人間関係難しい
狭っ苦しいボロアパート──つまりは我が家のワンルームに、左近と夜鶴と愛萌、更には二重さんまでもが押し込められるように座っていた。
小さな机を囲むように座る左近と夜鶴と愛萌と二重さん。
足の踏み場がないので、俺と冬実々がベッドの上に座り、俺の膝の上に春花が座っている。
「……チラリ」
事の発端──つまり、4人を我が家に誘った犯人である冬実々を盗み見る。一体どういうつもりでこの子はみんなを招待したのだろうか。
「そういえば、あの優しそうなイケメンの人は来なかったね」
「ああ、瀬戸くん? 実は俺、瀬戸くんとはあんまり仲が良くないんだ」
「ふーん」
結局、瀬戸くんとはちゃんとお話ができなかった。お昼休み、何故彼に誘われたのかもわからないままである。
……もしかして冬実々、瀬戸くん狙いだったのか?
「? お兄すごい汗。どうしたの? もしかしてハナに興奮しちゃった?」
「違う違う」
別に汗なんてかいてないよ。
俺はいつだって冷静さ。全然動揺してないよ。ほんとだよ。
いや、でもどうだろう。冬実々が瀬戸くんを紹介してくれとか言い出したら普通に死ねる。気まず過ぎて死ねる。付き合いでもしたら普通に死んじゃうよ。
「にしても夏芽んちほんっと狭いな!」
「……え? あ、うん。ごめんね」
左近の声で現実に引き戻される。
彼は本当に空気を読まないな。
まあ、こういう所が、案外俺の性格にはあっていたりするのだけれど。
「夏休みからは、俺も左近も夜鶴の家でアルバイトするじゃんか。少しは余裕も出てくるはずだよ」
だからといって引っ越すわけではないので、部屋自体は広くはならないのだけれど。
「そ、そうですね。お母さんも楽しみにしてます」
「お、なんだなんだ。お前ら朝比奈んちでバイトすんの? なんのバイト?」
「えっと、私の家は喫茶店をやってまして、二人にはそのお手伝いをしてもらおうことになってます」
「へえ〜。んじゃあ、夏休み遊びいってみるか! ちゃんと接客できるかあたしがチェックしてやるよ」
「ん? だったらお前も雇って貰えよ。ついでに二重もさ! みんなで盛り上げた方が楽しいぞ!」
「……お前はアホか。手伝いっつってもアルバイトなんだから、雇う側にも人件費がかかるんだよ。それにあたしはこういう日でもない限りは毎日部活だし、二重だってアイドルの仕事があるだろ」
「そ、そうですね。4人はちょっと多いかも、です」
「そうか。……ってちょっと待て! 二重ってアイドルだったのか!?」
膝立ちになって大声を出す左近。
こいつ知らなかったのか、の目線が場を支配する。
「えへへ、一応そうなんだあ」
照れくさそうに頬をかく二重さん。
しかしお昼のことを気にしているのか、二重さんにしては珍しく気分が上がっていない様子。
「お兄、この人本当にアイドルなの?」
春花が上を見上げて訊いてくる。
どうやら春花も二重さんのことを知らなかったらしい。なんだかんだ左近と春花って似たもの同士のような気が……やめやめ。気にしない気にしない。
「かなり有名だよ。多分名前聞けばハナだって分かると思う」
「有名? 有名なのか!? もしかしてNTR48手か!?」
「何それ。聞いたことないよ」
俺の冷静な突っ込みに、何故か夜鶴たち女子陣が顔を伏せる。あれ、どうしたの?
もしかして、俺変なこと言った?
もしかして、一般常識だった?
