兄がハーレム系主人公かもしれない
球技大会一日目が終わった日の放課後、俺は台所でお弁当箱を洗っていた。
カツ丼には卵を使っているため、洗うのにも少し時間がかかる。丁寧に洗い流さないと、卵の付着は取りづらいのだ。
それにしても、美味しかったよな。
全部美味しかった。せっかく作ってくれたものを比べたりするのも、申し訳ないけれど、やはりというべきか、柏卯さんの作る弁当は頭ひとつ抜けている感はあった。
「お兄ちゃん美味しかっ──え、何それ……」
「ハナのお陰で試合勝て──え、どういうこと?」
にこやかな笑みでこちらへとやってきた妹二人だったが、俺の手元を見て声のトーンをひとつ下げた。
まるでこの世の闇を凝縮したかのような顔で、こちらを見上げてくる。
「ねえ。これ、何? 説明して?」
「え、あーっと。あれだ。今日、球技大会だったじゃんか。冬実々たちの他にもお弁当を作ってくれた子がいてさ」
「子って言ったよね。今言ったよね? ねえ女? 女なんでしょ」
冬実々は俺の腕を抱くようにして、擦り寄ると、手の甲を抓り出した。チクリとする痛みを感じ、反射的に振り払おうとするも、がっちりと掴まれている腕は抜けそうにない。
「お兄ちゃん、私たちが作ったお弁当は適当に処理したんでしょ? それとも食べずに捨てたのかな?」
「な、何言ってるんだよ。俺はまず一番に、2人の作ってくれたお弁当を食べたよ? 確かに、これだけあると、完食も大変だった。けど、二人が作ってくれたお弁当は他のどれよりも味わって食べたよ」
必死の弁明。
なんで浮気がバレたお父さんみたいな思いをしなきゃならないんだ? 俺、悪い事したかな。
「とにかく、まずはありがとうを言わせてよ。すっごく美味しかった。また作って欲しい」
「……本当に一番に食べてくれたの?」
「ほんとだよ。これに関しては誓ってもいい」
「……ん。そっか」
はにかんだ冬実々は、ようやく腕を解放してくれた。甘えん坊というか、構ってちゃんというか。
別に俺はどこにも行かないっていうのに。
「ねえねえ、お兄ちゃん! 明日の分も作って欲しい?」
「いいの? それは嬉しいなあ」
明日こそは、妹の作ってくれたお弁当をしっかりと味わえるはずだ。
今日はクラスメイト3人からお弁当を貰ったわけだけれど、彼女たちも流石に明日の分までは作ってくれないだろう。そもそも、お弁当箱は今俺の手元にある訳だし。
「お願いしようかな」
「うんっ! 任せて!」
グッと、サムズアップして上機嫌な様子の冬実々。納得してくれたようで良かっ……
「でもお兄って、好きな物は最後まで取っとく派だよね」
ボソリと呟いた春花の声に振り返る冬実々。
その笑顔は何処までも凍てついていた。
☆☆☆
私のお兄ちゃんは昔からよくモテる。
私は年子で学年もお兄ちゃんと一つ違い。だからイヤでも色々と噂を聞いたりするし、私に橋渡しを頼んでくる人も時々いる。
みんなお兄ちゃんをかっこいいから好きなのだと言うけれど、大体の人は認識を間違っている。
確かにお兄ちゃんの顔が好きなのだろうとは思う。でも、みんな本当はお兄ちゃんの笑顔が好きなのだ。
お兄ちゃんはあまり笑わない。
いつもすまし顔でボケーッとしてるし、こちらから話しかけなきゃ会話もほとんどない。
だからと言うべきか。お兄ちゃんが時々見せる笑顔は、大きな一撃になる。
同級生のバカ笑いとは違う、何とも独創的な笑い。どちらかというと微笑みの方が近いのかもしれない。
情けないような、弱々しいような、困っているような。そんな笑顔。
そこから感じ取れる優しさ。
そこから生まれる庇護欲。
普段のクールな顔から生まれるギャップに、あらゆる女子たちが堕ちてきた。
もちろん私はお兄ちゃんの実の妹だから、恋したりなんかしない。当然だ。恋なんて──しない。
けれど実の妹でさえ、あの笑顔には動揺してしまうのだから、他の連中が恋に堕ちるのも仕方のないことだろう。
きっと。
昨日の夜に見たお弁当箱の持ち主たちも、お兄ちゃんの見た目にコロッと落とされた連中に違いない。いや、間違いなくそうだろう。
──みんなお兄ちゃんの事何も知らないから浮かれてられるんだ。
きっとその連中はお兄ちゃんと深く関わってないに決まってる。だってお兄ちゃんは──
「性格最悪だもんっ!」
なーにが、くれるって言うから貰っちゃった、だよ! 断れよ!
可愛い妹が愛情込めてお弁当作ったんだよ!?
普通大事に食べるでしょ!?
カツ丼4人前ってどういう事!?
偽善者かっ!
私の言ってること分かるか?
お兄ちゃん、コノヤロウ!
お兄ちゃんの八方美人野郎!
どうせ彼女ができたって、すぐ別れるに決まってる!
誰にでも良い顔しやがって!
少しは特別扱いを覚えろってーの!
私は何だかムカムカしてきて、お弁当を作る手を止めて、未だ眠っているお兄ちゃんの顔を覗き込む。
春花に腕を貸して熟睡するお兄ちゃん。
口の端にはヨダレが溜まっており、何とも言えないアホ面だ。
「私は怒ってるんだぞ!」
別に誰が見ているわけでもないのに、ぷりぷりと頬を膨らませて怒っているアピールをしてみる。
当然の如く眠っていたお兄ちゃんは──しかし、薄く目を開くと、一言「おいで」と腕を差し出して、再び寝息を立て始めた。
「……〜〜っ! もう……!」
本当にこのお兄ちゃんはどうしようもない。
私はため息を吐いて、シュルりとエプロンを外した。
お読みいただきありがとうございます。
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