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その1

「あっ! 今の白いのって細長ブドウの実じゃないの? すごくどっさり成ってたわ。ああっ、あっちの、あの大きな紫の葉っぱ。蒸すとやわらかくて美味しいのよ!」


ダグラス王国を出立し、グリフィン帝国へと向かう旅の途中。

馬車の窓から景色を楽しんでいた私は、道中さまざまな野生の食材を、めざとく発見していた。


森で生まれ育ち、貧しい暮らしが長かったため、身についてしまった習性だ。


「キャナリーが、育ての親のラミアさんと食べた、思い出の野草なんだろうね」


銀髪を窓からの風になびかせて、私の正面に座っている帝国の第三皇子、ジェラルドが微笑んで言う。

ええ、と私も微笑み返してうなずいた。


「確かに思い出があるわ。五歳か六歳くらいのころだったかしら。あの葉っぱを珍しいくらい、たくさん収穫できたことがあったんだけど、長持ちはしない野草なの。だからすぐに蒸したのをザルに盛って、その日のうちに食べたんだけど。急いで飲み込まないと、口から出ている部分を引きちぎられて、ラミアに食べられちゃうのよ。もちろん、私もやり返したけど」


私と、当時すでに九十歳を過ぎていたラミアは、ひとつ屋根の下で共存していた。

が、その暮らしは、生存競争の場でもあった。


「最後には、ラミアが葉っぱを口にいっぱい詰め込み過ぎて、白目をむいて、ドタッとあお向けに倒れちゃってね。大変、ラミアが死んじゃう! と思って、私は急いで口に手を突っ込んで、のどに詰まったものを引っ張り出したわ。でも意識を取り戻したラミアに、この泥棒、あたしが食ったものを返せ! って頭突きをされて、目から火花が散ったのを、とってもよく覚えてる」


懐かしい記憶にほっこりしている私に、なぜかジェラルドは隣のアルヴィンと顔を見合わせ、複雑な表情になっていた。


「そ……そうか。なかなか貴重というか、壮絶な経験をしたんだね」

「ええ。それがあんなにいっぱい生えてるのに、誰も収穫してないなんて」


ジェラルドの侍女に取り立てられることになり、もう食べる心配はしなくていい。

そうとわかってはいても、私はつい、食材が放っておかれることを嘆いてしまう。


「それとさっきの細長ブドウ。生でも干したのでも美味しいし、市場で買うと高いのよ。あれを収穫して、この馬車の上から吊るして干したらどうかしら。到着するまでのおやつになるわ」


いえ、と額の汗をぬぐいつつ、神官のアルヴィンが制止する。


「帝国の紋章入りの馬車に、それはちょっと」

「あっ。言われてみれば、確かにそうよね」


私はさすがに、無茶を言ったことに気が付いた。

この黒塗りの馬車は、金で大きく帝国の紋章が打ち出され、彫刻や宝玉でぎっしりと飾られているのだ。

それを物干し代わりに使っては、帝国の威厳も台無しになるだろう。


「キャナリー。もしかして、お腹が空いた?」


優しく尋ねてくるジェラルドに、恥ずかしくなった私はブンブンと首を左右に振る。


「べっ、別に、そういうわけじゃないのよ。ただ、コルセットでお腹をギュッてしめてるから、ちょっと、その、刺激されて」

「わかった。次に馬車が止まったときに、軽食を用意させよう」


私は自分の顔が赤くなっていると思いながらも、素直にコクンとうなずいた。


♦♦♦


馬車が最初に到着したのは、バリーという、山のふもとにある町だった。


(うわあ、にぎやかなところ! 宿がいっぱいあるし、旅人も大勢いるわね。みんなこっちを見て、頭を下げてる。さすが帝国の紋章入り馬車だわ。……私を止めてくれてありがとう、アルヴィン。ブドウをぶら下げて走ってなくて、本当によかった)