「……こほん。えっと、二重さんは『はにぃ♡たいむ』のセンターだよ」
「あの!?」
「あの、って知ってたの?」
「知ってる知ってる。かなちー推しだぜ、俺」
「お前はとことん馬鹿で失礼な奴だな」
「私もそう思う。お兄ちゃん、あんなやつとは早く縁切った方がいいよ」
またしても空気を読まない発言に、女子陣からきつい言葉が投げられる左近。全然意に介していないけど、どういうメンタルしてるんだろう。
「いやさ、でもかなちーって春花にちょっと似てるんだよ。二重もそう思わないか?」
「え? うーんと……ああ、確かにそうかも。かなたちゃんって結構化粧で雰囲気変わるんだけど、顔のパーツは似てるかもしれないね」
「だろ? でもこれだけは覚えていてくれ。春花がかなちーに似てるんじゃねぇ、かなちーが春花に似てるんだよ」
「う、うん……」
「どうでもいいよ〜。ねぇねぇお兄、そのかなたって人とハナはどっちが可愛いの?」
「うーんハナかなあ」
「へえ〜♡ お兄のえっち〜♡」
「……あの、男虎さん、私ひとりっこなのでよく知らないんですけど、兄妹ってあんなに仲がいいものなんですか?」
「なわけねぇだろ。あれは兄妹とは別の何かだ」
ひどい言われようだ。
前世でも妹とはこんな感じだったので、この距離感が近いのか遠いのか、実の所よく分かっていなかったのだけれど、この反応を見るに他の家の兄妹はあんまり仲が良くないらしい。
ただ、仕方ないとも思う。この子達には両親がいない。
二人が甘えられるのは、頼れるのは、俺しかいないのだ。
そして多分俺もそう。心の底から素でいられるのはこの子達だけだ。
「そういえば、秋梔家はみんな季節が入ってるんだな」
「おう! 男虎よく気がついたな! ただそれだけじゃないぜ? 顔のパーツも含まれてるんだよ」
何故か左近が得意げだ。
ついでに言うと、全員植物も入ってる。
秋梔には口と梔。
夏芽には目と芽。
冬実々には耳と実。
春花には鼻と花。
実はそんな一貫性のある名前である。
冬実々という名前がじゃっかん無理やりな気もするが、みんないい名前だと思う。
「ハナはこの名前凄く気に入ってるよ」
なら良かったよ。
名前は簡単には変えられないものであり、生まれてはじめての授けものだ。それを大切に思えるのは、とっても大事なことなんだぜ。
なんて、らしくもないことを言いながら、俺は春花の頭を撫でる。
「お兄ちゃん私もー」
「夏芽くんは家族からもモテるんですね……」
「モテる? お兄ちゃんは学校でもモテるんですか?」
「え、あ、いや、あははー」
冬実々の追求に、夜鶴が困ったような反応を見せる。そりゃあ、本人の前で「夏芽くんはモテません」とは言えないよな。
気を遣わせてしまって申し訳ない。
しかし、そんな空気を察したのか、左近が「夏芽は中学時代からモテたぞ」とフォローを入れてくれた。
それは初耳だ。
中学時代といえば、俺が記憶を取り戻す前。つまりは陰キャの因子が組み込まれる前の話だ。
「けど、コイツすげー鈍感でさ。全然気付かねぇの」
「あー。なっくんそういうところあるよね〜」
「鈍感? 違うね。謙虚なんだよ、俺は」
みんな男という生き物を勘違いしている。
「男ってのは、基本的に『みんな俺を好き』って勘違いしてる生き物なんだよ」
「えー。何それ、お兄ちゃんそんなナルシスト系だったっけ?」
いや、違うけど。
「……これは恥ずかしい話だけど、実は夜鶴が俺の事好きなんじゃないかって思ったことがある」
「えっ!? ええっ!?」
「実は愛萌が俺の事好きなんじゃないかって思ったこともある」
「はあ?」
「更には二重さんが俺の事好きなんじゃないかって思ったこともある」
「……っ! へっ、へぇ〜」
「とくに二重さんなんて遠足誘ってくれたでしょ? あとは…… 生徒会選挙のときお世話になったりとかね。そういう何気ない優しさとかで、男は直ぐに勘違いしちゃうんだよ」
