れないのよ。ペンの代わりにならない?」

「それはちょうどいいな。この、木の器を借りるよ」


ジェラルドは古い汚れた木の皿に、なにかすらすらと書いて、手のひらを当てる。

と、そこには不思議な紋章が浮かんで消えた。


「これは、俺が確かに指輪をジャックに譲ったという、証明だ。商人が手に取れば、俺の花印が浮かび上がるよう、術をほどこしてある。もし今後、盗みを働くほどに困った時には、必ず売り場に指輪と一緒に持っていってくれ」

「こ、こんな、高価そうなものを、よろしいのですか」


分厚い金の、大きな宝石のはまっている指輪を受け取り、母親はおろおろしている。


「やった! こっちのほうが、金になりそうだ!」


無邪気に喜ぶジャックの頭に、またもげんこつが落ちた。

いてえ、とジャックは頭を押さえたが、親子はどちらも笑っている。


「これは俺からの礼だ。遠慮なくもらってほしい」


ジェラルドは言って微笑んだ。その笑みは、荒くれ男たちに見せた冷たい微笑とはまったく違う、あたたかなものだった。


♦♦♦


深々と頭を下げるふたりの家から外へ出ると、夜の風が頬に冷たい。

でもそれは、とても気持ちがよかった。


「身に着けている宝飾品には、いろんな意味や効果がある、って言ってたけど、あげちゃって大丈夫?」

「ああ。あれには魔除けの効果はあるが、害はない。それにいくつもアルヴィンが、予備を持っているからな」

「そうなのね。じゃあよかった。でも、お礼、って言ってたけど、なんのお礼だったの?」


尋ねるとジェラルドは、いたずらっぽい目をして笑う。


「それはペンダントが盗まれたとき、きみから俺のプレゼントに対する、素敵な言葉を聞けたことへの、だよ」

「素敵な言葉……」


悪党たちのアジトに乗り込み、ひともんちゃくあってから、親子の喧嘩のあとには子供の具合が悪くなり、慌てて歌った。


そうやってバタバタしていたため、なにを言ったか、私は残念ながら忘れてしまっている。


「私、なんて言ったの? 教えて」


はー、と溜め息をいて、やれやれというように、ジェラルドは首を左右に振った。


「きみは冷たいな、そんなふうに忘れてしまうなんて」

「違うわよ、だってあれこれあって、大騒ぎだったじゃないの」

「残念だ。俺は悲しい」


そうは言うものの、ジェラルドの目は笑っている。


「なによ、もう。からかって」

「本当は、ここできみに、ペンダントをつけてあげたいんだけどな。紐がなくなってしまっているね」

「ええ。でも、肝心なのはガラス玉の部分だもの」

「壊れなくてよかった。綺麗だね。きっとキャナリーに、よく似合うよ」

「そ、そう?」


優しい言葉をかけられるうちに、またも心臓の鼓動が早くなってきた。

私は胸にさりげなく手を当てながら、ペンダントの話しを続ける。


「早くつけたいから、ちょうどいいくらいの革ひもを、どこかで調達しなくっちゃ。そうだ、これを売っていたお店で買えるわよね」

「革でもいいけれど、帰国したら、ドレスにも合うように作り直させるよ。……だけど、キャナリー。隠さずに、正直に言っていいんだよ」


え? と私はジェラルドを見上げる。


「なんのこと?」


するとジェラルドは、こちらに顔を近づけてきて、胸がひときわ大きくドキッと高鳴ったのだが。


「きみ、すごくお腹が空いてるんだろう」


「う」と私は言葉に詰まる。

私がコルセットに触れていた理由は、半分は胸がドキドキしていたせいだ。

が、半分は確かに当たっていた。

歌うといつにも増してお腹が空くことを、ジェラルドも知っている。


「ええと。実はそうなの。お店が見えてきたら、言うつもりだったのよ」

「それじゃあ、まだ開いている出店で、なにか食べるといい。一口くらいなら付き合うよ」

「なによ、一口だけなんて、お上品なこと言って。私だってそんなには食べないわよ……! 多分」



そうして私たちはふたりだけの、楽しい宴の続きに戻ることにする。

私はこれまでと変わらない態度でジェラルドに接し、話し、笑う。

けれど今度のプレゼントの一件があって、気持ちは少し変わっていた。


こうしてジェラルドの隣をいつまでもどこまでも、ずっと並んで歩いていきたい。

以前よりもずっと強く、そう思うようになっていたのだった。


この番外編は、今回で最終話となります。読んで下さってありがとうございました!

ブクマをしていただいたり、★で評価していただけると励みになりますので

よろしくお願いします!

時期未定ですがまたこんな感じで、今後も番外編とか出す予定です。

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