お昼ですね。
「秋梔くん。よければ、お昼ご飯一緒に食べないかい?」
お昼休み。
体育館から教室へと戻ってきた俺に声を掛けてきたのはクラスの人気者、瀬戸大樹くんだった。
俺は既に夜鶴と愛萌と二重さんとのトリプルブッキングを果たしているのに、まさかの4人目。
クワトロブッキングはやばい。
「あ、いや、今日はえっと……」
「秋梔くんはいつも柏卯さんと一緒にお昼ご飯を食べてるよね? 彼女は今日、ドッジボール大会で仲良くなった子達と食べるみたいだけど?」
なに!?
柏卯さんに俺以外の友達だと? 許せない!
……じゃなくて。
いや、まあ確かに柏卯さんの友達が気になるのは嘘ではないのだけど、とりあえず俺は瀬戸くんの誘いを断らなければならない。
できるだけ穏便に、だ。
正直、昨日の様子から瀬戸くんが俺に対して良い印象を抱いていないことはわかっている。
ここで変に波を立てると今後の学生生活が沈没する恐れがある。
クラスの人気者とクラスの嫌われ者。
みんながどちらの味方をするかなんて、分かり切っていることだ。
戦力差はチワワ一等兵VSライオンキング。実にわかりやすい例えではなかろうか。
「えっと……ごめん、今日は先約がいるんだ」
よし! 言えた! 俺はNOと言える日本人だ!
「先約? 僕は別に気にしないけど?」
俺が気にするんだよ!!!
ちらりと横目で夜鶴の方を見ると、手元にふたつのお弁当を抱え、不安そうな顔でこちらを見ていた。
そう言えば俺、まだ夜鶴と二重さんにトリプルブッキングした話してない!
もうダメだあ。
自分の情けなさに涙が出てくる。
というか、なんで瀬戸くんは俺を誘ったんだろう。普通に嫌われてると思ってたんだけど。
「なっくーん、お昼一緒にたーべよ!」
「ごフッ……」
ああ、ヤバい。
クラスメイトの視線を集めながらこちらへやってきたのは我らがアイドルここちむだった。
彼女はたぶん、こそこそ一緒に食べて後から沙汰になるくらいなら、大々的に宣言をする手段を選んだのだろうが、それは俺にとって大いに都合が悪い。
ほら見て! 夜鶴の目が二重さんの持つお弁当に釘付けだよ!
「心々良、君も秋梔くんとお昼を食べるつもりなのかい?」
「うん! もしかしてたいちーも?」
すげえ瀬戸くん。
二重さんを下の名前で呼んでる。しかも二重さんにたいちーって呼ばれてる。さすがカースト上級民だ。
「実は僕も今、彼を誘ったんだけど先約がいると断られてしまってね」
「うーん。……そっか、じゃあ今日はみんなで食べよっか!」
二重さんは少し悩んだ素振りを見せてから、そう言った。何故か少しだけ笑顔が曇って見えるのは気のせいだろうか。
「じゃあ、中庭にしゅっぱーつ!」
☆☆☆
……で? なんでコイツらもいんだ?
二重心々良は心の中でボソリと呟いた。
夏芽のために今朝早起きして作ったお弁当。
それを片手に中庭へと向かったのだが、何故か瀬戸大樹の他にも朝比奈夜鶴と男虎愛萌が参加していた。
「なんだか面白いメンバーが揃ったね」
はははっと笑う瀬戸に、二重は心で舌打ちをする。本当なら今頃二人きりで楽しくお昼休憩を挟んでいたはずなのだ。
「……ううー。どうしてぇ〜」
ここちむはアイドルだ。みんなのアイドルであるここちむが、誰かを優先することは許されない。
瀬戸の誘いを断ることもできない。
それは今更変えることのできない性とはいえ、邪魔されたことに対する苛立ちが溢れる。
現在、夏芽を中心に左側に愛萌。右側に二重。正面に夜鶴が陣取っており、そこから少し離れ、夜鶴と二重の間に瀬戸が座っている。
「たしかに珍しいメンバーだよねっ! みんなとお話をしたことはあるけど、お弁当を一緒に食べるのは初めてかもっ!」
務めて営業スマイルは崩さない。
それがプロだから。
「でも〜ちょっと意外かも。夜鶴ちゃんとか男虎さんっていっぱい食べるんだね。お弁当ふたつも持ってくるなんて!」
「あ?」
「うきゅっ。えっと……」
ニヤリと笑う二重。
それは二重からふたりへの先制攻撃だった。
夜鶴と愛萌が夏芽のために弁当を作ってきたことはひと目でわかった。
ならばそれを渡させなければいい。
単純な作戦。だが、愛萌はともかく、夜鶴にはかなり効いたようで「あ、うっ……」とどもりながら、お弁当を背後に隠してしまう。
「そーいうお前だってお弁当箱ふたつ持ってんじゃねぇか。アイドルは減量とか厳しーんじゃねぇの?」
ぶるんと胸を揺らしながら言う愛萌に青筋を立てた二重だったが、張り付いた仮面の笑顔は健在である。
「じーつーはー。なんと普段お世話になってるなっくんに、お弁当を作ってきたのでしたー!」
「えええー!!! すっ、すごーい! 俺にお弁当作ってきてくれたのー!? 嬉しいなあー」
わざとらしいリアクションを取った夏芽。
