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【閑話】明日から夏休み

閑話です。

本編とは全く関係ありません。

全く!関係!ありません!




「……………………。」


 一学期も終わりを迎え、本日は終業式。

 明日から楽しい楽しい夏休みが始まるわけなのだけれど、そんな俺の行く手を阻む、最大級の壁がそこに立っていた。


 数百人いる生徒の前で壇上に立ち、小鹿のようにプルプル震えている俺。


 どうやら俺が御手洗さんとの一件で謹慎を受けている間に、生徒会の一員として、一学期総括の言葉を終業式で語ることになっていたらしく、先日その報告を生徒会長の藍寄先輩から受けたのだ。

 今回は時間があったので、イヤイヤながらもきちんと文を準備し、今日この場に立った。


 しかし、多くの人たちの前で話す。こればかりはいつまで経っても慣れない。


 式が退屈なのか、細まった視線でこちらを見てくる壇下の生徒たちの視線が痛い。

 あ、赤服くんみつけた! 背でかいなあ。


 って違う! 現実逃避している場合じゃない!


 実際、前回もどのようにして切り抜けたのか、実の所ほとんど記憶にないのだ。お腹痛い。

 今回はしっかりと原稿を用意しているので前よりは幾らかマシだけれど、それでもやはり緊張はする。おしっこ漏れそう。

 俺は震える手で手元の原稿を開き、マイクのスイッチを入れる。俺の吐息がマイクに当たり、室内に反響した。やばい、もう無理。

 涙目になりかけながらも、俺はマイクに口を近づけ、一言。


「え、えっと、皆さんはなまるです!」


 間違えたああああああ!

 はなまるってなんだああああああ!


 みんなキョトンとしちゃってるよ!?

 これ完全にやらかしてるよ!


「…………以上です」


 失敗した。また失敗した!

 俺は原稿に書かれた内容に一切目をくれることもせず、ただヤラカシの一言だけで、終業式の言葉を締めくくってしまった。


 こんな俺のどうしようもない醜態を見てもなお、儀式のように拍手が湧き上がるのだから、本当みんないい人過ぎるよ。

 もう俺は……石になりたいなあ。



☆☆☆


「実に面白いな、あの男は」


 秋梔夏芽のスピーチを聞いていた学園長の最上周は小さく笑う。前回、7カ国以上の言語を操りスピーチを行った男が再び壇上に上がると聞いた彼は今朝から舞い上がっていた。

 しかし、蓋を開けてみれば「皆さんはなまるです」の一言だけでスピーチを終えた。

 唖然とするしかない。普通ならふざけるな、と苦言を呈するところだが、最上は既に秋梔夏芽の虜。

 その心境はとても愉快なものだった。


「ふふふっ。まさか私は焦らされているのではあるまいな」


 彼は秋梔夏芽が3ヶ月間この学園で行ったあれこれを把握している。その思いもどのような形で言葉にするのかと気になっていた。

 だが、その想いをこうも弄ばれてしまったのでは、興味も強まってしまうというもの。


「君はいつだって、私の想像の上を行くのだな」


 それ故に彼に卒業適性がないことを悲しくも思う。卒業適性──つまり、彼が乗り越えるべき試練を乗り越えなければ、この学園は卒業できない。

 当然、卒業できなければ留年だ。


「いや、彼が1年長くこの学園にいると考えれば、それはそれで面白いのか?」


 何にせよ。

 秋梔夏芽は最上周という男にとっては、実に興味深い存在だ。


「できれば二学期の始業式も彼のスピーチを聞きたいものだな」


 