つまりチョロいのだ。
消しゴムを拾ってくれた女の子が微笑みかけてくれただけのことで、自分が『特別』なんじゃないかって考えてしまう。そんな経験をした男子は俺だけじゃないはずだ。
「でもそんなのは全部まやかし。つまりは勘違いだ。俺は鈍感なんじゃなくて、期待しないよう必死に自制してるだけなんだよ」
「それって鈍感よりタチ悪くねぇか? お前は男子の総意みてぇな言い方してっけど、郷右近はどうなんだ?」
「まあ概ねその通りだな。俺も春花が木刀じゃなくて素手で殴ってきたとき、デレが出たのか? って思うけど、実際には全然脈ナシだしな。たしかに男は勘違いしやすい生き物なのかもしれん」
「いや、左近のはちょっと違うと思うよ……。でも、とにかくボディタッチはダメだね。あれは危険すぎる」
二重さんは結構スキンシップが激しい人だけれど、もしアイドルという肩書きを持ってなかったら、本気で勘違いしていたと思う。
「二重さんがあそこまで露骨に近付くのは夏芽くんだけの気が……」
「ん? 夜鶴今なんか言った?」
「言ってなかったと思うよ? なっくんの空耳だよ、空耳。ね?」
「は、はい。二重さんの言う通りです!」
「そっか。ならないいけど」
「なんというか、大変だな。お前たち」
同情されてしまった。
でもまあ、思春期を過ぎれば落ち着くはずだ。
童貞が危ういというのは──つまりはこの勘違いを信じ込んでしまう確率が高いからだ。
無いところから好意を見出してしまう。これ程恐ろしいすれ違いはない。
「お前が普段から警戒してるのは分かった。じゃあ、夏芽。お前どうしたら相手の好意を信じるんだよ」
「え、それは告白されたらじゃない?」
「へえ〜お兄ちゃんは告白されなきゃ付き合わないんだ〜」
「「「……。」」」
なんだその挑発的な言い方は。
「そうだぞ夏芽! 男なら積極的にいけ! フラれるのが怖いのは初めの1回だけ。2回目からは痛くも痒くもない!」
「左近……俺にはお前が何を競ってるのか全然わからないよ。それに、俺だって好きな人ができたら告白するつもりだよ」
好きな人も告白も、できるかどうかわからないけれど、するつもりではあるのだ。つもりでは。
「てことは、ここにいる人たちは全員脈ナシってことかな?」
「「「……。」」」
「いや、でも、出会ってまだ3ヶ月だよ。これでもう好きになっちゃったとしたらチョロ過ぎだと思うんだよね」
「「「……。」」」
「おいおい夏芽。感情は理屈じゃないぜ? 俺なんて春花にはじめて会った時からゾッコンラブだぞ」
「いやほんと、バイキン扱いされてなお、好きでい続ける左近には頭が下がるよ……」
春花が左近のことを悪く言うことはそれなりにあるが、嫌いというよりは左近を嫌う姉に合わせているような印象がある。
何故冬実々が左近をあんなにも嫌うのかは分からないが、それでも左近が本気で春花を望むのなら、まずは冬実々の説得が先になるだろうな。
「ねえねえなっくん。じゃあ、逆に嫌いな人はいないの?」
「嫌いな人? うーん。いないかな」
「ほんとに?」
「ほんとほんと」
「じゃあたいちーは? 瀬戸大樹は嫌いじゃないの?」
瀬戸くん?
いや、確かに俺は瀬戸くんに嫌われているようだけど、別に俺は嫌いじゃないよ。
「けど、そういえば、夏芽昨日は珍しく嫌な顔してたよな」
「あー、何となくわかるかも。あんまり機嫌良くなさそうだった気がする」
「え? え?」
まったく心当たりがない。
確かに瀬戸くんの言葉に傷付きはした。
あまり近付かないようにしようともした。
けれど、そんな露骨に態度に出すようなことをした覚えはない。
「案外、自分のことは自分が1番わかってねぇもんだぜ?」
オレンジジュースを飲みながら愛萌は言う。
「いや、でも……俺は……」
俺が──人を嫌いになることなんてあるのだろうか。




