ゾンビまん。
次に僕が目を覚ましたのは、日が暮れてから。
カラスの鳴き声が夕焼け色の空に響いていた。
「知らない天井だ」
なんだかデジャブを感じずにはいられないな。
どうやらここは保健室らしい。
仕切りで囲われているので外の様子は分からないが、二重さんと瀬戸くんの声がする。
「……生きてたんだな」
秋梔夏芽の肉体を持ってしても、あの劇物には適わなかった。
ここちむではなく二重心々良の料理ならいけるかな、なんてことも少し思ったが全然ダメだった。
……でも、なんで助かったんだろう。
ボヤける視界のままに立ち上がると、シーツの向こうにいる二人に声をかける。
「夏芽くん! 気が付いたんだね!」
思わず、というふうに、二重さんが胸に飛び込んでくる。
「ごめんね……ごめんねええぇぇ」
その声は震えていた。
演技なんかじゃない本当の後悔。
「心々良、離してあげなよ。秋梔くんが震えているよ」
そう。
俺も震えていた。二重さんとこうして抱き合うのは二度目だが、そんな簡単に慣れるなら長年陰キャなんてやっていない。
ああ、揺れと緊張で吐きそう。
「……あれ、これもデジャブ?」
考えてみれば、前にもこんなことあった気がする。あのときは確か、選挙で緊張していた俺を二重さんの「ここちむ汁」が癒してくれたんだっけ。
「……ここちむ汁?」
「えっ」
俺の小さな呟きに、二重さんがガバッと距離を取ると、もじもじと赤面し始めた。可愛いなあ。
なるほど。そういうことか。
本来なら病院に搬送されて然るべき俺の病状がここまで軽度で済んだのは、恐らく俺が気絶して直ぐに二重さんがここちむ汁を飲ませてくれたからだ。
二重さんの体液には治癒効果がある。
それで何とか解毒できたのだ。そりゃあ、二重さんが恥ずかしがるわけだ。触れないでおこう。
「しょ、しょう言えば、今日の試合どうだったの?」
「あ、うん。えっとね、なっくんのいたチームが優勝したよ! 昨日今日合わせて1年B組が三冠だよ!」
「おおお! それはすごい!」
俺は狼狽えて噛んでしまったこともなかったことにして、わーいとテンションをあげる。
実は昨日も、俺たち1年B組はサッカーとドッジボールで優勝しているのだ。
先生が「バスケが本番だ」といっていたので、みんな喜ぶのを控えていたが。
何だか嬉しいや。
自分がチームの一員として貢献している自覚があるからこそ、優勝にも意味がある。
前世では盛り上がるクラスの端で、他人事のように感じていた俺。当事者意識とでもいうのだろうか。
クラスのことが自分のことのように感じる。
「あ、そうそう。今男虎さんたちが──」
二重さんが何かを言いかけた時、保健室の扉がガラリと開け放たれた。
「お兄ちゃん!」
「お兄!」
そこに立っていたのは二人の妹。
冬実々と春花だった。
その後ろには困り顔の夜鶴、疲れ顔の愛萌、ほくほく顔の左近も一緒だ。
「目ェ覚めたんだな。身体は大丈夫そうか?」
左近は俺を気遣う言葉をくれたが、視線がチラチラと春花の方に流れている。
気遣いのできる男アピールするな。俺をちゃんと心配してください。
「もう、心配したんだから! お兄ちゃんがモブに劇物食わされたって聞いて急いで来たんだからね?」
「あうっ」
二重さんが後ろでしょんぼりと顔を伏せる。
世界広しといえど、今この国で一番人気のアイドルをモブ扱いする中学生はうちの妹くらいだろう。
……テレビも買ってやれないお兄ちゃんで悪かったな。
それはそうとしても、冬実々には二重さんに謝らせなければならないが。
「お前、妹の躾に失敗してないか?」
「うっ……」
愛萌の冷酷な目が痛い。
だけどこんな破天荒な妹二人の面倒を1人で見切るのは無理だと思うんだよね。俺なんて自分の面倒すら見切れてないよ。
「……お兄、早く帰ろ。なんか変態が見てくるし、ここ怖いよ」
春花はへっぴり腰だった。
確かに今の左近は鼻息を荒らげた変態だけれど、圧倒的内弁慶の春花にとって、高校生に囲まれたこの空間は居心地が良くないらしい。
「えっと、じゃあ、保健の先生に報告して帰ろうか。みんな迷惑かけてごめん。それからありがとう」
俺は挨拶を済ませ、二人の妹たちと我が家へ帰宅した。
はずだった。
「んじゃあ、夏芽も元気になったことだし! 我がクラスの勝利を祝福して乾杯!」
「「カンパーイ!」」
……どうしてこうなった?
お読みいただきありがとうございます。
長くなってしまったので2つに分けました。
後半は明日投稿しますので、是非よろしくお願いいたします。




