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その5


男がジェラルドをめがけて、短剣をふりかざしたそのとき。


「この野郎……ッ! うっ、うわあああ!」


短剣を持った男の腕が、いきなりボッ! と黒い火に包まれ、燃え上がった。

ひーっ、うわあ、とあなぐらの中は、阿鼻叫喚のるつぼになる。


「熱い、熱い! 悪かった、俺が悪かった!」


私はジェラルドの使う魔力の凄さを、初めて思い知った。

怖いとは感じない。その力は、決して悪用されることはない、と信じているからだ。


けれど自業自得ではあるものの、さすがに人が燃えていく光景は、見たくなかった。


「ジェラルド。もういいじゃない」


思わず言うと、泣きながら叫ぶ男に向かって、ジェラルドは静かに手のひらを向けた。


「我が剣の主の命により、この一瞬の間のみ、刻印の効力を封じる」


しゅう、と炎は出現したときと同じくらい、即座に消えた。男は腕をおさえ、床に倒れこむ。


「わあああ、あ……あれ?」


その手は赤くなっているだけで、焼け焦げてはいない。

男はホーッと溜め息をつき、腕を撫でさすった。

ジェラルドの指が不思議な動きをし、唇が、またも冷酷に告げる。


「封印を解除。再び悪事を働けば、即座にその身を炎が包む」


淡々とした声に、なすすべもなく見つめていた男たちは、恐怖と驚愕にガタガタと震えていた。


「お許しください!」


アゴひげの男が、床に額をこすりつけるようにひれ伏すと、他の男たちも同様にする。


「ま、まさか、帝国の方とは知らず、ご、ご無礼を働きました」

「俺ぁ、燃やされるのはいやだ。家には、おっかあとガキがいるんだ」

「勘弁してくれ。頼みます」


「真面目に働き、善良な心で日々を過ごせば、なにも問題はない」


ジェラルドは穏やかな声と、表情で言う。


「本当に、子供にペンダントを返して欲しかっただけだ。あの子はどこへ行った?」

「あっ、あのガキなら、裏から出て行って、もうひと働きしてるか、もしかしたら、家にいるかもしれません。家の場所は……」


聞き終えると、ありがとう、とジェラルドはきちんとお礼を言って外へ出た。


♦♦♦


「びっくりしちゃった。まさか子供が、悪党そのものみたいな人たちと、関わりがあるなんて」

「スリや泥棒の、元締めという感じだったな。ついでに懲らしめておいたから、悪事が減って町の人たちも助かるはずだ」

「それにしてもあんな魔道が使えるなんて、すごいわジェラルド。アルヴィンが、人間の中でなら危険がないと考えるのも、よくわかったわ。それにぶん殴るだけより、あのほうが人のためになるわね」

「少し脅すだけでもよかったが。きみを侮辱したから、許せなかった」

「まあ、そうだったの?」


 なにか言われたっけ? と私は首を傾げる。


(裸にひんむく、とか言ってたことかしら。確かに人をバカにしてるわよね。服なんて、脱いだらまた着ればいいけど。……でも)


私に失礼なことをしようとしたという理由で、あそこまでジェラルドが怒り、許さないと言ってくれているのかしら、と思った瞬間。


ぽわー、と首から上が、のぼせたように熱くなってきた。


(あれ? なんなの。なんだかドキドキしてくる。この感覚、前にもあったわ)


歩きながら、なぜだろうと、私はそっと胸を押さえた。


「どうしたんだ、キャナリー」


こちらの様子に気が付いたジェラルドに、ますます私はドキドキしてくる。


「あっ、えっと、ちょっとコルセットが気になって」

「大丈夫?」

「全然平気よ。早く行きましょう」


にこっ、と笑うとジェラルドは、安心したようにうなずいた。

どういうわけかその顔を、いつまでも見ていたい、と強く思う。

けれど見ていると余計にドキドキしてきたので、目をそらしてしまった。


(もしかしたら。ジェラルドの魔道に近くで接して、体調がおかしくなったのかも。食べ合わせが悪いというか、軽い食あたりみたいなものじゃないかしら)


実際ジェラルドを見ないようにして、しばらく歩いていると、しだいにドキドキはおさまっていった。


(やっぱりそうみたい。皇族の魔道と、翼の一族って、相性が悪いのかもしれないわね)


うんうんと、納得して歩いているうちに、教えられた子供の家は、すぐに見つかった。


♦♦♦


町の外れにある、家というより小屋に近い建物で、どこかラミアの家にも似ている。

板張りの壁もずいぶん薄いようで、近くに行くと中からの声が丸聞こえだった。


『──って言ったじゃないかい、この大バカが! あんなごくつぶしどもと付き合うなんて、ろくなおとなになれやしないよ!』

『ひどいや母ちゃん、だって、おいら』


『お前みたいなろくでなしは、もううちの子じゃない! とっとと出ていきな!』

『やだよ、お腹が痛いよう』

『尻を叩かれて腹が痛いなんて、そんな嘘までつくんじゃないよ!』


うわああん、という泣き声が響いて、私とジェラルドは顔を見合わせる。


「なんだか、親子喧嘩してるみたいね」

「ああ。ともかく話をしよう」


「ごめんください!」


私が扉をノックをして大声で言うと、一瞬、中はシンとする。

それから女性の、かすれた声が返ってきた。


『帰っとくれ! どうせあの悪党どもの、使い走りなんだろう。うちの子をこれ以上、どうしようってんだい!』


私は後ろに立っているジェラルドの顔を見てから、もう一度言う。


「違うんです! 息子さん、ペンダントを持っていませんか? もし持ってたら、返して欲しいんです」


すると、ギシッ、ギシッと、ゆっくり床を歩いて来る音がして、バタンと今にも外れそうな扉が開く。


出てきたのは、頭をチーフにくるんで寝間着に身を包んだ、やつれて顔色の悪い女性だった。おそらく子供の母親だろう。


「もしかして、うちの子から、盗まれたのかい?」


言われて私は、なんと答えていいか迷ってしまった。

部屋の奥の方で、子供が泣いてうずくまっていたからだ。


「あの。もしかして、と思って」


小さな声で言うと、女性は突然、身をひるがえし、子供の首根っこをつかんで引っ張って来る。

そしてふたりして、地べたにいきなり身を投げ出した。


「ごめんなさい! ほら、お前もちゃんと謝るんだよ!」

「やだよ、やだよお」


泣いている子供の頭を、母親はぐいぐいと扉の外の地面に押し付ける。


「盗みなんかしやがって! 母ちゃん恥ずかしくって仕方ないよ!」

「だって、お金がいるじゃないか」

「他人様のものを盗むくらいなら、死んじまったほうがましだ!」

「そんなの、いやだよ。母ちゃんが、死んだらいやだ」


うわああん、と泣く子供と母親を前にして、私とジェラルドは途方にくれてしまった。


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