そんなことを考えながら、私は夢中になって、活気のある町の中を眺めていた。

いったいどんな宿に泊まるのだろうと、うきうきしていたのだが。


宿舎として提供されたのは町の宿ではなく、町長の大きな屋敷だった。


一般の旅人もいる宿に、帝国皇子を泊めるなどとんでもない、というのがその町長の考えのようだ。


「確かに立派なお屋敷みたいだけれど。別に、みんな一緒に宿に泊まったっていいのに」


市場や通りのにぎわいの中で、宿泊することを楽しみにしていた私は、残念に思って言う。

従者たちとその馬は、少し離れた厩舎付きの、大きな宿を用意されていた。


「私もそう進言したのですが。どうしてもと、町長に頼まれたのです」


アルヴィンが、小声で説明してくれる。


「地位のあるものほど、少しでも皇子殿下に覚えて欲しい、お近づきになりたい、と願うものが多いのですよ」

「ふーん、そういうものなのね」

「だがなかなか趣味のいい屋敷だ。静かだし、ゆっくり休めるだろう」


馬車を降り、周囲を見回すジェラルドの言うとおり、古めかしいがどっしりした、おもむきのある館だった。


この町は、これから通り抜けなくてはならない山の玄関口、といった場所にある。


その前に身体を休め、物資を補給するための店や宿があちこちに点在するせいか、町が栄えているようだ。


私とジェラルド、アルヴィンの三人と、それぞれに付けられた小姓たちは、立派な客間と控えの間に案内された。


皇子の友人と紹介された私にも、すぐ隣に部屋が用意され、ホッとしてベッドの上でくつろぐ。


「ああー。気持ちいい」


外出用のドレスと、窮屈な靴を脱いで、私はぼふっと横になり、ううーんと伸びをした。

いかに立派な馬車とはいえ、何時間も揺られていたため、さすがにお尻が痛くなっていたのだが。


『お食事のご用意が、できましてございます』


扉をノックされて言われると、私はたちまち元気になる。


「この辺りって山が近いし、やっぱりメインは野生の動物や山菜かしら。キノコや木の実もきっと、見たことのないようなものがあるわよね」


私はわくわくしながら、再びドレスと華奢な靴を身に着け、小姓に案内されて、食堂へと向かった。


♦♦♦


夕食には期待どおり、巨大なキノコと山菜を使ったシチューや、木の実のゴロゴロ入ったパンに、蜜のように甘い樹液を塗ったもの、野菜と一緒にコクのあるスープで煮込まれた大耳イノシシ肉など、初めて食べるようなものばかりがそろえられている。


(こっ、この脂身、ぷるっぷるに分厚いのに、全然しつこくないわ! お肉の色も新鮮そうなピンクで綺麗ねえ。ううーん、じわっと身体に、栄養が染み渡っていく感じ。それにこのパン、素朴な感じだけど香ばしくて、歯ごたえがしっかりしてる。甘いのを塗ってあるのもいいけれど、こっちの木の実のペーストをたっぷり塗ったパン、香ばしくてすごく美味しい! そうだ、これをちょっとスープに浸すと……大正解! 合うわー。お肉の油を吸って、まったりして、最高)


私はずっと笑顔で食事を続け、そんな私を見ているジェラルドも、くすっと笑った。


(食べ過ぎ、って思われてるかも)


ちょっとだけ恥ずかしくなり、コホンと咳払いをした私だが、運ばれてきた最後のデザートに、気持ちが向かってしまう。


「これはなにかしら」


スプーンですくって、しげしげと私が見つめたのは、砕いた水晶のようなものに、黄色の煮た果実と蜜が、たっぷりかけられたものだ。

背後に立っていた給仕のものが、親切に説明してくれる。


「そちらは氷室で貯蔵しております、氷を削ったものでございます。果実や花の蜜と、大変に相性がいいのですよ」

へええ、と私は初めて見る、削った氷というものをスプーンでそっとすくい、蜜で煮た果実のジャムと、一緒に口に入れた。


「──はわっ!」


思わず声を出してしまい、慌ててナプキンで口を押さえる。


(つ、冷たい! けど美味しいい! 氷ってあれよね。冬の泉に薄くはる、カチカチの水晶もどきよね。嘘、こんなに美味しいものだったの? あああ、食べておけばよかった! 勿体ないことしたあ!)


ダグラス王国は、数年に一回程度は雪が降る日があったが、基本的にはとても暖かな気候だった。


川も泉も、ごくまれにしか凍らない。凍ったとしても岸辺に近い場所だけだから、泥を含んでいる。

だからさすがの私も森にいたころ、その部分を食べる、という発想がなかった。


(知らない食べ物って、やっぱりまだまだありそうね。これは俄然、旅が楽しくなってきたわ)


私は夢中で氷を味わい、唇の端についたジャムをぺろりと舐めた。


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