【閑話】女の子たちの朝
早朝。
私──朝比奈夜鶴は台所に立っていた。
実は昨日の朝、クラスメイトの柏卯さんが夏芽くんにお弁当を渡すところを偶然目撃したのだ。
やられた、と思った。柏卯さんと夏芽くんは毎日お昼ご飯を一緒に食べるほどの仲良し。お昼休みを共に過ごす柏卯さんは、このクラスで一番夏芽くんと仲が良いと言っても、過言ではないのかもしれない。
そんな柏卯さんが渡したお弁当を受け取り、夏芽くんはとても嬉しそうな笑みを見せた。
私は思わず見蕩れ──そして、嫉妬した。
そう。私は嫉妬した。その笑顔が自分に向けられたものではないという事実に。
悔しくて、少し切なかった。
二重さんとの会話があったせいか、昨日の私は何だか夏芽くんと顔を合わせるのが恥ずかしくて、上手く話せなかった。そんな中、私の先を往く人がいる。柏卯さんから夏芽くんへの想いが私と同じものなのか、それとも別のものなのか、それは分からないし関係ない。
ただひとつ言えるのは、負けたくないという意志を持った事。
こんな積極的な感情は生まれて初めてだ。
私はふぅっ、と息を吐いて、得意のサンドウィッチを作り始めた。
☆☆☆
早朝。
あたし──男虎愛萌は台所に立っていた。
実は昨日の朝、クラスメイトの御手洗が夏芽にお弁当を渡すところを偶然目撃したのだ。
へーっ、と思った。御手洗と夏芽は、何だかよくわかんねぇけど、一悶着あったみてぇで、仲が良いんだか悪いんだかよくわからないから、よくわからない。ただテストで学年1位様と2位様の二人なんだから、勉強ができる同士、通ずるところもあるのかもしれない。
そんな御手洗が渡したお弁当を受け取り、夏芽はとても嬉しそうな笑みを見せた。
あたしは思わず目を細め──そして、鼻で笑った。
そう。あたしは鼻で笑った。その笑顔があまりにも童貞臭かったからだ。
確か夏芽は入学して直ぐに朝比奈と関係を持っていたはずだ。なのになんだあの面は。
あたしはそういう経験がないから分からないが、朝比奈の様子から察するに、なかなかにイイもんらしい。
可愛くもなければ女っ気もねえあたしに対して、そういった感情を向けてくる奴は、この先も多分現れないだろう。
夏芽はあたしを可愛いだなんだと言いはするものの、夜鶴にしたことをあたしにはしていない。
──あれ。なんだろう。
よくわかんねえ。よくわかんねえけど、何だか胸がキュッと痛くなった気がした。
不意に弁当を受け取った時の夏芽の顔が浮かぶ。
あいつは──もしあたしが弁当を渡したらどんな顔をするのだろうか。
ムカつくぜ。ああ、ムカつく。わかんねえ事ばっかだし、ムカつくし。
ただひとつ言えるのは、その「分からない」を「知りたい」と思った事。
こんな積極的な感情は生まれて初めてだ。
あたしはふぅっ、と息を吐いて、野菜を切り始めた。
☆☆☆
早朝。
私──二重心々良は台所に立っていた。
実は昨日の朝、クラスメイトの妃ちゃんが夏芽くんにお弁当を渡すところを偶然目撃したのだ。
しまった、と思った。妃ちゃんと夏芽くんは家庭教師として一緒に勉強をするほどの仲良し。放課後を共に過ごす妃ちゃんは、このクラスで一番夏芽くんと仲が良いと言っても、過言ではないのかもしれない。
そんな妃ちゃんが渡したお弁当を受け取り、夏芽くんはとても嬉しそうな笑みを見せた。
私は思わず見蕩れ──そして、憤怒した。
そう。私は憤怒した。その笑顔が自分に向けられたことがないという事実に。
ねえ、なっくん?
ここらが遠足に誘ったときも、そんなに嬉しそうな顔しなかったよね?
なのになんで、妃ちゃん相手にそんな顔をするのかな。まるで私よりも妃ちゃんの方が好きみたい。
もちろん、そんなことないよね。私はここちむ。国民的アイドルなんだもん。私がお弁当作ったら、昨日よりももっと喜んでくれるよね。
ただひとつ言えるのは、私のプライドが果てしない熱量を持った事。
こんな積極的な感情は生まれて初めてだ。
私はふぅっ、と息を吐いて、米の研ぎ方を調べた。
ブックマーク、高評価、ありがとうございます。
皆様の応援のおかげでランキング入れました!
嬉しい!




