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つまり君はそういうやつだったんだね


「……ヤバいな」


 人間、本気でヤバいときは、語彙力を失うらしい。げちぱねぇ!


 球技大会2日目を迎えた俺は、いつものように朝の支度をしていた。昨日の疲れもなく、今日はベストな調子で試合に望めるだろう。……そう思っていたのだ。

 しかし、体育着に着替え、体育館へと向かうその間に、2人の女の子からお昼ご飯を誘われてしまったのだ。

 しかも夜鶴と二重さん。めちゃくちゃ豪華なメンバー。

 ただ誘われただけなら、俺もここまで騒ぐことはなかっただろう。静かにガッツポーズをしてから、屋上で歓喜の雄叫びを上げるだけで済んだに違いない。

 しかし、今回俺が誘われたのは個々。

 それぞれ個別に誘われ──そして2人ともお弁当を作ってきてくれたというのだ。


 嬉しい。とても嬉しいのだけれど……うん。どちらの誘いに乗って、どちらの誘いを断ればいいのだろうか。いや、そもそも、今日は冬実々の作ったお弁当を味わうと約束だってしてるのだ。


 3人で食べる?

 もしくは2人とも断って妹のお弁当に専念するか。


「でも二重さんのお弁当はなぁ……」


 二重さんは多分、自分の作るお弁当がどれだけのリスクを抱えているか理解できていない。


 俺が万一二重さんの手作り弁当を食べたりしたら、幾ら近衛騎士であっても干され兼ねない。ここちむの騎士達はそれはそれは恐ろしい集団なのだ。

 それに、VRゲーム『友達100人できるかな!?』をプレイしたことがある人なら誰もが知っているだろうが、二重さんの料理は……なんというか独特な味がするのだ。独特というか、毒得。


 『友達100人できるかな!?』には、アクション要素も内蔵されており、ヤンキーや野良犬やクマと闘うことができた。それに付随して、武器や道具を扱えるのだけれど、その道具のひとつに「ここちむの手料理」なるものがあったのだ。


 道具:ここちむの手料理

 効果:経口摂取した生命体を毒状態にする。

 説明:アイドルクッキングの生放送でここちむが作った手料理。あまりのできの悪さに、ほかのメンバーの料理を紹介している間に差し替えられた。禍々しい紫色で、強い毒性を持っている。


「……うーん」


 うーん。

 ゲームが現実化した結果、どのように作用するのかはわからないけれど、正直怖い。死んだら笑えない。


 それに比べると、夜鶴のお弁当は安心だ。夜鶴は家のカフェを手伝っているので料理をする機会はそれなりにあるらしいし、少なくともお弁当を食べて絶命は有り得ない。


「はあ、贅沢な悩みだよな」


 こうして選り好みをしようとしている時点で、何様だお前と言いたくなるが、あろうことがそれが俺自身なのだから、贅沢としか言いようがない。


「おう、夏芽! 練習すんぞ!」


「あ、うん! 今行くよ〜」


 考え事もそこそこに、愛萌に呼ばた俺はバスケットコートへと向かう。

 試合開始は2限目の授業開始時刻で、1限目は自由時間だ。練習していてもいいし、教室で友達とダラダラ話しててもいいらしい。随分と適当だなあ、とも思うが、学校としては「チームワークを強める」という大義名分を用意しているようだ。


「夏芽、お前バスケやったことあんのか?」


 愛萌はぐにゃりと柔軟体操をしながら話を振ってくる。さすがスポーツマンというべきか。ものすごく柔らかい。特に、開脚しながら前屈する度、床に潰される胸が柔らかそうだ。


 すごい……なんて柔軟性だ。

 ただこれだけ柔らかいと将来垂れないか心配だな。

 

「安心して欲しい。愛萌が望むなら、俺が一生支える続けるから」


「ばっ、お前何言ってんだよ。急にプッ、プロポーズとか、やめろよ。あたし達、まだ学生だろ?」


「ごめん。間違えた」


「間違えっ!?人の心を弄ぶなバーカッ! このっ! このーっ!」


 顔面に拳がめり込む。痛い。

 今のがプロポーズどころか本人には伝えられないようなド下ネタだと知ったら彼女はなんと言うだろうか。ぶん殴られた挙句、紙やすりで乳首削られそう。痛い。


「で? バスケの経験は?」


「ほとょんどょないれす……」


 バスケというか、球技系などのチームスポーツはほとんど未経験だ。バスケが上手いのか下手なのかもわからない。


「じゃあ、ちょっと見せてみろよ」


 愛萌はボールを一個取り出すと、こちらへと放ってきた。


 よし。気を取り直して!