その視線はチラチラと夜鶴を伺っていた。何故彼がこんなにも必死なリアクションを取っているのか、何故お弁当を作ったと事前に伝えたはずなのに今になってリアクションするのか、二重には分からない。
この態度の裏には、自然とメンバーが裏庭に集まったことを利用して、トリプルブッキングを起こした事実を夜鶴に伏せようとする、惨めでせせこましく、まるで何股も掛けた浮気野郎のような思惑があったのだが、恐らくこの場でそれを理解しているのは夏芽を除いて愛萌だけだろう。
「実はあたしも夏芽に弁当を作ってきた」
まるで宣戦布告するかのように、愛萌は夏芽ではなく二重に告げる。
「え、いいの? う、嬉しいなあ!」
「夏芽、お前は黙っとけ」
「え、あ、はい……」
「おい朝比奈。お前はどうなんだ?」
「ひゃい! えっと、私も作ってきました」
すすすと、控えめにお弁当を前に出す夜鶴。
「僕は一体何を見せられているんだ……。これから何が始まるというんだ」
瀬戸のつぶやきに触れることなく、愛萌はお弁当を開いた。
「わあああ!」
声を上げたのは夏芽。
その様子を見るに彼は完全に愛萌の作ったお弁当に魅入っていた。
普段から男虎家の母親代わりとして家事を熟す愛萌。こと家庭料理の腕前は他の追随を許さぬ高レベルなものである。
「えっと、私のもどうぞ」
続いて夜鶴が手渡したのはサンドウィッチの入ったお弁当箱。喫茶店で働く彼女が培った能力が活かされた至高の一撃である。
「ほら、次はお前の番だぞ?」
「えっ……」
──やられた!
挑発的な笑みを浮かべる愛萌を見て、二重は初めて自身のピンチに気づく。
有り体に言ってしまえば、彼女は恥ずかしくなってしまったのだ。
片や高レベルの家庭料理。
片や商品として出しているものをなぞったサンドウィッチ。
対して自分が作ったお弁当は何と拙いものか。
今朝まで米の研ぎ方すら知らなかった少女は、今このタイミングで自分の作った弁当を晒すだけの勇気がなかった。
「みんな上手だなあ。ここらはちょっとここには出せないかも……あはは」
二重の取った行動は、素直に引く。だった。
夏芽に対しドジっ子キャラやぶりっ子キャラが通じないのは百も承知。ならばここは防御に回ることを選ぶ。
「そっ、そっか。それは残念だなあ」
またもやわざとらしい反応を見せる夏芽。
その表情がどこか安堵のようなものを含んで見えるのは、二重の作った弁当が食べ物なんかではなく激物であることを知っているが故だろう。
今回は仕方ない。潔く引こう。
二重は敗北心を胸に諦観の姿勢に入る。……が。
「心々良。その、なんだ。もし良ければそのお弁当、僕にくれないかい?」
「え?」
瀬戸大樹はクラスの人気者である。
彼は人の心の機敏に対して繊細な反応を示す。
秋梔夏芽とは正反対の性質を持つ瀬戸は、二重が落ち込んでいることを悟り、声をかけたのだ。
「え、たいちーが食べるの?」
「そうだよ。秋梔くんが食べる分は男虎さんと朝比奈さんが用意してるみたいだしね」
二カッと笑う笑顔には純粋な優しさがあった。
人の心を気遣う、優しさが。
きっとこれが、瀬戸大樹という人間が愛される理由であり、夏芽が嫌われる理由でもあるのだろう。
人の心を汲み取れる人間でなければ、社会にはとけ込めない。
「えっと、それじゃあ……」
二重もせっかく2つ作ってきたお弁当を無駄にするのはもったいないと思ったのか、瀬戸に渡すことに決めゆっくりと弁当を持ち上げ──その手を夏芽が掴んだ。
「俺はひと言も食べないとはいってないよ。二重さんのお弁当は俺のだ。他の誰にも譲りはしない!」
夏芽にしては珍しく、至近距離で目を合わせて強く言う。そんな不意の行動に、二重は大きくたじろいだ。
「ごめんね、瀬戸くん。これは俺が食べる」
本人は無自覚だろうが、恐ろしいくらいに顔を真っ赤にした二重の腕を執りながら、夏芽は瀬戸に向き直る。
「……そ、そうだね。もともとは秋梔くんのために心々良が作ったものだ。君が食べるというなら、そうするべきなんだろうね」
夏芽の眼に若干気圧されながらも、瀬戸は笑みを浮かべた。
「わかってくれて良かったよ……というわけだから、俺がいただくね」
「えっ、うと……はい」
夏芽は弁当を受け取り、深く息を吐く。
「……あのね、なっくん。ここらお料理とか初めてで、ふたりと比べると、全然ダメって言うか……えっと、だから、まずかったらごめんね」
「あはは。心配しないでよ。二重さんが俺のために作ってくれたんだ。美味しくないはずないよ。……それじゃあ、いただきます!」
夏芽は弁当箱から出てきた紫の固形物を口に含み──
「ばたんきゅう」
気絶した。
ダメだった。全然ダメだった。
秋梔夏芽の肉体をもってしてもソレを凌駕することはできなかった。
誤字報告ありがとうございます。
とっても助かります。
最近忙しかったのですが、一段落したので、更新の頻度上げていきたいと思います。