☆☆☆



「なんか、お前は相変わらずだな」


「うう……」


 教室に帰ってすぐ。

 呆れたような声で話しかけてきたのは愛萌だった。生徒会役員の候補が俺の他にもいた事を考えると、申し訳がない。ほんと、どうして俺みたいなやつが生徒会にいるんだろう。


「俺、もうダメかもしれない。愛萌たしゅけて」


「たしゅけて、じゃねぇよ。可愛くねえよ。自業自得だろ?」


「むうー」


 そうなんだけどね。

 でもさあ。なんだろう。釈然としないよ。


「お前はもう少し自分に厳しくなった方がいいな」


「そんな! 俺が自分に厳しくなったら誰が俺を甘やかしてくれるの!?」


 春花は『おにいは生きてるだけで偉いよ♡』って言ってくれるけれど、それはなんか、ちょっとニュアンスが違う気がするし。


「癒しが欲しい。……あ、そうだ愛萌! 今日の放課後猫カフェに行かない!?」


「部活」


「ああ」


 鈴音学園の女子バスケットボール部は毎日遅くまで練習をしている。それに、土日だって朝から晩まで体育館で靴を鳴らしている。

 俺も生徒会の仕事で土日に学校へ行くことがあるのだけれど、女バスと野球部はいつもいるイメージだ。

 俺が家でゴロゴロしてる間も、スーパーでたまごセールに食らいついている間も、常に彼女は練習に励み、青春をバスケに捧げている。


 俺はこれまで、何かひとつに打ち込んだことはない。努力し続けることは楽じゃないし、多分。辛いことだって多いんだろうと思う。


「愛萌はかっこいいなあ」


「……? どうも。お前は今日、生徒会の仕事ないのか?」


「あー。そう言えば俺も今日は生徒会の予定があるんだった」


「忘れてたのかよ! ったく。お前、勉強はできるけど馬鹿だよなあ。てか、お前から誘ってくれるなんて珍しいな。初めてじゃねぇの?」


「え?」


 そう言えば……!

 確かに今、俺友達を遊びに誘った。

 おお! もしかして俺、陽キャなのでは?


「……馬鹿だよなあ」


 愛萌の呟きを聞こえていないふりしながら、うっほほーい、と調子に乗っていると、三崎先生から呼び出しの声がかかる。

 

「ごめん、愛萌。行ってくるよ」


 別に何かをやらかしたわけではない。

 ただ通知表を受け取るだけだ。


「一学期お疲れ様」


 受け取った通知表を開き、数字に目を通していく。本校はどうやら1学期と2学期を10段階評価で表す仕組みらしい。

 

「……あ、美術が9だ」


 でもでも!

 それ以外は全て10。よく頑張りました俺!


「お前、休み過ぎて美術の出席率が著しく低いからな。意欲に欠けると判断されたみたいだ。体育に関しても結構迷ったんだが、球技大会ではいいもの見せてもらったし、オマケだ」


「おお……」


 なんだろう。

 普段厳しいこと言われているせいか、先生の慈悲が胸に染みる。これがツンデレや飴と鞭に通じるアレなのか。


「言いたいことは色々あるが、あとはコメント欄に目を通しておけ。夏休みを有意義に過ごすように」


「はい!」


「くれぐれも、問題を起こさないように」


「……はい」


 俺はてこてこと愛萌の元へ戻る。

 その後すぐに、愛萌も通知表を受け取ったようだけれど、とくにコメントすることもないままに、そっとカバンにしまっていた。


 まあ、お察しである。


「俺、美術以外全部10だった」


「聞いてねぇよ!」


「美術は9だった」


「あたしは体育10だった!」


「俺も体育10だった……って痛い!」


 愛萌に殴られた。

 グーで殴られたあ。


「あたしは数学が1だった……。夏休み、補習だって……」


 あー。

 これマジで凹んでるやつですね。

 部活が大変なのはわかるけれど、普段からあれだけ授業中に寝てたら、勉強が追いつけなくなるのも無理はない。


 文武両道に1番必要な要素は体力なのかもしれないな。


「あらあらあら。顔色が悪いわ。もしかして通知表の結果が芳しくなかったのかしら?」


「……あ? なんだ、皇」


 愛萌が目を細めているのと対照的に、皇さんの顔はホクホク。成績、よかったんだろうなあ。


「なんだかんだと聞かれたら、答えてあげるが余の情け」


 余……?

 皇妃っぽい! さすが(すめらぎ)(ひな)