 だむだむとドリブルを突いてシュート。

 リングに弾かれ遠方へと転がっていく。


「……お前、めちゃくちゃシュートフォーム汚ねえな」


「うっ……」


「まあ時間もねえし、多少矯正すりゃいいだろ。夏芽、利き手は右でいいのか?」


「ん? うん、そうだね。勉強するときは右。疲れたときとご飯を食べるときは左」


「天然サイコパスやめろ。日頃から勉強しまくってるアピールするな」


 いや、別にアピールじゃないけどね。

 ただこの国の社会は右利き用に作られているから、こっちを使ったほうが便利なことが多いのだ。


「スポーツの世界じゃ、サウスポーが重宝される競技もあるよね。……もしバスケもそうなら、左手でも問題なく使えると思うよ」


「お、おう。……そうかよ」


 引き気味の愛萌。

 両利きって、割といっぱいいると思うけどね。

 水無月徹時代はもともと左利きだったらしい。

 中途半端に利き手を矯正した結果、両方使えるようになっただけの事だ。面白い話でもなんでもない。


「まあ、いいや。そんじゃ、時間もねえし始めるか」


「おっす!」


 こうして愛萌と二人三脚の──二人三脚の!

 バスケットボールレッスンが始まったのだった。







 少しずつ要点を抑え、愛萌からも脱初心者の太鼓判を押される程度には上達した頃、彼女が髪の毛を弄りながら「……そう言えば、今日の昼飯なんだけどよ」と、口を開いた。


「う、うん?」


 なんだろう。この先を聞いてはいけない気がする。


 もじもじと、気まずそうな顔をする愛萌は控えめに言っても最高に可愛いのだけれど、昨日今日で似たようなことを何回か経験した俺にとっては、身構えてしまう仕草である。


「そのさ、なんだ、べんとー作ってきたからさ、一緒に食わねえか?」


 トリプルブッキングはヤバい!


「えっと……」


「いっ、嫌ならいいんだ! ただ今日は無理言って同じチームでプレイしてもらうわけだし、悩みとかよく聞いてもらってるしさ。だからお返しって言うか。……ん、嫌か?」


 その聞き方はヤバい!


「全然嫌じゃないよ? 全然嫌じゃない!」


 嫌じゃないんだけど……っ!


 愛萌は低くない身長を縮こませて、上目遣いで見上げてくる。狙ってやってんのか? ん?

 俺はこれまで何度か、愛萌からのお昼のお誘いを断っているわけだし、ここで突っぱねるのも……。


 ええい。このナヨナヨ星人め! もっとすっぱり決断しろ!

 ただわかって欲しいのは、俺が友達にご飯を誘ってもらうことをどれだけ嬉しいと思っていることかってこと。


 かつての推しにお弁当を作ってもらった喜び半分、罪悪感半分。もはや死にたい。天に召されたい。

 なあ愛萌。俺は秋梔夏芽に生まれ変わる前、お前のタペストリーを周期表のポスターの裏に飾ってたんだぜ?

 もちろん余計なことを言ってストーカー扱いされたくないので何も言わないけれど、とにかく俺は、彼女の誘いを断りたくないのだ。


 こういうとき、自分の優柔不断さがイヤになる。


 でも。ここは素直に話すべきだろうな。

 うん。そんな気がする。


「……実は愛萌、俺は既に夜鶴と二重さんからもお昼を誘われてるんだ」


「あ、そうなのか。まあ、それなら4人でもあたしは構わないぜ?」


「……夜鶴と二重さんには個別に誘われてるんだ。しかも2人ともお弁当を作ってきてくれたって」


「……まじかよ。どこのハーレム系主人公だよ」


「ねえどうすればいいかな。どうすればいいかなっ!」


「うわっ、近い! 離せ! やめっ!」


 もはや愛萌に縋るしかない。頼れるのは君だけなんだ!


「やめろって言ってんだろうがッ!」


「いがッ! いてゃい」


 相変わらず愛萌のパンチは効くぜ。

 めちゃくちゃ痛い。


「で? お前はどうするつもりだったんだよ」


「本当は二重さんの方を断って夜鶴と一緒にお昼をしようと思ってたんだ。ほら、二重さんのお弁当はさすがに受け取れないし」


 俺はまだ死にたくないんだよ。


「なんだよ。断んのかよ」


「うん」


 わざわざ作ってくれた二重さんには申し訳ないけれど。そのつもりだ。

 俺がその旨を伝えると、愛萌は思案げに上を向いてから、声のトーンをひとつ落とした。


「……これをあたしが言うのも違うと思うんだけどさ。二重の奴、お前が退学になるかもって話がでてから、それを阻止するために色々と手を尽くしてくれてたんだよ」


「そうなの? それなら二重さんと──」


「まあ、それを言うなら朝比奈だって頑張ってたみたいだけどな」


「じゃあ、やっぱり夜鶴と──」


「あたしもお前を殴ったしな」


「愛萌の手の貸し方は普通におかしいから!」


 手というか拳。

 思いっきり殴られたもんな。

 この子って別に暴力キャラじゃなかったけどな。少なくとも、日常生活においては。


「こほん。……まあ、だからさ。二重にとってお前は、その他全員じゃなくて、ちゃんとひとりの確立した存在なんだと思うぞ。その程度には、大切に想われてると思っていいんじゃあねぇの?」


 もし彼女の言葉が真実ならば、二重さんの誘いを断るのは無理だ。ここまでしてくれた彼女に、申し訳がたたない。


「よし。3人とはそれぞれ違うところで食べよう! バレなきゃそれは、なかったことと同じだ!」


「いや、2人にも事情を話せよ! それで済む話だろうが!」

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