「しっかり目に焼き付けるといいわ。余の成績を!」


 一人称余で通すんだ。

 そんなことを内心で思いながら、愛萌と一緒に通知表に目を通す。


「4より下がない……!?」


 4より上が体育しかないであろう愛萌が目を丸くする。


「中間テストは散々だったけれどね。期末は頑張ったもの。これが余の実力よ。ひれ伏すがいいわ」


「……チッ」


 愛萌は言い返す言葉もなく、皇さんを睨みつける。


「なっ、何よ。……ふん。まあいいわ。貴女もせいぜい頑張りなさい」


 ヤンキーに睨まれ退散する皇妃。

 何しに来たんだ……。


 やっぱり愛萌って傍からみたら怖い人なんだな。

 3ヶ月間色々あったおかげで、今となっては話していて緊張することもなくなったけれど、俺も最初は少しビビっていた。少しだけ。……ほんの少し。


 まあどちらかと言うと、ゲーム時代からの推しキャラのうちのひとりと会話出来てしまったことに対する畏怖のようなものの方が強かったわけだけれど。


「……文化祭、楽しみだなあ」


 メイド喫茶楽しみだなあ。

 愛萌のコスプレ早く見たいです。


「文化祭って10月とかだろ? まだずっと先じゃねぇか」


「そうでも無いんじゃないかな。夏休み終わったらすぐだよ」


「……その夏休みが長ぇんだよ」


「運動部からしたら地獄の日々だろうね」


「ああ。けど、バスケは好きでやってるはずなのに、練習がオフになると嬉しいのって謎だよな」


「あー。それはちょっとわかるかもしれない」


 習い事とかやってても、急遽お休みとかになったりすると嬉しいよね。


「まあ一部の3年が夏で引退したおかげで、多少は居心地良くなってきてはいるから、別にいいんだけどな」


 そう言えば、人間関係の面でも色々大変だって言ってたっけ。愛萌の愚痴をときどき聞くことがあるのだけれど、そんな話を以前聞いた。


「レギュラーの件はどうなったの?」


「ウインターに向けて一軍で練習してるよ。冬まで残る3年の先輩はほとんどレギュラー陣だから気は抜けねぇけどな」


「そっかあ。じゃあ、大会始まったら応援行くね!」


「ありがとよ。まあ、まずは予選からだ。ビシッと決めてくるわ」


「そうだね」


 少し強気なくらいが一番愛萌らしい。

 頑張って! 陰ながら応援してるから。





☆☆☆☆




 さて。

 そんなこんなで一学期も終わり。

 夏休みに向けて生徒会の打ち合わせがある俺は風紀委員会に顔を出した後、生徒会室への廊下を歩いていたのだが…………。


「好きです!」「ごめんなさい!」


「えええ……」


 誰かが告白し、秒で玉砕する場面に出くわしてしまった。確かに前世でも、夏休みを満喫した少年少女達が学期末あたりに告白祭りを開催していたけれど、こうして実際に現場に遭遇するのは初めてだ。


 俺は見つからないよう、コソコソと柱の影に隠れる。振られた方の男子生徒はそのまま階段を下って行ったようだけれど、あろう事か振った方の女子生徒はため息混じりにこちらへと歩いてくる。


「やばい死ぬ」


 俺は柱だ。舎柱。

 大丈夫。俺は隠れんぼの天才だ。見つけてもらったことなんて一度もないんだ。

 存在感の無さには自信がある。鬼はあっちへ行け。


「何やってるのよ」


「……バレた?」


「聞いてたの? はあ。その様子じゃ聞いてたわね」


 どうやら告白されていたのは愛萌の幼馴染である一二三さんだったらしい。


「えっと、なんかごめんね。悪気はなかったんだよ! ホントだよ!」


「ふんっ。どうせアンタのことだから、また私の弱みを握ろうとでもしたんじゃないの?」


「いやいやいやいや。滅相もござきません!」


 本当にたまたまなんだ。

 俺、本当に間が悪いんです。


「……そう。言っておくけど、今見た事誰かに言い触らしたら──」


「言いふらさないよ! 一二三さんが秘腐美って名前でBL小説出してることだって、誰にも言ってないもん!」


「ちょっ!? アンタ声がデカいわよ!」


 「んむんむ〜」


 焦った様子の一二三さんが、俺の口を押さえ壁に押し付ける。これって壁ドン?


「……ぽっ」


「ぽじゃないわよ。殴るわよ!?」


 とは言うけど、異性とこの至近距離にいて何も感じないほうがおかしいだろう。俺はこういうのめちゃくちゃ意識しちゃう。

 ……慣れてないからね。


「ごめんごめん。いや、一二三さんはその、やっぱり異性間での恋愛とか興味ないのかな」


 さっきの告白も即答してたし。


「失礼ね。別にそういうわけでもないわよ。さっきの男は単純にタイプじゃなかっただけ。最近はBLじゃない話も書いてるし、それに私はね、百合の間に男が挟まってないと興奮しない異端者よ」


「異端過ぎない!?」


「ちまたじゃトーマスと呼ばれているわ」


「それは異端者じゃなくて機関車でしょ?」


「ふむ。次の小説のタイトルはTOMAS is happy lifeでもいいかもしれないわね」


「既婚者トーマス!?」


「なんでツッコめるのよ。アンタの脳みそイカれてるんじゃないの?」


 いや、別に俺の頭は正常だよ。

 一二三さんと比べたら断然普通だよ。

 吹っ切れた彼女は誰よりも強烈な下ネタを言い放ってくるものだから、俺も少し押され気味だ。


「ま、まあ。とにかく、一二三さんはあれかな。あんまり恋愛には興味がないのかな」


 まとめ、というか。

 話を切り上げたくて、総括に入る俺。

 しかし、一二三さんは小馬鹿にするように笑ってから言った。


「何言ってるのよ。彼氏は欲しいわよ。恋人がいなきゃ寝取られることもできないじゃない」


 性癖モリモリ森鴎外。

 これが俺の一学期最後の思い出だった。

 


更新遅れてすみません。次回から新章に入るための調整をしてまいりました。

最近ちょっとマンネリ化してしまっていたので、少し違う感じのお話にできたらと思います。

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